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旅する龍と世界の終わり  作者: LFG!


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13/30

9:共に踏み出す(2)




「……やっぱ、すげぇやつだな」


 ニルファは大人しく、マリアの隣に寄り添っていた。

 改めて、ルーンという人間の底を見せられた気がした。


「本当にね」


 シグが静かに頷く。


「僕も、いい加減前に踏み出さないといけないみたいだ」


「……」


「聞いてくれるかい、トネリコ。愚かな僕の話をさ」


「むしろ頼みたいくらいだぜ。……聞かせてくれよ、シグ」


 シグは真っ直ぐに、俺を見据えた。


「僕は昨日、君が攫われるのを最初から知っていた。

 君が一人でいることを、彼らに伝えたのは……僕だ」


 ズシン、と地面が鳴った。

 ニルファの足元が爆ぜ、砂と粉塵が頬を打つ。


 ニルファの瞳が深紅に光り、唇が震える。

 声を出すのを、必死に堪えている。

 ルーンが傍で肩を支えていた。


 胸の奥で、冷たいものが静かに広がる。

 だが、ニルファの激情が――むしろ、俺を落ち着かせてくれた。


「……冗談じゃ、ないんだな」


「うん」


「そうか」


 天を仰ぐ。

 いつもなら見える星空は、黒い雲に塗りつぶされていた。


「怒らないのかい?」


「怒ってるさ」


「……君には、僕を裁く権利がある。

 望むなら、この戦場を生き抜いた先で――首を撥ねてもらっても構わない」


 俺は、シグの瞳を見据えた。


「なんで、あんなことしたんだ?」


「すべてを話せば長くなる。それこそ、あの軍勢がこの街に着くほどにね」


「そりゃ……困っちまうな」


 乾いた笑いが、息と一緒に漏れる。

 だが、シグは微動だにせず、ただ真剣な眼差しを返してきた。

 頭を掻いて、深い吐息をつく。


「お前さ。俺のこと、どう思ってる?」


「仲間だと思ってる。本心だよ」


「ルーンのことは?」


 シグが、わずかに視線を逸らす。


「それは、今は関係ないじゃないか」


「答えろよ」


「……尊敬する仲間だよ」


「それだけか?」


「……」


 間が空く。


「愛する人だ」


 短い沈黙の後、シグは呟くように答えた。


「この世で一番、誰よりも愛している」


「俺が、ルーンを殺せって言ったら、殺せるか?」


「できる訳がないだろうっ!」


「お前、俺が望んだら首を撥ねてもいいって言ったじゃねぇか」


「それは……僕の首の話に、決まってる!」


「お前が死んだら、俺はルーンを殺すぞ」


 シグが顔を歪める。

 狼狽と恐怖とが入り混じった表情だった。


「なぜ……どうして、そんなことを言うんだ、トネリコ……」


「……」


「全部、僕が悪いんだ。

 愚かな僕が、彼らを信じて加担したのが発端なんだ。

 力を隠したのも、名を伏せたのも、全部、僕が……!」


 呼吸が荒い。

 その肩が、かすかに震えていた。


「……ルーンは、関係ないじゃないか……っ」


「俺を殺すか、ルーンを守るか。……選べ」


「……」


「選ばなきゃ、俺がルーンを殺す」


 沈黙。


 遠くで、霧の軍勢がゆっくりと進軍してくる。

 空気が震え、戦の匂いが鼻に刺さった。


「……す」


「ん?」


 俯いていたシグが顔をあげる。

 悲哀に満ちた瞳。

 涙を流しながら、言葉を紡ぐ。


「殺すよ。僕は、君を殺す。……それから、自分の首を撥ねて死ぬ」


「――五十点だ、バカが」


「……え?」


「お前も死んでどうすんだよ」


 ゆっくりと歩み寄り、拳でシグの胸を小突く。


「お前が死んだら、誰があいつらを守るんだよ」


「……あ、え……」


「俺が死んだら、あいつらを任せられるのは、お前しかいねぇんだ。頼むぜ」


「……トネ、リコ」


「俺を殺すかどうかなんて、そんなくだんねーことでグダグダ悩んでんじゃねぇよ」


 ルーンを見る。

 彼女は静かに、俺たちを見守っていた。


「ルーンを守れ。世界で一番愛してんだろ?」


 ニルファを見る。

 ルーンの袖をぎゅっと握りしめて、黙って話を聞いてくれている。


「ニルファを守れ。例え、あいつがお前を殺そうとしてもな」


 そして、もう一度シグを見る。

 口をぽっかりと空けて、間抜け面でこちらを見返していた。


「生きて、二人を守り続けろ。

 簡単に死んで楽になろうとすんじゃねぇ。

 俺たちは仲間だ。

 でも、優先順位ってもんがある。


 できりゃ、ニルファを優先してもらいたいもんだが……

 それに関しては、俺が口出しすることじゃねぇしな。

 ルーンを守れ。ニルファを守れ。……俺を、守れ」


 間近に歩み寄り、鼻先が触れ合うほどの距離で視線を交わす。


「血反吐を吐いてでも生きろ。

 後悔してる暇があったら、さっさと取り返せ。

 ――()()()()って、決めたんだろ?」


 シグの瞳に、決意の炎が宿る。


「トネリコ」


「おう」


「今まで、本当にごめん。

 僕は……君の仲間として恥ずかしくないように、これから頑張るよ。

 頑張って……生きる」


 シグはゆっくりと眼帯に手をかけ、一気に引き剥がした。


「……ははっ」


 思わず笑ってしまう。


「おいおい。なんだよ、そりゃ。お前……御大層なもん、隠してくれてたんだなぁ」


 シグの隠された右目には、瞳に覆い被さるように黄金の紋章が浮かび上がっていた。


「僕の名は、シグンド。勇者シグンドだ。僕を、君たちの仲間に入れてほしい」


「……ん。まぁ、なんだ。よろしく頼む」


 俺が照れ隠しに顔をそむけると、ルーンとニルファが歩み寄ってきた。


「随分、好き勝手言ってくれたわね」


 ルーンがにやりと笑う。

 反論の余地などない。


「……すまん」


「冗談よ。でも……しばらくは、貴方に殺されないよう注意しなきゃね」


「殺さねぇよ……。てか、お前の方が強いだろ」


 クスクスと笑うルーンの隣で、ニルファが一歩進み出る。

 シグに歩み寄ると、なんの前触れもなく拳を突き出した。


「――がはっ!?」


 鈍い音。

 シグが膝から崩れ落ち、胃液を吐く。


「シグ、さいってー。……でも、トネとルーンに免じて許してあげる」


「……あ、ありが……ごほっ……」


 言葉を発せず(うずくま)るシグに、少し同情してしまう。

 脳裏に、魔喰熊の腹部を吹き飛ばしたニルファの拳がよぎる。


「お前、えげつねぇな……」


「ちゃんと手加減したもん。……ちょっと、力みすぎたけど」


「むしろ、もう少し強くてもよかったくらいだわ」


「……お、おう。そうか」


 怖すぎるだろ。

 俺なら即死してたぞ。


 シグが、ようやく立ち上がる。


「いいんだ。僕がやったことは、殺されたって仕方ないことなんだから」


「それはそうだな」


「うん。死んじゃってもしょうがないと思う」


「その通りね」


「……うん。皆の言う通り。

 言う通りなんだけど……いや、なんでもない。本当にごめんよ」


 そう言って、シグは苦笑した。


 頭を掻く。

 決意は定まった。


「ほら、早く行こうぜ」


 前線を見る。

 霧の軍勢は、すぐそこだ。


「トネ、本当に一緒に行くの?」


 ニルファの声が、少し震えている。

 けれど、さっきのように感情に呑まれてはいなかった。


 ルーンが、傍で静かに見守ってくれている。


「おう」


「怖くないの?」


「怖くないね」


「……死んじゃうかもしれないんだよ?

 あたし、トネがもし……もし、死んじゃったら――」


「――守ってくれるんだろ?」


「……っ!」


 ニルファの瞳が、大きく見開かれる。


「昨日言ったばかりだろ。俺を守るって。あれ、嘘だったのか?」


「嘘な訳ないじゃんっ!……でも」


 ニルファの言葉を、手で制す。


「なぁ、ニルファ」


「……なに?」


「世界で一番安心できる場所って、どこだと思う?」


「……ベッドの中、とか?」


 その答えに、思わず吹き出してしまう。


「なんで笑うのさ!考えたってわかんなかったんだから、しょうがないじゃん」


 不貞腐れるニルファの頭に、手を置く。


「悪い悪い。……ベッドの中か。まあ、それも悪くねぇけどな」


 撫でながら、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「俺は、お前の隣なんだ。もっと言えば、お前らの隣かな」


「……トネ」


「俺は弱いけど、お前らは違うだろ?

 なんせ、龍に変身できる女の子に、精霊を呼ぶシスター。

 あげくの果てには、勇者までいる」


 手を離し、ニルファに微笑む。


「そんな奴らの隣って、世界で一番安心できると思わねぇか?」


「……思う、かも」


「だろ?」


 ルーンとシグに目を向ける。

 ルーンは穏やかに笑い、シグは真剣な目で俺を見ていた。


「行こうぜ、太陽(ニルファ)

 俺は、お前についていくって決めたんだ。

 今更手を離そうとしたって、そう簡単にはいかねぇぞ?」


「……離さないもん」


 ニルファが、ぎゅっと手を握る。


「絶対に、離さないもん。トネは、あたしと――ずっと一緒にいるんだからっ!」


 ずっと一緒か。

 ああ、懐かしいな。

 昔も、似たような約束をした。


「気が変わらない内は、な」


 昔と同じ言葉。

 けれど、今は少しだけ、重みが違う。


 ニルファが顔を上げる。

 そして、思い出したように笑って――


「――だーめっ!あたし、もう決めちゃったもんねー!」


 懐かしい言葉に、笑みがこぼれた。

 笑いながら、手を繋いで歩き出す。

 四人で外へ。


 向かうは――最前線。


 霧の軍勢が待ち受ける戦場へ。

 それでも、俺たちはくだらない世間話をしながら。


 共に踏み出していく。




次回、本気のニルファとシグの戦闘シーンです!

ちなみに、ルーンの残り魔力は5割ぐらい。

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