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旅する龍と世界の終わり  作者: LFG!


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12/30

9:共に踏み出す(1)




 街中の灯りが、一斉に消えていく。

 日が沈み、夜が街を包んだ。


 衛兵の怒声、警鐘の音、逃げ惑う人々の足音――。

 全てが混ざり合い、頭の中が白く染まっていく。

 俺はただ、立ち尽くしていた。


「トネ、行こう」


 ニルファが手を握る。

 強く、迷いのない手だった。

 それなのに、思わず俺は身を引いてしまう。


「……トネ?」


 俺の震えが伝わったのだろう。

 ニルファはじっと、俺の目を見ていた。


 その瞳が、ほんのり紅く光る。

 まるで、内側から何かが呼びかけているようで――。


 怖かった。

 紅蓮の光が、俺たちを飲み込もうとしている気がした。


「大丈夫だよ。あたしが守るから」


「……守る?」


「うん。絶対に。約束っ!」


 ニルファの弾ける笑顔に、冷たかった恐怖がゆっくり溶けていく。


 ――守る、か。


 両頬を叩く。

 乾いた音が夜気に響いた。


「ト、トネ……!?」


 ニルファの瞳が揺れる。

 守ると誓ったばかりなのに、心配させてどうする。

 取り返すように、彼女の手を力強く握った。


「悪い。ちょっと、ビビってた」


 にやりと笑うと、少し間を置いて、ニルファもにっこりと笑い返す。


「全然大丈夫! あたしに任せて!」


「頼むぜ、相棒。情けない俺を、引っ張ってくれ」


「任されましたっ!」


 深呼吸をひとつ。

 固まっていた身体が、少しずつほぐれていく。


 視線を離し、仲間たちに目を向ける。


「待たせたな」


 ルーンが静かに微笑む。


「頑張ったわね」


「……そうかな?」


「そうよ。自信を持ちなさい」


 頷く。

 ルーンが言うなら、きっと間違いない。


「……ふふっ」


「どうした?」


「貴方は、いつだって私を信じてくれるのね」


「当たり前だろ」


 仲間の言葉を信じなくて、どうする。

 それがルーンの言葉なら、なおさらだ。


「出会った時のことを思い出すわ」


 ルーンが静かに言葉を重ねる。


「貴方の信頼が、私たちを支えてくれる。

 貴方は、自分を無力だと思っているかもしれない。

 でもね――誰よりも仲間を信じるその心こそが、本当の強さなのよ」


「……お前が言うなら、きっとそうなんだろうな」


「ええ。それに……そう思っているのは、私だけじゃないはずよ」


 ルーンがシグに目を向ける。

 シグは静かにうなずいた。


「ルーンの言う通りさ。トネリコ、僕たちはいつも君に支えられているんだ」


「シグ……」


「行こう。僕も、たまにはいいところを見せないとね」


 シグの笑顔に、安心が体を包む。

 そのおかげで、俺も――立ち上がる覚悟が湧いた。


「ああ、行こうぜ。なにが来たって、俺たちならきっと勝てる」


 四人で走り出す。

 目的地は南門。

 人波をかき分け、突き進む。






 大通りを抜けると、人の数が減った。

 南門が近づくにつれ、血生臭い気配が鼻を刺す。


 門前には冒険者や衛兵たちが集まっていた。

 人間、獣人、ドワーフ、エルフ――種族もさまざまだ。


 皆、忙しなく準備を進めている。

 剣を抜く音。

 精霊が舞う気配。

 荷車の武具がカチャカチャと鳴った。


「さっきまで、祭りだったってのに……」


 思わずつぶやく。

 たった数時間で、世界が変わったみたいだ。

 ギルドの手練れの冒険者たちでさえ、顔に余裕はない。


 俺たちは広場を抜け、門へと歩を進める。


「――トネリコじゃねぇか」


 呼び止められ、振り向くとドワーフの男が立っていた。


「アンタも来てたのか」


 手をあげて応じる。

 ギルドで何度か言葉を交わした顔見知りだ。


「まぁ、仕方なくな」


「……なぁ、この街になにが来てるってんだ?」


 男は門の方を顎で指した。


「実際に見た方がいい。言葉じゃ、あれのやばさは伝わらん」


「そんなにか?」


「……ああ。逃げ出したくなるくらいには、な」


 手を振って別れようとすると、背後からもう一度声が飛んだ。


「お前さんは街で待っていた方がいい!

 ……戦えない奴には、あれはちと(こく)すぎる!」


 振り返ると、男は仲間の元へと去っていくところだった。


「トネ、早く行こう」


「……あぁ」


 門へと辿り着く。

 その瞬間、空気が変わった。


「――地獄ね」


 ルーンが小さくつぶやく。


 門の外。

 森に、どす黒い霧が立ちこめている。

 その奥で、なにかが蠢いていた。


 霧の中には、巨躯、異形、獣、そして――。


「確かに、言葉じゃ伝わんねぇな」


 息を呑む。

 そこにいたのは、龍の形をした『なにか』だった。


 腐りかけた鱗が剥がれ、骨が覗いている。

 肉の代わりに、黒い泥のような影が脈動しながら流れ落ち、地面を染めていく。

 影は生き物のように蠢き、龍の脚を這い、尾を伝っていた。


 瞳はもう光を失っている。

 そこには、真っ黒な空洞だけがあった。


「スタンピード、ね……」


 ルーンの言葉どおり、それは地獄の光景だった。

 地平を埋めつくす魔物の群れが、この街に向かってくる。


 圧倒的な冷気と圧力が肌を刺した。

 もはや、それは『群れ』ではない。

 街を滅ぼす『軍勢』だった。


 誰も口を開かず、静寂だけが広がる。


 ニルファが俺の腕を掴んだ。

 快活な笑顔は影を潜め、恐怖と決意が入り混じっている。


「……トネ。先に、宿に戻っといてくれる……?」


 なにを言われているのか、理解できなかった。


「は?」


「あいつら倒したら、すぐに帰るからさ。だから――」


「――ニル」


 ルーンが間に入る。


「それを決めるのは、トネよ」


「……っ! でもっ……!」


「この際、戦えるかどうかは問題じゃないの。

 貴女がそれを言ってしまえば、トネがここに居る理由はなくなってしまうわ」


「……だ、だけどぉっ……!」


 ルーンの言葉が胸に刺さる。

 その通りだ。

 俺がここに立っていられるのは――ニルファが、俺を必要としてくれたからだ。


 ドワーフの男の言う通り、俺は本来ここにいるべき存在じゃない。

 実際、周囲の視線は冷たく突き刺さる。

 それでも、俺がここに立てるのは、ニルファがそう望んだからだ。


 その理由を、彼女自身の言葉で奪われたら――俺は何者にもなれなくなる。


「宿に戻れ、か……」


 天を仰ぐ。


 ニルファは、俺を危険から引き離そうとしている。

 ルーンは、俺の意志を受け入れようとしている。


 なら、シグはどう思っているのだろうか。


「お前は、どう思ってるんだ?」


「……僕かい?」


「打算なしで、正直に答えてくれ」


 少しの沈黙ののち、シグはゆっくりと目を開いた。


「――共に、戦ってほしい」


「シグ!? なに言って――!」


「止めなさいっ!」


 ルーンの一喝に、全員が息を呑む。


「ルーン……?」


 ニルファは、信じられないという表情をルーンに向けた。

 俺とシグも、言葉を失う。

 ルーンが、あんなふうに怒るのを――初めて見た。


「ニル。貴女はいま、大きな過ちを犯そうとしているわ」


「なんで……なんで、ルーン……?」


 ニルファの目に涙が滲む。

 それでも、ルーンの瞳は揺らがなかった。


「最後まで、黙ってシグの話を聞きなさい。それから、トネの話も」


「嫌だっ! なんでそんなことを――」


「――ニル!!」


「……っ!?」


 ルーンの声が空気を震わせた。

 強い意志が、ニルファの言葉を封じる。

 驚愕で目を見開いたまま、涙がニルファの頬を伝い落ちる。


「なんで……」


 ニルファが小さく俯く。

 ルーンはようやく表情をやわらげ、静かに歩み寄った。


 そっと手を伸ばし、ニルファの頭を撫でる。

 ニルファは最初、ビクリと体を震わせたが、その震えは徐々に収まり、やがて顔を上げた。


 ルーンは膝を折り、視線を合わせて穏やかに微笑む。


「ニル。私の話を、聞いてくれる?」


 まるで、幼子を諭すような声だった。


「……うん」


「ありがとう」


 ルーンはニルファを抱きしめる。

 驚きで固まる彼女を、そっと包み込むように。


「怖かったわよね。ごめんなさい」


「……うん」


「私は、ニルが大好きよ。世界で、二番目に大好き」


「一番じゃないの?」


「……ごめんね。一番はもう埋まってしまっているの。

 でもね――もし、どちらかを選ばなきゃいけないなら、私は迷わずニルを選ぶわ」


「……変なの」


「ふふっ、本当よ」


 ルーンが笑う。

 ニルファも、小さく笑った。


「ねぇ、ニル。

 貴女はトネのことが心配で仕方ないのよね?

 トネのことが、世界で一番大好きだから」


「……うん。あたしは、トネが世界で一番大好き」


 頬を掻く。

 だが、今は俺の出番じゃない。

 それくらいは、わかっていた。


「あらあら。はっきり言われると、妬けちゃうわね」


「ごめん。でも……二番目は、ルーンだから」


「まぁ、本当? ありがとう。……すっごく嬉しいわ」


 ルーンは抱きしめていた腕をそっとほどき、ニルファの顔を見つめた。


「ねぇ、ニル。シグとトネの話を、最後までちゃんと聞いてあげてほしいの」


「でも……怖いよ……」


「そうよね、怖いわよね。

 その気持ちを教えてくれて、ありがとう。

 人の話を最後まで聞くのって、とても勇気がいることよ」


 ルーンは、ニルファの涙を指先でそっと拭った。


「でもね――人は、そうやって少しずつ強くなるの。

 誰かと向き合って、立ち向かって……時には負けてしまうこともある。

 それでも前に進もうとすることで、一歩ずつ成長できるのよ」


「前に……?」


「ええ。人は、前に踏み出すことで強くなっていく。

 その機会を、他の誰かが奪ってはいけないわ。

 どんなに怖くても、見守ってあげる。

 助けてって言われたら、その時に支えてあげる。


 ――辛くて、苦しくて、怖いけれど。

 それでも、そうしていくことで初めて、

 人は前を向いて笑い合えるの。

 誰かと繋がり、共に生きていけるのよ」


「……よく、わかんない」


「ふふっ、少し難しかったわね。

 けどね、私――嬉しかったの。


 わからない話を、最後まで聞いてくれたでしょう?

 ありがとう、ニル。

 私の話を、ちゃんと聞いてくれて。……私は、貴女が大好きよ」


「うん……私も、ルーンが大好き」


 ルーンは、微笑みながらその手を包む。


「シグとトネの話も、最後まで聞いてあげて。

 もし途中で苦しくなったら、その時は私が必ず助ける。

 だから……私を信じてくれないかしら?」


「……わかった。あたし、ルーンを信じる。ちゃんと、聞く」


 ニルファはルーンの袖をぎゅっと握り、涙の跡を拭った。


「もし嫌になっちゃったら……ルーン、助けてくれる?」


「もちろんよ。言ったでしょう――私は、ニルが大好きなの」


 ルーンは微笑みながら、もう一度ニルファの頭を撫でた。




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