表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する龍と世界の終わり  作者: LFG!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/30

8:収穫祭

トネリコ視点に戻ります!




 秋の終わりを告げる収穫祭。


 街には色とりどりの提灯が揺れ、香ばしい焼き菓子や焼き肉の匂いが漂う。

 笑い声があちこちから聞こえ、屋台の列は人で賑わっていた。


「ほら、見て見て! この飴、ぶどうみたいな形してるの! すっごくない!?」


 ニルファに袖を引かれ、俺は屋台を駆け回る。


 そう――全員がすっかり忘れていたが、今日は収穫祭当日だった。

 昨夜の出来事の衝撃はまだ残っているが、元々この街に来た目的でもあり、

 ニルファの熱意に押され、昨日の話はひとまず置いておくことになった。


「ぶどう飴か。昔はよく食べたなぁ」


「これ、食べたことあるの?」


「子供の頃にな。結構美味しいぞ」


「じゃああたしもっ! おじさん、その…ぶどう飴、五つちょうだい!」


 受け取ったぶどう飴を、ニルファがひとつ俺に差し出す。


「はいっ。一緒に食べよ!」


「おう。サンキューな」


 頬張ると、懐かしい味が口の中に広がる。

 甘くて少し固めの食感が、屋台の熱気と混ざって更に美味しく感じられた。


「これ、美味しい~っ!」


 ニルファも同じように頬張り、体をくねらせて喜んでいた。


「ルーンたちの分も買ったから、二人のところ行こー!」


「了解。人が多いから、袋がぶつからないように気をつけろよ」


「あいあいさ~!」


 笑いながら、ニルファの手に引かれて後ろをついていく。


 離れたところで休んでいるルーンとシグに合流。

 静かに座る二人の間に、ニルファがぴょんと割り込む。


「ぶどう飴、買ってきたよー! これ、すっごく美味しいの。食べて食べて」


「あら、ニル。ありがとう……美味しそうね。ひとついただくわ」


「……ありがとう、ニルファちゃん。僕も、ひとついただこうかな」


 ニルファが二人にひとつずつ渡す。


 ひとつ余ったな。

 そう思っていると、ニルファはそのひとつをぱくりと口に入れた。


「美味しぃーっ!」


「ああ、それお前用だったんだ……」


「……ん? 食べたかったの?」


 ちゅぽん、と少しだけ形の崩れたぶどう飴が、ニルファの口から出てくる。


「食べる?」


「いらんわ」


「そう? 遠慮しなくても良いのに」


 ニルファは、ぱくりとぶどう飴を再び頬張った。


「一度口に入れたものを、人に渡すのはなしにしとけな」


「トネ以外にはしないよ?」


「……ん」


 藪をつかず、話題を切り替える。

 ふとシグを見れば、ぶどう飴を手に持ったままじっと見つめていた。


「シグ、食べないのか?」


 シグの肩がビクリと震える。


「……ああいや、食べる……食べるよ」


 ぎこちなく笑うシグに、ニルファが反応する。


「シグ、飴嫌いだったっけ? それとも、ぶどうの方?」


「どっちも好きだよ。ごめん。まだ、昨日の疲れが抜けてないみたいでね」


「……それは、悪かったな」


「え?――ああいや、違うんだ!

 そうじゃない。そうじゃないんだよ、トネリコ……」


 しどろもどろになるシグを見て、俺とニルファは顔を見合わせる。

 ルーンは呆れ顔で、シグを見つめていた。


「昨日はあんなに威勢が良かったのに、どうしてウジウジしてるのよ」


「――ルーンっ!? その話は……っ!」


「うるさいわね……ほら、せっかくの飴が溶けちゃうじゃない」


 ルーンはさっとシグのぶどう飴を取り上げる。


「あ」


 シグが呆けた顔を見せる。

 ルーンは、そんなシグを見て溜息を吐く。

 そして――あろうことか、手に持ったぶどう飴をシグの口にねじ込んだ。


「ぐぇっ!?」


「食べたいんなら、さっさと食べなさい。人に盗られちゃう前にね」


 喉奥にまで突っ込まれたのか、勢いよくむせるシグを見る。


「えげつねぇな……」


「ルーン、なんか怒ってるのかな……?」


 ニルファと二人、こそこそと話し合っていると、ルーンが頭に手を当てた。


「情けない。他の勇者も、皆こんな感じなのかしら」


「ル、ルーン!? だからっ……! その話は、僕が自分から――」


 慌てるシグと、それを呆れ顔で見つめるルーン。


「勇者ってなんだ?」


「なんだろね?」


 怪訝な顔でニルファと見合っていると、シグが間に割り込んでくる。


「後で話す! だから、今は気にしないでくれっ!」


「お、おう。わかったから、とりあえず落ち着けよ」


「……シグ、なんか気持ち悪い」


 ニルファが腕に抱きついてくる。


「ぐうっ!?」


 シグが見たことないほどに動揺していた。


「ニルの言う通りね。貴方、気持ち悪いわよ」


「きもちわるー」


「ぐああああっ!」


 頬を掻く。

 シグの様子がおかしいことだけはわかった。

 深く考えるのは止めて、大人しく祭りを楽しむとしよう。






 日が傾き、祭りの灯が一段と鮮やかになる。


 空に浮かぶ光は、ただの提灯ではない。

 小さな精霊たちを宿した光球が色とりどりに漂い、屋台ごとの趣向を彩る。


「この世界の祭りも、いいもんだな」


「日本のお祭りも、こんな感じ?」


「ここまで派手じゃなかったが……賑やかさは、同じくらいかもな」


「ふーん。いつか、日本のお祭りにも行ってみたいな」


「……行けたらな」


「むっ、なにその反応。……決めたっ! 絶対に行くもんねー!」


 ニルファの笑顔に釣られて俺も笑う。

 相変わらず、太陽みたいに明るいやつだ。

 こうして日常に戻ると、ニルファの活力というか、エネルギーのようなものを再認識させられる。


 ニルファと日本の祭りを周れたら……

 それはきっと、考えられないほど楽しい時間になるだろう。

 ルーンとシグも一緒なら、より楽しそうだ。


 過去を振り返る。

 この世界に来た当初は、生きることに精一杯で、日本に帰ることも諦めていた。

 暗がりに堕ちる俺を救ったのは、今目の前で笑う太陽(ニルファ)だった。


 だからこそ、俺は決めた。

 ニルファと共に歩む。何があろうと、逃げはしない。


 そして、ルーンとシグ。

 この二人がいたから、今の俺がここに立っていられる。

 俺は、そんな大切な仲間たちを守りたい。


 人が誰かを守りたいと思うのに、理由なんていらない。

 誰かと共に生きたいと思うのも、同じこと。

 理由なんて、なくたっていい。


 守る相手、共にいる相手を選ぶときに、力の差なんて関係ない。

 守りたい――その気持ちがあれば、十分なんだ。


 それを、ルーンが教えてくれた。


「――トネ、どうしたの?」


 ニルファの問いに、我に返る。


「なんでもない。ほら、あっちも見てみようぜ。面白そうなことやってんぞ」


「んー? ……うわ、ほんとだ。トネ、早く行こう!」


「おう」


 屋台を回り、人混みをかき分ける。

 香ばしい匂いやハーブの香りが鼻腔をくすぐる。

 既に結構な量を屋台で食べているにも関わらず、胃が反応してしまう。


「見て見て! このお店、氷菓の実演してるよ!」


 ニルファの指差す方を見ると、店主の氷魔法により、台に置かれたいくつかの菓子に霜がかかっている最中だった。

 一口サイズの氷果に、果実と蜂蜜が入っているらしい。


 試しに買って食べてみると、冷たくも甘酸っぱい味が口の中に広がった。

 個人的には、食べ慣れたぶどう飴より美味しく感じられる。


「これ、ぶどう飴より美味しいかも……ルーンとシグにも買っていこう!」


 ニルファにも好評だったようで、追加で氷菓を五つ買う。


 ルーンとシグを捜し歩く。

 その道中で、ニルファと氷菓をひとつずつ食べた。


「余ったひとつはどうするの?」


「お前用。どうせ、おかわりしたくなるだろ?」


「えへ、流石トネ。あたしのこと、好きすぎー!」


「まぁ、長い付き合いだからな」


 少し経って二人と合流。

 残った二つの氷菓をルーンとシグに渡す。

 評判は上々で、特にシグが気に入ったようだ。


 ニルファの希望もあり、最後は四人で収穫祭を周る。


「お祭り楽しいねっ!」


「そうね。ニルが一緒にいるから、私も凄く楽しいわ」


 前を歩く女性陣の背中を見ながら、シグと並び立って歩く。


「そっちは祭りどうだったんだ?」


「楽しかったよ。ルーンの体調の事があったから、移動して周ることはしなかったけどね」


「やっぱり、魔力の回復って時間かかるんだな」


「……そうだね」


 シグが仄暗い表情を浮かべる。

 その顔を見ると、無性にイライラしてくる。

 ルーンも、こんな気持ちだったんだろうか。


「お前さぁ」


 不機嫌な顔をあえて隠さず、声をかける。

 シグは少し驚いた顔をしていた。


「なんだい?」


「その、なにもかも僕が悪いんです……みたいな顔、止めた方がいいぜ」


「……」


「なにがあったのかは知らねぇけどさ。あんまり背負いこむなよ。

 頼りないかもしれねぇけど……俺たちがいるだろ」


「トネリコ……」


 シグの背中をバシッと叩く。


「いつも助けてもらってんだ。恩返しくらいさせろよな」


「……それは、違うよ」


 シグが立ち止まる。

 振り返ると、俯いて肩を震わせていた。


「シグ……?」


 顔を上げたシグは、泣いているようだった。


「僕は、いつだって君たちに救われているんだ。

 なのに……なのに、僕は恩を仇で返してしまった」


「お前、なにを言って――」


「――聞いてくれ、トネリコ。

 君に……君と、ニルファちゃんに言わないといけない事があるんだ」


 シグがゆっくりと自身の眼帯に手をかける。


 その時――空の色が、ほんのりと変わった。


 微かな紫色の光が、視界の隅にちらりと揺れる。

 空気の奥で、何かが不安定に(うごめ)いている。


「バカなっ!?」


 シグが驚きに表情を歪める。


「なんだあれ……?」


「なにあれ?」


 ニルファの声が、少し離れた位置から聞こえた。


「三人とも、どうかしたの?」


 ルーンは、怪訝な顔で俺たち三人を見ていた。


「どうかしたって、空見ろよ」


「空……?」


 ルーンが空を見て――


「――なにもないけど?」


「は?」


 ルーンの不思議そうな顔に言葉を返そうとして――


 ――パキッ……ピシリ……


 耳に小さく亀裂音が響く。

 目を凝らすと、紫色の膜が、かすかに揺れているのがわかった。


「早すぎる……! なんで、なんで今なんだ……っ!」


 シグの言葉に、反応を返せない。

 気づけば、呆然と空を見上げていた。


 ビリビリ……ピキッ……


 膜はじわじわと裂け、枝分かれする亀裂が空を走る。

 風が止み、祭りのざわめきの中に、何か冷たく重い気配が忍び込む。


 ガリッ……カリカリッ……パキパキッ……バリッ……


 連続する亀裂音が耳を刺す。

 周囲の提灯の光が瞬き、影が乱れた。


 そして――


 ――ガシャアアアアアッッッ!!!


 膜が粉々に砕け、空気そのものが裂けるような破壊音が街を飲み込む。

 瞬間、ぞくりと身の毛が立った。


「……っ!?」


 反射的に膝をつく。

 周りを見渡すと、俺だけじゃなく、ニルファ、ルーン、シグ……

 それに街中の人々までもが、その場に屈み込んで動けずにいた。


 ざわつきが一気に広がり、街全体が異様な空気に包まれる。

 屋台から漂う香ばしい香りに、焼きすぎて焦げた獣の匂いが混ざり始める。


 少しの時間が経って、チラホラと立ち上がる人が増えてきた。

 俺も、ニルファたちと共に立ち上がる。


「なにが、起きてんだ……」


「結界が割れたんだ」


 シグの声に、全員が注目する。


「結界?」


「古の聖女様が張った結界だよ……状況は、最悪だ」


 シグの厳しい顔に、心臓を掴まれたような錯覚を受ける。

 シグは言葉を続ける。


「やつらが来る」


 どういう意味か聞き返そうとしたその時――


 ――カァアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!


 鋭く、重く、全身に衝撃が走る鐘の音。

 胸の奥底まで振動が響き渡り、提灯の灯りも屋台も、人々の囁き声も、

 街全体が一瞬にして静止したかのように感じられた。


 祭りの楽しさは消え去り、街中が異常な緊張に包まれる。

 俺たち四人だけではない。

 街の人々全員が、明白な異常事態に息を呑む。


「警鐘……?」

「まさか、魔物が……?」

「なにが起きてるんだ……?」


 ざわめきが街中に広がる。

 そして――


「――スタンピードだッ! 戦える者は至急、南門に集合せよ!!」


 慌ただしく動き始めた衛兵の叫びが、街中に響き渡った。


 この時をもって、穏やかな日常は終わりを告げる。

 後に『龍の夜』と呼ばれる未曾有の災厄が、ゆっくりと牙を剥こうとしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ