スーパーヒーロー!――チョップマン!
第1話 その時、世界は味方した――かもしれない
――◇――
目が覚めたら、俺はヒーローになっていた。
枕元には昨日までなかった、ボロボロのマント。
額には絆創膏。マントのタグに刻まれた数字は――『107』。
夢か現か、境目がわからない朝だった。
◇
新宿・歌舞伎町の裏道。
少女はただ歩いていた。
制服のまま、スニーカーは片方だけ。
財布もスマホも奪われ、家にも帰りたくなかった。
母は泣きながら皿を割り、父は怒鳴り声とともに拳を振り上げる。
耳の奥に、その残響がまだこびりついている。
公園のベンチでうずくまる彼女に、一人の男が声をかけた。
「話、聞くよ」
優しい顔。少しイケメン。――その一瞬、少女は安心してしまった。
だが、それを今では最低だと思っている。
「動けよ」
男はナイフを見せつけた。
暗い路地裏、停車した黒いワゴンの前で、一人の男が後部ドアを開けている。
錆びた金属の匂いが鼻を刺す。
「ちょっと目をつぶってりゃ十万。得だろ?」
少女は震えた。
ニュースで見た「使い捨てられた子供」、今まさに明日の記事が自分かもしれない。
声を上げたいのに喉は貼りつき、誰も来ない。――期待なんてしていなかったはずなのに。
――その時だった。
「おい、そこまでだ!」
闇の奥から、ボロボロのマントを翻す一つの影。
素手でチョップを構え、額には絆創膏。
――そう、ヒーローとなった俺だった。
「俺はヒーロー、チョップマンだ!」
誰に教わったわけでもない。体が勝手にポーズを描いていた。
俺は一歩踏み出す。
「彼女は誰かが守らなきゃいけない人だ。
……俺は、あの時――逃げ切れたつもりだったが、助けられなかった子がいる」
ナイフを弾き飛ばすたび、あの小さな笑顔が胸を突き刺す。
「学校、行けるかな──」と消えかけた笑顔が、今も焼きついていた。
「──チョップ! チョップ!」
ナイフをはじく。火花が散り、夜を裂く。
「ちょっと待てよ!」「仲間呼ぶぞ、てめぇ!」
「呼べば? まとめて片付けてやる」
車から黒服がさらに二人、三人と現れた。狭い路地は瞬く間に戦場と化す。
「チョップマン・スペシャル!」
俺は叫び、額から突進した。
ドゴッッン!!
……ただの頭突き。
黒服は白目をむいて崩れ落ちる。
「……いや、それチョップじゃねぇだろ!」
背後の男がツッコむ暇もなく、俺は次の敵へ飛び込んだ。
殴られ、蹴られ、斬られ、血を吐いても――一歩も退かない。
だが、絆創膏は剥がれてしまった。
「走れ! 君は生きなきゃいけない!」
「あなたが死んだら、意味ないよ!」
その瞬間――ズゥゥン、と地響き。
空から巨大な足が降りてきた。
赤く光る単眼獣、数百メートルの巨躯。
地面が沈み、黒服も、俺も、少女も――押し潰された。
土煙の中、肉が弾ける嫌な音が響いた。
【静寂】
瓦礫の下で、かすかに息があった。
「わたし……生きてるの?」
「……ああ……たぶんな……」
砕けた肩で少女を抱きしめながら、俺は必死に巨体を支えた。
少女の視線が瓦礫に止まった。
そこに――泥まみれの片方のスニーカー。
「あった! こんなとこに……」
震える手でそれを抱きしめる少女を見て、俺は安堵した。
「もう、大丈夫だ」
少女は泣きながらつぶやく。
「帰ったら……学校……行けるかな……」
俺は微笑んだ。
だが――。
◇
《東京・新宿歌舞伎町上空》
「こちら地球防衛軍オメガ制圧隊、隊長機・霧島。
巨大生命体を確認。民間人の存在確認は不要。全機、砲撃開始せよ」
「待て、まだ人が──!」
俺は顔を上げて叫んだ。
――ドォン! ――ドォン!
空が裂け、光の壁が降り注ぐ。
俺は少女を抱えてビルの中へ飛び込んだ。
爆風が背を打ち、瓦礫が落ちる。
左腕は折れたが、右腕で少女を守った。
「大丈夫か、君は……」
「チョップマンは……!」
「俺は平気だ……まだ、動ける」
痛みに歪む顔で、前を見据える。
「絶対に、君を助ける」
――ガガガガガッ!!!
ビルに亀裂が走り、崩れ落ちる。
「反対側へ走るぞ!」
二人は瓦礫を抜け、怪獣の胴体下へ滑り込んだ。
直後、さらなる砲撃が街を飲み込む。
――ズドーン!!!
怪獣の頭部が吹き飛び、巨体が崩れ落ちた。
帰還する戦闘機の中――。
「霧島隊長、いま民間人が……」
「いうな、吉川。無駄な国費が掛かる」
俺の声も、少女の夢も、わずかな希望も――すべて光に呑まれた。
◇【報道】
「巨大怪物は制圧されました。被害ゼロ。民間人は避難済み。
SNSで拡散した人影映像はフェイクと断定されています」
キャスターは笑顔で伝えた。
まるで、誰も存在しなかったかのように。
◇【瓦礫の影】
数時間後。
清掃作業員が、破れたマントの切れ端と片方のスニーカーを見つけた。
新人が息をのむ。
だが先輩は無言で、それを瓦礫の奥に足で押し込み、火器で焼き払った。
誰も拾わない。誰も気づかない。
――まるで最初から、ヒーローも少女も存在しなかったかのように。
◇
「――はっ!」
俺は目を覚ました。額に汗。
手足は無事。マントも絆創膏もない。
(ゆ……夢、だったのか……? でも、あの笑顔は……これは誰の記憶だ?)
コンコンコン!
ドアを叩く音。
「吉川です、霧島隊長! 新宿歌舞伎町にBランクモンスターが出現しました!」
俺はドアを開けた。
そこに立っていたのは――吉川ではなかった。
ボロボロのマントをまとい、額に絆創膏を貼った男。
「お前が……チョップマン107号と、少女を殺したのか!」
男は俺に向かって、チョップの構えをとった。
【了】




