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白玉

〈蜜豆や全ては豆寒にはじまり 涙次〉



【ⅰ】


 夏バテとは無縁なカンテラ(何せ火焔の精である)だつたが、夏と云ふと思ひ出すのは、彼の造り主、鞍田文造の宅で味はつた冷たい白玉の事である。白玉は特に深く掘られた井戸で冷やされ、小豆餡と共に頂く。因みに、鞍田は下戸であつた。

 その頃、まだ人間と云ふには程遠かつたカンテラ、彼の外殻である古物のランタン=カンテラに入つて、灯油を味はう方が好みだつたが、白玉は日々木斎子の思ひ出と共に、今でも鮮やかに彼の心に蘇る。


 * 斎子はカンテラ自身が斬つた。魔導士としては異端だつた鞍田の愛人として、いつまでも若く美しく、と云ふ呪縛を得てゐたので。カンテラはそんな彼女が不憫だつた。

 アンドロイドのカンテラでさへ、ゆつくりとだが加齡してゆく。中國の王侯貴族が(こぞ)つて求めたと云ふ、不老長壽、永遠の美‐



* 前シリーズ第10話參照。



【ⅱ】


 丁度、「開發センター」から牧野が來てゐたので、カンテラは「中の」遷姫とテレパシーで語つた。遷姫は「永遠の美」を手に入れた稀有な存在。その事をだう思つてゐるのか、問ふてみた譯だ。「氣ニセヌ事ダ。イチイチ氣ニシテイタラ、躰ガ()タヌ」‐「さう...」‐「ヤケニ齒切レガ惡イナ、かんてら」‐「ちよつと考へ事をしてゐた」‐「サウ‐」



【ⅲ】


 カンテラは斎子を斬つた事は後悔してゐなかつた。たゞあの白玉の、齒に沁み通るやうな味が、冷たさが、戦後の物質難の中に、「あの時代」に、彼を連れ戻すのだ。自分の中の火焔が、鎮まつて行くのをカンテラは感じてゐた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈さみしいかムーンドッグの宵闇に捕まつたのも皆貴女のせゐ 平手みき〉



【ⅳ】


 玉ノ井の女であつた斎子。かつての同僚たちが皆年老い、死んで行く中で、自分は、鞍田の云ひなりになつて若さを保つてゐる。しかも自分は鞍田をだうしても愛せず、アンドロイドのカンテラに想ひを寄せてゐる‐ それの如何に苦しかつた事か。特にカンテラ、彼の美貌もニヒルな心根も、全てが人造のものなのだ。自分は同類を憐れんでゐるだけだ‐ 斎子は皆それらの事を、唾棄してしまひたかつた。鞍田は、傀儡であるカンテラを王坐に据へ、キメラたちの王國をきらびやかに展開しやうとしてゐる...



【ⅴ】


 それら全て、カンテラの妄想だと、云ふ事だつて出來たのだ。事實は違ふ。然し、斎子は斎子。鞍田は鞍田。カンテラはカンテラ。その分別(ぶんべつ)が付かねば‐ 俺はもう「大人」なのだから- 白玉、悦美が饗してくれた、につひ連想を誘はれたゞけ。他はすつからかんないつもの「ニヒル」な、彼であつた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈白玉を茹でゝ汗してさつぱりす 涙次〉



 夏の日の幻想。手短な方が良からう。ぢや、これにて。




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