第1話 さよなら天使さん
「以上をもってティーチェの天界での罰を修了とする〜。地上では謹んで思慮深い活躍を期待していますよ〜っと」
「なんでそんなに他人行儀なん?」
「うっせーっすね。テメェの晴れ舞台って懇願されたからこちとら地上から戻ってきてやったんだから大人しく頷いとけっすよ」
地上でもっとも多忙な天使の有難いお言葉をいつも通りのやり取りで返してうちの天上生活は幕を閉じた。
「配属は希望あるっすか?ないならティーチェは天からパンを降らせる仕事に任命したいんすけど」
「いいけど……なにかあっても叩かんでよね?」
「叩かれるほどヘマすんなって事っすよ。でも笑えない事があったら頼っていいっすからね」
「うん。お姉やんのそーゆーとこ好きや」
「恥ずこいから早く行け」
見た目と言動が1ミリも天使でないその人なりに、うちを手にした箒で小突きながら送り出してくれた。これから訪れる祝福に対してか、これから先の苦難に対してか。
後ろを振り向けば、まばらな拍手が送られている。
見物人が少ないから仕方ないけど、だからこそ目立つ。
うちに向かって熱烈な視線を向けている眼差しが。
そして眼差しだけでは飽き足らずついに声を張り上げ出した。
「キャー! ティ姉! ティ姉万歳! ティ姉を我が第三厳罰隊に迎える準備は存分に出来てるし! もうメンバー全員で歓迎会だし!」
厳かさの欠片もなく、はしゃいでいるのは紛う事なき妹のフィルチェだ。うちがようやく見習い訓練を卒業したから他所に取られる前に取りに来たのだろう。
その素直な気持ちは嬉しい。
なんせ妹は見習い過程をすっ飛ばして若干2年で副長にまで上り詰めた異端児だ。そんな異端児が百年も謹慎処分を受けていたうちを必要としている。
「行こう行こう! ティ姉を案内するし!」
抱きついて手を引こうとする妹を抱きしめながら頬擦りする。
「フィちゃんはいっつも可愛いやんね! お姉ちゃんの為に頑張ってくれてありがとうね!」
「そんなの当たり前だし! だってフィはティ姉を第三で養う為にたくさんお仕事したし。ティ姉の為に三席の椅子をあけてるし。希望するならフィの副長でもあげるし!」
まったく、姉を甘やかす出来すぎた妹よ!
しかし重要なポストを軽々あげようとするんじゃありません!
「お姉ちゃんは重要なポストはお断りやからね!しかもその辺が1番大変だし! フィちゃんの権限で下から5番ぐらいにして!」
「でも三席以外用意してないから準備に時間が……ひょっとして第一征伐隊に行く気だし? そんなの絶対許さないし! 今のティ姉はカカシぐらい全然役に立たないからあんなところ無理ぃし!」
姉妹の中でも言ってはいけない境界線がある。妹のようにおバカな子でも一線だけは越えないようにしていたはずだ。
「フィルチェ」
「今のは、今のは違くて! ごめんなさい!ごめんなさい!」
「何も気にしないから平気やんな」
それを簡単な言葉ひとつで乗り越える。
もっともうちにはまるで響かないのだが、
「怒らないで……怒らないでください。フィはいつも考え足らずだから、どうか怒らないふミュ」
「お姉ちゃん気にしてないから悲しい顔したらだめやんな! ほ〜ら笑って。口角上げてニィーー!」
妹の口を無理やり持ち上げ脇腹を掴み軽く揉む。
いわゆる、くすぐり。というやつだ
「ひゃハ!? くすぐったいし……でも本当にティ姉に第一征伐は合ってないし。そのてん第三厳罰ならフリーパスだし! むしろ歓迎だし!」
「フィちゃん忘れとるけど、お姉ちゃんは第一征伐は入れんよ」
説明しておくと天使になった者は三つの隊のどれかに所属しなければならない。
それぞれ役割が違うので各々に見合った隊に推薦されたり志願したりする。
第一征伐は秩序と公平を司り、完全実力主義、一度も挫折したことのないエリート中のエリートしか入れない。
欲しい物はほとんど支給され、将来は天使幹部の座が約束されている。
例外としてうちは除名されたという事実がある。
第二贖罪は祈りと願いを司り、仕事内容が雑用含めて多岐にわたる為に天使の数がもっとも多い。
しかしお給金は完全歩合のやり甲斐搾取!
そして他と比べて格別に安全!
第三厳罰は罪と罰を司る。妹が副長をやれるぐらいだからチャランポランな隊なのは想像に難くない。
そして消滅率の高さゆえ、お給金がべらぼうに高い。
消滅する前に己の欲ぐらい満たしておけという事だろうが、妹曰く狂信者しかいないから死んで本望なのだろう。
ほとんどが引き抜くのだが稀に志願するものもいる。第一征伐なんて勧誘しないから志願者しか入れない。
腕に自信がある猛者は初っ端に第一に入隊しても良い。
もっともうち以外みんな辞めるか消滅したし、うちも除隊して今では多少復活したとしてもまだまだ焼け野原と思う。だから人数すくないし多少優しいのかも。
何にしてもまずは妹を説得しなければ、
「お姉ちゃん天界では第二贖罪隊の見習いとして奉仕活動してたからまたそこにするから」
「はあ!? ダメだし! あそこダメだし! ティ姉なんて配属されてすぐに死んぢゃうし! 権力使って反対するから無理だし! フィは足しか引っ張られたことないし!」
案の定反対される。が! んが! んだが!
そんな事を言われて黙ってるうちではないのだ!
そもそもうちの罰を軽くしてくれるように嘆願書を嫌がらせのように毎日書いてくれたのは第二贖罪の隊長さんらしいし。
百年間毎日違う文章で……頭が下がるばかりだ。
「よく聞いてね。お姉ちゃんは雑用……主にフィちゃんの小間使いなんかをする」
「え!? ティ姉に雑用なんて出来るの?」
「ンフフフ、見た目通りお姉ちゃんなんでも出来るんよ。伊達に神様直属まで上り詰めてないからね。そんでフィちゃんは今まで一人で頑張ってたからしばらく二人でお仕事しよーね」
「……ティ姉あったま良〜いし! フィの何手も先を見据えてるし! 実は今凄く大変でー! 」
仮にも妹は副団長なのだ。その多忙さ故にお付きの天使は常に一定数必要だ。
その中に新人のうちが混じっていても別段不思議でもない。
肝心なのは副団長様が他所から派遣されて来て何も手伝いをしないうちをどう評価するかなのだから。
しかしその分妹の面倒は見てやらなければならない。ただでさえ放任してしまって利かん坊な性格だから少しずつ矯正でもしてあげよう。
今もベッタリうちに引っ付いて離れない可愛い妹よ。
お母様と存在しない父さんの愛情を知らずに育った妹よ。
親代わりにもなれないお姉ちゃんは精一杯甘やかすから妹はすくすく育っておくれ。
そんな妹は胸元から一枚の紙を取り出し差し出した。
「そうだ! これ預かってたし!」
「んー。何これ?」
「罪禍の書、簡単に言ったらティ姉個人への命令だし。これを渡す名目でティ姉の任命式に出れた訳だし」
まあそうだよね。いくらなんでも副長様が個人の巣立ちの時に立ち会うなんておかし過ぎる。
しかも急遽決まったっぽいし、妹の都合がつくわけがない。
たぶん嫌と言えないような内容なのだろう。
封をされた蝋を溶かして中身を改める。
各部署の長の捺印が押されているドッキリでは済まされない本物の命令書、
そこにはこう書かれていた。
〜天使ティーチェ〜
配属先は地上、配属期間は3年
人間名をティーチェ・レストとする。その際に特定の隊に所属することを禁ずる
ティーチェ・レストが償う罪を言い渡す。
〜神様とコンタクトをとり補佐せよ〜
……なんだこれ? 第一行から無理難題だぞ? 流石に無理だから第二行を中心に活動しますか。
〜裏切り者を殺せ〜
以上をティーチェ・レストの地上での任務とする。地上での活動として汝の祈詩【黄金の海】の使用を申請なく許可する。
「えぇ!? ……うーん!? これ間違いでしょ? 確認取りたいんだけど誰に言えばええのん?」
「文句があるなら第一のアホ隊長が聞いてくれるって言質とってるし!」
「よそ様の隊長さんにアホなんて言っちゃあかんよ」
ぐぬぅー、フィちゃんのくせに禁じ手を使いおって。そこは自所属の隊長さんにせんか!
あんなのに反抗してお尻を叩かれたくない。
ため息をついてお手上げをする。
「うちは常々思うんやけどね。罪禍書ってみんなで共有して終わらせた方が良くない?」
「内容のお漏らしは罰の対象だから第三連中は協力しないし。それとフィは挨拶回りとか色々準備するから遅れるしけど先に降りちゃダメだし! 地上は危険だし」
「フィちゃんが納めてる国でしょ? でもここは先輩の言う事に従いますかね」
「せんぱい……そうだし!ティ姉は後輩だから言うこと聞かなきゃメッだし!」
「はいはい。んじゃ気長に待ってるよ〜」
妹を見送ってうちも準備に入る。
ってか神様とコンタクトを取るなんてフィちゃんどころか誰にも教えられんよ。
まず地上に降りる為に白衣を頭からズッポシかぶる。仮にも人間の前に姿を見られる可能性があるのだから厳かな格好をしなければならない。
羽はいらないかな……いや、最初だし付けていこう。
背中から羽を生やす。
うちの場合は六枚だ。
これが天使の力の源だ。
地上の生物とは次元の違う存在である証ともいえる。
あとは妹に書き置きをすれば準備完了なのだが地上にいる人間が視界に入ってしまった。
「……自殺かぁ……また難儀な事やね」
ふわりと宙を蹴って地上へと落下していく。
どれ程スピードが出ようとも地上で怪我はしない。
これも一重に天使の羽による奇跡の力だ。
物理ダメージ全て無効のチート能力!
というか意識しないと物理はすり抜けちゃうから着地はしっかり!
昔の天使は天使の羽なしでも奇跡を起こせたらしいのだが、神様が産まれなかった今の時代は、残された天使達は【祈詩】と天使の羽を頼りに世界を平和に導いている。
「ちょっと待ってね! 死ぬのはうちの話しを聞いても遅くはないよね!? そんなに綺麗な魂をしているのに散らすのはもったいない!」
気合いを入れて頬をパンパンと叩いてうちは、
「ぐぶえぶぁっっ!!!?!?」
うちは地面と強烈な口付けをした。
血の花が咲き誇り、肉は形を失い魂は傷一つつかず
女の子は首に縄をかけて自ら木に吊された。
「なんで? どうして」
どちらの声だったのか。今となってはもうわからない。
ボロボロと崩れ去る天使の羽、それに伴いうちの身体が土塊のように瓦解していく。
バタバタと蠢く人である身体、生きる為にもがいているのか、それとも目の前にある奇跡に手を伸ばす為か
「い、ひゃだ……死、死にたく……たす、たすけ」
ちかく、近くに、 何処かに、 誰かに 貴女に
「奇跡の果てに在るべき肉体を我が元へ
願いの彼方へ得るべき魂を再びここへ
再臨せよ再臨せよ……どうか……どうか
溢れる熱情が冷たく凍れ」
結局のところ、
うちの天使としての実績は何一つ上げられず、ものの数秒で幕を閉じたのだった。
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