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大好きなあの子をストーカーしたら怪しい組織の仲間になりました

作者: 栗山煉瓦

こんにちは。ちょっと変わった趣向のものを書いてみました。

よかったら読んでみてください。

 好きな女の子ができると僕はストーカーすることにしている。もちろんその子には内緒だ。僕はクラスでは全く目立たず、影以下の存在だ。二回に一回は出席を飛ばされるし、「ペアになって」と言われてもそもそも認識されていない。そんな幽霊並みの存在感で僕はストーカー行為に勤しむことができるのだ。

 今気になっているのは同じクラスの高柳美憂ちゃん。身長は百六十三センチ、A型牡羊座、きょうだいは妹がひとり。この間の中間テストでは学年総合十二位だった。僕が学年百四十八位だったから、かなり差がある。試験後美憂ちゃんの親友の吉井愛ちゃんが

「さすが美憂、成績もスポーツも完璧だね。これで彼氏いないのが不思議だよ~」

 と肘で彼女のわき腹を突いていた。

「たいしたことないよ~。彼氏なんてできるほど可愛くもないしね~」 

 と奥ゆかしい美憂ちゃんのご謙遜。それにしても彼氏はいないのか。それなら僕にもチャンスがあるかもしれない。とにかく、もっと美憂ちゃんについて情報収集しなくては。僕がメモしている「女の子ノート」四冊目を飾るにふさわしい子だと思う、美憂ちゃんは。

 ある日いつものように下校する彼女をストーカーした。実は家までついていくのは初めてなのだ。いつもそうなんだけど、恋の初めは臆病だからちょっとしか進めない。でもだんだん大胆になっていくのだ。

 美憂ちゃんは部屋で着替えを済ませ、ベッドに横になっている。薄いカーテンの隙間から彼女の私生活がひらひらと見え隠れする。

 その後のこぎりを持って家の離れに向かった。DIYでもするのだろうか。僕は彼女の新たな一面が見られると思い、ワクワクが止まらなかった。

 離れは平屋の建物で、普段はお父さんの趣味部屋として使われているようだった。でも美憂ちゃんのお父さんは海外出張が多く、なかば美憂ちゃんの遊び部屋と化している。僕は窓の下にしゃがんで彼女が何をしているのか確かめようとした。美憂ちゃんの部屋に盗聴器はあるんだけど、離れには設置していない。耳をすませば彼女の鼻歌が聴こえてくる。

「た、た、助けてくれぇ!!俺が悪かった」

 楽しそうな鼻歌だ。ってアレ? 何か男の叫び声にも聴こえる。そして数分後、室内から争うような音がして、「ぐわああ」とさっきの男の断末魔が外まで響いた。

 尋常じゃない叫び声だった。まさかこの部屋の中で行われていることは……。いやいや、高柳美憂に限ってそんなことはないはずだ。でも僕はその場から動けなくなってしまった。

 するとしばらくしてギコギコとのこぎりの音が聴こえ始めた。たぶんDIYだ。それか大きな動物の肉を切っているんだ。もしかするとマグロかもしれない。

 帰ろう。僕はやっとの思いで立ち上がり、家へ帰ろうとした。物音を立てたらきっと見つかってしまうからそろりそろりとおいとましなければ。

「だーれだっ」

 僕は振り向けない。振り向けば災厄が待っていることは確定しているのだ。

「わ、わかりません」

「もうバレてるよ、どうしようか?」

 美憂ちゃんはのこぎりを片手ににっこりとほほえんだ。ほほえみの裏に強い殺気が感じられる。僕の人生もここで終わるんですね、はい。

「ふふん、えーと君は誰だったかな。私の知り合い?」

「そうです。クラスメイトの小日向太陽です」

「ああ、影の薄い陰キャな小日向太陽君ね。知ってるよ」

 僕は彼女に微笑み返し。それと一歩ずつ後ずさり。逃げるなら今しかない。背後をちらりと確認する。障害物は何もなし。いける、そう思った瞬間、

「逃げ場なんてないよ。君は私の秘密を知っちゃったんだね、お気の毒様。ミンチと手羽先どっちが好き?」

「どっちも嫌いです」

「じゃあしょうがない、スクランブルエッグで勘弁してあげるよ」

 彼女がのこぎりを振り上げる。万事休すか。目を閉じ世界のあまねく神様に祈りを捧げた。その時だった。美憂ちゃんの後ろで銃声がこだました。振り向くと黒ずくめの男たちが美憂ちゃんに向かって銃を向けている。

 それを見た美憂ちゃんはのこぎりを下ろし、尻ポケットから銃らしきものを取り出し、目にも止まらぬ速さで二発男たちに向かって発砲した。その銃はレーザー銃で、七色の光線が男たちの胸を一瞬で貫き、哀れなスナイパー達はその場に倒れた。

「はい、一丁あがり」

 レーザー銃をしまう彼女の右頬は赤く染まり美しい。でも殺人者だ。

「それで、君のことも殺さないといけないんだけど……。でも君ってずっと私をつけてたの?」

 僕は最後の告解とばかりに今までのことを全て告白した。そして彼女に興味があることも。いいんだ、東京湾に沈んでも。僕は満足さ。

 けれども、美憂ちゃんは何かを考え込んでいた。そして、

「私、君にストーカーされてるなんて気づかなかったよ。すっごい技術だね。君のその能力を活かしてみない?」

「どうやってさ」

「私たちの組織に入ってほしいの。君なら立派な諜報部員になれると思う」

 美憂ちゃんの話によると、彼女が所属しているのは「ストロベリーボム」という秘密組織で、世界を破滅させようとする地下組織と闘っているらしい。この世に起こる陰謀を未然に防ぎ、世界の平和を守るのが彼女らの役割だという。特に地下組織X団は、地球の重力をおかしくさせ、隕石を衝突させようとしている。地球壊滅後はX団がノアの方舟のごとくこの世界を導き、救世主になろうとしているのだ。

 僕は美憂ちゃんに協力することにした。手始めに彼女が始末した男たちを闇に葬る仕事を手伝った。彼女いわく、僕は筋がいいという。まさかこんなことに巻き込まれるとは思っていなかったけど、ここで彼女に逆らってもその先は死あるのみだ。だからしばらくはつきあおうと思った。


 それから数々の仕事をこなした。僕は諜報部員として敵組織の内部に忍び込み、様々な情報を盗み出した。それは僕たち組織にとって超重要事項で、僕の活躍によって何度も危機から脱出できたのだ。また工作部員としても活動した。爆弾を仕掛けたり、敵組織を攪乱したりした。

 僕はいつのまにか組織内で重要な地位についていた。美憂ちゃんは僕より優秀な子だったから、二十代の初めにはもう幹部に名を連ねた。

 敵組織は雨後の筍のように湧きだした。まったくもぐらたたきだ。それでも粘り強く僕たちは地球上にはびこるあらゆる悪の組織の陰謀を潰していった。

 五十歳になる頃、X団との最終決戦が始まった。それは熾烈な戦いだった。僕たちストロベリーボムの人員三百人のうち、半数が一年以内に命を落とした。でも僕たちも負けてはいない。二年がかりで彼らの第一の拠点を破壊し、あと一歩で壊滅というところまできた。

 でもそんなとき、美憂ちゃんが病気になってしまったのだ。治療法を探したけど、特効薬が見つからない。難病だった。

「太陽君、今までありがとう。君とここまで来られたこと私は誇りに思う。私が君をスカウトしなかったらこの組織もなくなっていたはず。感謝してもしきれない。もし私が死んでも、絶対X団に勝ってね」

 病室で美憂ちゃんとふたり、僕は彼女の手を握りしめ勝利を誓いあった。思い返せば四十年近く彼女と行動を共にしてきた。僕は組織を守り、悪を倒すことに邁進してきたけど、

本当に守りたかったのは美憂ちゃんだった。X団を倒し、勝利の美酒をふたりで味わう場面を何度想像しただろう。次第に痩せていく美憂ちゃんを見るのが忍びなかった。僕は彼女の命を何としても救いたかったのだ。

 X団が美憂ちゃんの病気の特効薬を持っていると聞いたのはそれから二週間後のことだった。X団の捕虜の中に、薬の研究を行っていた者がいたのだ。それによるとX団が開発した薬を使えば、美憂ちゃんの病気も治る可能性が高いとのことだった。

 僕はその話を口外しないようにその場にいた人物たちにきつく口止めした。

「参謀長、敵の罠かもしれません。どうぞ慎重に」

 最側近のディナナスはそう言うけれど、僕は交渉の余地ありと思い密かにX団と会っていた。敵といえどもX団は人道的行為を重んずるところがある。僕はそこに期待した。もちろん美憂ちゃんにも秘密だ。もし彼女に話せば、絶対死を選ぶと思う。

 僕は自分の手をじっと眺めた。もう五十も半ばだ。手には皺が増え、決して若いとはいえない。まさかこういう人生になるなどとは思いもよらず、でも決して後悔はしていない。

それでも時々死んでいった者たちの顔を思い出すのだ。救えた命もたくさんあった。だから美憂ちゃんの命は必ず助けなければいけない。そして最終的にX団を倒すのだ。

 七月のある日、僕は密かにX団へと向かった。強い日差しが照りつける灼熱の日だ。砂漠の地下にX団の拠点があった。

「お待ちしておりました、コヒナタさま。こちらでございます」

 そこは化学プラントだった。白衣姿の仮面たちが一斉にこちらを見る。異様な光景だ。僕もある程度は変装しているからおあいこといったところか。

 特効薬はすぐに入手できた。しかしもちろんタダでもらえるわけがない。僕はX団と和解の道を探る約束をしてしまった。

「さあ、これを飲んでくれ」

 美憂ちゃんに特効薬を飲ませると、病気はたちどころに良くなり、三週間後には完治した。彼女は僕が持ってきた薬に疑念を抱きながらも、素直に僕に感謝した。これでひとつの大きな問題が解決した。さあ、X団と向き合う時だ。

 そう意気込んでいたが、ことは風雲急を告げた。僕はX団と密通していたとして、投獄されたのだ。僕を裁いたのは美憂だった。彼女は僕に感謝しながらも冷静に僕の行動をひとつひとつ分析し、断罪した。そこに温情はなかった。

「あなたが犯した罪は重大です。ここに入っていなさい。二度と陽の光を浴びることはないでしょう」

 そしてどこかに投獄された。僕は連行されるあいだ目隠しをされていたから、正直ここがどこだかわからない。六畳間ほどの広さで窓はなく、簡易トイレとシャワーが設置されている。部屋の下に地下倉庫があり、食料はそこから勝手に食べろということだった。

 時計もなく、体内時計のみに従う日々が続いた。腹が減っては飯を食い、眠たくなったら横になる。訪れるものは誰もいなかった。娯楽も楽しみも何一つない。こんなところにいたのでは気が狂ってしまう。僕は地下倉庫に食料以外のものがないか探してみた。しかし何も見当たらない。末路は食料が尽きて体が滅びるか、精神が滅びるかのどちらかだ。

 牢屋に入ってからどれだけの月日が流れたのだろう。眠った回数もすでに忘れてしまった。髪は白くなり、皮膚も弾力を失っていた。このまま誰にも知られず、命を終えるのだ、でも美憂を助けられたのだからよしとするか。僕は死の眠りについても後悔しないだろう。X団との抗争がどうなったのかが気がかりだが……。

 そんなある日、突然部屋が大きな揺れに襲われた。今までに体験したことのない強い揺れだ。部屋は何度かサイコロのように転がって、そのたびに体は宙に浮き頭を打ち付けたりした。老いた体には身に染みる仕打ちだ。

 揺れがおさまると、何十年も開かなかった部屋の扉がゆっくりと開いた。外に出てみると、見渡す限り荒野が広がっていた。この部屋の他には何もなかった。僕は覚束ない足で一歩踏み出してみる。草も木も失った世界で、空だけが青く輝いている。僕は外に出られた喜びと、世界を失った悲しみを思い、その場に立ち尽くした。そして涙がひとりでに溢れてきて、僕は部屋の壁に向かってわんわんと泣いた。

 その時気づいた。この部屋は見たことがある。壁を丹念に見ていくと、「TAKAYANAGI」と名前のプレートが目に入ってきた。この部屋は僕と美憂ちゃんが初めて会った、あの部屋だったのだ。 

 美憂ちゃんは僕を断罪したわけではなかった。このシェルターに匿うことで、世界の崩壊から僕を避難させたのだ。そう思うと余計に涙がこぼれた。

 まだ歩けるだろうか。僕は自分の肉体をまじまじと凝視した。こんな老人に何ができる、誰もいないこの世界で。まだ生き残っている人がいるのか、世界は本当に終わってしまったのか、それと美憂ちゃんの行方はどうなったのか。

 でも探しに行かなければならない。なぜなら僕は好きな人をどこまでも追いかけるストーカーなのだから。

これで終わりです。感想お待ちしております!

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