初恋の人が婚約したのは魔力を持たない妹でした
私、アイシャ・スカーレットは魔術師の名門家と呼ばれるスカーレット伯爵家の長女として生まれた。
父は特級魔術師として国王陛下の護衛を務めており、祖父は大賢者の称号を持ち宮廷魔術師団の相談役。
そんな家柄のおかげで、私は幼いときより立派な魔術師になるべく厳しい訓練を受けていた。
「お姉様、今日も訓練なのですか?」
「ええ、そうよ」
「わたくしも魔力があればお姉様とご一緒できましたのに。お姉様の銀髪……羨ましいですわ」
悲しそうな顔をする彼女の名は、リーシャ・スカーレット。
私の一つ歳下の妹には、生まれつき魔力がなかった。
これはそれほど珍しい話ではない。
魔術師の名門と言えども、全員が魔術師としての適性を持って生まれるなどあり得ないのだ。
スカーレット家の魔術師は皆、銀髪で生まれる。
魔力の素養が高い人間は髪の色素が薄くなるからだ。
リーシャの髪色は黒であった。
「……あなたはすごいじゃない。王立学院を首席で卒業できる見込みなんでしょ? レイヴン殿下と婚約したのもあなた。みんなあなたのことを認めているわよ」
「そうでしょうか。よくわかりませんわ」
よくわからないというような表情で、首を傾げるリーシャ。
しかし、私は確信している。
リーシャほど天に愛された女性はいないと。
容姿端麗、頭脳明晰、おまけに芸術方面でも秀でており、彼女の描いた絵画は宮廷コンクールで二十年ぶりの大賞を獲り話題となったほどだ。
特にその容姿は麗しく「背丈や声はよく似ているのにね」などとパーティーで無神経な酔っ払いから、そんな嫌味を言われたこともある。
だが、私はそんな可愛い妹が自慢だった。
天真爛漫で愛くるしいその笑顔は、冬の雪原を溶かす太陽のごとく、人々を温かな気持ちにさせてくれるのだ。
父から課せられる辛い魔術訓練にも耐えられたのは、彼女が見守ってくれたからである。
「でも……お姉様は本当はわたくしのことをお嫌いでしょう?」
「えっ?」
「だって、お姉様はレイヴン殿下を――」
この国の第二王子レイヴン・ヴィントエニア。
魔術研究者の顔を持つ彼は、私と同い年であり、幼いときより切磋琢磨した関係であった。
魔術だけでなく、学業も優秀。王立学院を次席で卒業しているほどだ。
新しい魔術や魔道具を発明しては、嬉しそうに語る彼の隣にいるのは心地よかった。
魔術を使った勝負をして、私が勝つと本気で悔しそうな顔をして、「次は負けない」と努力する彼に好意を持っていたのも事実である。
でも、レイヴン殿下が婚約者に選んだのはリーシャだった。
『君とはこれからもライバルだ。可愛い妹の婚約者だからって手を抜かないでくれよ』
爽やかに笑いながら、そう言われたとき私は気が付いた。
そうか。レイヴン殿下は私のことを異性として見てくれていなかったのか、と。
不思議なもので、そのときから彼への興味はスッと消え去った。
確かにリーシャと婚約したとき、私には複雑な感情が芽生えていたかもしれないが、今は心から彼女を祝福している。
いや、そんな出来事などなくても、私にとってリーシャは特別なのだ。
どんなときも優しい笑顔で私を支えてくれた彼女を嫌うなどあり得ない。
「バカね。私はいつだってあなたを愛しているわ。幸せになってほしい。心の底からそう思っているんだから」
「アイシャお姉様……」
「そんな顔しないでよ。ほら、今度の卒業試験であなたが首席で卒業できるかどうかかかっているんだから、勉強したほうがいいんじゃない?」
「そ、そうですわね。ごめんなさい、お姉様。変なことを口にしてしまって」
リーシャは寂しそうに微笑み、背を向けた。
どうしたのだろう?
王子との婚約や、首席卒業のプレッシャーでナーバスになっているのだろうか。
それから一ヶ月後。
リーシャは卒業試験をすべて白紙で提出した。
「おいおい聞いたか。スカーレット家の次女が卒業試験、すべて白紙解答だってさ」
「どうやら今まで試験で不正を働いていたらしいわよ」
「あんなにきれいな顔をして頭も良いなんて出来すぎているものね」
「スカーレット家で魔術も使えぬ上に、落ちこぼれだと肩身が狭いだろう。不正もしたくなる、か」
試験直後に開催された王立学院の同窓パーティーでは、妹のリーシャの噂で持ちきりだった。
無理もない。
首席卒業間違いなしと言われるほど優秀な妹が、いきなりこのような真似をしたのだ。
変な噂が立たないほうがおかしい。
『リーシャ! どうしたの!? 体調でも壊したの!?』
『……お姉様、ごめんなさい』
『謝らなくていい。理由を聞かせてほしいの』
『…………』
リーシャはなにも話さなかった。
父に問い詰められても、謝るだけで理由を言わない。
こんなこと初めてだ。
力なく微笑む彼女になにがあったのか、私には想像もつかなかった。
『解析魔法……病気ではないみたいね』
『お姉様……』
解析魔法を使って、体調についても調べてみた。
しかし彼女は健康そのもの。
謎はますます深まるばかりであった。
「アイシャさん、聞かせてくれよ。妹さんは本当に試験で不正など――」
「していません。あの子が不正などするはずがありません」
同窓生の一人がワイングラスを片手に私に話しかける。
酔っ払っているからなのか、随分と顔が近い。
「じゃあ、なにがあって白紙解答なんかしたんだ? 姉なら理由くらい知っているだろ?」
「そ、それは……」
「知らないのか? いや、言えないんだな? 不正確定で良さそうだなぁ、これは」
「違います!」
確か彼は侯爵家の嫡男、そんな彼にリーシャが不正をしたなどと吹聴されたら――。
そう思った私は大声を出したが、彼はニヤリと笑って背を向けた。
まるで私の弁明など聞かないと言うように。
「いい加減にするんだ!! リーシャが不正などするはずがないだろう!!」
「っ!? で、殿下……」
その瞬間、場の空気が変わった。
レイヴン殿下が鬼のような形相で、噂話をしている同窓生たちを一喝したからだ。
婚約者であるリーシャが貶められ、怒りが爆発したのだろう。
侯爵家の嫡男も、気まずそうな顔をしている。
「リーシャはああ見えて繊細な子でな。王子の婚約者という重圧のせいで、精神的に追い詰められていたようだ。試験の日は首席卒業しなくてはという焦りの気持ちもあり、頭が働かなくなってしまったと聞いた」
なんと、レイヴン殿下はリーシャから理由を聞いていたのか。
私は少し意外というか、悲しい気持ちになった。
確かに殿下は彼女の婚約者。
でも、まだ姉である私のほうがより近い存在だと思っていた。
――リーシャ、なんで私には話してくれなかったの?
家族以外に悩みを話せる存在がいるということは喜ばしいと思いつつ、胸が締め付けられた。
「アイシャ、大丈夫か?」
「はい。お気遣いありがとうございます。殿下……」
「礼には及ばないさ。しかし、噂というものは怖いな。あのリーシャが不正などという戯言。誰が言い出したのか」
夜風に当たろうとテラスに出た私に、グラスを手渡しながら、真剣な表情をするレイヴン殿下。
彼がこの場で怒ってくれなかったら、一体どうなっていたことか。
想像するだけでもゾッとした。
「アイシャ、俺は間違った選択をしたのかもしれない」
「殿下?」
「リーシャと婚約したのは決して彼女に重圧を与えたかったからではないんだ」
「それは、そうでしょう。殿下が気に病むことではございません」
力なく肩を落とすレイヴン殿下はひどく弱々しく見えた。
彼自身も、リーシャの件で責任を感じているのだろう。
「スカーレット家に生まれて、魔力を持たないことをリーシャはずっとコンプレックスとして抱えていたらしい。おまけに君は特級魔術師の父君や、あの偉大なる大賢者殿をも超える天才魔術師だ。せめて学業だけでも、とずっと努力し続けていた」
そんなことは知っている。
あの子がどれだけ陰で頑張っていたのか、姉である私が知らぬはずがない。
コンプレックスの大きさだって理解していたつもりだ。
しかし、「気にすることはない」などと、どんなに言葉を尽くしても、あの子をより追い詰めてしまったのかもしれない。
「私が悪いんです。リーシャの気持ちを完全に理解できなかった。姉失格です……」
「なにを言っている! 君が悪いはずあるものか! 君がリーシャをどれだけ愛しているのか、俺は知っている」
「でも、妹は……」
「疲れてしまっただけさ。首席で卒業できないのは残念かもしれないが、そんなことで彼女の価値は変わらない。きっと大丈夫だ」
本当にそうだろうか。
リーシャの心の奥に潜む闇は思っているよりも深刻な気がする。
レイヴン殿下が優しい言葉をかけてくれるのは嬉しいけど、私はそれを楽観視できなかった。
「アイシャ、俺はいつだって君の味方だよ。気になることがあったら、なんでも相談するといい」
「ありがとうございます。殿下……」
あの頃の私だったら、月明かりに照らされた清潭な顔つきの殿下の顔にときめいて、眠れぬ夜を過ごしたかもしれない。
この方への気持ちを忘れて良かった。
リーシャへの想いがブレてしまうから――。
◇
『魔力を持たない者でも魔術が使えるようになる薬があるんだ』
俺がそんな話をしてやると、彼女は目をキラキラと輝かせて飛びついてきた。
『本当ですの!? 本当にわたくしでも魔術を使えるようになるんですか!?』
『ああ、もちろん。君のような持たざる者のために俺は研究を続けていたからねぇ。欲しいかい?』
『もちろんです! これでわたくしはお姉様だけにスカーレット家の魔術師としての負担を背負わせずに済みますわ』
スカーレット家の魔術師は有事とあらば、戦場へと駆り出される。
魔術師として天才的な資質を持っているアイシャは、それだけに命を国に差し出す危険を生まれた頃より背負っていた。
実際、アイシャは王立学院在学時より、魔物の討伐に駆り出されている。
そして、貢献すればするほど、その頻度は増えていった。
リーシャはそれに耐えられなかったようだ。
彼女は、魔術が使えなくて悩んでいたわけではない。
魔術が使えないがゆえに、姉妹の中でアイシャだけが死と隣り合わせの運命を辿る。
姉を誰よりも尊敬し、愛しているリーシャにとって、それはなによりも辛いことであった。
『薬がほしいなら、俺の言うことを聞いてくれないか?』
『言うことを、ですか? はい。なんなりと仰ってくださいな』
『では、まずはそうだな。今度の卒業試験……すべて白紙で提出してもらおう』
『えっ? すべて白紙、ですか?』
俺の話を聞いて、リーシャは耳を疑ったのか眉をひそめてこちらをうかがうような仕草をした。
だが、これは冗談なんかではない。
いたって真剣な話である。
この俺を裏切ったあのいけ好かないアイシャ・スカーレットへの復讐。その序章なのだ。
『ちょっと君が優秀すぎると困るんだよねぇ。俺は次席で王立学院を卒業した。リーシャ、婚約者である君はこのままだと首席で卒業してしまう。これはどうにも体裁が悪い』
『そんなことはないと思いますが』
『そういう態度がもう、謙遜ではなく上からの哀れみに聞こえるんだよ。……できないなら、この話はなかったことにしてくれ』
才色兼備の生きた見本。
リーシャ・スカーレットは魔術が使えないことを除けば、完璧な女だ。
誰からも愛され、愛されているからこそ気が付かない。持たざる者の盲目さを。
俺がこの女とこのまま結婚すれば、必ずリーシャは俺以上に国民から支持されてしまうだろう。
それだけの器量をこの女は持っている。
まったく、姉妹揃って忌々しい。
『わかりましたわ。それで魔術を使えるようになるのでしたら……』
くくく、成績優秀なくせにバカな女だ。
そんな薬などあるはずがないだろう。
この女がいきなり酔狂な真似をしたら、アイシャには「魔術が使える姉にコンプレックスを持って悩んでいる」と伝えてやろう。
あいつはきっと自らの責任を感じて、気に病むに違いない。
アイシャ・スカーレット。
俺は魔術で何度やってもお前に勝つことができなかった。
魔術だけは誰にも負けたくない。
その一心で血の滲むような努力をし、鍛錬し続けた。
なのに、あいつは涼しい顔をして俺の遥か上を行くのだ。
だが、それでも俺は一つの優越感に浸っていた。
あの女が、どういうわけかこの俺に惚れていたのだ。
どうやっても超えられない力を持つ女が、俺を好いている。
それは、どんな美酒よりも甘美で胸を熱くして俺を酔わせてくれた。
『アイシャ、俺は君の妹のリーシャと婚約することにしたよ』
俺は一つだけ彼女に意地悪をした。
好きでもない、アイシャの妹……リーシャに婚約すると伝えたのである。
あいつは俺の望みどおりの顔をした。
失恋した女の顔というのは、儚く、情けなく、そしてなによりも美しい。
俺はそれだけで達してしまいそうになった。
――さぁ、泣いて俺に縋ってみせろ。
アイシャが泣いて俺に縋ってくれば、それで終わりにするつもりだった。
魔術的な素養が俺を上回っているという劣等感も、これでチャラにしてやろうと思っていた。
この女を生涯愛してやろうと決めていた。
『おめでとうございます、殿下。リーシャは大事な妹です。幸せにしてください』
アイシャはなにもかもを呑み込んで、笑顔を向けた。
そして、それと同時に俺に向けられていた恋愛的な好意は消えてしまっていた。
――どうして、そんなに簡単に諦められるんだ!?
――俺への気持ちってその程度だったのか!?
すべての感情がぐちゃぐちゃになり、残ったのはアイシャへの憎悪と嫉妬であった。
アイシャは俺を好いていたが、それ以上にリーシャを愛していたのだ。
「レイヴン殿下、お約束どおり試験は白紙で提出いたしましたわ」
薄暗い森の中で俺はリーシャと密会した。
「よくやったね、リーシャ。これは約束の薬だよ。次の満月の夜、誰にも見られない場所でこれを飲みなさい。この研究は機密だからね。誰にも言ってはならないし、誰にも見られてはいけないよ」
「ありがとうございます。ええ、お約束は守りますわ」
俺は彼女に一錠の丸薬を手渡した。
暗くてよく顔は見えないが、無邪気そうな声で俺を信じ込んでいる。
バカな女だ。それは毒薬。飲めば瞬く間に天国へと行けるとびっきりの猛毒だ。
最愛の妹の自殺。
アイシャは自分を責めて嘆くだろう。
俺はそんな彼女を優しく支える。
すると、どうなる?
あいつはきっとまたこの俺を愛してくれるに違いない。
そのときはもう、リーシャはいない。
今度は俺だけを愛してくれる。
誰よりも強く、そして美しいあいつを今度こそ俺は手に入れてみせる。
「さぁ、今日の密会はこの辺にしよう。君が魔法を使えるようになれば、きっとアイシャも喜ぶよ」
「それはどうかしら? 今の私の感情は全然違うけど」
「がはっ!!」
顔面にハンマーで殴られたような衝撃が走る。
吹っ飛ばされた俺の目の前で、彼女はカツラを外して見せた。
暗がりでも淡く光るその銀髪はまさか――。
「殿下、私の大切な妹をどうするつもりだったのですか?」
アイシャ・スカーレット、なぜ君が僕の目の前にいる!?
◇
あまりのことに私は怒りに打ち震えている。
――許せない。
そんな感情に支配され、魔力を拳に込めて、思い切りこの男の顔面を殴りつけてしまった。
それだけ腹が立ったのである。
やっぱり納得できなかった。
あの真面目なリーシャが試験を白紙で提出するなんてただ事ではない。
私は知っている。
妹が密かに日記を書いていることを。
そして、その日記帳の隠し場所も。
『リーシャ、ごめん』
私は罪悪感を覚えながらも、彼女の日記を読んでしまった。
そして、事の顛末を知る。
なぜ、彼女がこのような真似をさせられていたのかを。
魔力を持たない者が魔術を使えるようになる薬。
確かにレイヴン殿下はその研究をしていた。
私もその研究を手伝っていたから、よく知っている。
だが、殿下はその研究を二年前に止めてしまった。
理由は簡単だ。
それが不可能だということを殿下自身が証明したからである。
『この研究のことは黙っていてほしい。予算をかなり注ぎ込んで失敗したなどと知れると、手伝ってくれた君のキャリアも傷付くからね』
そう言われていたから、誰にも言わずにいたが、だからこそ不可解だった。
なぜ婚約者であるリーシャにありもしない薬を渡すなどという妄言を吐いたのか。
殿下がリーシャとこの森で密会して、薬の受け渡しをすると知った私は、彼女に変装して彼と会うことに決めたのだ。
『よくやったね、リーシャ。これは約束の薬だよ』
――解析魔法。
私はすかさず丸薬に解析魔法を使った。
結果は致死量の猛毒。
なんと、レイヴン殿下はリーシャを殺そうとしたのである。
想像を超えた事実に私は言葉を失いかけた。
『君が魔法を使えるようになれば、きっとアイシャも喜ぶよ』
あの子がどれだけ思い悩んでいるのか知っているのに、この男はその感情を利用して――。
許せなかった。
どんな理由があろうとも、私はこの拳を止めることはできなかった。
「殿下、説明してください。でないと、私。あなたを手にかけてしまいそうです」
「あ、アイシャ、なにを言っているんだ! 俺は別になにも――ひぃっ!!」
レイヴン殿下の足元が爆発して、彼はガチガチと歯を鳴らしながらこちらを見る。
「なにも? 言葉は選んだほうが賢明ですよ?」
「き、君が悪いんだ! 君が俺を簡単に捨てるから!!」
「私が悪い?」
そこから語られたのは、弁明と言うにはあまりにも身勝手で、聞くに堪えない内容であった。
私のことを愛していた?
リーシャと婚約すれば、私が泣いて縋ると思っていた?
私の気を引くために、妹を殺そうとした?
「愛しているんだ! アイシャ! 君を俺は愛している! 君だって、俺のことが好きだったはずだろ!?」
「はい。……確かに初恋の人はあなたでした。私の人生の汚点です」
「ぐっ!!」
情けない。
この人が好きだったことじゃない。
この人から大事な妹を守れなかったことが情けなくて、泣きたくなる。
「とにかく王族といえども、殺人未遂は重罪です。殿下、お覚悟はよろしいでしょうか?」
「ふん。目撃者は君だけじゃないか。悪いが、全力でもみ消すつもりだ」
「目撃者は私だけ?」
私が指を鳴らすと、森の木々が切り裂かれて、周りが月明かりで照らされた。
「レイヴン! 貴様というやつは!」
「陛下!? それに……」
レイヴン殿下は国王陛下とその背後に控えている護衛魔術師団の面々に驚愕した表情を見せる。
持てる人脈はすべて使わせてもらった。
国王陛下の護衛を務めている父と、大賢者として今なお発言力のある祖父に相談して、陛下に現場をご覧になってもらうようにお願いしたのである。
陛下は自らの息子の無実を証明するためなら……と口にして、ここまで足を運んでもらった。
「余は息子だからといって容赦はせん。覚悟することだな」
「くっ……」
こうして、レイヴン殿下による妹リーシャの殺人未遂事件は幕を閉じた。
陛下の言葉に二言はなかった。
彼への処分は非常に重いもので、陛下から縁を切られヴィントエニア王家から追放。
今は囚人労働施設で何年と続くかわからない労働に従事させられている。
これまでの王子としての人生と比較すれば、そのギャップは想像もつかないほど大きいだろう。
ある意味、これは死罪よりも辛いかもしれない。
◇
「お姉様、此度は本当に申し訳ございませんでした」
「気にしなくてもいいわ。あなたの苦しみを本当に理解することができなかった私が悪いんだから」
「そ、そんなことありません! お姉様はわたくしのために自らが咎められる覚悟で――」
心底申し訳なさそうにするリーシャの黒髪を私は撫でる。
彼女の劣等感、そして私への想いの大きさ。
わかっていたつもりで、まるでわかっていなかったのだ。
彼女は別のことで恵まれているから、大丈夫。
そう信じて疑っていなかった。
こんなにも近いのに、私はなにも本質に気付いていなかった。
「お姉様、ところで本当によろしいんですの? レイヴン殿下のこと、初恋の殿方だったんでしょう?」
「やめなさい。あれは私の人生の汚点なんだから。なんで、あんな人を好きだったのかしら」
「昔の殿下はひたむきで努力家でしたから。お姉様が惹かれてもなんの不思議もありませんわ」
「……あなた、心底お人好しね」
きっとリーシャだって、自分を殺そうとした人間に対して言いたいことは山程あるんだろう。
でも、私の過去を汚さないために、そのような優しい言葉をかけてくれたのだ。
間違いない。
この子がそういう妹だから、私はこの子を愛しているんだから。
「リーシャ、こんなことで挫けちゃダメよ。必ず幸せになりなさい」
「わたくしはもう幸せですわ。お姉様が側にいてくださるのですから」
「まったく、あなたときたら」
呆れながらも、私も同じ想いだということに気が付く。
リーシャが私の妹で良かった。
そう思うだけで、幸せになれるから。
もしも、少しでも「面白かった」「良かった」などと思ってくださいましたら
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