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悪霊令嬢にできること

さて、悪霊令嬢になってしまった私だが。

実はこの世界の悪霊がどういったものなのかはわかっていない。


前世であれば、夏の心霊特集やほんこわと呼ばれる恐怖体験談などから得た知識や、ホラー映画、ホラー小説、ホラー漫画といったフィクションから得た知識がある。


しかし、こちらには心霊特集みたいな話はないのだ。

なぜならば、この世界には魔物がいる。

騎士がいて、魔法使いがいて、魔物がいて、魔族がいる。

体の透けた人型の何かが襲ってくれば、それは魔物なのだ。


死んだ人間が夢枕に立つとかお告げをくれるとか、お盆になると帰ってくるとか、そういった信仰は無いのである。

この国……というか、この世界で一番信仰されている宗教は『エヌバンス教』という教えで、エヌバンス様の呼気が地上に届くと人が産まれ、死んだ人は吸気と共にエヌバンス様に取り込まれるという死生観なのだ。

生物は皆、エヌバンス様から生まれ、エヌバンス様に還る。言うなれば、生きとし生けるもの全てはエヌバンス様と同一である。

そういう教義なので、生まれ変わりや死者の魂が地上に残るといった考え方は異端になってしまうのだ。


暗闇が怖いという本能はこの世界の人間にもあるのだが、それは見通しの悪いところで魔物に襲われるとか、夜盗や暗殺者に殺されるとか、そういった現実的な怖さなのだ。


「困ったな」


半透明の体で現れて、「うらめしや~」と囁いて怖がるのは、「幽霊」という概念があるからだ。

今、この世界でソレをやればリビングデッドやらスケルトンやらの『魔物』として処理されてしまう。騎士団や冒険者の討伐対象でしかない。

王女や元婚約者の野郎が「自分を恨んで呪いに来た!」と思って反省したり後悔したりなんてしてくれないだろう。


前世では、小さい子が夜更かししたりいたずらしたりするときに「お化けが出るよ」といって脅かして言うことを聞かせたりする。

子どもの頃からお化けに親しんでいるのだ。


こちらの世界はそれがない。

脅し文句はなんでもかんでも魔物に置き換わっている。


希薄な存在感で現れて、シクシクと泣きながら死を予言するバンシーという存在があるが、それも魔物だ。実在する。


歌劇や舞台でも、死んだ人が魂だけ戻ってきて愛を伝えるみたいなものはない。


エバンス教の教義に反するからだ。


この世界にはエバンス教の他にも一応宗教はあるのだが、そっちはそっちで人は死んで土に帰り、草になって動物の糧になり、その動物を糧とする人間に取り込まれ、やがてその人間を親として新たな生を受ける。という教義だったりする。

地上の生態系の循環としてめぐっているという考え方だ。そこに魂の概念はない。


体は朽ち、魂だけが輪廻するという概念はあまり一般的ではないのだ。

少なくとも私は聞いたことがない。


「悩んでいても仕方ないか。移動してみよう…まさか、地縛霊とかになってないよね?」


部屋の外に出たいと思考すれば、ふわふわと透けた体が部屋の外へと移動していった。壁は普通にすり抜けた。便利だね。


隣の部屋では、私の遺体が棺桶へと入れられるところだった。

犯罪者扱いなためか、安い木材で作られたただの長方形の箱にしかみえないものだった。

釘を隠してもいないし、遺体の下にしかれるクッションも花もない。

かっぴかれていた目はかろうじて閉じてくれていたが、どうしたって見目が悪い。

我ながら、とても哀れで可哀想な姿だった。


「……手始めに、自分の首を実家まで飛ばすか」


呪い、呪詛、恨み、怨恨、怨嗟。

古今東西、無念の思いで無くなった英雄は首を飛ばして故郷へと帰っているものだ。

私もそれに倣おうではないか。


幽霊の認知度がゼロで、うらめしやと耳元でささやいたとて恐怖を感じてくれないのであれば、物理的な恐怖体験を味わわせてやろうじゃないの。

あり得ない現象がおこれば、さすがに何かあると思ってくれるだろう。


「さて、この霊体(?)で何がどこまでできるのやら?」


コキンコキンと、ならない首をならす。

いざ首を飛ばしてやろうと思うと、処刑方法が斬首じゃなかったのが悔やまれる。

いや、処刑されたことがそもそも悔やみなんだけどね?


「どうやって首を切ってやろうかな……」

「ひぃっ。何で自分のクビ切ろうとしてるデス?」


どうせ、誰にも聞こえないと思って独り言をつぶやいていたのに、不意にすぐ隣から声がした。

驚いて首をふれば、肩の上に白くて丸い小鳥がちょこんと乗っかっていた。

黒くて小さくて丸い目が可愛らしく、前世のシマエナガにもよく似ていたが、羽に黒い模様がなくてとにかく白い。くちばしまで白いので、本当に「丸描いてちょんちょん」という様子だった。

ちなみに、シマエナガは「丸描いてちょんちょんちょん」である。


「あんただれ」

「神様の使いの分霊ちゃんデスよ?」


私が処刑された直後に出てきたデブ鳥の分霊ってことか?


「デスデス、そうデス!」

「ナチュラルに思考を読まないでくれる?……ちょっとまって。ってことは、あなた達はエヌバンス様じゃない神様の使いってことね?」


エヌバンス教は、生きとし生けるもの全てエヌバンス様と同一である、という教義だ。

エヌバンス様から発生して、エヌバンス様に還る。

神の使い、という存在があったとしてもそこから分霊が派生するっていうのは、教義と一致しない。


「エヘヘ」

「照れるようなことを言っていないが」

「我が神から、ボクの主体のデブ鳥が怒られちゃったデスよ。説明不足も程があんだろゴラーって」

「いきなり説明に入るじゃん」

「と言うわけで、ボクが令嬢の呪いのお手伝いをするデスよ。嬉しいデス?」

「人を呪う手伝いをする神の使いってどうなのよ……」


無いはずの頭が痛い。

しかし、解説役がいるのが助かるのは確かだ。


「色々、出来る事と出来ない事なんかを聞きたいところだけど、まずはあの死体の首を切る方法を教えてちょうだい」

「ガクブル……物騒デスよ?ご自分の体デスよ?」

「見た目が変わりすぎていて実感が湧かないのよ。私自身はここにいるのだし。それに、人を呪わば穴二つっていうでしょう。利用出来る物は何でも利用するわ」


罪を犯して処刑された者は、遺族の元へ帰れない。

どのような処理をされているのかは、平和な令嬢だった私に知るよしもなかったのだが、遺体が家族の元へ戻されないということは知っていた。

先ほどの、処理も甘いただの大きな木箱に入れられた私の体だったもの。

首が不自然に伸びて曲がって、体のあちこちがむくんでふくらんで。

汚れてはいるが、豪華なドレスを着ているおかげで体の大部分が隠されてくれているのは救いなのだろう。


「うぅ……さすが神様まで届く怨嗟なだけあるデス……ええと、まず生前使えた魔法はそのまま使えます」

「よっしゃ!」

「……令嬢らしさが減ってないデスか?」

「魂だけになったからかしらね?前世の意識の方が強くでているのかもしれないわ」

「……」

「だからといって、今世の順風満帆だった人生を終わらせたあいつらを許すことはないけど」

「……えーと。物体に物理的に干渉するには『乗り移り』が必要デスね」


なんとなく、そうじゃないかとは思っていたが、悪霊の身では出きることに制約が多くありそうだ…



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