このうらみはらさでおくべきか!
現代日本の高卒レベルの知識を持ったまま、剣と魔法のファンタジー世界へと転生した。
現代日本における私の死因については、思い出したくもないので割愛する。
貴族の爵位「公侯伯子男」の真ん中、伯爵家のご令嬢というなんともちょうど良い感じの身分に生まれ変わった私は、これまで沢山読んできた異世界転生もののライトノベルやWeb漫画の主人公たちと同じように、前世から持ち越した知識を駆使して生家を盛り立てた。
婚約者が出来れば婚約者の領地を発展させ、才能を買われて王宮へ上がる様になれば年の近い王女様を無二の親友として支えてきた。
十六歳の春。
魔法学園の卒業を控え、卒業と同時に予定されている結婚式の準備に追われる忙しい日々の合間に招待された王女様のお茶会。お祝いしてくださるという王女様のお誘いの言葉に喜びながら、王女様のお茶会への参加したその日。
私は、王女様に毒を盛った罪で投獄された。
◇
王女様とは、王宮で出会った。
前世知識のおかげで幼い頃から才女と言われ、伯爵令嬢という身分にもかかわらず王女様の遊び相手として王宮に招かれたのがきっかけだ。
最初のご挨拶の時から王女様に気に入っていただき、王宮への出入り自由の許可もだされて、一緒に遊んだり学んだりする時間がとても多かった。
いわゆる幼なじみという関係だった。
王女様と一緒に王室お抱えの学者から教育を受けさせてもらい、お庭の散歩やダンスレッスンなどの運動も一緒に行った。
庭園にある小川で水遊びしては、一緒にお風呂に入れて貰うこともあった。
まるで家族のように、姉と妹のように仲良く育ってきたと思っていた。
婚約者とは、王宮で出会った。
婚約者は、王女様の兄でありこの国の王太子でもある第一王子の遊び相手として、王宮に招かれている侯爵家令息だった。
王女様と王子様は別々の学者に学んでいたため、勉学の時間はバラバラだったが、社交術を学ぶ為のお茶会ごっこや政治を学ぶために貴族会議を見学するときなどは一緒になることが多かった。
周りが大人ばかりの王宮で、王女様と王子様、私と婚約者の四人しか子どもがいない狭い世界。
私と婚約者はとても仲良くなった。
家に帰って家族に一日の報告をするときに、お互いの名前がよく話題に上がるようになるのは自然なことだった。
両家の派閥が同じだったこと、拝領している土地が近かったこと、その他もろもろ条件が良かった事もあり、私と婚約者の結婚の約束はトントン拍子に決まっていった。
その時はまだ幼すぎて、結婚をするタイプの好きなのかわからなかったけれど、結婚すればずっと一緒にいられるのだと聞いて幼い私は素直に喜んでいた。
そして、婚約者として一緒に過ごすようになると、お互いに「そういう好きなのかも」と意識するようになり、私たちは仲のよい恋人同士となった。
王子様と王女様も、そんな私たちの仲を喜んでくれていた。
なのに、なんで。
「私とあの人の仲を裂いた、あなたが悪いのよ?」
処刑台に上がる私に、王女様はそう囁いた。
「君の開発した道具、提案した農法、施工してくれた設備、考案してくれた料理……今後も侯爵家発展のために有効活用させてもらうよ。今までありがとう」
首に縄をかけられる私に、婚約者はそう耳打ちした。
「本当は妹のことが嫌いだったのなら、相談してくれれば良かったのに……。悩みを打ち明けられないほど、私は頼りなかったかい?」
足元の板が落とされる直前に、王子様が悲しそうに私に問いかけた。
投獄されたときに、私じゃないと訴え続けた。
尋問の時に、動機がないと叫び続けた。
裁判の時に、証拠不十分だと反論し続けた。
しかし、判決は覆らなかった。
王女と婚約者の最後の言葉を聞けばわかる。
私は愛する人たちに裏切られたのだ。
王女様の慈悲ということで、公開処刑ではない。
目の前には関係者しかいない。
幼なじみが処刑されるのを悲しむ様子の王女様と、それを気遣って支えるように肩を抱く私の婚約者。
お互いを見る目は、幼なじみのそれではない。情愛を含んだまなざしだ。
王女様がちらりとこちらを見て、ニヤリと笑った。
皆、私を見ているので王女様の不適な笑いには気がつかない。
王女のささやき、婚約者の耳打ち、そしてニヤリと笑う王女の顔!
すべてが物語っている。
私ははめられたんだ!
なんでかは、わからない。
結婚の約束をしたのが幼い頃すぎたのもあるし、成長するうちに王女と婚約者で愛し合ってしまうこともあるかもしれない。
だったら、相談してくれればよかったのだ!
心変わりしてしまったと。
婚約者は、王女を愛してしまったのだと。王女様は、私の婚約者を好きになってしまったのだと。
そう、相談してくれればよかったのだ!
私だって鬼ではない。婚約者の事は好きだったが、自分を愛していない人との結婚を無理やり推し進める様なことはしない。
円満に結婚相手を変えられるような作戦を一緒にたてることだってできたかもしれない!
王女様は幼なじみで親友で、侯爵令息は幼なじみで婚約者だったのだ。相談に乗り、自分の気持ちにけじめを付け、収まるところに収まるように動くことだってやぶさかではなかったはずだ。
それを、王女による自作自演の毒殺騒ぎの犯人に仕立て上げ、処刑して排除するなんてどうかしてる。
なんで?
どうして?
どう考えても理解できない。
「最後に何か言い残すことはありますか?」
私の安らかな死を祈るために待機している神官が、そう声をかけてきた。
「私はやっていない! 毒を盛ったのは私じゃない! 許さない! 絶対に許さないから!」
王女を、婚約者をきつくにらみつける。
奴らの顔を決してわすれるものか。恨んでやる!呪ってやる!
私を犠牲にして幸せになるなんて許さない!
「呪ってやる! 呪ってやる!」
「早く床を落としなさい!」
私の叫びが聞くに耐えないのか、王女が金切り声で執行人に指示を出した。
ガクンと足裏の感覚がなくなり、首に圧力がかかり息ができなくなる。ゴキリという鈍い音が耳の下から聞こえ、急速に意識が遠のいた。
あぁ、私の人生はどこから間違えてしまったのだろうか。
転生知識を披露しないで、凡才としてありきたりな伯爵令嬢でいれば良かったのか。
王女様の遊び相手を打診されたときに断れば良かったのか。
やり直せるなら、家族だけに利益があるように、知識の出し方を絞ってうまくやるのに……
そうして私は、王女毒殺犯として死んだのだった。
◇
「パンパカパーン! おめでとう!君の強い願いは、神に聞き届けられた!」
「は?」
死んだと思った私の前で、白い大きな鳥がふざけたことをしゃべりながら踊っていた。