リリア姫の初恋
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小さな国の8番目のお姫様が言いました。
「お父様、お願いがあるの」
王様は愛しそうに娘を見つめて答えました。
「私の可愛いリリア姫、何でも言ってごらん」
お姫様は嬉しそうに頬を染めて、王様にひそひそと何かをつぶやきます。
王様は「ふむ」と少し考えてから頷くと、姫様の願いを叶えてあげました。
「あなたにはコレがお似合いよ!」
甲高い女の声と同時にバシャリと水の音がした。
どうやら私は、頭から水をかけられたらしい。
濡れた制服が肌に張り付いて気持ちが悪い。
くだらない嫌がらせは何度目かしら?
最初の半年間は平和だったのに…
雲行きが怪しくなったのは、ほんの数日前からだ。
喚く女の腰を抱き、嗜虐的に嘲笑う王子が原因なのは、誰の目にも明らかだった。
留学生のリリア姫は目立つので、お遊びの的に選ばれてしまったのだろう。
リリア姫は床に散らばったノートを拾い集めると、王子達には目もくれずに校舎の裏庭へ向かった。
背後で、女がまだ何か言っていたが無視した。
裏庭のベンチにノートを並べて広げる。
ビチャビチャに濡れてインクが滲んでいるので、これはもう使えないだろう。
リリア姫は、ノートを放置して花壇に足を踏み入れた。
花壇というより畑と言った方が近いかもしれない。
そこには赤や黄や紫の野菜や薬草が植えられている。
「この島の植物は本当に素晴らしいわ」
リリア姫は、うっとりとした声でつぶやいた。
原生林に囲まれたアルーノ国は、生物学の研究者達から『神の島』と呼ばれている。
独自の生態系を保有するこの島は、大陸ではお目にかかれない珍しい動植物の宝庫なのだ。
1年前、この話を聞いたリリア姫は、すぐにアルーノ国へ行く事に決めた。
リリア姫の生まれ育ったバドガ国と、遠く離れた島国のアルーノ国は、国交なんてしていなかったが、そんな事は関係ない。
娘を溺愛する王様におねだりをして、リリア姫はアルーノ国に留学する事にしたのだ。
大陸の東端に位置するバドガ国は、地図に載せれば点になってしまうような小さな国だ。
どこもかしこも岩だらけで人口も少ない。
何も知らない人が聞いたら、何故そんな国が存在しているのかと疑問に思うだろう。
しかし、大陸中のどの国々もバドガ国と友好的な関係を望んでいる。
いや、むしろ従属されたいとすら思っている。
小さなバドガ国に、大国がこぞって平伏し恐れ焦がれているのだ。
大陸から遠く離れたアルーノ国は、バドガ国の恐ろしさを知らない。
少しは伝え聞いていたが、どうせ誇張された噂話だろうと軽く考えているのだ。
海に守られた島国ならではの無知と傲慢さは、ある意味で幸せかもしれない。
だから、リリア姫が酷い事をされても、見て見ぬ振りをして誰も止めないのだ。
遠く離れた小さな国の姫よりも、自国の王子の機嫌取りの方が重要だから。
そろそろ教室にもどろうかしら?
ふとベンチに目をやると、ビチャビチャになったノートの隣に新しいノートが数冊置いてあった。
『良かったら使って下さい』と書いたメモ紙とハンカチも添えてある。
リリア姫は目を丸くした。
まるで絵本に出てくる小人みたいだと思ったのだ。
人間に見つからないように、こっそり助けてくれる優しい小人。
嬉しくなって「ふふふ」と小さく笑った。
次の日、リリア姫は昼食に水をかけられた。
またかと少し呆れつつ裏庭へ向かった。
しばらく野菜達のお世話をして、ベンチに目を向けると何かが置いてあった。
『良かったら食べて下さい』と書いたメモ紙と紙袋。
中にはクリームパンが入っていた。
また小人が来てくれたのだ。
リリア姫は何だか楽しくなって、虐められるのも悪くないわねと思った。
次の日は芋虫を投げつけられて、その次の日は机の上をゴミだらけにされた。
だけど、小人は全く現れない。
何か法則があるのかしら?
リリア姫は、どうしても小人に会いたくなった。
小人が現れたのは、水をかけられた時だったから、もしかしたら、また水をかけられたら出てきてくれるかもれないわ。
リリア姫はワクワクしながら待った。
早く水をかけてくれないかと、王子に視線を送ったりもしたが、しばらくは何もされなかったのだ。
もしかして虐めに飽きたのかしら?
それは困るわ!小人が来てくれなくなってしまう…
リリア姫は肩を落として裏庭へ向かった。
花壇の雑草をブチブチ抜きながらため息を吐く。
王子は少し飽きっぽいのではないかしら?
今までは、あんなに張り切って幼稚な虐めを楽しんでいたというのに…
どうしたらまた水をかけてもらえるだろうか?
そんな不毛な事を考えながら雑草を抜いていると、急に手を掴まれた。
驚いて顔を上げると、前髪の長い男子生徒が震えながらリリア姫の手を握っていた。
「へ?」思わず間の抜けた声が出る。
「あの…あの…」
男子生徒は震えながら軍手を差し出して、ポカンとするリリア姫に小さな声でつぶやいた。
「ぐ、軍手を…着けて下さい…その雑草は…手がかぶれます…ので…」
「まぁ!そうなの?ありがとう」
リリア姫がお礼を言うと、男子生徒は顔を真っ赤にしてまたプルプルと震えた。
何だか可愛い人ね。
リリア姫は、初めて人に興味を持った。
その男子生徒はヒョロリと背が高くて猫背だ。
サラサラの黒髪に隠された瞳は、黒曜石のように美しいのに、本人は自分の目が嫌いだと言う。
「目つきが…悪いから…嫌なんです…」
頬を赤く染めて、まるで懺悔でもするように告げた。
やはり、とても可愛い。
男子生徒は、お昼になると裏庭のベンチに現れる。
実は今までも来ていたのだが、リリア姫は人に興味がなかったので気付かなかったのだ。
「もしかして、ノートやパンをくれたのはあなた?」
リリア姫が尋ねると、男子生徒はコクコクと頷く。
「ご迷惑では…なかった…ですか?」
「いいえ、とても嬉しかったわ」
リリア姫はそっと男子生徒の長い前髪に触れた。
男子生徒の体がビクリと飛び跳ねる。
「あなたの名前を教えて?」
「えっと…あの…ノア…です」
「ノア?」
「は、はい…」
「ノア」
「は、はい」
ノアは、ますます顔を真っ赤にしてうつむいた。
リリア姫が前髪を持ち上げてしまったので、潤んだ小さな黒い瞳がよく見える。
本当に可愛いわ。
ノアは、自分の身分の低さを気にしていたが、リリア姫は全く気にならなかった。
そんな事よりも、植物に詳しくて話が合うのが嬉しくてたまらない。
リリア姫は毎日がとても楽しくなった。
お昼の時間が待ち遠しい。
これからは、お昼以外の時間も一緒に過ごしたいと言ってみようかしら?
きっと顔を真っ赤にして頷いてくれるはずだわ。
そんな幸せな考えに浸っていると、目の前で何かが崩れるように倒れた。
固まるリリア姫を見て、王子は満足そうに笑う。
「最近、お友達ができたみたいだな?」
リリア姫の目に、傷だらけで横たわるノアの姿が映る。
王子はニヤニヤと醜く顔を歪めて、横たわるノアの体を踏みつけた。
「うぅ…」と苦しそうにノアの声が漏れる。
その瞬間、リリア姫は自分の頭の中でブチリと何かが切れる音を聞いた。
全身の血が沸騰するようにドクドクと熱を帯び、今まで感じた事のない怒りが体中を駆け巡る。
「ノアに触れるな!」
リリア姫の重くて冷たい声が教室中にこだまする。
すると、まるでヘビに睨まれたカエルのように、その場にいた全員が一斉に動けなくなった。
正確にいうと、動けなくなったのはその場にいた者達だけではなかった。
アルーノ国に存在する全ての人間が、リリア姫に囚われたのだ。
小さなバドガ国は、悪魔の末裔が住まう国。
どこもかしこも岩だらけで人口も少ない。
大陸中の国々は、バドガ国に平伏し恐れ焦がれている。
従属されたいとすら思っている。
それはまるで悪魔に魅了されているかのように。
数日後、アルーノ国は国名を改めた。
『偉大なるリリア様の国』
だいぶおかしな国名だが、国民達は涙を流して喜んだ。
リリア様のために生きる事ができるなんて、最高に幸せで誇らしいと心から感謝した。
リリア姫は、平伏する王族や国民達に興味はなかった。
自分のやりたい事の邪魔をされないのであれば、他の事はどうでも良いのだ。
今日も裏庭のベンチでリリア姫とノアは語らう。
「私ね、魅了の力をもつ悪魔の末裔らしいわよ」
「そ、そう…なんですか」
ノアは初めて出会った時と何も変わらない。
「皆は私に平伏するのに、ノアは変わらないのね?」
「ぼ、僕に…平伏して欲しい…ですか?」
リリア姫はブンブンと顔を横に振る。
「ノアに平伏して欲しいなんて思わないわ!でも、でもね、私を好きになって欲しい!」
ノアは驚いた顔をしてリリア姫を見つめる。
「一番魅了をかけたい相手はノアなのよ」
それを聞いたノアは顔を真っ赤にして答えた。
「僕は…貴方が僕に…気付く…ずっと前から…お慕いして…おります」
そっとリリア姫の手を取って優しく口付ける。
リリア姫の頬は、ノアと同じくらい真っ赤になった。
ここは偉大なるリリア様の国。
原生林に囲まれた島国で、珍しい動植物の宝庫です。
今日も、リリア様とノア様は仲睦まじいご様子。
リリア様の幸せは全国民の願いですから、大変結構な事でございます。
いつまでも末永くリリア様が幸せでありますように。
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