やるべきこと
5人は町に居続けるわけにはいかないと、ドーラ共和国を出て、ルーが抜け出してきた森のすぐそばの原っぱに座っていた。
空はまだ暗闇に包まれている。枝を集め、ルーが火魔法で焚き火を作った。それを中心にして囲いながら地面に腰を下ろしていた。
「じゃ、順番に話しましょっか」
リベルたちから切り出した。自己紹介、その他話したいことを諸々話せる限り話していた。
ルーも簡潔だがある程度自分のことについて明かし、「大丈夫だ……多分」とルーが曖昧に答えていたが、マキナとクラルも後に続いて話した。
そうしていくうちに──
「なーるほどね~。それは惚れるわな。ルー兄さんイケメンだし」
「そうなの! だから私は今頑張ってるの! 体もまだまだ成長期だし!」
「間違いない! マキナちゃんかわいいし絶対うまくいく! 根拠は何1つないが俺が保証しよう!」
「うぅ~! リベル君ありがとう! 怪しい奴って言ってごめん!」
仲良くなっていた(リベルとマキナが)。
(どうしてこうなる?)
性格か、年齢が1番近いのもあってか、リベルが共感するような仕草を見せると、マキナは目を輝かせた。
会話中のユマンの顔は、ずっとどこか居たたまれない様子だったが。
(変な空気になるよりましか)
まだクラルは警戒している状態だが、とりあえずは良しとした。
「てかルー兄さん、やっぱあん時殺す気なかったでしょ? このクラルちゃんの治癒魔道具で最終的になんとかしようって考えてたでしょ~?」
空になった治癒魔道具を見せつけて言う。特に怪我はなかったが、念の為にとクラルが保有している治癒魔道具をルーとリベルに渡してくれたのだ。
魔法が1つしかないリベルでも、この魔道具の潜在価値がわかってしまった。
「言っただろ。死人になってもらっちゃ困る。四肢くらいもげても良かったんだけどな」
「ワオ怖~い」
「それを無傷で生還したお前の方がよっぽど怖え。瞬間移動でも使ったか? 魔法は1つじゃなかったのか?」
「それは秘密です」
「あー思い出した!」
急にマキナが声を張り上げながら、リベルとユマンを指さした。
「あれだ! あの研究所にいた黒い人たちとそっくり!」
「なんだ気づいてなかったのか?」
「頭の隅に残ってた気するけど……別のが印象に残り過ぎてて忘れてた」
ルーがマキナの親に制裁を下そうとした時に現れた黒装束。マキナはあの時見たのは一瞬で、別の所へ移動していたので覚えてないのも無理はない。
「じゃあ……あの人たちも同じ暗殺者……てこと?」
「イエスイエス。いちいち他の暗殺者の任務なんて覚えてないけど、お2人の話通りだと、おそらく護衛的な依頼でしょう。マキナちゃんのクソ両親がいた秘密裏の研究所。方向感覚を狂わせる魔法結界を森に張ってたとしても不安があって、高い金出して雇った、まあそんな感じすかね。うちは依頼金だけひじょーに高いから……おっと! そう言えば組織の名前言ってなかったすね」
一旦咳払いしてからリベルは続ける。
「俺がいる所は、暗殺組織『虚栄』。裏社会じゃまあまあ有名かなぁ〜。表社会じゃ都市伝説とか噂になってる場所あったかも」
「虚栄……」
"虚栄の名の下に"。ルーはあの言葉を思い出した。
「聞いたことないですね」
「私も」
「一般に知られてちゃ困るからね〜。まあ色んなところ経由して知った奴ならいると思うけど、そういう奴は大体"訳あり"で、俺たち暗殺者に依頼を頼むケースが多いかな〜」
「お前町散々荒らしたけど大丈夫か?」
リベルが笑顔のまま硬直する。と思ったら、涼しげな声で言う
「ノープロブレム! 事後処理班がなんとかしてくれる!」
「なんだ今の間は。ガバガバじゃねえか。て、そっちの組織構造は別にどうでも良い。俺が1番知りたいのは"『魔才』"のことだ」
ルーが本音をぶちまける。
魔才。魔法の才に恵まれた存在。別に言い換えれば、魔法術式を常人より多く有してる存在、もしくは、魔法を常人より上手く使いこなせる存在。
どれが真実かは不明。ルーが勝手に決めた定義でしかなかった。
それも仕方がない。恩人──"だった"人から聞いた昔の朧げな記憶でしかなかったから。
直接聞きたい本人はどこにいるかすらわからない。だからルーは探している。
【お前……ひょっとして『魔才』か?】
黒装束──リベルと同じ暗殺者がかつて言っていた言葉。ルーはリベルと出会ってから、あの時交わした会話が鮮明に蘇っていた。
「あーはいはい。つっても大した情報じゃないけど。俺の──『虚栄』の創設者でトップに君臨するボス。名前はウィルレウス。ボスとはあまり話さないんですが、いつだったかな~。ある時なんか会話が少し弾んでボスが、「ここにいる奴らの9割は『魔才』から力を与えてもらった。お前はむしろ異端だ」。とか言ってて、ルー兄さんが魔才って口にしたから俺も反応しただけです」
「与え……られた」
少し理解が進んだ。アセとシノ、そして『極火』の首魁であるテンリ。この3人に共通していることは、"昔ルー自身が編み出し、そして奪われた魔法を使っていた"。
「あれ? ルーあの時研究機関で戦った人たちから魔法を取り戻したとか言ってなかったっけ?」
「え! そーなんすか!?」
リベルにはまだ話していなかったことだ。
「お前に使った《黒魔剣》と、後《凌轢》っつう魔法術式をな。俺もあの時は内心びっくりしてた」
「ほわーすげー! 点と点が繋がったじゃないすか! ユマンは別に与えられたとかないよな?」
今まで殆ど口を開かなかったユマンが、リベルの問いに反応した。
「私は魔法武装が専門ですので。ルー様が仰ってるような独自の固有魔法はありません。…………強いて言うなら、"生"を与えてもらいました」
「せ、せい? 魔才から?」
マキナが聞き返す。
「いえ。リベル様です」
3人の視線がリベルに集まる。
なんのこっちゃ? という疑問の表情をしていた。
「私はいつでもこの肉体を捧げられます」
「ぶっ!」
ルーが吹き出した。真顔の美貌で放った言葉の衝撃が凄まじ過ぎた。
「今からでも構いません」
「まーたお前はすぐそういうこと言うー」
「なんでお前は平然としてんだよ!」
怒りが混じった声。何に怒っているかはわからない。
「だっていつも言うんですもん。もう飽き飽き~」
「……お前何歳?」
「え、17歳」
ユマンに目を向ける。
「23です」
「ああ……そう」
ルーはツッコムのをやめた。マキナは「ねえルー。わかるの? 私何言ってるかわかんないけど」とルーに呟き、クラルは「あ、あぁぁ……」と顔を赤面させ両手で顔を隠している。
どうやら"疎い"ようだ。
「お前はまだ知らなくて良い」
「?」
マキナに一言だけ助言した。話を戻すようにリベルが手を叩く。
「大体掴めました。ならそうだなぁ……ルー兄さんが次にやるべきこと……決まったんじゃないすか?」
ルーは少し間を開けてから口にする。
「……お前の組織のボス……名前は……」
「ウィルレウス」
「ウィルレウスって奴に問い詰める……色々な……」
「シエンさんのことでしょ?」
特定の繋がった3文字を聞いてルーは顔をしかめる。
今や恨み人となった、顔も声も性格も全て頭に残っている人。
勝手に作られた誕生日を祝ってくれた日を……ルーは今でも覚えていた。
「それが一番グッドチョイスですね。そのシエンさんをボスが知っているかは不明。けど、"関係がないは絶対にない"。特定のワードがこんなに出てきてますからね〜。気になって仕方がない」
「お前はどうすんだ?」
俺?、と言うリベル。ルーはさらに付け加える。
「最初の記憶失っちまったか? リベル、ユマン。2人は"俺を殺しに来たんだろ"?」
「……あー」
「裏での意図は知らんが、殺す任務はどうなる? このまま不達成で帰るか? お前と戦ってる時の言動だと、処遇どころか命すら危うくなりそうだが。……考えてないわけじゃないよな?」
刹那の悪い沈黙が迸る。すぐにルーが口出す。
「俺を殺すか?」
一足先に殺気を放ったのはユマンだった。冷静な面影が消え、何かの拍子に突っ込んできそうなほど。
ルーはクラルとマキナに防御魔法を付与する。本人が感知できないほど精密な防御結界をできる限りの強度で。
(返答次第じゃやるっきゃねえ)
魔力は通常の6割までしか戻っていない。疲労も体力も万全とは言えない。
関係なかった。リベルにここまで打ち明けたのは、あくまで有益な情報を得られると思ったから。
人間不信のルーは、心の奥底のさらに底では、1%信用できていない"溝"があった。
たった1、されど1。リベルを脅威と認識するには十分だった。
「ぷっ、あはは」
笑い出した。
「あーあははははははっ! ははははははははっ! いひひひひひひひひひひっ! ああ……そうだったそうだった。俺まだ"こっち"だったわ……」
「……笑う場面じゃねえんだが」
「いや、失敬失敬。俺が悪い。話が楽しくて、言ってたか言ってなかったかよくわからない。多分言ってなかったのか…………うーん。なあユマン?」
意味がわからないルー、マキナ、クラルを置き去りに喋り続ける。
「はい」
「どうする?」
「私はこの人生の一生、永遠をリベル様と共にするだけです」
「相変わらず重いね〜」
笑顔には変わらない。しかし今のリベルの笑顔は、ルーには新しいことに挑戦することを楽しみに期待してる幼子のように見えた。
「オッケー。ルー兄さん、マキナちゃん、クラルちゃん。決めた──」
「俺、裏切ることにした」