魔才VS凡才
「……え? 急に何?」
「お知り合いですか?」
「……」
人生は思い通りにいかない。このままどこかで眠って、また朝が来ると勝手に思い込んでいた。
何せルーは疲れていた。森を散々歩いた上にクソ野郎の始末である。風呂に入ってベッドにダイブする光景を、一挙手一投足完璧に思い描いていた。
それも風船が割れるように、ありしの記憶が脳裏に過ぎり掻き消された──
──【任務は身を挺してでも果たす! 『虚栄』の……名の下に】──
(黒装束……)
似ている、否、同じだ。
"かつてマキナの過去を断ち切ろうとした時現れたあの2人に"。
「な……かま?」
「いや〜マジで申し訳ないと思ってるよ? でもごめんちゃい! 命令だからさ。じゃあ後、よろしく〜」
「了解しました」
背の高い方が口を開いた。口調からして女性ぽかった。地面を削る音が聞こえたと思いきやその場から消えた──ように視えた。
(速えな)
クラルとマキナにはそう見えていたに違いない。しかしルーは違う。ルーの目には、女が足を爆発的に加速させ、こっちに迫り来る姿がはっきりと映っている。
(身体強化術式、基本的な魔法武装が優れてんだろうな。俺じゃなかったら1発KO確定だったな)
狙いは側頭部。予感していたルーは防御魔法を展開させ、女の会心の蹴りを受け止めた。
「……っ!」
「うっと……。もうちょいで破られるとこだったわ。でも、」
風を左腕に纏い、振り払うと同時に押し出す。風魔法で発生した突風は、黒装束の1人を吹き飛ばした。
直線に並べられた町の家々を女が貫いていくのを見た時は、「やべやり過ぎた」と声を漏らしてしまった。
「……クラルちゃん。今何が起こったかわかる?」
「全然見えなかったです」
呆気に取られているのは2人のみ。
「ほわ〜。すげー吹っ飛ばされちゃったよ。ユマンの蹴り止められんの久々かも」
「2人もいらなかったんでな」
背の低い黒装束の表情は読めないが、「うえ〜まじか〜。俺やんの〜」とか御託を並べてることから、何やら嫌そうな顔をしてることが伺えた。
仲間の心配はさらさらしてないようだ。
「おいお前。ちょっと色々聞きたいことがあるんだが、まず1つ。なんで俺を殺そうとする?」
「ん? あ俺? いや俺ただ命令されただけだしな〜。あでも、そこの女の子たちは違うから」
2人には殺意がないようで少し安心した。新たな質問をしようとすると、黒装束の方が先に喋り始めた。
「あ〜今のでわかっちゃったよ〜。お兄さんめちゃ強いでしょ? ユマンが風と同化しちゃったもん。楽だと思ってたのにな〜。でも少し"楽しみ"があるね♪」
「楽しみ?」
「俺より強いかどうか?」
おかしなことが起こった。さっきまで、確実にさっきまでなかった物が黒装束の手の中にあった。
(曲刀?)
名前の通り刀身が曲がりくねった刀剣。刀身が異様に真っ白な色をしている以外は、特に特徴がないシンプルなデザインをしている。
(いつ出した?)
全くわからなかった。まるで元からそこに存在していたかのように。ただ1つわかることは、ただの刀剣ではないということだ。
「質問、まだあるんでしょ? いいよ。答える答える。でもさあ、少し俺と付き合ってくんない? その後話せるだけ話すからさあ~」
「さっきからよくわかんねえ態度だな……」
「えっ! いいの!? よっしゃ決まり!」
「おいまだ何も──」
「じゃ、耐えきってね♡」
刹那、今度こそ姿が消えてしまった。クラルとマキナはもちろんのこと、ルーの視覚にすら男の姿が一切映らなくなった。
ルーが男を捉えたのは、感覚。殺気。
「っっっっっっ!!!!」
死んだかと思った。攻撃を避けたはずなのに生きた心地がしなかった。仰け反った姿勢の1センチ先には曲刀があった。
(んだこいつ! 強化魔法が出せる速度じゃねぞ!)
見れば風圧のせいで黒装束のフードがめくれていた。
黒髪黒目の少年だった。整った、あどけなさが残る顔立ち。その表情は、満面の笑みだった。
「ゲームスタート!」
ルーを真上へと蹴り上げた。咄嗟で防御魔法どころかまともな防御をしてないルーは、思はず吐き出した。
「がっ……やろっ!」
浮遊魔法の術式に魔力を流し込み体勢を直す。すると、ルーは目を疑った。
"町が真横に半分になっていた"。
ルーはどう表現すれば良いのかわからなかった。見渡す限り、ありとあらゆる建物が真っ二つになっていたのだ。それも横に。
2階建ての一軒家が、1階と2階で綺麗に分断されている。1匹の魚を料理する時、食べれる身と背骨を分けるように。全ての建物の内部が丸見えである。
「範囲でかすぎだろ」
「よいっしょー!」
下を見た。少年が空中を走ってルーの傍まで近づいてきた。
(空中歩行魔法でも使ってんのか!)
ルーは決めた。
こいつをここで暴れさせてはいけない。
「ここじゃお前は収まんねえな」
「およ?」
浮遊魔法で移動し相対する。曲刀を振る速度よりも早くルーは回し蹴りをかます。遠くに吹き飛んでいくその表情は、相変わらず笑顔だった。
ルーは少年を追いかけた。少年は広大な原っぱで寝そべっていた。もうここは町中じゃない。
ドーラ共和国境界線より少し離れた草原。ルーが森を抜けて見た景色とそう変わらなかった。
「いやーお兄さんやっぱやばいね。一瞬で吹っ飛ばされちゃったよ」
「……打撲もしてないお前はそれ以上?」
身体強化術式をフルに活用した一撃。まるで効いてる様子はなかった。
「よっこいしょっと。さあさあ、殺ろうぜ」
手首と手足をぶらぶらして準備運動をする。ルーは置いてきてしまった2人を考えていたが、殺す対象が自分だと言っていたので大丈夫と判断した。殺すならあの場面でとっくに殺している。
「やるしかねえな」
意味もわからず殺されようとしている。殺されかけるのは初めてではないが、死にそうと思ったのは今日が初。同じ黒装束だが、あの時敵だった相手が赤子とするなら、こっちは鬼だった。
「お前、俺の名前知ってんの?」
「ルーでしょ?」
「知ってんのか……まじでわけわかんねえな」
「ちなみに俺はリベル。死ななかったら覚えてね」
少年──リベルは曲刀を上から下に振り下ろす。その剣線の上にいたルーはすぐさま横に体を避ける。
地面が割れた。断面が綺麗すぎた。そのまま同じ場所に突っ立っていたら、ルーは体が右と左に分かれていたと想像した。
(防ぐ術がない……)
ルーは今のではっきりした。あの曲刀の斬撃は防御不可能。仮に防御魔法を何重にも圧縮して展開したとしても、おそらくそれらは全て無視され貫通する。
(触れた物体……後は刀剣を振りかざした先にある物を問答無用で斬り裂く魔法……そんなとこか。やべえ魔法使いやがって。一応試すか──)
火、水、雷。魔法3属性の高出力螺旋砲を発射した。魔力量を節約などしない。直撃すればただの火傷ではすまない。
「うわ、詰め込みすぎでしょ~!」
曲刀で空に十字を描いた。それに合わせてルーの渾身の螺旋砲も十字に断絶した。
「物質も現象も無駄か」
「お兄さん魔法何個持ってんの?」
「知るか」
ルーは駆けた。全速力で、猪突猛進に草原を踏み荒らす。無駄だとわかっている防御魔法は展開しない。
リベルは見つめるだけで何もしない。20、15、10メートルと距離が近づいた時、ルーは新たな魔法を発動させた。
ぱっ。
リベルの背後にいた。
瞬間移動魔法。相手との距離10メートル以内に入らないと使うことができない限定的な魔法。
使い所がよくわからず最後に使用したのを覚えていなかったが、リベルとの戦闘で閃いた。
(この魔法なら、0.1秒もいらないでゼロ距離に行ける)
頭部を捉えた裏拳。だが右手の甲で防がれる。構わなかった。あの曲刀を使わせなければ。
顔面、顎、肩、胸部、脇腹、上腕、膝、脛、どこでもいいから攻撃を続ける。相手に余裕を与えない。
身体強化魔法術式に魔力を流し続け畳み掛ける。
「おっとと! 考えるね〜。これじゃあ剣が振れない」
いくらあの曲刀が強力な武器でも、これだけ接近すれば使用できず、寧ろ邪魔になるだけ。
拳による近接格闘のルーに分がある──と思っていたが、
「じゃあ俺も!」
"曲刀を消した"。空になった両手を握り締めルーに殴りかかる。
「やれんのかよ」
凡人では何をしているかすらわからない異次元の拳速。拳と拳、脚と脚がぶつかり合う。1発1発が本気を超えたパワーを有していた。
「……」
「いいねええええええええええええええええ!!」
刹那、リベルの拳速が緩んだ、気がした。ルーは握った拳を開き、迫り来る左のストレートを掴んだ。
「ふんっ!」
リベルの左腕を横に流し、右肘をリベルの顔面にクリーンヒットさせた。鼻血が出た。
「いひ」
なんと、リベルは膝がめり込んだ自分の顔をルーの方に押し付けてきた。奇妙な行動にルーも少し驚く。
と思いきや、今度はリベルの身体がだらーんと脱力し、二の腕の側面に沿ってぐるりと回転。あっという間にルーの背面へと来てしまった。
ふと、ルーは頭に何か感触を感じた。何かが後頭部に当たっている。
「エンド」
拳銃──
ドンッ。発射音が鳴った。発砲した。
「……」
「うそーん」
銃弾はルーの頭を貫いていなかった。瞬間移動の時から肌に纏うように展開していた防御魔法のおかげで功を奏した。
「はあ」
「あれ消え……あいた」
10メートル以内──瞬間移動魔法のもう1つのルール。誰かを対象とした半径10メートル以内を自由に移動できる。
ルーは今リベルを対象とし、そこから前方10メートルの場所へと移動したのだ。
「どっから取り出したんだよ拳銃」
「職業柄、相手の不意を突けたら良いかと思って一応。使ったのお兄さんが初めてだよ」
「俺も1人にこんな魔法使ったのは初めてだ」
「つかさーお兄さん魔法持ちすぎじゃない? 身体強化、風、火、雷、瞬間移動、浮遊、ほらもう6つも出てきた! 多分見せてない手札まだあるでしょ? こっちとしちゃ怖くて怖くてたまんないよ〜」
「煽ってんのか? こっちはその曲刀1つに何回戦闘シミュレーションしてると思ってんだ。お前の方が異常なんだよ」
また目を離した隙に曲刀がリベルの手に握られていた。鼻から出る血を拭きながらなお、リベルは笑みを崩さない。
「でも実際、凄いのはお兄さんの方ですよ? 俺は、"この魔法しか使えませんので"」
「……なんだと?」
違和感は感じていた。
「俺の体に刻まれた術式は曲刀のだけです。成長していく過程でちょっとは努力してたんですよ。でも駄目だ。これはそもそも根本的問題なんだと悟りましてね。あー俺は才能がない"凡才"なんだなーって。いや〜お恥ずかしい」
(こいつが凡才……?)
違和感の正体。戦闘中、否、あの時町中で曲刀を出した時既に感じていた。
"魔力の流れが一直線だった"。
ルーも魔法を使う身として、自分はもちろん、他人の身体の中を駆け巡る魔力の流れというものを微かに感じとっている。
その流れは川が堰き止められるように、ある1点で突然ピタッと止まる。
その1点は、魔法術式。
自ら作成し、練り上げた魔法術式に魔力を流し込み魔法を発動する。魔法を行使するための過程、ごく一般的な行為だ。
だが問題なのは、リベルの魔力の流れが一直線だった。これが意味するのは──
(魔法術式が1つしかない)
例えばルーが身体強化魔法術式、黒魔剣の術式、浮遊魔法術式に魔力を流した時、一直線に流れていた魔力は3つに分岐し、それぞれの魔法術式へと供給される。
つまり。
「お前……俺に最初斬りかかった時……ただただ思いっきり走っただけ?」
「うん。もうちょい気合い出せばもっと早く走れたかな〜」
「浮遊魔法で浮いてた俺の所へ来たのは?」
「ジャンプして頑張ったら着いた」
これまでのリベルの動きは、"全部素の力ということとなる"。
「……こいつ本気で言ってんのか?」
「何が?」
「強いて言うなら、才能があったのは魔法じゃなくて"お前自身"だ」
「俺ね〜」
「そもそもお前の考えは質より量になってんだよ。魔法術式が多いからって全部を使いこなせるわけじゃねえ。中途半端な魔力量じゃ使い物にならねえし、訓練しなきゃそれで──てなんで俺がこんなこと話してんだよ」
「あははは! お兄さん面白いね〜」
変化しない調子のリベルに怒りを覚える。特に意味もなくルーは言う。
「お前の理屈でお前の凡才と決めつけるなら、俺は"魔才"だな。シエンの奴に言われたことをまだ覚えてる」
「ん……?」
リベルの笑みがなくなった。と思ったら、また笑顔になり声を荒げた。
「えっ! ちょ待って! お兄さん今何て言った?」
「あ? シエンの奴に言われた……」
「あー違う違う違う。そっちじゃない。魔才って聞こえたんだけど、合ってる?」
「言った。それがなんだ?」
「まじかー。そうなると……うーん」
「お前……何か知ってるのか?」
リベルは人差し指と親指を触れるかのギリギリまで近づけてポーズを取った。
「ちょっとだけ」