死んでくれ
マキナとクラルは、人々が周りからいなくなっていることに違和感を感じていた。
「な、なんか様子が……おかしくありませんか?」
「なんだろ? いや……なんか想像つくけど。さっきでかい音したし」
「ルーさん、大丈夫でしょうか? やっぱり気になります」
「うーん。でも今頃終わってるかなあ……通信機持たせれば良かった。あでも100メートルが限界だったか……」
気づけば人が1人もいなくなっていた。そのタイミングを狙っていたか定かではないが、空から人が降って来た。
クラルが心配していた張本人だった。
「ルーさん!」
「お待たせ」
「お帰りー。て、その人誰?」
ルーは誰かを抱えていた。マキナの視点ではぐったりした姿でくたびれており、意識があるのかどうかすらわからない。その人間には、右腕がついてなかった。
だが表情が見えなくても、クラルには誰か判った。
「テ……ンリ」
「え、あのマフィアのボスっていう? 死んでないよね?」
「生きてるさ。もう抵抗する気力も残ってねえと思うが。殺しても良かったけど、言いたいことは言った方がすっきりすると思って」
「ぁ……」
クラルと目が合った。言葉はなかったが、クラルには、クラルにしか伝わらなかった。
全てを出しきれ。
ルーはテンリを放り投げた。ようやく顔が見えたが酷かった。所々青く腫れ鼻は曲がり、歯は何本か欠け髭が似合っていた口元は傷だらけ。
義手が消滅したことで身に着けた鎧も兜も剥がれ落ち、醜悪な負け面を晒してしまっていた。
「ぐふ……はあ……はあ……」
「……」
対峙したままクラルは口を開かない。ルーとマキナも介入するつもりはなかった。
「お前が……クラルか?」
顔を上げたテンリが最初に口を開く。
「ああ……お前の顔など覚えてないからわからん。だがそうなのだろう。お前の母親の顔は少し覚えてるからな……」
「ボクはお母さん似だからね」
「くくく……声も少し似てるな。あー全く……記憶が蘇ってくる。1番はお前の両親が逃げ出した記憶だな」
「……」
「あの2人がいた頃は良かった。治癒魔道具を作らせ……それを欲しがる奴は山ほどいた。これからだって時に……拾ってやった恩を忘れたんだあの屑共は。俺の利益になることが誉れだったあいつらは!」
負け犬の遠吠えにも怒りを感じさせる。マキナが怖い顔でバッグから何かを取り出そうとするが、ルーが肩を掴み静止した。
「おかげで『極火』の収益は激減した。人身売買、麻薬、密輸……山ほどやったが、あの魔道具より価値のある物は存在しなかった! 長年経ってようやく……捕えそびれた娘を見つけたと思った矢先にこの始末。親子揃って疫病神だ……生み出す以外に存在価値などないというのに……」
「……さい」
「……あ?」
「るさい──」
「うるせえな!」
狼が吠えたかと疑った。イメージとかけ離れた声色が、クラル以外全員を絶句させた。
光の粒が頬を伝うが、声を張り上げるのをやめない。
「聞くに堪えないんだよ! お前の言ってることは全部くだらない! 1人じゃ何もできない寄生虫め! ボクのお母さんとお父さんを返せよ!」
「っ! そ、そんな声が」
「うるさい喋るな! お前の声なんてもう聴きたくない! はあ……大体なんだ? ボクのこれはお前のために作った物じゃない! ……お母さんとお父さんは言ってた。自分たちが作る良薬が沢山の人を助けられれば、それが一番の幸福だって。ボクの大好きな2人を……侮辱すんじゃねえ!」
そのままクラルは膝を付き、泣きじゃくった。胸の内に溜め続けていた物を全て吐き出し、自分にかけていた自制心が失ってしまったのだ。
心が虚無となったクラルはただ泣き続ける。その行為だけが、今のクラルを"癒す力"だった。
「クラルちゃん……」
マキナも涙を誘われてしまった。
「こ、こむ──」
「閉じろ」
テンリの首がはねた。いつの間にか、小形の死想亡鎌がルーの手の中にあった。
最早何の感情も湧いてこない。あっけなく、あっさり、容易にと、まるで序盤の雑魚敵のようにこの世を去っていった。
「人の話聞けとさっき言ったろ」
「ひぐっ……! うぅ……ひくっ」
クラルは気づきもしない。泣き続ける。それで良いとルーは思った。
ひたすらに待った。空っぽになった心から未だ湧き出る咆哮が停まるまで。
────
「ボクは……何もできなかった」
泣き疲れて気力がないのか、か細い声で独り言のように呟き始めた。
「ルーさんみたいに強かったら……お母さんとお父さんを守れたかも知らないのに……ボクは今でも治癒魔道具しか作れない……」
「戦えないことは弱さじゃない」
ルーも独り言を言い始めた。クラルは耳を傾ける。
「お前はまだ小さかったから仕方ない……なんて、慰めにもならねえだろ。今日、もう昨日か。昨日初対面で会った奴が何言ってんだって承知だけど……悲しむのは良いけど……悔やむことはしなくていいんじゃねえの?」
「……え?」
「命を失ってまで……自分の娘だけはあんな場所にいちゃいけないってきっと思ってたはずだ。そんな親中々いねえぞ? だから……その……自分を命懸けで助けてくれた人に……自分は何もできなかったって悔しむんじゃなくて……ああくそ! 語彙力が欠如過ぎる!」
独り言じゃなくなっていた。必死になって顎に手を置いて考えては頭をむしる、そんな様子にマキナは笑っていた。
「俺こういうの向いてねえな」
「えーそうかな? 私に対してかっこいい言葉言ってたと思うけど?」
「それは知らん。お前は付き合いが長いからまだ言える。あーやめだやめ。親も知らない俺が言っても無駄──」
「そんなことないよ」
マキナの視線の先にはクラルが立っていた。その瞳には、涙の雫と違う光が確かに存在した。
出会った時から初めて、クラルの表情は笑顔になっていた。
「届いてるよ。ルーの言葉は。もちろん私にも」
「……そう願う」
「ルーさん。マキナさん……」
「救けてくれて、ありがとう」
不思議と、ルーの目には、クラルの姿がマキナの姿に重なって見えた。
────
がらんとした夜の街並みを、3人は横に並んで歩いていた。
「じゃあ、お2人はそのシエンさんを探しているんですか?」
「一応な。後は、俺の奪われた魔法集め」
ルーとマキナは自分たちが何を目的に旅をしているのか、簡潔だが過去についてクラルに話していた。今さら信用してないなんて言うはずもなかった。
術式に魔力を流し込み、黒魔剣を自身の両掌に出現させた。
「これは元々俺の魔法だったんだが、体から魔法術式引っこ抜かれて失ってた。けど、つい最近取り戻してな。あのテンリもそうだった。奇械兜鎧っつう昔作った魔法を持ってた。今はもうコピーして俺の体に術式として刻まれてるけど」
「それどんな魔法?」
「片腕をメタルアームにして全身鎧武装」
「なにそれかっこよさそう!」
「右腕切り落とすけど」
「うげぇ……じゃいらない。なんでそんなの作ったの?」
「俺もわからん」
「ふむふむ……」とばっちり聞こえる声を漏らしているクラルが指摘する。
「その……術式がどうして奪われたのかも気になりますけど、今を重視するなら、誰がルーさんが持っていた魔法を手に入れてるかですよね?」
「そうねえ……。テンリで3人目だけど……そいや持ってた奴にロクな奴いなかったな。前2人は雇われ殺し屋みたいな奴らだったし。ん? そういえばクラル、お前なんで付いてきてんの?」
「えっ?」
ごく当たり前のようにいるクラル。思い返せば、事が過ぎ去った今、ルー、マキナと一緒にいる理由がクラルにはもうなかった。
「い、いやいや、まだ真夜中ですよ!? ボク1人残っても危ないと思って!」
「宿なら町歩けばすぐにあるんじゃねえの? 別に俺たちここにはもう用ないし、行商人なら北側に行けば割と売れるかもしんないぞ?」
「でも……あの……その……」
ルーは頭の上に"?"が浮かんでいたが、一方マキナには"!?"が浮かんでいた(物理的にあるのではなくそんな感じの顔をしている)。
「これは……! せっかく勝ち確の正規ルートに突入したと思いきや、まさかのライバル参上! クラルちゃんが女になっている!」
「何ぶつぶつ言ってんの?」
「うるさい! この女たらし!」
「なんで!?」
「いや、あのですね……その……」
3人は自分の世界に入り込んでしまった。困惑、思案、しどろもどろ。はたから見れば変な空間である。
「おっ、みーっけ」
そんな時だ。知らない声が耳の中に入り込んだのは。
「騒ぎが起きてると聞いて見てみれば、はいビンゴ〜。労力が少し減ったね〜」
「……誰だ?」
全員が知らない。目の前に立ち尽くす人間は2人。
1人はおちゃらけた声を出す背の低い方。もう1人は無言で突っ立っている背の高い方。
どちらもフード付きの黒装束を被っていて顔が見えない。
「んじゃさっそく。そこのイケメンなお兄さん──」
「悪いけど死んでくれ♪」
突拍子もない殺害予告が送られた。