その後
────死闘から6年後。
「いましたっ! リベル騎士団長! 今日こそ稽古をつけてください!」
「お、やべ見つかった」
黒髪黒目の少年、否、年齢はもう23なので青年と呼べるが、身長があまり変わってないので、少年と言って差し支えない容姿のままのリベル。
しかしその身なりは、暗殺者の時からは想像もできないほど高貴なものになっており、腰には1本の長剣を差している。
彼はトスラ王国の王都のどこかの酒場にいたところを、入ってきた王国の騎士団の団員の1人、すなわちリベルの部下である──栗色の髪でルビーのような赤い瞳が特徴な、リーネ=ドルータに見つかっていた。
「しつこいね~お前。熱心なのは関心するけど」
「しつこく思われて結構です。さあ、城に戻り私たちに稽古をつけてください!」
「じゃあユマンかサラに教えてもらえよ。俺はどうにも人に教えることに慣れてない。2人は真面目だから教えてくれるさ」
「確かに副団長の2人はすごいですけど、私はリベル騎士団長に教えを乞いたいんです! 私の他にもあなたに教えを賜りたい人は騎士団に大勢いますよ!」
「そうなの? 俺なんかしたかな〜?」
「入団して2年足らずで騎士団長になった人が何言ってんですか!!」
酒場に大音量の声が響き渡る。とそこで、酒場の出入り口の扉が開かれた。
「ここにいたんですか」
「まったくもう……」
酒場には似つかわしくない絶世の美女がそこにはいた。
1人の美女は、美の女神が恩恵を与えたと言える美貌を持った背の高い女性──ユマン。
6年前と変わらず美しさは見劣りしていないが、歳を重ねたことにより妖艶さが浮き出て、美しさとは違う魅力を引き出している。胸のバストも少し大きくなった。
もう1人の美女は人形のような容姿の銀髪の女性──サラ。6年前とは違う大人びた雰囲気が付け足され、誰もが2度見をするであろう美を獲得していた。
身長も伸び、胸もかなり大きくなった(ユマンには及ばないが)。
そんな2人がリベルの元へ歩み寄る。
「副団長!」
「あれ? なんでここいんの?」
「それはこちらの言葉ですよ」
「騎士団長ともあろう御方が、普通こんな所にいて良いわけないでしょ」
2人の言葉に、リベルは肩をすくめる。
「良いだろ別に。この国は平和だ。俺が何もしなくても問題ゼロ。それに前の任務で疲れてるんだ。少しくらい休んでも罰は当たらねえだろ」
「それでここで酒を?」
「いやこれぶどうジュース。酒はあまり好きじゃない」
「ふーん……なら──」
サラがリベルに近づき、耳元で囁く。
「今夜、私が癒してあげようか? "旦那様♡"」
男が聞いたら一撃で昏倒しそうな甘い声。それに追い打ちをかけるように、反対の耳元でユマンが近づき囁く。
「私もいますよ、リベル様♡」
吐血必須の魅惑の声。サラの声と合わせれば世の男共は心臓が止まるかもしれない。
「ん~どうしよっかなー」
しかしリベルは何喰わぬ顔で平然としている。まるで明日の晩御飯は何にしようかと考えているように。
リーネ含め、酒場にいる人たちが顔を赤らめ目を逸らす人もいれば、3人の様子を凝視する輩もいた。
「おーこんなところに別嬪さんがいるじゃねえか」
「俺らと一緒に飲まな~い?」
話しかける奴もいた。1人は顎鬚を生やした30代半ばの男性、もう1人は肥満体型の40代の男性。
この2人は王都のギルドを拠点にしている冒険者であるが、朝から酒を飲みに飲み、昼間だと言うのに別の意味で顔を真っ赤にして出来上がってしまっている。
頭もうまく回らず視界もぼやけ、2人は誘おうとしている女性がユマンとサラだとわかっていない。そんな2人にユマンとサラは見向きもせず、リベルだけを見つめている。
「おい、無視すんなよ」
ヘラついた顔で、肥満体型の男がユマンの肩に手を触れる──
「触わんなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
ユマンが鬼の形相で男を手を払い、その汗ばんだ顔に渾身の拳骨をぶちかます。
「ぼべえっ!」
男は酒場の机と椅子を壊しながら吹き飛ばされ、壁に激突した。
意識を失ったところにユマンが近寄り、その胸ぐらを掴む。
「この腐れ冒険者。リベル様以外で私の肌に触れるとは……死にたいならそう言えば良いものを」
「ふ、副団長! それ以上は抑えてください! 本当に死んじゃいます!」
リーネが次の瞬間には拳を振るいそうなユマンを必死に抑えている。
酒場にいる人たちの血の気が引いていった。
「相変わらず乱暴ね。ねえあなた」
サラがもう1人の冒険者の男に話しかける。冒険者は飛んでいった男の光景を見た後から、すっかり酔いが冷めたように顔が真っ青になっている。
「氷漬けで死にたい?」
「申し訳ありませんでしたああああああああっ!!」
サラの喜びではない感情が乗った笑顔を見て、男は盛大な土下座を披露した。
これで場の空気の温度が絶対零度にまで下がった。
「おっとお……やばい空気になっちゃった。仕方ねえ。リーネ。稽古してやるよ」
「え、ほ、ホントですか!?」
「少しの間だけだぞ」
リベルは立ち上がり、カウンターに金を置いて酒場の入り口を目指した。
リーネが笑顔でリベルの背中を追いかけ、ユマンとサラもそれに続いた。
かつて暗殺組織『虚栄』の暗殺者だった3人──リベル、ユマン、サラは、今では王国の騎士団長、及び、副団長の地位に就いている。
どうしてこんなことになったのかというと──
時は遡り、アタナシア王国の国王であり、その裏では私欲に溺れた野望を叶えるために暗躍していた邪の起源──フィーニス=ヴラク=フィナルを討ち取ったすぐのこと。
ルーはリベルの言葉を信じ、竜であるアカの背中に乗りどこかへ行った。そして着いた場所が、アタナシア王国からそう離れてはいない隣国、トスラ王国だった。
時刻はもう太陽が下がりきっている頃だというのに、リベルは王城の中にある部屋の一室の窓から許可なく入り込んだ。
「おじゃましまーす」
「えっ!? だ、誰ですか!?」
リベルが入った一室には、10代半ばの美しい金髪の少女がいた。
「おっとっと、怪しい者じゃない。いやこの状況なら怪しく見えておかしくないけど。俺だよ俺。"シャロット王女様"」
「え……その声……もしかして、リベルさん!?」
「気づいてくれた」
「お、お久しぶりです。え、でもどうして、ここ、ええ……?」
「はは、動揺してる。無理もないねえ。急に再開して色々話すことあるけどさ、まず……"俺たち"の話、聞いてくれない?」
「?」
これがリベルの言った"伝手"だった。
昔、『虚栄』での任務で、サラとの合同任務を行う機会があった。それは、トスラ王国の王女、シャロット=ジャンヌダルクの護衛だった。
王国に王女を殺すという犯行予告が届き、最初はただの悪戯かと思っていたが、その犯行予告の翌日に国の騎士団の騎士団長が殺害された。
これを機に王国は危機感を覚え、腕のある冒険者や傭兵などの護衛人を呼び出し、シャロット王女の護衛をお願いしたが、全員帰らぬ人となった。
王国は最終手段として、裏社会で名を馳せる暗殺組織『虚栄』に頼みの綱を託した。
そこから色々あり……結果的に任務は成功。リベルとサラは見事犯人を見つけ、殺し、シャロット王女の危険を排除した。
その際にリベルには王女様からいたく気に入られ、「困ったときは、いつでも相談してくださいね」とまで言わせた。また他に1人の少女の心を魅了したのは、別の話。
リベルは全て話した。暗殺組織『虚栄』がどうなったか、ルーと出会ったこと、アタナシア王国の国王の秘密、そして激しい死闘の末路を。
王女はこんな突拍子もない話を、とても真剣な顔で聞いてくれた。
長い話をした後、リベルは頼みをお願いした。
「今現在、行き場を失ってしまった、アタナシア王国の国民をこの国で受け入れてほしい」
はっきりいって正気とは思えないと、リベル自身も思った。
いくら王女から、いつでも相談していい、と言われたものの、ただの個人の貴族でもなんでもない輩の要求を飲むはずがない。
さらに自分らが行った所業の後始末をしろという、要求というより押し付けに近い物言い。
しかも、リベルの言ったことを証拠もないのに信じろとまで。親しい友人でも受け入れてくれるか不明な言動である。
リベルも流石に身構えていた。
「わかりました。お任せください」
「ありゃ?」
予想していた一声と違かった。そこから先は流れ作業のように進んだ。
もう夜だと言うのに、シャロット王女の一声で王国の騎士団が動き出し、アタナシア王国王都を目指した。
騎士団の中にはリベルの知った顔もいたので、融通が利いた。アカの力も借り、さらには騎士団の中に転移魔法の使い手もいたため、アタナシア王国までの道のりはそう時間はかからなかった。
難民となった人々をトスラ王国は受け入れ、そこで話は終わらなかった。
隣国ということもあって、トスラ王国はアタナシア王国の領土を併合した。アタナシア王国の仮の代表人とトスラ王国の国王が手を取り合い、救い合った。
その後、王女様からルーたちが戦った戦場の痕跡を調べた結果と、アタナシア王国の黒い噂を聞かされた。
「アタナシア王国王都には、リベルさんたち皆さんの魔力と、フィーニス国王の魔力の残滓があちこちに残っていました。さらに調査を進めると、フィーニス国王が行使したと思われる魔法が、"空"にまで影響しているという結果が出ました。信じがたい事実です……もしフィーニス国王がその気になれば、一国との戦争を単騎で終わらせる力を持っていたかもしれません」
かも、ではなく確実だと、実際に相対したリベルはそう思ったが、口には出さなかった。
「実はフィーニス国……いえ、フィーニスのことは私たちも怪しく思っていたんです。他国に遠征中の騎士が、偶然とある洞窟を発見したんです。そこにフィーニスらしき人影が見えたと報告がありました。しかしその晩、その騎士は謎の死を遂げました。その後も何度か調査隊を派遣したのですが、全員行方不明になり、証拠もないので何も動けず……他国の情報からでも、フィーニスの動きや内部情報だけが何故か把握することができず。まるで良い部分だけを表面下に出して、それ以外を意図的に阻害しているような……他にも黒い噂はあったんです」
あまり耳によろしくないことを幾つも聞いた。自分の所業を悟られないよう、巧みな情報操作をしていたか、もしバレれば裏で始末し証拠を消すなど、己の野望のためにそこは抜かりなくしていた可能性があった。
「もしかしたら王国にもフィーニスに加担する奴らが複数いたのかもな。隠蔽工作を手伝ったか……国王ならいくらでも味方につけそうだし。人ってのは何か弱みを握られたり、欲望を刺激するものを差し出されたら、そっちに簡単に流れるからな」
ルーが言っていた言葉だ。妙に納得できる言い方だったのを覚えている。
話は戻り、難民たちはトスラ王国の余っていた領地に移り住み、また、まだ破壊されていないアタナシア王国の領地へと移住を開始した。アタナシア王国から離れなかった人々も、トスラ王国の要人たちが責任を持って支援した。
シャロット王女は元アタナシア王国の国民全員に、今回の件は、裏で王国の破壊を企んでいたフィーニス=ヴラク=フィナルの仕業だと口外した。
困惑は生まれた。その中で理解し受け入れる者もいれば、受け入れられない者もいた。
人が人である限り、この問題は必ず生まれてしまう。リベルはここまでしてくれたシャロット王女に「俺がやれることならなんでもやるぞ」と言った。
「でしたら、この国の騎士団に入ってくださいませんか?」
それが王女の願いで、これには理由があった。
元アタナシア王国の国民の中で、王の裏の顔を受け入れられない人たちを説得させるために、リベルたちが騎士団に入りその証拠を掴む。
「シエンの記憶の中で見た、フィーニスが各所に設置していた魔法術式の研究所。フィーニスという大元を壊しても、その作った施設は勝手に消えてはくれない。まだ囚われている子どもたちも多くいるはず。それも全部破壊しなくちゃならないし、逆に言えば、それが悪行を確定づける証拠にもなり得るはずだ」
これもルーの言葉。一理あると思った。別に断る理由もなかったので、リベルはさらりと入団を決意した。そしてさも当然のように、ユマンとサラも入団した。
そこから時が経ち──
「今に至るってわけね」
リベルはリーネ、他の騎士団の中でリベルの指導を受けたい騎士団員に対して、稽古をつけた。その後城の中へと戻り、今いるのはシャロット王女がいる部屋の中だ。
シャロット王女は嬉しそうな笑顔でリベルに話しかける。
「リベルさんには感謝しています。あなたが我が国の騎士団に入団して早6年。そこから2年足らずで騎士団長に就任。騎士団には騎士団長がずっと不在で、前の副団長が団長の代理をしていたので、リベルさんが騎士団長になって良かったです」
「前にもこんな話した? クライスでしょ? 代理なんかじゃなくて、あいつが騎士団長になれば良かったんだ。俺よりずっと適任だろ。俺より真面目だし、俺みたいに外れた道を歩んでない」
「あなたの功績を見れば、文句の付け所はないでしょう」
王女とは違う声がリベルの耳に届いた。シャロット王女の少し離れた場所にいる、紳士のような若い男。
彼はシャロット王女の付き人の護衛騎士──ベラールである。リベルとも護衛任務の時から顔見知りである。
「騎士団長になる前もなった後も、どこにあるかもわからない研究所を見つけ出し功績を勝ち取った。おかげでフィーニスの死を認めきれなかった人々が、今では大分収まりました」
「まあ、何かを調べる行為は得意だったから。でも俺だけの力じゃない。ベラールさんも、"みんな"協力してくれた。それにこれは当然のこと。無茶な難題を受け入れてくれた寛大な王女様に、ご恩を返すのは当たり前のことです」
リベルは礼儀正しくお辞儀をする。
「やめてくださいよ。私はこのくらいで、あなたへの恩返しは達成していないと思っていますから」
「私もです。あなたには命を救われ、王女様も守ってもらった。いつでも協力させてもらいますよ」
「……良い人たちばっかりだな」
リベルがくすっと微笑む。そんな様子のリベルを、シャロット王女は不思議そうに見つめる。
「ん? 俺の顔に何か付いてます?」
「いえ、その……やっぱり昔のリベルさんと少し違うなって」
「そりゃあ6年も経てば」
「そうではなくて……なんでしょうか……笑い方が綺麗になった、とか?」
「……合ってますよ。笑い方を教えてもらったんで」
そう言ったリベルは思い出したように、次の言葉を言った。
「そうだ! 明日は仕事休みで。人と約束してるんですよ」
「ルーさん、ですか?」
「ええ。ちょっと"花見"をしてきます」