必然
(おかしい……)
フィーニスは考えていた。この想像していたものとは違う……異様な現状に。
(なんでこの終盤でシエンが出てくる……? 死人がなぜ現在生きている俺の命に牙を剥く……? なんで俺は……死んだ人間にムカついているのだ……?)
かつてのシエンの最後を思い出す。
完膚なきまでに叩きのめした。シエンの存在意義を破壊し、絶望させ、哀れな男の最後の泣きっ面を見れると思った。
だが見れなかった。後悔の感情は確かに見えた。諦めも、苦痛も、悲哀も見えたのに。
(何と言えば良い……あいつの中に……"何かが消えなかった"。最後まで……最後まで…………目の前の奴らも同じ。闘志が消えていない。私を滅ぼそうとその足を止めない。ただの小市民……特に役割も持たない脇役……選ばれた勇者でもないくせに……何が起こってるかわからない……)
『随分不思議なことを言うんだね』
聞こえた。確かに聞こえた。脳に直接送り込んでるように、フィーニスは1語1句聞き取れた。
死んだはずの人の声を────
(シエンッ!)
『お前はこれが……偶然だと思うのかい?』
姿は見えない。シエンの声だけが聞こえてくる。
(どういうことだ……奴の力という物が、奴の意識を私の意識に介入させたのか?)
『そんなのどうだっていいだろ。もう僕は何もしないよ。ただ少し雑談をしにきただけだ』
(雑談だと……?)
『お前はルーたちが歩みを止めないことを不思議がっている。僕からすれば何もおかしなことはない。これは必然だ。"時が来た"だけのことさ』
フィーニスは声だけの存在の言うことに、疑問を抱く。
(言ってる意味がわからん)
『お前の素性には驚いた。まさかこの世界の人間じゃないなんて。後天的呪縛特異能力……魔法とは違う力だ』
シエンの意識はフィーニスの意識に入ったことで、フィーニスの過去、考えを読めていた。
『これは勝手な想像だけどね、その力の"呪い"なんじゃないかな? 呪縛……その呪いが今起こっている事実だ』
(呪い……?)
『別に真に受ける必要はない。根拠もクソもないから。でもそうじゃないか? お前が世界という世界を渡り続け、好き放題し生きてきた。その道中で膨らみ続けた呪いが、今になって発散した。代償……因果……運命とも呼ぶのかな?』
(……じゃあなんだ? 今、この私に起きている状況は、初めから決められていた終着点だとでも言うのかっ!?)
『さあ? そんなの知らないよ。私は神じゃないんだから。でもそうだな……仮に根拠と呼ぶものを挙げるとすれば、お前の記憶の物語かな?』
聴覚を遮断したかった。しかしフィーニスの中に声は響く続ける。
『漫画……映画……どれも興味深いね。私の世界にはないものばかりだ。その中にある、明らかに"味方"と"敵"の陣営に分かれる多くの物語は、ほぼ100%の確率で"敵"が敗北する。ありきたりで、見てる人からすれば陳腐に感じるかもしれない。でも……私は"そこが良い"と思う』
(貴様の意見などクソ喰らえだ。そんなものは"つまらない"っ!!)
『そんなこと言ってもね……。まあ、この先どうなるかは"彼ら"が決める。僕はもう消えるよ。最後に外野がとやかく言ってると、場が冷めるからね』
そう言ったシエンの声は、それっきり聞こえなくなった。
(呪いなど……あってたまるか────)
────現在
「「はああああああああああああああああああああっ!!」」
フィーニスの左右から襲い掛かる双龍。最大火力の魔法武装を宿すユマンと、鋼鉄以上の強度を持つ氷の籠手を身に着けるサラの拳が火を吹く。
「"魔王盾"ッ!」
フィーニスが叫ぶと、本人の両サイドに壁のような巨大な盾が出現。突如として出現した盾により、2人の攻撃は防がれた。
「ち……っ!」
「まだ見たことのない魔法を……っ!」
悔しがる2人だが、フィーニスの頭上に新たな影が現れる。
「「今度はこっちだあああああああああああああああっ!!」」
《ホバーブースト》で浮上し《マジックブラスター》の銃口をフィーニスに向けているマキナと、死想亡鎌・誕臨を構えるルー。
絶大な威力を放つ銃、死を穿つ凶刃が発射、振り下ろされる瞬間──
「ぬぁああっ!」
フィーニスが魔王盾を頭上に出現させる。
「制限ないの!?」
「んなの関係ねええええええええええっ!」
ルーが押す。マキナも合わせて出力を上げる。刃先の死の力が増幅し、魔力のレーザーが魔王の盾にぶつかる。
フィーニスは苦い顔になる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「クソッ……たれがあ……っ!」
「からの──」
ルーよりもさらに上、曲刀を片手に持つ少年が舞い上がる。
「俺だああああああっ!」
リベルが空に一閃。それを見たフィーニスは、
「ちぃっ!」
すぐさまその場を離脱する。
リベルが繰り出した飛ぶ斬撃は、屈強な魔王盾を正面から破壊し、フィーニスがついさっきいた地面を抉った。
「俺の刃に強度は関係ない」
「はあ……はあ……これだから嫌なんだ……っ!」
フィーニスの呼吸が乱れ、その顔には汗が見られた。
「ルー兄さんの言った通り、一撃ノックアウトの技は出ませんね。汗なんて初めて見た」
「疲労発散とか……疲労を回復させる魔法を使ってたのかもな」
「今となってはそんなの関係ありません」
「攻めあるのみ」
「だねっ!」
「ああ。行くぞっ!」
5人は駆ける。フィーニスは残っている魔法を最大限行使する。
「がぁああっ!」
周囲の瓦礫を宙に浮かせ、鋭利な棘状の形に変形させる。それらを迫り来るルーたちに向け発射。
麻痺毒が先端に塗られている"麻痺荊棘"を発動させた。
「ふんっ!」
ルーも魔法を発動する。雷鼓のようにルーの背後に無数の光点が出現。全ての光点は瞬間爆発魔法。散弾銃の如くフィーニスに向け発射。
棘と光がぶつかり合い相殺し合うが、軌道が逸れて数発の瞬間爆発魔法は、地面へとぶつかり煙を巻き上げる。
「打ちすぎたな」
煙で周囲が見えなくなり、近くにいたマキナ以外の姿が消えたその刹那、
「っ!」
死逝亡鎌を振りかぶるフィーニスが来る。その瞳狙うは──マキナだった。
「やろっ!」
ルーが間に割って入り死鎌と死鎌が衝突する。しかし予備動作が足りず、ルーは押し負けてしまった。
「くっ……!」
「ルーッ!」
「まず1人目っ!」
攻めの姿勢を隠さず、マキナを標的に鎌を握る。
(1人殺せば場は乱れる。この身体で長期戦は避けたい。順番に始末する──)
フィーニスが一殺の望みを賭けその刃を──
ガンッ!
「っ!???」
何かがフィーニスの顎にぶつかった。そのせいでマキナへの攻撃が遮断されてしまった。
(何が……)
飛んできたものを確認しようと視界を移すと、地面に1つの"義手"が転がっていた。
「あれは……」
「それやるよっ!」
横から参戦してきたリベル。治癒のおかげで復活した両腕。いらなくなった奇械兜鎧を投げ捨てたのだ。
「しゃらあっ!」
「く……っ!」
リベルは曲刀を振り回す。フィーニスは死逝亡鎌を後ろに引き攻撃を避け続ける。
(こいつは駄目だっ! 一撃でももらえば即アウト……こいつを引き剝がさねばっ!)
フィーニスは一旦死逝亡鎌を消し、左掌をリベルに見せつけるように前に出す。
「ぶっ飛べっ!!」
ズドンッ。
圧縮、暴発。風魔法を応用した空気の押し出し。力技だが、リベルの身体は抗えず後方に吹き飛ばされる。
「よしこれで……」
とそこで、フィーニスは異常に気付く。"右足に痺れがある"。
「っ!」
いつの間にか、右足首に"短刀"が突き刺さっていた。
「あのリベル……っ!」
「まだまだああああっ!」
戻ってきたルーが追撃する。フィーニスも応戦するが、足の痺れが動きに支障をきたしている。
(麻痺毒か。"状態無効"がない今治す術がない……曲刀の他に警戒をするべきだったっ! とりあえず魔王盾で囲んでから体勢を──)
──メキャ。
「だ……っ!」
頬に強烈な痛みが生じる。渾身のストレートがフィーニスを襲ったからだ。
「あの時はよくもやってくれましたね」
魔力全快の拳を振るうユマンの鬼神の姿がそこにいた。
「おかえしですっ!」
振り抜く。力の塊と化した右腕に対抗し、フィーニスが魔王盾を鎧のように正面の身体に纏わせる。
「ぐうううぅ……っ!!」
足で地面を削り、倒れることを拒んだ。
直撃は免れた。がしかし、殴打の衝撃までも魔王盾は防ぐことはできなかった。
「神の手があれば……っ!」
「ない物に頼るなんて情けないわよっ!」
サラの声が鼓膜を震わせる。胸を抑えながら前を向くと、己の身長の2倍の高さはある氷壁が迫ってきているのが見えた。
それも前方からだけではない、前後左右から全てだった。逃げ道は上空のみ。しかし足の痺れは消えてはいなかった。
「魔王盾うううううううううううっ!!!」
合計4つの盾がフィーニスの周囲に出現。見事に氷壁と盾が激突し、強度ではフィーニスの魔法が勝った。氷壁はバラバラに砕かれた。
「クソ……魔力が……」
フィーニスは懸念している点があった。シエンの残した力によって壊された魔法の1つに『魔力増幅』というものがあった。
その魔法術式に魔力を通すと、術式に供給した魔力の2倍の魔力が体内に生成される。
この魔法は、簡単に言えば"反則"だった。
1を使えば2が生まれ、2を使えば4が生まれる。マキナの《マジックブラスター》と似たような仕組みだが、この魔法は魔力が無限に生まれることと同意。
故に莫大な魔力を喰う魔法の数々を、フィーニスは涼しい顔で行使することができた。
真の魔才たるフィーニスだからこそ生み出せた究極の魔法、しかし今は──
(もう無限の魔力は存在しない……元々の魔力総量が多いからと言って過剰使用は無理がある。痛手だ……痛手過ぎる……っ!)
後悔がその心を埋め尽くしている時、フィーニスは"上"にいる存在に気づけなかった。
「袋詰めだね」
浮上しているマキナ。魔王盾で周囲から隔離され、唯一上空がぽっかりと開いている場所にいるフィーニスに向け、引き金を引く。
「はっ!」
超巨大魔力砲が自分に到達する数秒前に気づくことができた。フィーニスは最速で魔力回路に魔力を通し、魔王盾を発動しようとするが、突然口から血しぶきを吐いた。
「な……っ!」
意味のわからない事態に混乱し、魔力供給が途切れる。
今フィーニスの身体には神経毒が回っていた。それは、リベルがフィーニスに突き刺した"短刀"に塗られていたもう1つの効果。
時間差で効果を発揮したことを、今のフィーニスは理解できていなかった。
「ぁああああああああああああああああああああ!!!」
マキナの《マジックブラスター》をモロに喰らう。日光が照射されるように肌が焼かれていく。
「……いい加減に……しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
残る魔力で最高強度の死逝亡鎌を生成、同時に薙ぎ払う。その一撃で死の竜巻がフィーニスを中心に形成された。
「うわあっ!」
マキナも退き、氷壁も自身の魔法の盾も破壊してしまう。フィーニスは攻撃であり防御でもある竜巻の中で苦しむ。
(痛い……痛いっ! 『微回復』じゃ再生速度が遅すぎる。あんな子どもにまで攻撃を喰らうとは……攻撃の手が止まないせいだ……っ!)
ここまで憔悴しきってる自分にフィーニスは驚く。そんな状態の邪王に、待ってくれる者はいなく、ルーが同じ能力を持つ死鎌で竜巻の檻を斬り伏せた。
「またお前かっ!」
「俺だよ」
ギィンッ! ギィンッ!! ギィンッ!!! ギィンッ!!!!
斬撃音が鳴り響く。少し前にも同じような場面があったが、優劣が変わっているように見えた。
フィーニスの息遣いがさらに荒くなる。
「はあ……どうして……どうしてこうなった……なんで今なんだ!? 勝ち続けてきたのに!! うまくいってたのに!! これは呪いなのか!? なんでなんだよ!!」
「子どもみたいなこと言ってんな! んなこと自分で考えろ!」
ルーが死逝亡鎌を右に流した。その隙を突き、湾曲した刃を同じく湾曲した刃に挟み込ませ、死逝亡鎌を弾いた。
鎌は宙を舞い、フィーニスは徒手空拳となる。
他の魔法術式に魔力を通そうとしたが、予想外のことに魔法を発動するための魔力が残っていなかった。
原因は『魔力増幅』があったが故の魔力の消費加減のミス。意識はしていたはずなのに、致命的な誤算が生じた。
フィーニスは拳を握ることしかできず、刹那の時間に考えた。
(間違えた間違えた間違えた! あそこだ、この小僧が現れた時にさっさと殺しとくべきだった! いや、それ以前に逃げたルーをさっさと殺しとけば! いや……もっと前だ。あいつ……シエンだ……そうだ……猶予など与えずさっさと首をはねれば良かったんだ!! 無様に死んだくせに爪痕を残した、余計なことをした! あいつに出会わなければ! 呪いというなら貴様の存在こそが呪いだシエンッ!!)
言葉の裏に住む後悔。後悔に後悔を重ねた愚かな悶絶。それが彼の心を支配していた。
もうフィーニスの原動力は…………僅かな意地と矜持だけだった。
「させないっ!」
死想亡鎌の一撃を躱し、顔面ストレートの拳をルーに打ち込む。さらに体を1回転させ踵落としを繰り出す。
「ちっ……魔法がなくても戦えんじゃねえかよ!」
「終わらないっ! 終わってたまるかっ! 他人に救われる、自分1人ではとうの昔に朽ち果てていた奴らなどに、俺の生は終わらせないっ!」
無数の世界で培った体術を披露する。武器を持った者にも通じる武器。フィーニスは動くことをやめなかった。
「終わりだよ」
ルーとフィーニスの間を蛇のようにすり抜け、曲刀がフィーニスの右腕を斬り飛ばす。
飛ばされたリベルが戻ってきた。
「終わりがあるから、物語なんだろ?」
リベルに反論の言を吐こうとするが、ユマンとサラのダブル殴打を喰らい口を阻まれる。
「あがっ……」
「1人じゃないから戦える」
「孤独は寂しいだけよ」
攻の勢いは止まらない。上空にいるマキナは、高密度の魔力の拳を生み出す《ギガントグローブ》を装着し、全力で振りかぶる。
「救われたから、強く生きてこれたんだっ!」
直撃する。フィーニスは白目を剥き脳が揺らぐ。
そして、ルーが目の前に立つ。
「……主人公の……軌跡」
「今度こそ終わりだ────フィーニスッ!!」
刃を振り下ろす。"2人"の力が遂に届いた。