最高じゃん
「最後にやるべきことがある」
上も、下も、左右も、黒色に包まれた空間で、ルーが記憶の具現化であるシエンに言った言葉。
シエンは一瞬沈黙し、ルーへ言葉を投げかける。
「フィーニスを……倒しに行くのかい?」
「ああ。全て終わらせる。あんたの無念は、俺が晴らす」
「……私は……できれば、ルーには身を引いてほしいけどね。過去を捨てて、好きな人と一緒にどこかで暮らして、私のことなんて忘れてほしい……て、私に言える権利はないんだけど。私もルーが死んでしまったら、きっと同じことをする」
「忘れろなんて……無理があるだろ」
「そうだね……ルーの言うとおりだ。だから、せめてこれを──」
シエンが右手を前に差し出す。するとシエンの掌が輝きだし、アカの腹部から出てきたような、青白い光の球が出てきた。
「"作っておいて良かった"」
「これは……?」
「もしものための"切り札"……と言ったら誇張し過ぎだけど、ルーが戦う道を選んだら、渡しておきたくて」
「そんなにやばいのか?」
「奴の魔法の1つに、"神の手"という魔法がある。両の手に迫る攻撃を全て無効化し、その拳は破壊の痛みを与える。この魔法に対抗する手段は最早なかった。だから、奴と戦っている最中に一か八か試してみた。"神の手の術式コピー"を」
「……っ」
相手が持つ魔法術式を模倣することは、不可能なことではない。相手が持つ魔法に直に触れたり、魔法で強化した視覚で相手の魔法術式を分析したりして、限りなく所有者と同じ魔法術式を作り出すことができる。
「でも、それははっきり言って無謀だったろ? シエンとあの王の戦いは見てたが、そんな暇はなかったはずだ。確かにそれを自分の物にできたら有利になるだろうが……あまりにも……」
「やはりルーは頭がいいね。そう、無理だった。たとえ他の魔法術式を選んでいたとしても、同じ結果だったろう。あの時……別の活路があればね……私は神様じゃないから」
「シエン……」
「でも、全てが無になったわけじゃない。ルーに"残せたから"」
掌に浮かぶ球体を見ながら言う。
「奴の神の手から、破壊に関する術式情報だけは解析できた。結局私は無様に敗北し、醜い体のまましばらく生きながらえた。でもその間に、奴の術式情報を組み合わせた"これ"を作り出すことができたんだ」
掌に青白い球体を浮かべたまま、ルーの手を握る。球体がルーの体の中へと入っていき、ルーはシエンが残した物を"理解した"。
「シエン……これって……」
「これで一矢報いれた……かな。私の力なんてたかがしれてるけどね」
ルーは手の中で光る輝きを見つめていると、突然膝から崩れ落ち涙を流す。
「ルー……?」
「……いや……改めて……シエンはもう……いないんだなって考えて。どうして……どうして……っ」
「ルー……許してくれとは言わない。ここから逃げ出しても、私はそれでも全然構わない。…………ルー? 私に言う権利なんてないけど……少しだけ……時間をください」
「シエン?」
項垂れている頭を上げる。
そこには、ルーと同じく膝から崩れ落ち、涙を流しているシエンがいた。
「ひぐっ……私も……迎えに行きたかった……行きたかったよ……」
ルーはシエンの涙をもらい、更に泣く。どれだけの時間泣いていたかわからない。ただひたすら、涙が落ちる音だけを聞いていた。
瞼を拭い、悲しみは捨て、ルーとシエンはお互いに向き合った。
「やっぱ行くよシエン。俺を見ててくれ」
「……わかった。これだけは覚えておいてくれ。私があげた力は、"1番信頼がおける人に分け与えることができる"。自分の覚悟、決意を1番わかってくれる人だ。1人で抱え込まず……どうか……生きてくれ」
「……わかったよ。"シエンさん"」
「っ! ……嬉しいなあ。じゃあねル──」
「シエンッ!」
突如ルーが大きな声を上げる。感動の別れの挨拶が途切れてしまった。
「び、びっくりしたっ! どうしたんだい?」
「……勇気くれよ」
「…………はい?」
あまりに予想外な言葉に、シエンもルーの意図が読めない。
「ごめんルー。少し意味がわからないんだけど……」
「だから、験担ぎだよ。良い結果になるようにって……」
「……ぷっ。あはははははははっ!」
「ちょっ!? なんで笑うっ!?」
「いやごめんっ。いやールーも、そういうのに興味があったんだなと思って」
「別にいいだろ……」
「でも、する必要あるのかい? いきなりスーパーパワーが宿るわけでもないし、奇跡的な力に目覚めるわけでもない。そんなのは、どこぞのお伽話だけだ」
「……そうだな。根性気合いでどうにかなったら苦労しないしな。でもそれで、良い結果になったらさ──」
「最高じゃん」
満面の笑みで言うルーを見て、
「間違いないね」
シエンも頷き、ルーの体を抱きしめる。
「頑張れ。私の……"愛する息子"」
「っ! …………ありがとうっ」
その言葉を最後に、ルーは現実世界へ戻っていった。
もうラストスパートです。ちょっと期間あけて、一気に投稿します。