行動は早い方が良い
「この魔道具を発明したのは両親です。両親が作ったこの魔道具を、ボスのテンリは大量に生産させました。それを戦時中の劣勢国側や欲しがっている裏社会の人間に売り捌いていた。小さい頃なので記憶は曖昧ですが、特にこれは需要があったらしいです」
「それは納得できる。正直これはやばい代物だ。一番効果が高い治癒魔道具もない腕が戻ったりしない。こんなのが戦争国の片側に送られれば……やばいことになるな」
「ど、どゆこと?」
「状況を一変させることができるってことだ。軍の1部隊、傭兵かき集めた義勇軍とかが持ってみろ。もう実質不死の軍団の出来上がりだ。想像するのが怖い」
「なるほど。理解できた」
「ある時、両親はボクを連れて逃げたんです。自分たちのしてることに耐えられなくなって。それで……気づかれて……ボクだけ……」
「もういいよ! 話さなくて大丈夫だから!」
抑えていた涙が溢れ出す。マキナが寄り添って頭をなでる。
「……」
ルーはうんざりしたため息をつく。その目はどこか遠くの虚ろを見ていた。
「毒親の次はマフィアかよ」
「えっ……?」
「なんでもない。今までどう生きてた?」
「……ボクは両親の知人の元で暮らしました。古い友人だったらしく。そこで平和に暮らしていました。本当に良くしてもらって、17の時に行商人として旅に出たんです。あまり繁盛はしませんでしたけど、そんな時マフィアの手下に見つかって」
「それでここまで追われてたったわけか。結構しつこいんだな。魔道具はあんたも作れたんだな」
「はい。教えてもらってたのもありますけど、やっぱり両親の子で、ボクも作ることができたんです。お母さんとお父さんが言ってた本当の願いを、ボクは叶えたいんです」
「願い?」
────
「……幸せだったろ」
「だ、誰がですか?」
「こんな良い子に育ったんだから。ご両親は喜んでんじゃね」
クラルは初めて笑った。そんなこと言ってくれるとは思わなかったのだろう。
「そうだと……いいですね」
「ルー良いこと言う」
「うっせ」
ルーは出していた光の球を消す。「よし」と言って腰を上げ立ち上がる。
「ど、どうかしましたか?」
「『極火』の本拠地、覚えてるか? てかさっき言ったよな? 助けを求めてるって。てこたぁ、その大元を断ち切ろうとしたんじゃないのか?」
「なんか心を読まれてるみたいです」
「生憎そんな魔法はない」
「ボスのテンリがいる本拠地は、ここからしばらく歩いて着くドーラ共和国の境界付近にあります。そこは共和国の南側で、北側の繁栄街と違い治安があまり良いとは言えず、うまく存在を隠していると思います。でもそれも昔の記憶で、そもそも場所を去ってる可能性もありますし……」
「わかった。じゃあ行くぞ」
クラルの前を歩き出す。「「えっ?」」という女子2人の声が重なった。
マキナですら唐突過ぎて驚いている。
「行くって……まさか本拠地に!? 今から!?」
「そう言ってんだろ」
「ルー即断即決だね〜。じゃあ準備しよ」
「マキナさんまで! そんな急に! もう夜中ですよ!」
「行動は早い方が良い。要は仇討ちだろ? 付き合ってやる。1回も2回も変わんねえしな」
「い、いっかい……?」
何のことかクラルにはわからなかった。
「そんな危険ですよ! ルーさんがいくら魔法が使えるからって無茶です!」
「ふーむ。クラルは魔道具作ってんだから、魔法使えんだろ?」
「え、いや使えますけど……治癒魔道具を作るために練った術式くらいで、基礎魔法もロクにできないですけど……」
「そうか。ちょうど良い。俺は魔法くらいしか取り柄がなくてね」
ルーは魔力を解放させる。草木が揺らめき地面が振動する。
そして、幾つもの術式に魔力を通す。
「魔法の真価を見せてやる」
────
クラルの指摘は外れていた。『極火』のボス、テンリがいる本拠地はドーラ共和国の南側に変わらず位置していた。
国の政策が依然行き届いておらず、裕福な層の人々が北側へとほぼ移り住み貧困層が増えるのは案の定。
万引きなどの小事件の発生は日常茶飯事。しかし隠れ蓑にはうってつけこの上ない。これに関してクラルの考察は当たっていた。
「まだ見つからないのか?」
見た目から連想できる渋い声。口髭と顎鬚が似合う50代半ばの男性。彼はマフィア組織『極火』の頭領、テンリであった。
「申し訳ありません。何故か捕えに行かせた組合員に連絡が取れず……」
報告している組合員の声が恐怖で震えている。同じ部屋にいるだけでここまで怯えさせる。テンリの圧力は尋常ではなかった。
ギロリと睨むその仕草だけで、組合員の男の精神は削られた。
「ひっ……!」
「絶対に捕えろ。どんな手段を使ってもだ。ただし殺しはするなよ。"あの女と男のように、『極火』の駒として使うのだから"。それだけは忘れるな」
「は、はい! もちろんです!」
そそくさと退出を促された男が扉を開けようとした時、謎の轟音が下の階から響いた。
「なんだ今のは!」
「わ、わかりません! 確認してきます!」
あわてて扉を開けテンリの前から消えていった。
「空気が汚ねえな」
テンリがいる本拠地にルーは真正面から殴り込みに来た。高速移動魔法を使ってここまで来た時間は、5分もかかっていない。
本来なら3時間はかかるはずの距離をだ。
「テメェ何もんだ!」
「本部の扉をぶち壊しやがって!」
「ここがどこかわかってんだろうな!」
「そういう意味のない会話いいからさ。ボスのテンリって奴どこいんの?」
「もういい殺せ!」
上級組員らしき者の指示で動き出す。
(魔法……使える奴いんだな)
魔力の流れを感じる。長剣、ナイフ、鎖、拳銃のような武器らしい武器を持ってる人間の他に、魔法を発動させようとしている者が何人かいる。
本拠地だけあって中々の精鋭がいることが伺えた。
「死想亡鎌」
誰よりも"魔法"を早く発動させたのはルーだった。その刹那に13人が凶刃の餌食となった。
「……うぇ?」
「発動するまでの時間が長いよ」
2本の死鎌が13人の上半身と下半身を切り分けた。
サイズは身長の半分ほどしかないが、赤と黒の三日月の刃が異様にでかく見える。
両手で構える姿勢は、人体化蟷螂を想像させた。
「言わないなら自分で見つける」
「か、怪物だ」
「何してんだ! 臆せず行──」
身体強化術式に魔力を流す。特に両足を重点に。筋力を爆発的に上げ超スピードを生み出す。
立ち塞がった3人を切り伏せ、歪な形のピアスを身に着けている男の喉を掻っ切る。
「けえ……げあぁ!」
「人望ないだろお前」
男の背後の遠くに拳銃を打とうとする男。気配探知魔法で気づいていたルーは片方の鎌を瞬時に投げた。
拳銃を貫き片目を潰した。さらにその男の後ろから増援が襲来する。
「多いな……」
喉を切って死体となり果てた男を蹴り飛ばす。死体の速度に合わせて盾にしながら加速する。
「くそ邪魔だ……!」
廊下の横で、眼球を貫かれ悶え苦しむ男に刺さっている鎌を加速中に抜き取り、死体ごと背後にいる人間を両断。
「シィ!」
両足で踏ん張り勢いを乗せ、両鎌でクロス斬りの斬撃を放つ。生命を断つ斬撃は、増援に来た人間全てを屍へと変貌させた。
「たく、めんどくせえ。死想亡鎌分割しといて正解だったな。にしても……はあ……まだいんのか」
気配探知魔法は反応し続けている。ルーの最終目標がテンリな以上、ここで引くわけにはいかなかった。
「……よし。最短ルートだ」
"新たな術式に魔力を流し込んだ"。一旦死想亡鎌、他魔法の魔法術式への魔力供給を止める。
魔力を流し、流し続ける。
「範囲を絞って……調節する」
右手の人差し指だけを突き出した。その指先に光が灯った。
クラルがいた時魔法で作り出した光球と若干異なり、オレンジ色を帯びている。
内に秘められた膨大なエネルギーは、ルーのみが知っている。
「おい、いたぞ!」
「息の根を止めろぉおおおお!」
上の階か、またその上の階から来た組合員がルーがいる所へ到着した。上司の命令を忠実に遂行しようと迫りくるが、時既に遅し。
「蹴散らす」
発散──瞬間爆発魔法を発動した。
────
「じゃかましゃい!」
「ぎがぁ!」
ナンパしに来た(おそらくクラルを)巨漢の男が感電した。マキナがバッグから取り出した《エネルギーブラスター》の餌食となってしまったのだ。
エネルギー源を装填すれば、最小限の容量でその源力を最大力量で発射できる優れ物。マキナの発明品の1つ。
ちなみに主に使用しているエネルギー源は、マキナが作った《ファイヤーボール》、《アイスボール》、《サンダーボール》の3つである。
「私に近づくと痺れるぜい」
「す、すごい。それは、マキナさんが作ったんですか?」
「もちろん! 私お気に入り《エネルギーブラスター》! 狙った獲物は逃がさない!」
「まだこんな小さいのに……ボクよりマキナさんの方が全然すごいな」
クラルとマキナは『極火』本拠地から離れた町の隅にいた。「危険だから離れてろ。すぐ終わる」とルーに強制され、ここで帰りを待っていた。
「……マキナさん。あの……ルーさんとはどういう関係なんですか?」
「え? 夫婦」
ド直球のホームランにクラルは咳払いした。
「えっ、ちょっ! ええっ!?」
「と言いたいところだけど、残念ながら未だ叶わず。でも大丈夫! 成長した私ならルーなんてイチコロだよ!」
「へ、へえ……」
「今の関係かあ。う~ん。"救ってくれた人と救われた人"、かな?」
「どういう意味ですか?」、言葉にしてないがクラルのそう言いたげな表情を見て、マキナはゆっくりと語りだす。
「私ね、親が親じゃなかったの。私を思うように動く人形としか映ってなくて。私も見て見ぬふりをしてた。パパとママは私のことを大事に思ってくれてるって。他人から見れば、ありえない妄想だったと思う。ある日初めて逆らったら、簡単に捨てられちゃったの。本当にあっさり……」
「そんな……。実の娘さんにそんなことできるんですか……最低すぎます」
「ありがとう。でもその後、王子様に出会ったの。一緒に行こうって耳に聞こえた時、ああ……光はこんなに明るくて、温かいんだって感じた。その日のご飯がすっごくおいしかったのを覚えてる」
「……」
「その王子様は悩みがあって、昔自分を置いてどこかにいなくなった人を探してる。私もそれを手伝って、というか付いて行ってるだけか。とにかく、たったそれだけだよ」
何も言えなかった。言葉の重みが違いすぎて。自分の半分ほどの歳しかなさそうな子どもが言ってるとは考えられなかった。
クラルはだんだん己がちっぽけな存在だと痛感してきた。
(どんな人生を歩んできたんだ……? この子は……何だ?)
「心配しないでクラルちゃん」
変わらない覇気がこもった声。聞くだけで事がうまく進んで行くような気がした。
「ルーならなんとかしてくれるよ。私も天才だけど、ルーも天才なんだよ? 本人は天に恵まれてなんかなーいって言ってるけど」
マキナの言葉は、クラルを縛る鎖を解く。
「ルーね、めっちゃ強いから」
直後、瞬間爆発魔法が発動した。
────
「今ので死んでも良いと思ってた」
ルーの魔法によって、『極火』の本拠地である建物が倒壊した。当の本人は防御魔法を展開していたおかげで無傷。
足元に転がるのは死屍累々。たった1つの魔法が巨大な惨劇を生み出すなど、誰が予想できたか。
衝撃音を聞いた周囲の人々は離散し始めている。
ルーの気配探知魔法では、周辺300メートルに人はもう存在しない。
テンリを除いては。
「マフィアでも魔法使える奴がいるとは驚いたけど、魔法使う前に殺られちゃ常人と同じだ。知名度だけやたら高い無能の集まりかと思ってたんだが……ボスは多少マシだったみたいだ」
無傷はルーだけではなかった。明らかにルーが殺してきた小者とは一味違った雰囲気を持つ、テンリと目の前で対峙していた。
「小僧……人を殺したことがあるか?」
「あるよ」
「だろうな。今まで『極火』にちょっかい出してきた無知蒙昧な輩はいたが、考えなしに突撃する獣はいなかった」
「獣は人間より脅威だろ」
「それはこの俺が決めることだ」
怒りを含んだ強い声だ。しかしそれは、例えるなら自らのナワバリに侵入されたことに対する憤怒。
無残に散った骸たちにではない。死体を土の如く踏みつける姿が非情さの表れである。
(俺より命の価値基準が低そうだ)
テンリは左腕で右胸部分を掴み自身の服を破いた。
右腕の前腕と上腕が露わになる。しかしルーの眼球が捉えた色は肌色ではなく、白銀色の義手だった。