好機
リベルが神の手から放出された光に呑まれたすぐ後──
「ゴァアっ!」
竜──アカの口から吐き出された爆炎の火球が、荒廃した土地に佇むフィーニスに向けて飛ばされる。
「ふん」
フィーニスは目もくれず、黄金を宿した片手で火球を受け止める。火球は掌に吸収されるように消えてなくなった。
「いい加減にっしろっ!」
銀髪の少女──サラが僅かに復活した魔力を振り絞り、氷の大蛇を作り出す。鋭い氷の牙を剝き出しにフィーニスに襲いかかるが、同じく神の手によって粉々に砕かれる。
「効かぬか」
「ああもうっ! なんで私ここにいるのかしら? かっこつけてユマンにリベル任したから……あああやっぱ行けばよかった!」
「今からでも行けばどうだ? 死人に近い男の元へ」
フィーニスは余裕の笑みを浮かべる。戦場に新たに参入したアカに対しても、特に興味を示さず、寧ろ呆れた。
「しかしなあ……連れてくるならもっとマシな人選があっただろうに。なあ、"火竜"?」
「貴様か、邪の起源。貴様だけは、断じて赦すことはできんぞっ!」
アカの逆鱗に触れ、灼熱の火炎放射が火を吹き、サラの吹雪が意思を持って唸り始めたが、フィーニスは凌ぎながら談笑する。
「久しぶりだなあ。逃げ出した後はどう過ごしてた? せっかく私がわざわざ"竜の都"から連れてきたというのに。しかし、もう研究は粗方終わっていたから別に問題ないが」
「貴様は我らの領域に侵入してきた。その罪がどれほどのものか、まるで理解できていないらしいな!」
「苦労したんだぞ? 王国の書庫、他国の秘密資料、遺跡に眠る古代の石板。数々の点と点を紡ぎ合わせ、ようやく辿り着いた。かつて太古の昔、竜の存在が世に知れ渡っていた時代。その存在を恐れた人間たちは竜の住処……竜の都へと攻撃を始めた。力では劣る人間は数でその劣勢を埋め合わせ、竜との戦争を長引かせていた」
炎と氷の粉塵に紛れ、アカが自身の爆炎を纏わせた尻尾を繰り出すが、神の手の影響で威力は半減されてしまう。
「ぬんっ!」
尻尾の鱗を掴まれ、そのままサラがいる方向へ投げ飛ばされてしまう。
「ちょっと!」
「ぬうぅ……っ!」
「そしてその戦争は、双方の頭領の和解交渉によって終結した。両種はそれぞれ、二度と干渉しないという条件付きで。そして現在、竜の存在、及び、住処である竜の都は最早伝説上となったとさ……こんなところだったか?」
「……その掟を……貴様は破ったのだっ! 一体貴様は何がしたかったのだっ!!」
苦し紛れに放った巨大熱火球。だがそれでも、フィーニスの掌は火傷1つ負わなかった。
「他の実験体と大して変わりはしない。竜が持つ、妖精族すらも凌駕すると伝承されている"長寿"が欲しかった。それをどうにか魔法術式として抽出できないか研究していたんだ」
「そ、そんなことのために……我ら同族2体を殺したと言うのかっ!」
「ああ、水竜と黒竜か。先に襲って来たのはそっちだったか気がするが……? 拉致するのを名乗り出た貴様だけにしたことを感謝してほしいくらいだけどなあ。でも……結果は詰みに終わった。貴様が持つ"火"や"長寿"は生来の物、生物特有の特長であることがわかった。トカゲの尻尾が再生するように、カメレオンが背景に擬態するように。簡潔に言えば……魔法とは何も関係がなかった。だから──」
「ほんっと失望した」
ピシャアアッ!!
天からの神の雷が、アカの強靭な鱗を貫いた。さらに追撃する稲妻が、片方の翼を焦がした。
「ぐふぅ……お……のれ……」
「無駄に期待させるなら、とうの昔に滅んでくれよ」
「やめろおおおおおおおおっ!」
やっとの思いで生成した氷剣で、サラがフィーニスに斬りかかる。負傷していてもその動きは一級品。
残る体力でフィーニスに迫り来るが、
「もう限界だろ?」
パァン!
両手を叩いた衝撃で気圧された。
鼻血を出し、失神しかける。何とか床に膝を付くまでにとどめた。
「はあ……はあ……」
「よく使命もないままここまで戦った。死ぬ瞬間が1人なのは悲しいがなっ!」
1撃で葬ろうと、神の無敵の拳の黄金が増し、サラの頭蓋に放たれる──
斬ッ!
「っ!!」
「ちっ……」
何者かが2人の間に介入し、マグマのような炎を纏った黒刀が、フィーニスの右肩ごと切断した。
「はあっ!」
炎剣と化した武器で周囲を薙ぎ払う。足に魔力を集中させたフィーニスはすぐに後ずさる。
「……まだ挑めたか」
「あ、あなた……」
「すまない。遅くなった」
サラに謝罪の言葉を述べるが、その眼はフィーニスだけを見据えている。
ルーとフィーニスが再度対峙した。
「アカにも言ってくれ。休んででくれって」
その言葉に、サラは無言の返答をした。
「なんだ、死んだと思ってたぞ?」
「死ねる理由がなかったんでな」
「理由なぞなくとも人は死ぬ。シエンが意味もなく死んだように、私に全員殺される」
「そん時はテメェも道ずれだ」
「よくそんな言葉が言えたものだ。"死想亡鎌を砕いたというのに"」
「……」
そう──ルーの死想亡鎌はあの時、砕かれた。
根源を、"魔法術式ごと砕かれた"。
「私の神の手の絶対破壊。貴様の死鎌から私の力が侵入し、魔力回路を辿って術式ごと破壊した。だからそんな"寄せ集め"でどうにかしようとしてるんだろう?」
ルーが右手に携える炎剣。その正体は、"黒魔剣"と獄炎"の複合魔法。
あらゆる魔法を阻害する黒を生み出す魔剣、限度を知らない地獄の轟炎。
強力の双龍が組み合わさった1つの魔法だが、死想亡鎌よりは劣ると、ルーも内心理解できていた。
「やはり1番の脅威はリベルだったな。貴様の用いる魔法の中で、死想亡鎌はトップクラスの魔法と見受けた。なにせ、貴様は"ただの魔才"だからなあ。どの世界にもいる、凡人より多少秀でているだけの存在。"本物"には敵うわけもない」
「……そうだな」
【『魔才』のあなたなら、もっとやばいの持ってんじゃないすか?】
リベルと戦った時、リベルがこぼした言葉。
(別にねえよ)
心の中でそうぼやいていた。
リベルの指摘は外れだった。事実として、ルーは魔法術式の手数には自信あった。
だが、"質"はと言われると、口ごもる。フィーニスに言われなくてもわかっていた。
敵相手に決定打、絶死の攻撃を打ち込む魔法は、死想亡鎌以外には殆どなかった。
(マキナに言っておいて……情けねえな。だけど、そもそも1つで勝敗が決まる魔法を持ってること自体がおかしいんだ。でも……こいつにそんなものは通用しない。シエンもわかった上で挑んだんだ)
最強、最恐、最凶、最狂。全てに該当するこの規格外に挑むとは、そういうことなのだ。
「俺は何もかもがお前に負けてる。俺が……お前の言う真の魔才だったら……シエンだって……俺を置いて行かなかったかもな」
「なら──」
「だけどな、」
「こっちだって、培ってきたものがあるんだよ!」
ルーはフィーニスを──"目で捕えた"。
────、/
…………無音。不動の斬撃。斬撃と言っても良いか過言だが、"切断"の方が正しいかもしれない。
「……おお?」
斜め一刀。刹那の一瞬──"フィーニスの体は半分になった"。
(工夫……足りたかな)
この盤面におけるこの一撃を名付けるなら……奥の手。
「"黒無斜"」
〈無斜〉。ルーが有する魔法術式の1つ。
左右どちらかの目を選択し、その片目の視界に入った物体の1つに、不可視の飛刃をゼロ距離で放つことができる必中必殺の魔法。
しかしその必中は、自分も例外ではなかった。
(ああ、やっぱ"もう見えねえな")
"選択した片方の目の視力が失われる"。奇械兜鎧と同じく欠点も持つ魔法だった。
ルーの右眼は閉ざされた。
だからルーは使うのを躊躇った。しかし──
(正念場で自分の身案じてらんねえよなっ!)
ルーは腹を決め、駆けだした。何もルーは仕掛けた魔法は1つではない。
(役立ったぞ、シエン)
これもシエンから教わった、"複合魔法"。ルーはこれまでの旅路で何度か使用してきた。
同時併用使用とは違い、魔力の流れの道である魔力回路と魔力回路を繋ぎ合わせ、2つの魔法をくっつける。
もう1方の魔法は、"黒魔剣"。無斜の必殺斬撃に、阻害する"黒"の力を上乗せした。
力がないなら工夫する。それは、どの世界においても不思議ではない。
(これで完全とはいかなくても、無限再生の力は抑えられる。後は最低でも脳を切り刻みバラバラに解体する。そして、"これ"をぶち込み続けるっ!)
ルーはもう止まらない。フィーニスの上半身が大地に落ちようとしている。
闘志燃え立つ炎を剣に宿し、元凶を討とうとする。
「終わりだっ! フィーニ──」
「いいや」
ガチン。
聞こえてきた。時計の針が傾くような音。
次の瞬間には、コマが切り替わったように……切断跡も見られず、フィーニスは平然とその場に立っていた。
「なに……を?」
「まだまだこれからだ」
神速の拳が眼前に広がる。ルーは咄嗟に防御魔法を展開させ防ごうとするが、黄金の光が押しのけ、ルーの頬に打ち込まれる。
衝撃で脳がぐらつく。
「あがぁ……ぐっ!」
血反吐を吐きながら、最低限脳を回転させる。
(なんださっきの……っ! 再生でも回復でもない……治る過程すら見えなかったぞっ!)
「強制解除」
いつの間にか生成した聖魔剣を構えながら、フィーニスが告げる。
「あらかじめ"仕掛けておいた"、自動で発動する魔法。自分の身に起こった出来事を強制的に無へと変える。1度使えば術式が焼き切れ、1日は使用不可能になるのだが……とても良い顔が見れたなあ」
「……なんでもありかよっ!」
「それが魔法だろ?」
獄炎を纏わせた黒魔剣と聖魔剣が激突し合う。黄金と炎が混じり合い鬩ぎ合っているが、徐々に黄金が爆炎を呑みこみつつある。
ルーは念力でフィーニスの動きを抑えているが、それをフィーニスは感じさせない。
「しぃっ!」
パッ。
ルーは瞬間移動魔法を発動。フィーニスが一閃を繰り出した瞬間を狙い背後に移動。胴体を両断しようと剣を振るう──
ギィイインッ!
「陳腐過ぎる」
目を向けることすらせず防がれた。
(クソ駄目だっ! こんなやり方じゃ届かない……もっと、もっと別の……っ!)
思考をフル回転させよとするが、フィーニスの卓越した剣技に頭が追いつかない。
「どうしたどうした!? まだ何も為せてないじゃないか! このまま天災で貴様を叩き潰しても良いんだぞ!?」
「うるせえ! こっちは必死に考えてんだよっ!」
「ならさっさとやってみせろっ! 小僧おおおおっ!!」
苛立ちを募らせながら筋肉と脳を動かしていると、ルーの気配探知魔法に誰かが引っかかった。
それはまるで、"自分にだけ気配を曝け出しているような気がした"。
(まさか……"信じるぞっ"!)
ルーはタイミングを計る。
「遅い遅い、遅すぎるぞっ!」
「ふぅ……ふぅ……」
押される、押される。もう剣を握る握力がなくなってきた、まさにその時──
ヒュン────斬ッ!