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King Road  作者: 坂田リン
後章:救われた人々
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リベル



「リベル。あなたは私の宝。"私のために生きるの"。"私を生きる意味にするの"。"私がいるからあなたは生きていられるの"。私が傍にいる時、あなたも私の傍にいる。愛してるわ、リベル」


母の言葉が、幼いリベルの頭に根を張った。鎖で何重にも縛られ、決して離れることはなかった。


「ずかずか抜かすんじゃねえ! どけこのクソ女!」

「嫌よっ! 絶対嫌っ! リベルは私の物! リベルがいなきゃ私は生きていけない!」

「うるせえこのイカレ女! こんなガキでも売れば多少の金にはなるだろ!」

「そんなのあなたの素行の悪さのせいでしょ! だから騎士団にも追い出されて、今こんな状態になってるんでしょ!」


母と父が互いに怒鳴り合っている。リベルはただ見ているだけ。一見、母がリベルを守っているように見える。しかし、リベルはそう思わなかった。


母の顔に、どこか"狂気"を感じていた。


「リベルにもっとちゃんとした食べ物をあげないと! リベルにもっとちゃんとした服を着せたいの! もっともっともっと! だからちゃんと稼いでよ! もっとリベルのために頑張ってよっ!!!」

「このっ……! 気持ち悪いんだよ!」


父が母を殴った。母が頭を角にぶつけて、ゴミが散乱してる床に倒れた。


「……母さん?」


リベルが呼びかけるも、母は返事をしない。頭から血が流れている。床が真っ赤に染まっている。


リベルが顔を上げると、父の困惑した表情が見えた。


「お、おい……なんで動かねえんだよっ……! ……お、俺は悪くない! こいつが全部悪いんだ! こんな女に会うんじゃなかった……こんな……っ!!」


ふと、リベルとリベルの父の目が合う。父は明らかにリベルを侮蔑している。ゴミを見るような目で、唇を震わせながら口を開く。


「何見てんだよ」

「……」

「気味が悪いんだよ……お前も……この女も! お前なんていらなかった! なのにこの女は勝手に産みやがった! お前に取り付かれたように変わった! そうだよ……お前のせいだ……全部お前のせいだ! この厄病神が!」


言葉が支離滅裂している。素行が悪かったのはリベルが生まれる前からだ。協調性がなく他人の意見を聞かない。見捨てられるのも自業自得の救えない男。


しかし制御できない感情が昂り、怒りの矛先がリベルに向けられる。


「お前がいなければぁあああああああああああああああああああああ!!」


短刀を手に持ちリベルに斬りかかろうとする。後先考えない行動。リベルは刃に目を向けず──


ドシュ。


「…………ぁ……」


父の喉元を切り裂いた。傍にあった割れた皿の破片を取って、意識的に行動した。


「ぶふっ……」


最後に血を吐いて動かなくなった。死んだと一目でわかった。リベルが初めて人を殺した瞬間だった。


「……」


父への興味はすぐに消えた。すぐ隣にいる母の顔を見て手を握る。


「……やっぱ死んでる」


体が冷たくなってるのがわかる。血がついてない、冬の冷たい床の温度と同じ。


「ああ……どうしよう」


リベルは困ったことになった。


「"どうやって生きよう"?」




リベルには"生きる定義"が必要だった。人は生きるのに水を飲むように、"リベルは"それを意味として生きていた。なのに失ってしまった。



『母のために生きる』→『✕』



死んでしまってはその人のために生きることはできない。彼は両親の死の悲しみを抱くより、早く生きる定義を見つけようとした。


じゃないと…………"おかしくなりそうだったから"。


「よし、決めた」



『✕』→『餓死しないために生きる』



これは早くに出来上がった。2人の死体が転がる家をすぐに出た。


食事は全て母が用意していた。自分の分を譲ってまでリベルに食べさせようとした。


その時の母の顔が、酷く気味が悪かったのを覚えている。


餓死をしないためには食べ物と水が必要だ。そのためにリベルは殺しをした。それしか方法が思いつかなかったから。


殺す人間はちゃんと選んだ。ギャングチームのアジトを襲撃したりして、父が使ってた短刀を握りしめ身ぐるみを奪った。


身体能力は優れてる自信が昔からあった。おかげで体には傷が1つとして付くことはなかった。返り血を落とすのに苦労した。


町を1人ふらふら歩いていると、親子らしき娘とお母さんを見かけた。特に思うことはなかったが、無意識に心で呟いていた。


(あの子は、どんな"定義"を持ってるんだろう)


生きる定義を変えしばらく経った頃、リベルは気づいてしまった。


「もう……生きる定義じゃなくなった」


『餓死しないために生きる』→『✕』


死なないためにその定義を作った。だがその定義は達成されてしまった。もう飢えに困ることはなくなり、"定義は定義じゃなくなった"。


「どうしよう……どうしよう……」


リベルは考えた。新しい定義を考えに考えた。でも……思い浮かばなかった。何1つ。


頭がおかしくなりそうだった。


「早くしないと……早くしないと……早くしないと……早くしないと……っ!」


体の震えが止まらなかった。それ以外のことは何も考えられず、飲まず食わずに1日中考えた。



【私のために生きるの】



なぜか、懐かしい言葉が頭の中を何度も過る。視界が歪んで、心臓がうるさくても、リベルは考えて考えて考えまくった。


「早く……作らないとっ……!」

「お、なんだこのガキ? 孤児か?」

「ちょうどいいじゃん。こいつ殺して、死体バラバラにして売っちまおうぜ」

「……さい」

「あん? なんだってガキ?」

「うるっさいっっっ!!!」


真剣に考えてたところを邪魔した奴らは全員殺した。殺した死体を椅子にしてまた考え始める。


しかし頭がぐちゃぐちゃになって、まともな思考ができなかった。短刀を握っていなければ、腕の感覚を失くしていたかもしれない。


生きる定義、生きる定義を! そんな日々を2週間過ごしたある日──


「なんと……これは酷いな」


腐臭がする路地に1人の男が現れた。白髪黒目の肥満の体格をしている。


その殆どが筋肉でできているとリベルが知るのは、少し先の話。


間近で見なければ死んでいると思うほど、リベルは衰退し目に光がなかった。


朧げな思考しか残ってなかったが、リベルは男が来た時も必死に脳内を巡っていた。


嫌悪の顔を浮かべながらも、男はリベルに話しかけた。


「おいそこのガキ。これは全部お前の仕業か?」

「……」

「最近、無名のギャングやら詐欺集団が片っ端から消されてるっていう情報を耳にして、駆けつけてみたら……主犯が1人の子どもとは笑えない」

「……」

「ここにいる雑魚共もお前が殺したのか? その短刀一本で?」

「……早く作らなきゃ」

「は?」

「生きる定義を……作らなきゃだめなんだよ……じゃないと……"生きてちゃだめなんだから"」


男に目を向けずに、独り言のように喋るリベル。男は何とも言えない表情をしていた。


「ねえ……あんたの生きる定義は何? ……教えてよ」


襲う気力もないリベル。覇気のない声で、ふと男に問いかけた。


「……なにを言うかと思えば──」


男は、"当たり前のことを言った"。



「そんなものなくとも人は生きるぞ?」



男の発言に────





「………………え?」





これまでの人生で最大級に驚いた。興味もなかった男の方に振り向くほどに。


「う、嘘だ……っ! おお、俺がどんだけ悩んで……こんなことになったとっ!」


目が痙攣していた。男は笑ってリベルに伝える。


「本当に言ってるのか? はは。確かに何かを目標に生きる奴はいる。だが、それが見つからなくて自暴自棄になる奴はいない。そもそも大半の人間は生きるのに必死だ。今日を生きるのに精一杯の連中ばかり。いちいち定義など考えはしない。まあ、だからそうだな……"お前はおかしいんだろ"」


おかしい?


「お……かしい?」

「そうだ。お前はどこかおかしい。元々そういう人間なのか、はたまた、"誰かに強く影響されたか"。どちらにせよ、お前は他とは違う思考を持っているということだな」


さっきまで頭がぐちゃぐちゃだったのに、今は男の言葉がすんなり頭に入って来た。


(俺は…………おかしかったのか……)


他の人間も同じだと思っていた。自分と変わらないと、勝手に思い込んでいた。だが言われてみれば、家を出てから人と関係を持たなかった。


母と父以外の人物を知らなかった。そう考えれば納得がいく。男の言ってることは正しい。


(俺が……俺が……)


リベルは理解した。理解して……理解して──



「……嫌だ」



男にも聞こえない声で言った。嫌だ。嫌だった。許せなかった。自分が人と違う、変わってる、おかしいなんて。


自分は、みんなと────


「なら、俺が新たな定義を与えてやる」


また頭がぐるぐる回り始めた時、男の声がリベルを正気に戻した。


「お前のそれはもうどうにもならない。なら俺が与えてやる。"自分より強い相手を見つけるために生きろ"。これなら簡単には覆せないだろう」

「つ……よい?」

「俺は暗殺組織のボスをしてる。お前はこっちに来い。お前の力は俺の所にいることで最大限に引き出せる。もう食うのにも寝る場所にも困らん。さして難しいことじゃない。今までやってきたことを、俺の指示で行う。ただそれだけだ」

「……お前は俺を使いたいのか?」

「もちろんだ。優秀な人材は多い方がいいに決まってる。お前なら最強の暗殺者(アサシン)になれる」


男の言葉に嘘はなかった。


自分を駒として使う。その代わりに定義を与えそれを糧に生きる自分。御恩と奉公と言うには歪な関係だが、リベルにとっても悪い話ではなかった。


これまで生きていた中で、自分は通り魔殺人鬼のような存在。殺しには何の抵抗もなくなっていた。それに、この要素が、"都合が良い気がした"。


「……あんた……名前は?」

「ウィルレウス」

「そっか……いいよ。ついてく」


リベルは、"笑顔で言った"。



「よろしく、ボス」



リベルは、暗殺者(アサシン)になった。


『✕』→『自分より強い相手を見つけるために生きる』




リベルは思った。自分はおかしい。それは不変の事実。だがそれは嫌だった。ならどうすればいいか?


ウィルレウスと話している時に思いついた。


(おかしい奴なら、イカれた思考が必要だ)


それなら問題ない。生きる定義などというおかしい考えを持つ人間は、"きっとまともな人間ではない"。


きっと何を考えてるかわかんなくて、不気味な笑顔を浮かべてて、薄気味悪くて、イカれた奴だ。


それなら、"生きる定義(こんな)ものを持っててもおかしくない"。自分はおかしい中の普通になれる。


(これでいこう)


全てを心機一転させ、リベルは、"おかしくならないために、おかしなフリをした"。


もう頭は痛くならなかった。


「今回の標的はこいつだ。まあ、お前の"魔法"なら問題ないレベルだ」

「オッケ~。さっさと()ってくるよ」


リベルが魔法──断空剣(エッジ)を生み出したのは、ウィルレウスと『虚栄』本部に行き着くまでの帰路だった。


これにはウィルレウスも度肝を抜かれた。魔法は愚か、魔力の使い方すら知らなかったリベルがやってのけた所業。


恐ろしい身体能力に加え、恐るべき魔法の才。リベルこそ、"真の魔才"と呼べる存在だった。


しかしながら、『虚栄』に入ってまもなく、リベルはこれ以外の魔法を使うことはなかった(本人はさして気にしてなかった)。


リベルは光の速度で『虚栄』トップに昇りつめた。上や下などに興味は微塵もなかったが、その方が生きる定義に近づくことができる。


しかしそれでも、リベルより強者の存在は現れることなく、リベルは苦しむことはなかった。


任務をこなして、同僚から勝手な因縁をかけられたり。任務をこなして、1人の少女からやたら近づかれるようになったり。任務をこなして…………告白されたり。


「なあ」

「どうかしましたか? リベル様」

「なんでお前俺とずっと一緒にいるの?」

「傍にいたいからです」

「なんで傍にいたいの?」

「あなたを愛してるからです」

「……お前、"おかしいよ"」


どうにも自分の周りには、おかしな奴が多かった。


そしてしばらくして、その日は訪れた。


(俺より……強い)


強者(ルー)との出会い。運命と思えるほどの出会いだった。


ジジッ……


生きる定義が薄れようとしていた。


「俺の力が通用するのかどうか、試したい」


嘘だ。そんなことしたくなかった。せっかく見つけた定義が、また崩れ去ってしまう。



【私を生きる意味にするの】



頭から離れない。


頭が、体が、心が、悲鳴を上げてしまう。恐ろしかった。


「なんだろうな……お前は欠けてる気がする。人間としての"何か"が」


心を読まれてると思った。身体中に電撃が走り、維持していたポーカーフェイスを崩してしまった。


適当に返事をして誤魔化した。ルーとの戦闘の最中にも、リベルは考えていた。


(あの言葉は、"イカれたフリの俺"に対してか、"生きる定義の俺"に対してか……前者だと嬉しいな)


それなら良かった。それなら……自分は"普通でいられたから"。


そして負けた。この瞬間、生きる定義が破壊された。


『自分より強い相手をみつけるために生きる』→『×』


また視界が歪んだ。もうあの思いをしないために、リベルは考えなしに言い放った。


「俺、裏切ることにした」


『×』→『ルー……に……ついて……行く……』


もうやけくそだった。まともな考えなどありはしない。そんなリベルでも、ユマンは何も言わずついて来た。


(ああ……俺ってなんだろう……)


リベルは自分の存在がわからなくなっていた。自分の行動全てに意思がない。だって自分はフリをしてるだけなんだから。


(いや……違うか。俺は自分の意思でこうなった……意思がないのはフリをしてからだ)



【私がいるからあなたは生きていられるの】



本当に……頭から離れない言葉。生きる定義が、生きる定義が、心を狭め、固定し、蝕んでいく。


何かを立てなきゃ生きていけない。そうしないと生きてちゃいけない。自分の何かが壊れてしまう。


それでも……他と──周りと違うのは嫌だった。


(大丈夫だ……今までやってこれたんだ。問題ない……俺はおかしい……だから生きる定義なんて持ってても不思議じゃない。大丈夫だ……大丈夫だよ…………)



         ────



奥底にあるのは、1人の少年の、"本音"。




「……誰か

















                  (たす)けて」


 

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