真の魔才
「ぐうっ!」
玉座から飛ばされるルーだが、空中で体勢を直し軽やかに着地する。
青と黒の大鎌を構えるフィーニスは、ゆっくりと玉座から腰を上げ、吹き飛ばしたルーへと足を進める。
「貴様の魔法は研究所のデータである程度知っている。死逝亡鎌は貴様の死想亡鎌と双璧を為す宝玉だ。だが、貴様のと同じとは考えないことだな」
「ああ? その言葉そっくりそのまま返すぜ!」
玉座から降りてきたフィーニス目掛けまた走る。
「らあぁ!」
「ふっ」
死鎌と死鎌が交差する。弾き合い、炸裂し、またぶつかり合う。赤、青、黒の色がまるでグラデーションのように流麗に描かれているようだ。
まさに死と死の鬩ぎ合い。一太刀でも浴びれば、あの世へのカウントダウンが開始される。否、死戦ならとっくに始まっている。
「はあああああああああああっ!」
「中々動けるなあ。流石魔才に選ばれただけある」
フィーニスの一閃を仰け反り避けた後、死想亡鎌を地面に向けて薙ぎ払う。玉座の間の岩盤が破壊され舞う石礫。
紛れて狙うはフィーニスの首──ではなく頭──でもなく、腹側頭部。
2のフェイントを織り交ぜ繰り出す斬撃だが、
ギンッ!
「ち……っ!」
「もう少しか」
読んでいたように軽々と鎌を操り防ぐフィーニス。しかし負けじとルーは応戦する。
「まだまだぁああああああああああ!」
乱舞の如く大鎌を振り回す。激突、激突、激突、激突、激突。一撃一撃が致命傷になる威力を持つ攻防戦。
己の恩師の仇を討つために、不幸な邪の連鎖を断ち切るために、ルーは攻めて攻めて攻め続ける。
両者一歩も譲らない互角の死闘を繰り広げる最中、ルーはある思考を回していた。
(こいつ……これで"まだ"あるのか?)
フィーニスがルーの魔法の詳細を知っている可能性は、自身も考慮していた。しかしその逆、ルーもフィーニスの魔法、及び戦闘スタイルは、シエンの記憶の中で見ていた。
"強さ"は理解したつもりだった。これまで戦ってきた敵とは、比べるのもおこがましいと言える強さ。
しかし、それだけではルーの恐怖心を煽ることはなかった。ルーには"手数"があったからだ。
リベルと戦った時にすら見せていない魔法はまだある。数が多ければどうにでもなるというわけでは決してないが、それでも戦力になるのは確実だった。
そんな希望を持ち合わせ、いざ刃を撃ち合った死想亡鎌と死逝亡鎌。
直に味わう────"歪な差"。
はたから見れば互角の勝負に見えるかもしれない。しかし、ルーは身体、心、魂で感じてしまった。
("質"が違う)
能力に差は見られないはず。それでも見通せる質の違い。フィーニスの刃も、圧も、オーラも、構えも、挙動も、全てがルーが使う魔法を上回る上位互換を彷彿とさせる歪。
(シエンと戦っていたこいつは……"死逝亡鎌使ってなかった")
フィーニスが使っていたのは全く別の複数の魔法。死逝亡鎌にも勝るとも劣らない強力な武器の数々。
ルーが脳裏に過った、ある1つの思惑。
(こいつまさか、"これと同等の魔法をまだ何個──)
「何を考えてる?」
「っっ!!」
心を見透かされたようにフィーニスの声が届く。一瞬気を取られ、死鎌の2連撃に押され後ずさる。
「くぅ……はあ……はあ……」
「何か、思う所があるようだな?」
「何の話だ……」
「とぼけなくてもいい。大方、私の魔法と貴様のとの違和感だろ? 確かに気になるよなあ……『魔才』の面目が丸つぶれだものな。しかし、貴様の『魔才』は"偽物"だから仕方ないことだ」
「偽物……?」
言ってる意味がわからなかった。
「貴様はそれなりの魔法の実力を持ってるようだが、私が貴様ら実験体に付けた『魔才』の定義は、"魔法術式の多量重視"だ」
「量……」
「シエンが教えなかったか──」
鎌の刃を下に向けたかと思った矢先、フィーニスは瞬間的にスピードを加速させ、一気にルーとの距離を縮めた。
突然の行動変化に驚いたルーだが、まだ対処できる範囲だった。
鎌が狙うは右肩。身体強化術式で底上げされた反射神経と洞察力で見極める。
タイミングを合わせて弾き返そうとするルー。
しかし──
斬ッ!
「……!」
「貴様らに"質"は求めてない」
"左肩"を斬り裂かれた。攻撃が来る瞬間、まるで刃が陽炎のように歪み斬撃が思わぬ方向へと変化した。
それもただの斬撃ではない。あらゆる生物を死へと誘う、冥府の斬撃である。
「ぐあ……あああ!」
何が起こったかは後回しにした。死鎌に喰われた切断面から、徐々に灰になるように腐敗している。
やはり能力はルーの死想亡鎌と変わらない。ならば、このまま放置すれば1分とて保たない。
「……こんな早い段階かよ……」
ルーは動かせる右腕で懐を探り、"それ"を取り出すと、勢いよく自身の首に突き刺した。
「ん?」
フィーニスはルーの行動に首を傾げると、次の瞬間には目を見開いていた。
ルーに与えたはずの傷が、みるみるうちに治っていくのだ。抗えないはずの死逝亡鎌の死の因果が掻き消され、ルーは健康健全な体を取り戻していた。
「なんと、魔道具か?」
「教えるわけねえだろ」
ルーが自身に刺した物は言わずもがな──クラルが作り上げた治癒魔道具である。
短期間で研鑽を積み重ねたクラルの魔道具は、邪王の息吹すら癒す伝説級の代物になっていた。
「そう言えば……テンリが一時期勢力を拡大してた時期があったな。ある物の生産が鍵になったと……興味深い。"私の再生"に匹敵するかもな」
「勝利の余韻に浸るのはまだ早えぞ。本番はこっからだ」
「ちょちょちょ、ルー兄さん俺らのこと忘れてません?」
後ろからルーの肩を叩く手。リベルの手だった。
「悪い忘れてた」
「本気か~。まいいや。やばいっすねあいつ。遠目から見てもわかりますよ。加勢しますよ」
「いや、少し待ってくれ。後少し……」
「意地ですか? まあ気持ちは……わからないすけど、死んじゃ駄目ですよ。クラルちゃんのだって無限にあるわけじゃないですから」
「ああ……」
ルーは言葉だけを残し、再度フィーニスへと対峙する。
「まだ来るのか? 死の淵に立ったんだ。大人しく後衛に任せれば良いものを」
「うるせ。まだ始まったばっかだろ。偽物だがなんだか知らないが、俺の力をわかった気で言うのはやめてもらいたい」
「ふっ……わかってないのは貴様の方だ。"偽物"であるという意味の奥にある本質をまるで理解できていない。それでは、一生私には勝てない」
フィーニスの言葉には目もくれず、最初同様、死想亡鎌を携えフィーニスに接近する。
「芸のないっ」
つまらなそうに死逝亡鎌を担ぎ上げ、迫り来るルーに向けて凶刃を振り下ろす。
「っ!」
「?」
フィーニスが刃を振り下ろすタイミングで、ルーは手に抱えている死想亡鎌を消した。
丸腰である。
「しぃ!」
ルーはギリギリで凶刃の攻撃を躱し、懐に潜り込む。高速の動作でフィーニスを前方に浮かし、背中にかつぐ。
「おらぁ!」
「……」
肩から勢いよく背負い投げを決めるルー。しかしフィーニスは呆れ半分顔で宙返りを決め、王宮の壁にスタッと張り付く。
「パターンを変えたところで──」
ドドンッ!
フィーニスの周囲が爆ぜた。爆発魔法である光の球をルーが飛ばしたのだ。
「少し派手になったか?」
「……」
直撃したはずなのに無傷なフィーニス。壁から勢いをつけ飛び去ろうとした時、
「んおぉ?」
突如フィーニスの動きが止まる。阻んだのは、いつの間にかフィーニスの腕に巻き付けてあったロープのような物だった。
(こんなのあったか?)
「プレゼントだよ」
静止したフィーニスの顔面向けて、強化されたルーの鉄拳が牙を剥く。壁に打ちつけ殴打を連発する。
《バインドロープ》。
マキナの発明品。一見すると変哲も無い四角い物体だが、壁でも床でも磁石のように貼り付けることができ、ロックオンした対象を拘束する縄が飛び出るアイテムである。
ルーが魔法をかけたことにより、フィーニスは気づくまでに時間がかかった。
「まあまあだ」
拘束されてない右腕をルーに振りかぶる。しかしルーはすんでの所で避け、身を翻し後ろ回し蹴りをフィーニスへ放つ。
前方へ飛ばされるフィーニスはすぐにルーの真正面に向き直ると、体が硬直した。
ルーの『念力』で動きを数秒封じられた。
「はぁああああああああああああああああ!!」
ルーは右腕に『獄炎』を纏わせる。
通常の炎とは規格が違う火炎の真髄。魔力が満ち満ちている爆炎が、フィーニスの土手っ腹を焼き尽くす。
「やあああ!!」
炎に呑まれながら吹き飛ばされた。周囲に散った炎の残滓がゆらゆらと燃え盛っている。
フィーニスは仰向けに倒れたまま動かない。
「おーすげーすげー! ルー兄さんやりますねぇ」
手出ししなかったリベル、ユマン、サラが近づいてくる。
「……」
「ほんじゃ、後は首チョンパするだけかな〜」
「動かないわね……これでもう終わり?」
「リベル様。気をつけてください」
リベルが曲刀を手に持ち歩く。
「……まだだ」
「ん? 何か言いました?」
「ふふふふ。騙されなかったか」
リベルの足が止まる。獄炎で今もなお燃やされ、傷つき出血している部分を"再生しながら"、フィーニスは不敵に笑いながら起き上がる。
「流石に舐め過ぎていたな。どっかの世界にこんな単純な罠に引っかかる間抜けがいたんだ。失礼した」
炎が中和されるように消えていく。焼け焦げた肌が瞬き1つで治っていく。
まるで、クラルの治癒魔道具のように。
「治癒魔法か……厄介だな」
「治癒? 違うな。そこらにある物と一緒にされるのは不本意だ。私のこれは"再生"──『無限再生』だ」
「無限?」
「魔力尽きぬ限り私の肉体が滅ぶことはないという意味だ」
無限。
これほど格の差を表す言葉があるのか?
半端な魔法では、たった2文字のこの言葉を使うことは許されない。そもそも大抵の者が口にすれば、鼻で笑われて終わる。
だがしかし──目の前にいる男の脅威を知る彼らは、確証を悟った。
「何それやば。チートじゃんチート」
「それもう不老不死みたいなものじゃない」
「まるで異なるさ、サラ。私の夢には程遠い」
「気安く呼ばないで」
「それより、なあルー。偽の反対はなんだと思う?」
唐突な質問。ルーが考える前にフィーニスが言う。
「裏があれば表があるように、黒があれば白があるように、偽りがあれば真実がある。お解りいただけたかな?」
「意味不明だ。何が言いたい?」
「……さっきから悉く言っているのだが……やはり実感しないとわからないのだなあ」
再生が終わる。フィーニスは元の体を取り戻した。
同時にルーたちも構える。何が来ようと動じない自信があった。
フィーニスが一歩前に足を踏み込んだ────
「地壊震」
世界が──断末魔を上げる。
「「「「っっっっ!!!!」」」」
大地を支配する魔法が、王国全土を呑みこみ、地響きがオーケストラを奏で、王国を喰らいつくしていく。
リベルが『虚栄』本部で見せた地中斬撃とは比較にならない、災害規模の威力を持つ。
「んだこれっ!」
玉座の間の天井が崩壊する。それどころか王宮全体を震撼させ、大地が割れ崩れ落ちてゆく。激震が走る、走る、走る。
世界に天誅が下されたように、誰1人抵抗できぬまま地の底に沈んでいく。
「こんな……でたらめがあんのかよっ!」
「そのでたらめこそ、"真の魔才"の本領だ」
「あ!?」
ルーは地面が隆起し沈降する異次元の地形を踏み荒らしながら、耳を傾ける。
「わかるか? そこら有象無象の並の魔法とは次元が違う。私の持つ単体の魔法は、国家を滅ぼせるレベルにある。本来ならわざわざ貴様たちに触れずとも勝負は決する。そして、さらにおまけだ──」
「天壊災」
パチンッ。
フィーニスが指を鳴らした直後、天空がどす黒い暗雲に覆われる。神の啓示か、不吉の前兆を知らせる導きのようだった。
そしてそれは、現実に変わる。
ピシャアアアアアアアッ!!
天が泣き叫ぶ。
雷、台風、雹、隕石が天から降り注ぐ。神の怒りの神罰に共鳴するように、大地もまた産声を上げる。
悪い夢を悪夢というなら、今起こっている光景は違うのだろう。
悪いなどと、軽はずみな単語で片づけられるわけはない。天災が人の手で作られるなど……笑えない冗談である。
「絶景だなあ」
「フィーニスッ!」
ルーの視界の景色が崩れていく。もうリベル他2人の面影は消えてしまった。
何とか浮遊魔法でフィーニスの姿を視野に収めている。
「やめろっ! この国には多くの民がいるんだぞ!? 関係ない人を巻き込むんじゃねえ!」
「ははは。今さら他人の心配か? どうせこの国も後1年もしたら壊そうと思ってた。遅かれ早かれ、結末は同じだった。貴様が私に敗北するように」
魔法を使ったか、フィーニスが消えた。
(どこに……っ!)
気配探知魔法が上空に反応を示す。首を上に傾け姿を捉える。死逝亡鎌は手の中になかった。
ルーと同じ浮遊魔法に似た魔法で空を飛び、ルーに迫ってきている。かなり距離が近い。考える暇もなくルーは魔力供給を再開し死想亡鎌を生成。
(せめて一撃入れてこのデタラメな災害を止めねえと……っ!)
フィーニスが右手を伸ばす。ルーは全身全霊を持って大鎌を振るう──
バキン。
「…………は?」
"素手が鎌を砕いた"。
ルーは手加減などしてない。フィーニスの五指を全て斬り裂く勢いで攻撃した。だが結果は……破壊に終わった。
フィーニスの素手には切り傷1つ付いていない。死をまき散らす凶刃の死鎌が、こうもあっさり破られた。
さっきまでの衝突は何だったのかと疑いたくなる光景だった。
「嘘……だ……」
「真実さ。もうわかっただろう。貴様らは勝利を求めて来たのではない──無駄死にをしに来たんだ」
次にルーが見たのは、黄金に輝いた、振り上げられた拳だった。