再生
「私が求めるものは、"破壊と再生"」
一生かと思える程の"情報"を、フィーニスの『情報共有』によって直接脳に送り込まれた。
シエンが作った魔法結晶とは異なる魔法。
「「「「…………」」」」
情報過多で放心する4人。本来なら、脳が一時機能を停止する程の膨大なスペックだと言うのに、フィーニスの計算された魔法技術により、ルーたちの動きは止まるが完璧に理解することができている。
"理解できる"と、"共感できる"は、天地ほどの差があるが。
フィーニスは情報処理を続けているルーたちに、残しておいた記憶の穴に向けて直接送り込むように話す。
「この世界で新たに決めた目的。ふと思ったんだ。再生から現れる"始まり"を見たい、と。何もかも無くすんだ。人も、建物も、森も、海も、家畜も、平らに似つかわしくない全てを。まず出来上がるのが虚無の地平。そこからは観察だ。何百、何千、何万、何億と時間をかけて、様変わりした世界がど生まれるのか。生物の原初は魚類なのか? 人間の原初は猿なのか? そこから文明は誕生するのか? 救いの原型すらない無からどんな救いが生まれるのか? 今でも疑うよ。私にもまだこんな好奇心があるんだなと」
「……」
意図的に情報から省いた──狂った企み。フィーニスは現実で自らが語り、その本質を直に曝け出す。
「だが問題がある。数多の世界を居続けて手に入れた"力"は、また別の世界に移ると私の手元から離れてしまう。しかし、私が元いた世界──原初の世界で与えられたこの次元移動は、私の元に残り続けていた。しかしながら、この優れた能力も"寿命"には敵わなかった。本能でわかる。だから私は決めたんだ──」
「"不老不死の術式を探す"と」
不老不死──不死であり不老の存在。生まれた瞬間、どの生物にも決まった定めとして与えられる、決して抗えない因果を超越する存在。
魔物の不死者でさえ完全な不死ではなく、長寿の妖精族でさえ不老ではない。
未だかつて、不老不死の魔法を持つ存在などいた事例がない。それをフィーニスは、魔法で実現させようとしているのだ。
「そのために多くの研究所を其処彼処に作った。残念ながら私では成し遂げられなかったことを、他の実験体に託すことにしたのだ。私ですら不可能だった所業を他の凡夫ができるとは思わなかったが、数打てば当たるという言葉もある。そんな言葉に頼るのもどうかと思うが……それ以外なかったから仕方ない。そうして私は、"隷"を育成し、"魔才"を見繕ったのだ。……ふぅ………喋り過ぎて疲れた…………もうそろそろ反応したらどうだ?」
「はあっ!」
ルーが膝から崩れ落ちる所を、リベルが支えた。情報処理が本来のスピードに追い付いたのだ。
「大丈夫すか……ルー兄さん?」
「はあ……はあ……お前もな」
痛みはなく疲労も感じない。しかしながら、吐瀉物を吐きたくても吐けないような気持ち悪い感覚に襲われ、顔色がすこぶる悪くなっている。
ユマンもサラも、あのリベルですら、引きつった笑顔を浮かべている。
「き……気色悪いのが頭に流れてきて……最悪よ……」
「生理的に無理です……」
「はは……俺よりやばい奴がいるんだなあ……世界ってわかんねえ~……」
「はあ……テメェ……本気でそんなこと思ってんのか?」
本気だ。この質問に意味はない。ルーはわかった上で、質問せざる負えなかった。
「もちろんだとも。私は1度決めたことは全てやり通して来たのだから」
「仮にも……国の長たる王のお前が、そんな愚行を許されると思ってんのか!?」
「許す許さないも関係ないさ。この地位は中々便利でな。忍んでことを為すには絶好の身分なんだよ。したいことをする。全ての生きとし生ける者にとっての当然の権利だろう?」
「真の狂人が……っ!」
リベルの支えを離す。今すぐにでも、目の前にいる諸悪の根源に斬りかかりたかったが、まだ1つだけ聞きたいことがあった。
「まだ、わからないことがある……」
「はて? 全て伝えたはずだが?」
「……多くの子ども──お前が『魔才』と呼んでいた人たちの魔法術式が、なぜか"無数の悪の手に渡っていた"。マフィア組織の『極火』、暗殺組織『虚栄』。これは不老不死と何か関係があるのか!?」
「おお……あれ……言ってなかったか? やれやれ、一度に喋るのは覚えにくくていけない────」
「特にないが?」
「…………え?」
フィーニスは、言い忘れたことをただ告げるのみ。
「それは私の欲を満たす暇つぶしだ。私は不老不死以外の魔法にはあまり興味がないのでな。その殆どを悪党共に売りつけた。『虚栄』創設者ウィルレウスも、マフィア組織『極火』頭領テンリも。他にも大勢の反政府組織やテロリストに渡した。私のおかげで"力"を得ることができたんだ。その力が伝播し人々の救いが失われる様を見るのが、私の愉悦。やはりどの世界も歪む表情が十人十色で飽きることはなかったなあ」
まるで美食家のように評価するフィーニス。これまでルーが見てきた一端は、彼の遊びの渦中の出来事でしかなかった。
(クラルが『極火』に巻き込まれたのも……シエンが振り回されていたのも……全部……こいつのせい……?)
花粉を散らす花の如く悪意を撒き散らす。他人の命などお構いなしに悠然と、軽々と人を絶望に沈める。
呆れ、軽蔑、肩透かし。今まで探し続けたてきた主犯の真意がこれだ。
ルーが全ての感情を差し置いて、1番湧き上がってきた感情は──
「そうだ! まだもう1つ話してないことがあったな、ルー。シエンのことはもう既に知っているだろう? シエンが患っていた病……あれは半分"嘘"だ」
「は?」
「シエンの病は完治できる状態だった。だが私が奴の体に魔法術式を施した。自覚してなければ気づくことすらできない極小さな物。"病を進行させる"。頃合いを見て出向き、術式を取り除く──後は知っての通りだ」
「……ぇ……」
「シエンが初めてではない。たまによくやるんだ。私自ら足を運び、適当な者を隷にする」
……ここまで膨れ上がったことがあっただろうか?
シエンと離れた時も、マキナの両親と対峙した時も、テンリとぶつかり合った時も、ここまで人をそんな目で見たことがあったか?
「だがシエンは愚かにも裏切り、反発した。まあ、つまり奴は──」
憤怒が────
「失敗作だ」
暴走する。
「フィーニスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッッッッッッッッ!!!!」
地を蹴り、加速する。死想亡鎌を生成。魔力が、怒りが、怨嗟が、ルーを地の果てへと駆け出す。
(こいつは駄目だ! 俺が殺さなきゃ!)
元より躊躇いが一才ない一撃を喰らわせようとする。数々の世界を破滅へと導いてきた邪の起源でさえも、ルーの死の斬撃を喰らえばただでは済まない。
2秒もかからず距離を詰め、玉座に居座るフィーニスの心臓目掛け──
「死逝亡鎌」
ギィィンッ!
金属音が鳴り響く。
「ぐ……っ!」
「無用で斬りかかるか……覚悟はできているか?」
ルーの死想亡鎌と酷似している、青と黒の模様の三日月の刃を持つ死鎌。
火蓋を切ったルーの初手は、フィーニスの寸前で受け止められてしまった。
「来い、反乱者共」