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King Road  作者: 坂田リン
後章:救われた人々
20/36



この世界での男は、裕福な家庭に生まれた。


優しい母と父、少し過保護な姉といつも付いてきて回る弟と一緒に暮らし、幸せな生活を過ごしていた。


しかしある時、弟が横断歩道に飛び出た子猫を救うために自ら飛び出し、トラックに轢かれ子猫と共に命を落とした。


男の家族は悲しんだ。


母は悲しみに暮れ、父は涙を(こら)え葬式などの準備で忙しく、姉は毎晩男を抱きしめながら泣いていた。


弟の葬式の日には、多くの人たちが集まった。知人、親戚、親族の方々はもちろん、弟の友達、付き合っていた彼女も駆けつけてくれた。


弟の遺体を火葬する時、その場にいる皆が泣きじゃくった。弟の別れを惜しみ、棺桶から離れようとしない物が大勢いた。


父と母は「ごめんねえ……ごめんねえ……」と死人である弟に謝罪をし続け、姉は「また……一緒に遊ぼうね……っ」と膝を地につけたまま言った。


他にも──会いたい、行かないで、約束したじゃん、どうしてこんなことに、バイバイ、と言葉を並べていた。


弟は皆から愛されていた。短く、20にもなれていない弟の人生は、儚くも素晴らしいものだったことを、この光景が物語っている。


悲しくも美しいその光景に、男は────



(良い顔するなあ)



"(くるい)(えつ)を抱いていた"。


男は悲しんでなどいなかった。弟が死んでから家族が泣き叫ぶ姿に、男は興奮していた。


そしてこの葬式の空間に、心が満たされる感覚を味わった。


(昔からだ……"こういうのが好きなんだ")


ある時家族全員で映画を見ていた。内容は刑事物で、謎の怪物の仮面を被った殺人鬼がある町の人間を殺し続けている連続殺人事件が発生していて、敏腕刑事のバディが事件の謎に迫るという、どっかで聞いたような話の王道的な作品だった。


しかしながら、ベテラン俳優の見事な演技、アクション、緻密なストーリー、ラスト10分の怒涛の伏線回収。全てが完璧に組み合わさり、中々満足のいく好評な映画だった。


家族も見終わった後は、口を揃えて「素晴らしい!」と叫んでいた。


その映画のワンシーンで、殺人鬼の狂った性癖が明かされる場面があった。仲良し5人組を広い区間に拉致し、その中の1人ひとりを順番に選び、他の人間の目の前で手足をチェーンソーで斬り落としていく。


過激な描写はR18になるため存在しなかったが、殺人鬼の不気味な笑い声、拉致された人たちの迫真の演技。頭がおかしくなるほどの狂気のシーンを生み出していた。


男がそそられたのは、殺人鬼のサイコパスな挙動──ではなく、"拉致された人たちの感情、行動だった"。


意味がわからず連れてこられ、突然現れた殺人鬼に友達を公開処刑される地獄絵図。ある者は泣き叫び、ある者は助けを乞い、ある者は失望し、ある者は夢だ夢だと現実逃避をする。



"救いがない"。



絶望の淵に立たされ必死に醜く抗う姿、もう駄目だと諦め失意の沼に沈む姿に────


(もっと見てみたいなあ)


男が自分という存在の性格を自覚した瞬間だった。




20歳の時家を出て、裏社会に喧嘩を売った。知識、暴力、策略を使って極道を蹴散らしていき、いつしか裏社会を牛耳(ぎゅうじ)る一角となっていた。


なぜこんなことまでして、人生を棒に振ったのか?


答えはシンプル。


「お頭。逃げ出した野郎を捕まえました。どうしますか?」

「ああ。わかった。俺も行く」


"見たかったから"。


「ひぃぃ! す、すいません! すいませんでした!」


裏の人間になれば、苦痛に歪む顔が見れる。


「お願いです……もう裏切ったりしません」


壊れる様を見届けることができる。


「嫌ぁああああああああああああああああ!!!」


救いのない快楽を与えてくれる。


「いいぞ。良い顔すんじゃん」


その後も好き勝手にやった。違法な薬をばら撒いて引っかかる馬鹿が破滅する様を眺めたり、闇バイトに人を誘い込み戻れない現実を自覚し後悔する様を観察したり、色々やった。


中にマフィアとの抗争に巻き込まれて、男の家族が死亡したという情報が男に入った。


その時の男の心情には家族なんてものは既に無く、「ああ、そういえばいたな」くらいの感想しか出てこなかった。


警察には捕まらなかった。己に歯向かう反逆者は全て消し去った。


復讐だ! などと供述してくる輩は自ら殺しにいった。自分を殺すために生きていた者が返り討ちに逢う死に際は、不憫で、悲哀で、満たされた。




男が50の歳を過ぎた頃だ。


「ちょっと飽きてきたな……」


最早、男の映る世界に"救い"が残っている所などありはしなかった。


世界は男の意のままに操れるようになっていた。言葉1つで1000の命が失われる。男の周りにいる人間は、ただ生かされてるだけの傀儡となっていた。


だからこそ──男はやることがなくなってしまった。


救いがない場所に絶望を突き詰めても、絵の具の黒に黒を付け足すような物。変化が顕著に見られない。


退屈に悩んでいた時、男はあることを思い出した。


「……"あれ"、使ってみるか……」


男は自身の右手の袖を少しまくり、右手首を露出させた。そこにあったのは、刺青が彫られたような星形のマークだった。


異能(いのう)ねえ……」


男が生きる"世界"には、後天的呪縛特異能力こうてんてきじゅばくとくいのうりょく────"異能(いのう)"が存在した。


異能を持つ人間が発見されたのは、およそ100年前の、まだ国同士の戦争が絶えなかった時代に突然現れたという。


その後研究が進み、1万人に1人現れるか現れないかの希少な存在と認定された。


昔は多くの科学者が異能の原因を突き止めようと、戦争に隠れ、秘密裏に異能を持つ者を拉致し人体実験を行っていた。


しかし原因は不明。わかったことは、20〜25歳辺りに、体のどこかしらに"刺青のようなマークが表れる"ことだけ。


男も闇社会に紛れる前から存在は知っていたし、学校の授業で何度も習った。


しかし、男が生きていた時代は、異能の持つ者がいるなどとはニュースや噂ですら聞いたことがなく、殆ど幻のように思っていた。


だが男が22の時、それが幻ではなかったと考えを改めた。


男は異能のことを誰にも話さなかった。自分の欲を満たす行為と並行して、隠密に異能のことを文献や書庫を使って調べていた。


掌から炎を出す、無から水を作れる、電気を身体に帯電させる、全身を鉄のように硬くするなど、異能の種類は千差万別だと知った。


その中の1つに、男が自分の異能と合致した物を見つけた。



次元転移(ワールドテレポート)



男の異能の名称。しかし名前以外の情報が少なく、どのような異能かはっきりと理解できなかった。


「ま、使ってみるか」


男はこの退屈の少しの気晴らしになれば、それで充分だと思っていた。


やり尽くしてしまったこの世界。このまま歳を取ってただ死ぬだけなのか。


もし、もしも、この異能の名前通りの能力だとしたら──


「どうかなぁ……」


米粒程度の期待を持って、男は遂に始める。


「んん……」


異能の発動の仕方は単純明快。


念ずる。ただそれだけ。


自分の意思に従い、異能は力を発揮してくれる。


男は心で念じると────



知らない場所にいた。



(っ……!)


声を上げようとしたら声が出なかった。どれだけ大きい声を出そうとしても、1音すら聞こえない。自分は黒と青の空間に浮遊していることに気づいた。


(なんだ……ここは?)


まるで宇宙空間にいるようだった。声は出せないが、意識もあるし目も見えるし息もできている。体に何か異常は見られなかった。


そこで男は、周りに自分以外の別の浮遊物があることに気づいた。


(なんだこれ? ……シャボン玉?)


それ以外例える物がなかった。無数のシャボン玉のような球体が、男の四方八方に浮かんでいた。


そのシャボン玉の中に、"何かが見える"。"映っている"のではなく、"見える"。


(…………)


男は何も考えず、磁石に引かれるように手を伸ばしていた。シャボン玉に触れる────



◼︎


◼︎


◼︎


◼︎



「…………は?」


男は見たことのない場所にいた。もうあの無音の空間には存在せず、シャボン玉に触れた途端、1秒もせず顔前に広がる景色が変わったのだ。


そこは、草原地帯にポツンと位置する村の端だった。


一瞬、自分がいた国とは違う海外にでも転送されたかと思ったが、どうにもそんな感じではなかった。


「ここは……あっ!」


周りを見渡していると、自分が声を出せていることに気づいた。「あー」と喉に手を当てながら声を出すと、声帯が震えているのがわかる。


しかし、男は違和感を感じた。なんでか、"いつもの自分の声とは少し高いような"。


よくよく見れば、手足もなんだか短い。肌もつるつるしている。


「若返ってるような……」

「クリスッ! ここにいたのねっ!」


反射で体が震えた。声が聞こえた背後に振り返ると、1人の華奢な金髪の女性が、こっちに駆け寄って来ていた。


「もうっ! ほっといたらすぐどこか行っちゃうんだから。ほら、もうお昼の時間だから、家に帰りましょ。お父さんも待ってるわよ」


女性は男の手を掴み、どこかへと歩き出す。男は一応敬語を使って聞いてみた。


「あ、あのっ!」

「ん? どうしたの?」

「えっと……その……俺の名前わかります?」

「えっ? もう、急に一人称も変えて改まって何を言い出すのかと思えば。頭でも打ったの?」



「あなたは私の1人息子、クリス=ドレーンでしょ」



異能の力が証明された瞬間だった。




「多次元宇宙……マルチバース……ホントに実在したのかっ!」


異世界とも言うか、男がいた世界にある、よく映画やファンタジーのフィクション作品で使われている設定だった。


この世界、否、宇宙は1つではなく多数存在する理論のこと。男は学者ではないので、根拠などはさっぱりわからないが、男の現状を見ればそう言わざるおえないだろう。


「この若々しい、まだ10にも至っていない身体。次元転移(ワールドテレポート)で移動した別の世界に、俺の意識をランダムで誰か知らない他人の魂に送るのか? 俺が選択できなかったのだから間違いないだろう。そうかっ! あのシャボン玉の球体は"世界"だったのか! 無数に広がる別世界! それもまだ壊れていない、"救いのある世界"か! あっはははははははははははは! このまま年老いていくだけの人生だと思っていたが……やることは山積みなようだなあ」


男は天啓(てんけい)を悟った。


第1の世界では魔法という概念があった。


創作の世界でしか知らない物。魔力という体を巡るエネルギーの扱いに多少手間取ったがすぐに使いこなし、今まで蓄えた力と知識をフルに活用し、滅亡の道を築いていった。


第2の世界では、魔法ではなく魔術という概念があった。


世界の理に干渉するとかなんやらで、魔法とは少し意味合いが違かったが、それでも狂気に飢えた男の衝動が、またも世界を破滅させた。


第3はまた魔法の世界だった。


次は──次は────次は──────次は────────





一体幾つもの世界を渡り歩いただろうか。それぞれの世界で口調を変え、身振りを変え、適応し、やりたいことをやった。


今この時も新たなシャボン玉(せかい)に触れ、別世界に生まれ落ちる。


(さて……今度はどうかな……)


誰かの顔が視界の半分を埋め尽くし、天井が半分しか見えなかった。自分は抱き抱えられていると理解した。


「見てあなた。あなたに似て聡明で透き通った瞳をしているわ」

「そうだね。きっといつか、この王国を平和に導いてくれる。私はそう感じるよ」


美しい美貌を持つ女性と紳士な顔つきの男が、男の意識を持つ人間の容貌を見つめていた。


(赤ん坊か……察するに、どっかの王国の王子様が生まれた、て感じかな。王族になるのは何度目だっけ……まいっか。さて……"うまくいくといいなあ")


男は"(たくら)みを宿していた"。


救いのない人々、事態を見るための破壊行為に、男は飽きたわけではない。ただ単に、世界を渡り歩くに連れて、"やってみたいことが増えた"。


己の欲を満たすついでの知的好奇心。


誰もが理解できない世迷言を、本来純粋無垢な赤ん坊が考えているなんて、どの世界を覗いても信じる者はいないだろう。


「があっ……フィ……ニス……なん……で」

「愛してるよ。母上。"私じゃなかったらね"」


両親を殺し、うまく偽造した。そして涙を流しながら、国民の前で宣言する。


「私が! 先代の意志を継ぎ、このアタナシア王国を、誰もが平和に暮らせる国にして見せる!」


場は整った。後は行動に移すのみ。救いを(うしな)わせ、果てに望むは◾️◾️と◾️◾️。


上手くいかなきゃ次に進めば良い。


時間は無限にある。




(私の(ものがたり)は決して────終わることはない)




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