遭遇
「むにゃむにゃ……う〜ん」
「おいマキナ」
「んん……何……?」
「降りてくんない?」
自分の身の丈の2分の1しかない身長の少女を背負いながら歩く青年、ルー。
「なんで?」
「重いからだよ」
明らかに寝起きな表情を浮かべる少女、マキナはにひひひと無邪気に笑う。
「ルーさんよ。かわいい女の子に重いは禁句じゃよ。オブラートの包むように優しく丁重に扱うように」
「そういうのは一端のレディになってから発言しろ」
「な、なんだと~。もう少しすれば背も伸びるし胸も大きくなるやい」
「寝起きで声が小さい。しゃっきとしろしゃきっと」
「ううん……でもいいじゃん。ルーは魔法で重力反転させられるんだから。ふあぁ……眠い」
「魔力がもったいねえだろ。ホバーブースト使えば楽だろ」
「そしたら電気がもったいない」
「本末転倒かよ」
ルーは潔く魔力を術式に流し込み、のしかかっている重力を少し反転させる。
マキナは、にんまりとした笑顔のまま眠りに落ちる。何せマキナは自分がすっぽり入りそうな巨大なバッグを背負っている。
そのせいでルーの負担が増えてしまっている。中身を減らせ、とはルーも中に大事な物が入っているのは知っているので言えるわけもない。
木々が視界の大半を占めている森の中を悠々と歩いていく。横から魔物が襲ってくる場面もあったが、迎撃魔法で難なく倒せた。
ちなみにマキナは眠ったままである。
(そろそろか)
「おーいマキナ。起きろ、もう出口だ」
「ん。んんー! はぁ……よく寝た~」
マキナはルーの背から離れ地上に降りる。ルーは行使していた魔法を解く。
森を抜けた先に広がるのは広大な草原。無音で無動、風もなく静寂さに包まれていた。通ってきた光景と違いすぎてマキナがえらく感動している。
「やっと抜けたー! あの時から3日かかっちゃったね」
「そうだな。でも短いほうだぜ。ちゃんと近道を通ってきたからな」
「ここってどこらへん?」
「確か、ドーラ共和国の境界線付近だったかな。また少し歩けば建物が見えてくるはずだ」
「うへ~また歩くのかあ。もうホバーブースト使っちゃおうかな」
マキナが愚痴を漏らす最中、ルーは別の方向に顔を向けていた。この距離から人は視えない。
しかしルーの耳にははっきりと聞こえていた。
「声が聞こえる」
「えっ? どこから?」
「あっちだ。女が1人……悲鳴か? 男が複数人いる。襲われてんのかもな」
「やばいじゃん。でも私何も聞こえないけど?」
「魔法だよ」
「便利だね~。じゃあ行こ、ルー」
「まあ急いでねえし。行ってみるか」
ルーが指さす方へと2人で向かう。
「ほら! さっさとそいつらを渡せ!」
「渡すわけないだろ! 死んでもお前らの手になんて渡してたまるか!」
薄茶色のショートヘアをした少女が必死に抵抗する。
複数の屈強な男に囲まれながらも、強気な姿勢を崩そうとしない。
その佇まいは、何かを守っているようだった。
「テメェ、よっぽど死にたいらしいな」
「おいやめろ! ボスから生きて捕えろと命令されてるだろ!」
「……どうせ"また悪用する"つもりだろ。絶対させないぞ。これは人を癒す力だ! 何の価値もわからないお前らが使って良い物じゃない!」
「女のくせに言いたい放題じゃねえか……」
痺れを切らした男たちは武器を構える。主にナイフと銃だ。少女の方に勝ち目はない。
それでも少女は、絶対に引こうとしなかった。
「とりあえず死なない程度に痛めつけ──」
「よっ」
ルーが男の1人の後頭部に膝蹴りをお見舞いした。衝撃で男は地面に気絶した。
「なにチンピラみたいに絡んでんだか」
「お、おい!」
「なんだこいつ!」
各々が武器を構える相手をルーに変えた。その直後、ナイフを持った男が空を移動するマキナの足蹴りを喰らう。
「グゴッ!」
「命中!」
「今度はなんだ!」
「ガキ!?」
「ガキとはなんじゃコラッ!」
マキナは靴底の噴射口からの推進力で宙に浮いている。天才マキナの発明品の1つ。
突然現れた乱入者に、何かを抱える少女はあっけにとられる。
「だ、誰ですか?」
「ただの旅人だよ。ピンチっぽいね。なんで襲われてんの?」
「……」
「答えないか。まあいいや。マキナそっちの2人な」
「はいなー!」
両者背を合わせ飛び出す。ルーがナイフ持つ男の顔面にストレート、マキナが高度を下げ飛行し股間目掛け蹴っ飛ばす。
「おふっ……」
「うわ……容赦な」
「この野郎!」
ルーに立ち塞がるのは後2人。共に拳銃使い。
この距離を躱すのは不可能だが、
「ふん」
銃が2つともバラバラに分解された。パーツと化した物たちは地面へと落ちていった。
「はっ!?」
「どうなってんだ!」
「ほい」
ルーが横に手を振れば、男の体は自由を失った。意味不明な言語を話しながら、もう1人の方へと飛んでいき頭部同士が衝突した。
「「あぅ……」」
「いっちょあがり」
「こっちも終わった──あー! ルー後ろ!」
「ん?」
茶髪の少女が倒れてしまっていた。ルーは確認すると息はあった。
「気絶してるだけだ。緊張が解けたのかもな」
「ほっ、良かった。どうする? 放置するわけにもいかないよね?」
「流石にな……仕方ねえな……」
「……ん」
「あ、ルー起きたよー!」
元気な声が寝起きの脳に響き渡る。少女は体を起こした。景色は青から黒へと変わっていた。
夜になったのだとわかった。しかしながら、目の前には夜特有の暗さは存在しなかった。
電球ほどの大きさの丸い球体が白い光を放っていたからである。
「焚き火の方が味あるのに」
「わからんくもないが、今日は我慢してくれ」
ルーとマキナの話声が聞こえる。そこで少女ははっと気づいた。
「あ、あの! ボクの鞄を知りませんか!?」
「鞄……ああこれか。ほら」
首からぶら下げるタイプの鞄。少女と同じく薄茶色の色をしている。
「ああ……」
「ちなみに中身は見てないから安心しろ」
「……良かった」
鞄をぎゅっと抱きしめる。まるで我が子を抱く母親のように。
「さて……そろそろいいか?」
「あ、あの……遅れましたが、助けていただきありがとうございます。ボクはクラルです」
「クラルか。よろしく。ところで、ああ。ここまで来て聞かないわけにはいけなくてさ。……なんであいつらに襲われてたんだ?」
黙ってしまう。クラルは何かを躊躇っているように見えた。
「ふう……駄目か。その鞄の中に何かやばいもんでも入ってんのか?」
「こ……れは……」
「まあいいけどさ。でもそれならここで終わりだ。もう暗えし、明日の朝までなら守ってやれる。でもその後は勘弁してくれ。俺たちも追い回されるのは願い下げだからな」
「ルー冷たーい」
「何も事情もわからずに匿うほどお人好しじゃねえ。人間不信なんでね」
「あの!」
クラルが声を張り上げる。抱きしめている鞄を離し地面に置く。
「お願いします。ボクだけじゃどうにもならないんです。何の力もないボクだけじゃ……」
「話が見えん。いったい全体なんだ?」
「……」
鞄の中に手を入れ何かを取り出す。細い注射器のような物だった。
「何これ?」
「魔道具か?」
ルーは物体に触り答えた。
「そうです。ボクは普段は行商人をしていて、色んな所を廻っているんです。あまり、売れ行きはないんですけど、主にこれを販売してるんです」
「へぇ~。言っちゃ悪いけど、こんなの売れるの? この中に入ってる液体何?」
「これは……治癒魔道具?」
注射器の中には緑色の液体が入っている。きらきらしたエメラルドグリーンを連想させる。
「見ただけでよくわかりましたね」
「治癒魔道具はそこまで珍しくない。一般病棟でも、町にいる冒険者たちなら1個や2個持っててもおかしくない。魔道具店にも売ってるしな。それに治癒魔道具は、こういう緑色に近い物が全てだ。あんたのタイプは見るの初めてだけど」
「はい。ボクのこの治癒魔道具は、腕でも首元でもお腹でも、体のどの部位でもいいから当てて反対にあるボタンを押す。そこから治癒液が流れ込む仕組みです」
「ほへー。他にも種類があるの?」
「後は飲むタイプとか固形タイプとか──て、そんなことは今はいいんだよ。聞きたいのは、これがあのチンピラ共があんたを襲ってた理由なのか?」
「……その通りです。あいつらはただのチンピラなんかじゃありません。マフィア組織、"『極火』"の手下です」
マキナは首を捻り、ルーは気がかりがあるのか目を細める。
「『極火』……少し知ってるな」
「し、知ってるんですか!」
「あれだ、悪人や裏で生きる奴とかの情報を調べてた時があって、その時に」
今度はクラルが首を捻るが、「こっちの話だ」と話を戻す。
「薬とか武器売ってるとか、まあ普通にクソの集団だろ。でも確か、昔よりは活動頻度が減ったって話じゃ」
「……それには原因があるんです。説明するには、まずなぜボクが狙われていたのか話す必要があります」
「それ長くなる?」
「聞こうよルー! ここまで来て聞かないのはもやもやする!」
嫌々そうにするルーを説得しマキナも聞く姿勢に入り、クラルは治癒魔道具を手に持ち喋る。
「一般的な治癒魔道具だったら、ボクが狙われる理由にはなりません。本当は、この魔道具の効果にあるんです」
「というと……?」
「ボクが作ったこの治癒魔道具は、皆さんの想像を超える治癒力を備えているんです」
三人の視線がクラルの手元へと集まる。見た目からはわからない価値観。
ルーの魔法の目でもその力は未だ不明だ。
「効果ね。試してみるか。俺に使えば大体は──」
「見ていてください」
クラルはどこから取りだしたのか、魔道具を片手に持ち替えもう片方の手にはナイフが握らされていた。
クラルを襲っていた男たちのナイフに似ていた。そしてそれを自身の指に切りつけようとしていた。
「馬鹿!」
指に食い込む寸前にルーが振り払った。転がったナイフをマキナが回収する。
「テメェ何考えてんだ! 危ねえだろ!」
「大丈夫です! 指が切れてもこれを打てば回復できるんです!」
「は、はあ? 回復って……だとしても先に言うべきだろ! 少し落ち着け!」
「ボクは落ち着いています! だからこうして2人に助けを求めてるんです!」
息が切れている。間を空けずに一気に喋ったせいだ。
瞼に涙が溜まっているのがルーは気づいた。
「他人のボクが言っても信頼性が薄いのは承知です。こうでもしないと信じてもらえないと思っています。本当なら……ボクの私情にお2人が関わる必要はないんです。ボクは運良く助けられた。2人が……優しい人だったから。それに付け込んで甘えてるのも……」
ルーとマキナは目を合わせた。まだ事情の7割も理解していないが、自分だけではどうすることもできない状況に陥っていることは何となく察した。
ルーが人間不信なのは事実。今でも警戒を解いているわけじゃない。
しかし、無造作にほっとくわけにはいかなかった。
「わかった。わかったから。その魔道具の効果は信じる。だから無暗に自分を傷つけんじゃねえ。血は出るしこっちはどん引きするし損しかねえ。話を続けてくれ」
「あ……ありがとうございます。お2人とも」
「ああ、ちゃんと言ってなかったな。俺はルーだ」
「私はマキナだよ。えーと、クラルちゃん。よくわかんないけど、大丈夫。ルーはとても頼りになるから。ね、ルー」
「なんで俺に聞くんだよ」
ルーとマキナのやり取りに、クラルは少しだけ気を緩めることができた。
「ところでそれ。例えば両腕がなくなった人に打ったらどうなる?」
「両腕が治ると思います」
「つまり元通りになる?」
「はい」
「……それは治癒じゃなくて再生だ」
ルーの中で治癒魔道具から再生魔道具にグレードアップしつつある。
「何となくわかってきた。その強力な能力を持つ魔道具を商品として『極火』は手に入れ売り出したい。でもって、それを作り出せるあんたもマフィアが捕まえようとしている。こんなとこか?」
「殆どあっています。でも……奴らがボクを狙うのは……もう一つ理由があって……」
「それは?」
マキナが聞き返す。クラルは一瞬黙るが、意を決した顔つきで言う。
「ボクの両親が、『極火』の組合員だったんです」