語り、そして邂逅
「ふーふー」
「どーどーユマン。これ以上暴れられたら困る」
「もう少しで氷漬けにしたんだけどね」
「目的を忘れないでくれ」
ルーとリベルの2人が介入したことにより、なんとか乱闘を鎮めることができた。
今は魔力で動く昇降機で上へと向かっている。
「そういえばリベル。あなた傷は大丈夫なの? 見たところ……あまり目立つ傷はないようだけど」
「ご心配なく。優秀な仲間の1人のスーパーアイテムのおかげで全回復。もう痛くもねえ」
「そう言えば、クラルちゃんと連絡取らないと」
「片をつけたらで良いだろ。ウィルレウス探すのに時間がかかると思うけど……」
「それはないと思うわ」
ルーの考えに対しサラが否定する。
「死体は幾つもあったけど、どれもこれもこの女が殴り殺してるような死体しかない。ないのよね、"爆発して死んだ死体"が」
「爆発……あっ」
リベルが何かに気づいた。
「首のやつか」
「そう。ボスのことだし、リベルが裏切った段階で何人か見せしめに爆破するんじゃない? こうなりたくなければ裏切り者を殺せ、とか言う意味を込めて」
「あるわ〜。そいやサラのやつも爆破してないな?」
「私はマキナちゃんにさっき解除してもらったけど、これも妙な点ね。首の爆弾が機能していない……ということは、ボスが爆弾を起動できない状態──"身動きが取れない状態にいる"」
「まあそれは、すぐわかることだ」
昇降機から降りて廊下をしばらく歩く。その先には、リベルも今日通ったはずの扉があった。
しかし、扉は無造作にも開けられていた。まるで何者かが爆弾を起動させたように、壊されていた。
「あらら〜。ボスゥ、こりゃあ随分と惨たらしい姿に」
「……リベル」
周りには謎の瓦礫が散乱していた。豪華な内装が廃墟のビルと化している。
『虚栄』頭領──ウィルレウスは、両足が潰れていた。頭上から降ってきたであろう岩の礫が直撃したのか。
どれにせよ、両足から流れる血の量が半端ではない。放っておけば、死は目前だった。
「これは……」
「ルー兄さんの爆発魔法がちょうどこの真上だったんですよ。ここだけやけに被害がでかい。そしてこの様、なんて運が悪い人だ」
「そうか……」
「ん? ああ〜。ルー兄さんが思い抱える必要は全くないですよ。どうせこうなってた。それに誰が悲しむわけでもない。そうでしょう、ボス?」
ウィルレウスは息を荒くしながらも、リベルの語りに返す。
「お前は本当に……その張り付いた笑顔のまま言うから……余計に腹が立つ」
「ごめんちゃい」
「裏切ったのか……せっかく1人だったお前を拾ってやったというのに……」
「そんなこと頼んでない。別にボスに付いていかなくったって生きていけたんだ。適当なチンピラ殺して金を巻き上げれば良い」
「お前のための"定義"を与えただろ?」
リベルの語りが一瞬途切れる。しかしリベルはすぐに元の調子に戻った。
「それは……上書きされたんだ。案外時間はかからなかったよ」
「ほぉ……なるほど」
ウィルレウスがちらっとルーの方を流し見る。すると少し笑った。
「はは……苦労者だな……リベル」
「何が? まあそれはそうと、このまま出血多量で死なれる前に目的を果たさないとね。ルー兄さん?」
「……そうだな」
ルーはウィルレウスへと接近し、脅迫するように言う。
「『魔才』について知ってることを全部吐け。後、シエンって男のことを知ってればそれもだ」
「……何故そんなことを知りたがる?」
「俺が『魔才』だからだ」
微かにウィルレウスの眼が不自然に動く。ルーは何か知っていると確信した。
「こんなことまでして嘘……は考えにくいな。そうか……お前が『魔才』の1人か。案外普通の小僧と同じなのか……」
「お前の組織の暗殺者。リベルとサラ以外に2人戦ったことがある。そいつらは俺の魔法術式を2つ持っていた。何かあるんだろ?」
「話さなかったら?」
「こっちには最強の治癒薬がまだ何本かある。痛めつけて再生のエンドレスを味合わせるくらいの覚悟はあるぜ」
「ふっ。中々肝が座ってるじゃないか……」
「アタナシア王国」
ウィルレウスが呟く。
「その国の王が……全ての邪の起源だ。あいつは到底……人間と呼べる存在じゃない」
「王……国王か?」
「俺も奴の趣味嗜好を知ってるわけじゃない。残念だが……シエンという奴のことは知らん。後は自分で直接聞くんだな」
ルーは心臓の音が煩くなるのを感じた。失くしたはずのピースが今、カチッと自然にはまった。
高揚、恐れ、不安。様々な感情が入り混じって、どんな顔になっているのか自身でもわからない。
しかしこれだけは言えた。
(俺の最終目標はここか)
"やるべきこと"の最終段階が決まった。
「良い情報ありがとうボス。じゃあ──バイバイの時間だ」
リベルは拳銃を取り出す。意識が朦朧としているウィルレウスの額に銃口を突きつける。
「ふふ……こうなる日が来るとはな……いや……どこかこうなるだろうと思ってた気がするな……」
「落ち着いてんじゃん。泣いて命乞いしないの?」
「してほしいか?」
「別に。仮にも所属してた組織の上司が泣き叫ぶ姿なんて見たくねえしな」
「命を惜しむ気はない……教えただろ? 俺らみたいな奴はいつ死んだっておかしくないんだ」
「なんでこんな組織作ったの?」
「こういう社会で生きていくと決めた……それだけだ」
「あっそ」とさして興味も無い様子で吐き捨てた。
「あ! ルー兄さんはマキナちゃんの目隠しといて。後耳も」
「また私を子ども扱いして!」
「子どもだろ」
ルーがマキナの背中に回り目に両手を被せる。耳は聴覚遮断の魔法をかける。
マキナはじたばた抵抗するが、ルーの力に叶うはずもない。
「ボス銃好きだったよな? 最後はこれで逝かせてあげる」
「リベル……その銃。お前が初任務の時にあげた銃だ。覚えてるか?」
「そうだっけ? 確か名前があ……ベレなんとかだっけ?」
「覚えてないのか……まあそれもお前らしいか」
「手入れはしてるよ。ちゃんとね」
「そうか」とウィルレウスが言った直後、リベルは引き金を引いた。
眉間を撃ち抜いたウィルレウスの顔は、満足そうな表情だった。
(なんだよそれ……)
────
ルーたちは地下を出て、地上へと戻った。それからマキナの通信機器でクラルを呼び出して合流した。
「お、お疲れ様です皆さん。ええと……」
クラルがサラを方を見て言葉に詰まる。
「おっと。クラルちゃんは初対面だな。同じ同業者のサラ。寝返ってこっちにつくことになりました!」
リベルがさらっと説明する。
「え、え? ね、寝返った?」
「初めまして。サラです。よろしくね」
「は、はあ……」
サラはにこやかにクラルと握手を交わす。ルーは息をついてから、改めて周りにいる5人を見渡す。
「こう見ると……異常なメンツだな。殺し屋が3人もいるって」
「暗殺者ですって。個性的で割と良いじゃないすか。ルー兄さんと愉快な仲間たち。悪くない」
「愉快かどうかは知らないけど、結構なメンバーじゃない? あなたをリーダーって呼んだ方が良い?」
「普通でいいよ」
「ねえルー」
つんつんとマキナがルーの背中をつつく。
「これからどうするの?」
「……ここまでで1番の有力情報だ。行かない手はない──」
「アタナシア王国に行く」
「よっしゃー!」とリベルが先陣を切る。
「面白くなってきた! 早速行っちゃいましょー!」
「なんでお前が張り切るんだよ。これは俺の問題だぞ」
「細かいことは良いじゃないっすか。俺は最後まで着いていきますよ」
「はいはい頼もしいよ」
「ルールー! 私は私は!?」
マキナの頭を撫でるルーに、サラが口添えをする。
「にしても、あなたが『魔才』だなんて私も驚いたわ。今さら理由なんて聞かないけど、『魔才』についてどれくらい知ってるの?」
「俺も詳しくは。俺が探してる人が言ってたのが、天性の魔法の才人。リベルのボスが言ってたのが、ここにいる暗殺者は殆どが『魔才』から力を与えてもらったって。力=魔法のことだと思うが……」
「それは……少しわかるわ。少し話をした暗殺者は、全員口を揃えて自分の生来の魔法じゃないって言ってた。ちなみに私の魔法は私物だけど」
リベルとサラの証言が合致した。『虚栄』本部にいた暗殺者たちの魔法は殆ど見れていないが、その中にルーの魔法もあったかもしれない。
(まあいいか)
ルーはこの際いいやと捨て置いた。
「じゃあルー兄さん! 今から行きます? ねえねえ?」
「今日はもういいだろ。明日からにしよう。お前も疲れてんだろ?」
「俺は全然ノープロブレムですよ! 寧ろ有り余ってます!」
「リベル様」
いつもと同じ冷静な口調のユマンの声がした。敬愛の感情はずっとリベルに向けられたままだが、別の感情は別の人物に向けられっぱなしだった。
「どしたーユマン?」
「私もすぐに出発しても構いません。しかし……そこにいるクソ女を1発殴る許可をください」
怒りは消えていなかったユマン。根に持つタイプのようだ。
「まだそれ〜? もういいじゃん。仲良くしろよ」
「いくらリベル様でも受理できません。この女がしたことは万死に値する愚業。私は……いつどこでというシチュエーションまで想像してたのに……」
「ふふふ。負け犬の遠吠えね。もしかして結構ロマンチスト? 行動が遅いのよ、こ・う・ど・う・が」
「よし殺す」
サラが煽ったせいで第2ラウンドが勃発しようとしたその時、ルーはふと気配を感じた。
(空……?)
上空を見上げる。太陽光のせいで目が半開きになるが、黒い点のような物が見えた。
その点が徐々に大きくなっていく。ルーは気づく。
(近づいてきてる!)
「みんな上だ! 何かでかいのが来る!」
全員がルーと同じ動作をする。皆のスイッチが切り替わった。
「何か空を飛び回ってる?」
「魔物かしら? 試竜、それとも雷鳥?」
「全部斬っちまえば終わりだ」
元暗殺者組は恐れも怯えもしていない。こういう状況では頼もしい限りだ。
上空を右往左往している黒い点は、ルーたちの眼にその姿を現し始める。
それは、全員が予想できなかった正体だった。
"誰もが知っていて、誰もが見たことない生物"。
「な、ななななななっ!!!」
「これは……」
「ははっ。マジ?」
人間の視界に収まりきらない巨体、そして"双翼"。
一度動かせば風が脈動を起こし、大地を揺らし、人を跪かせる。
紅赤色に輝く鱗は天上天下を超える美しさを持つ。
百獣の王すら慄く眼光。鋭く強靭な牙と爪。
最早伝説上の生物と世界で名が知られる一方、どこかでは、竜の都という幻の地で生息しているという言い伝えがある。
その生物の名は──
「"竜"……?」
ルーは呟く。姿の特徴は誰でも読める本の知識程度しかない。しかしこの6人の中でルーだけが、驚愕とは違う"何か"を心に抱いた。
(なんだ……俺は……"こいつを知ってる"? でもそんなことは……いつどこで会った? 何も……思い出せない……でも……何か引っかかる……)
「ようやく会えたぞ。ルーよ」
当然竜が喋り始めた。その名前にルーもそれ以外の人間も目を見開く。
「今……俺の名前を」
「ル、ルー! 知り合いなの!? て、ていうか、竜なんて本当に実在したの!?」
「あ、頭の情報理解が追いつきません……」
「これは現実……?」
「一体何がなんだか……」
「やべぇ、とんでも展開来たぞこれ」
竜は視線をルーに移す。たったそれだけの行為があり得ないほど迫力を放ち、ルーでさえ後ずさるほどだ。
「覚えていないか? 我のことを」
「俺は……お前に会ったことがあるのか?」
「ふむ。記憶にないようだな。"あの時の主"には、我の存在を止めておける記憶の穴がなかったか。しかし仕方のないことだ」
「何の話だ?」
「いやいいんだ。今はな。そんなことより、言わねばならないことがある」
「シエンについて、知りたくないか?」
────
ルーたちの最終決戦が、火蓋を切ろうとしていた。