唐突
時間は少し戻り──
「ルー!」
「応っ!」
マキナから対氷炎耐性型棍棒を受け取る。ルーの魔法でボウガンの矢のような形状に変形させる。
火魔法を耐熱限界まで付与させる。でなければ、そのまま"凍りついてしまうから"。
400度を超えた所で限界を悟る。
「いけおらっ!」
踏ん張りをきかせ、"一定のラインギリギリで踏み止まり"投げる。
棍棒だった矢は──"凍結の世界へと誘われた"。
ラインを超えた先は死の極寒地。とてもじゃないが生物が生きていられる環境ではない。
生き物の熱を瞬く間に奪い取り、命の炎を消滅させる。
無機物とて消滅の対象外ではない。
しかし、マキナの発明とルーの魔法により、一時的だがこの氷結に耐えられるようにした。
矢は熱を奪われ続けながらも力の働きを止めない。やっと聳え立つ氷の壁に激突し、凄まじい衝撃音が鳴り響く。
「届いたかな……?」
「どうかな……」
氷の残滓が晴れた先には、氷の壁に突き刺さっている矢だけが見えた。その矢も役目を果たしたように、ボロボロと崩れ落ちていった。
「面白いけど、それなら氷の密度をさらに上げればいいだけ。簡単でしょ?」
人形のような可憐な少女が言う。
『凍世』のサラ。セカンドネーム通りの全てが凍りつく世界を体現している。
サラの魔法が作る世界の温度は、約"−270度"。
多くの生命を停止させる絶対零度の領域。通常ならサラ以外の人間は、全て氷の石像となる運命。
マキナが作った体温調節装置、ルーの空間温度調節魔法が無ければ、疾うに勝利はサラの物だった。
「リベルの言ってたこと、わかった気がする。世界が氷河期に逆戻りしそうだ」
「へくしょ! うぅ……機能はマックスに合わせてるはずなのに肌寒いよ」
「それで済んでるだけで十分過ぎると思うけれど」
サラが指揮するように氷の粉塵が固まり体を為す。
ルーの技を真似するかの如く巨大な鏃へと変貌し、ルーへと発射する。
「はああっ!」
死想亡鎌で至近距離まで近づいた鏃を砕く。
(やりずれえなあ……)
終わりが見えなかった。さっきからずっとこの調子だ。
ルーは随時魔法を発動しなければならない状況だが、致命的な問題ではない。マキナも同じ空間内に入れば効果を共有できる。
飛び道具や放出系の魔法は基本使えない。温度変化空間内に一歩出れば、魔法すら凍結してしまうから。
なので先刻のような手を試してみたが、不発に終わった。
しかしそれも問題ではない。他にも戦り様はいくらでもある。問題、言い換えれば違和感。
(殺気はどこにいった?)
マキナは恐らく気づいていないが、サラの魔法攻撃、一挙手一投足に殺気を微塵も感じなかった。
絶対零度の空間を展開してはいるが、今となっては、ルーたちが防げる前提で動いているようにしか見えない。
極めつけは、ルーの観察眼。明らかにマキナに向けての攻撃を意図的に避けている。
(本当に暗殺者か……? リベルは外すとして、マキナん時の暗殺者とは違うと言うか別物だな。やる気がない……とは違う。俺の油断を誘ってんのか……)
「あなた、殺気を全然感じないわね」
単語が被っていたので、ルーは心を見透かされたのではないかと疑った。
「ここは今際の際。全力で挑まないと待ってるのは死だけよ」
「……」
言うか迷っていたが、サラの一声で決断する。
「こっちのセリフだ。最初から俺らと戦う気なんてねえだろ。殺す気がない奴を殺すのは気が引ける」
「私がかわいいからじゃなくて?」
「ルーゥ……?」
「違う。断じて」
くすくすと笑うサラ。「冗談よ」と付け加える。
「やっぱ気づかれてたんだ。流石リベルの仲間ね」
「一体どういうつもりだ? これも作戦の内なら、もうちょい納得できんだけどな」
「いいえ違うわ。そんな小細工なんてしなくても、正面から戦える。でも、あなたには勝てそうにない。私より強いもん」
「じゃあ諦めたのか?」
「それも違う」
一間置いて、じゃあなんだ、と聞こうとした時、サラの方が先に口を開いた。
「リベルは……私を選んでくれなかったんだ……」
「え?」
「こっちの話。ねえ? 驚くと思うけど、私は──」
「あなたたち側に寝返りたい」
────
「うっわ〜。めっちゃ殺してんじゃん」
「……! リベル様!」
1人の暗殺者の喉を引きちぎりながら、ユマンは振り向いた。
血と死肉を振り払い、颯爽とリベルの元へと駆け寄る。
「お疲れ様ですリベル様。もう終わったのですか?」
「もちろん。やっぱルー兄さんに比べると、物足りなさを感じたな〜。最後は切なそうな顔で死んだよ」
「ふん。他人を貶し自分勝手に生きた報いでしょう。死んで当然の屑野郎です。リベル様が思い詰める必要は全くありません」
「んなこと一言も言ってねえだろ? そ・れ・よ・り、こ〜んな散らかしちゃって。周りドン引きしてんじゃん」
地面に広がる死体、死体、死体。塵芥と成り果てた人々が180度全体にのさばっていた。
隅で震えている人影は生き残りの暗殺者。ユマンが顕現させた地獄絵図を見せられていた被害者たちである。
「すみません。話を聞かない阿呆が大勢いたので。時間が経つにつれ来る敵も減りましたが」
「恐怖で身の安全を優先したんだろ。いや〜ごめんね他の暗殺者たち! もうちょいで終わるからしばしご辛抱を!」
大きな声で地下中に聞こえる声量を出す。誰も反応してくれなかった。
「さて、後はサラだけか。一応もう使われてない訓練場に呼び出したけど、いや〜あの氷魔法がアジト全体巻き込んでなくて助かった。ルー兄さんが負けるとは思えないが──」
「そっちはもう終わってたか」
「おっと、噂をすれば……」
来るとわかってたような笑顔を浮かべるリベル。足音を鳴らす方へと振り返る。
「お疲れ様でーすルー兄さん! マキナちゃんもね! お互い無事で何より──」
足と口が突然停まる。"いないはずの1人が、ルーの隣を歩いていたからだ"。
ルー、マキナ、そして…………銀髪の少女──サラがいた。
「何故ここに……!」
「2人とも。話がある」
「あっれぇ〜? おっかしいなぁ〜?」
停まった歩みを進める。笑顔のまま。
「駄目じゃないすかルー兄さん。ちゃんと殺らなきゃ」
瞬間、リベルは疾走する。人間離れした高速移動で、あっという間にサラの目の前まで辿り着く。
生み出した曲刀でサラの首を狙う。サラに抵抗は見られない。
斬れ──
ギィィン!!
なかった。即座に生成したルーの黒魔剣が寸前で曲刀を受け止めた。
「高速移動は1回見た」
「やりますねぇ、ルー兄さん。じゃ、そこどいてください」
「却下だ。話をまず聞け」
「話か……サラ? どういう風の吹き回し?」
リベルを見るサラの顔は、どこか悲しいような顔付きだった。
「死にたくないから寝返った? まあ、それなら良いけど。そこら辺で大人しくしててくれ」
「違うわ。リベル。あなたたちの手伝いをしたいの」
「手伝い〜? 胡散臭いな〜。ボスから命令された? 実は俺の思惑に気づいていて、お前にその阻止を命じたとか? だからあん時あそこにいたのか」
「違う。あれは本当にあなたの顔を見ときたかっただけ」
「ふぅ〜ん……」
リベルがルーに一瞥する。
「信頼できます?」
「ま、お前よりはできるかな」
「酷いな〜。俺ら運命共同体じゃないっすか」
「……証拠を見せればいい?」
サラからの提案が来た。
「証拠?」
「今から証拠を見せる。私がリベルの方につく理由を。……これじゃ駄目?」
「ほ〜ん。いいよ。ご満足できる解答をどうぞ」
「ありがと。じゃあ……」
曲刀を引っ込めたリベルに近づくサラ。何故か、サラはリベルの首に手を当てる。
「何この手?」
「答えはシンプル──」
「あなたが好き」
キスをした。
唐突。突然の出来事にルーとマキナは反応が数瞬遅れる。しかし唇が触れたその刹那、唯一反応できる人物がいた。
「このクソ女ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ユマンだった。筋肉が破裂しそうな程の魔力を拳に流し込み、確実に殺す気でサラの頭蓋目掛け放つ。
「あらあら」
リベルの唇から離れ、すれすれで躱す。
「良いとこで邪魔しないでよ」
「五月蝿い女狐! よくもよくもよくも、リベル様のファーストキスを奪ってくれたな! おかしいと思ってた! リベル様を見るお前の眼がいつからか変わってた! その時にさっさと殺しとけば良かった!」
「無理よ。私の方が圧倒的に強いもん」
サラの掌から生み出された氷が、ユマンをドーム状にして囲い込む。強固に、厚く、まるで氷の檻ができたようだった。
「出せクソ女! 殴り殺してやる!」
ユマンの声が小さく聞こえる。
「壊しても密度を上げるか増やすまで。少し大人しくしててちょうだい」
氷の檻を殴打する音が聞こえるが、ユマンはしばらく出てきそうにはなかった。
「これでわかった? 私があなたにつく理由」
「……」
リベルは珍しく笑顔じゃなくなっていた。自身の唇に触れ放心している。
「……何か言ってよ。これでも……結構勇気……出したんだけど……」
頬を染めるサラ。大人びた雰囲気が、今は普通の少女と変わらなかった。
「キスした! ルー! キスした! 見てた!? 見てたよね! 予想外の展開来たよこれ!」
「ほんとにな……マジでなんだこれ……重い理由考えてた俺が馬鹿みてえだ」
1人でキャアキャア盛り上がっているマキナ。リベルの時同様頭を抱えるルー。
周りを他所に、サラとリベルは見つめ合う。
やっとリベルが口を開いた。
「いつから……俺を好きになった?」
「覚えてる? あなたとは指で数えるくらいしか任務に同行したことはなかったけど……王女様護衛の……」
「あーあれか。それで俺が何かしたのか? 悪いが全く記憶に無いな」
「でも私にとってはきっかけだったの。だから……あなたが裏切ることを……私には言ってくれなかったこと……ちょっと寂しかったの」
また悲痛な表情になる。自分の右手で左腕を強く掴んでいる。
リベルは、はっと笑う。正直に、本音で、"違った呆れ"を口にする。
「"お前ら、おかしいよ"」
「そんなあなただから、私は好きになったの」
サラが微笑むと、自ら作り上げた檻の表面が粉々に砕け散った。
「許さねぇええええええええええええええ!!」
「あら、まさか出てくるなんて。復讐心ってすごいのね」
ユマンは拳の皮がめくれても、サラへの攻撃をやめなかった。
「これは……俺らのこと無視してるな」
「だね」
乱闘はしばらく続いた。