斬
「ああ……リベル様。大丈夫だろうか……」
「やめっ──」
リベルの安否を心配しながら、結界に触れ何かをしようとしていた男の暗殺者の首を手刀で斬り裂く。
死体となった物を捨て置き、また走り出す。先ほどからこの繰り返しである。
怪しい人物がいれば事情を聞くまでもなく殺し回っている。リベルが出した計画に少しでも不穏が迫るようなら、ユマンは問答無用の破壊神となっていた。
「おいお前! いつも次虚殺のリベル様と一緒にいる女だろ? なんでこんなことする! ここから出してくれ!」
「無理です。リベル様とルー様の決着がつくまでご待機願いたい。それが嫌で結界を解こうとしたならば、私があの世の出口をお開けします。」
「くぅ……!」
こうして大人しく引き下がる者もいる。
「つまりテメェを殺せば解決ってことだろ!!」
しかしこのような短気な輩もいた。
40代前後の太った男。ユマンは朧げに記憶があった。確かナイフの扱いに長けていた暗殺者だった。
「哀れな──」
ナイフの刺突を放ってきた右腕を蹴りで砕く。悲鳴すら上げる間も与えず、魔法武装達人の正拳が腹横をぶち抜いた。
「があぁ……」
「ああもう……汚い……!」
こんなことは放り捨てて、今すぐにでもリベルの元へ駆けつけたいユマン。だがリベル直々の命を破るわけにはいかなかった。
(リベル様……どうかご無事で)
祈ることしかできない。
しかしなぜか、心配の気持ちは決して嘘偽りないはずなのに、ユマンはどうしてか──
リベルが敗北する展開が全く脳に過らなかった。
────
曲刀は、リベルが有する唯一無二の魔法である。
リベルは、マッチ棒程度の火を生み出す魔法、コップ一杯分の水を生み出す魔法、静電気程度の電気を生み出す魔法。
これらの基礎中の基礎魔法を何1つ習得できなかった。原因は本人も不明。
リベルはこの魔法1つで、『虚栄』に入った瞬間からそのトップに降り立った人物。
その力が今──解放される。
地中から無限にも及ぶ斬撃が飛び出され、周囲全体の地表が断絶される。
「「「なっ!!」」」
「いひひひひひひひっ! あははははははははははっ!!」
天災が大地を破壊尽くすように、地割れを起こし足場を無くす。
斬撃が火山の噴火の如く勢いを見せ、蛇口が壊れた水道のように停止することを知らない。
雨霰が反転している光景だった。
「なんだこれは!? こんな動きは知らないぞ!」
「斬撃が下から……! 避けるので精一杯だ! おいジェトラ!」
「わかってるよ! こんな広範囲にこんなでたらめ技を……っ! リベル! あいつはどこ行った!」
不安定な足場での回避をしながら、リベルの姿を探す。
リベルは斬撃の影に身を隠し、体のどこからか何かを取り出す。
慣れた手つきで安全装置を解除し
──"引き金を引く"。
ドンッ!
「今のは!」
リークが音に気づくより早く──
「ぁああああああああっ!」
ゴグレの右眼が銃弾で撃たれた。
「ゴグレか。何があった!?」
「う、撃たれた! 右眼を……右眼を撃たれた!」
「拳銃……! あの曲刀だけじゃなかったのか」
ジェトラは必死でリベルを探す。嫌な汗が背中を伝う。忘れかけていた"焦り"が蘇ってくる。
「眼は魔法外の部位なんだ〜」
遂にリベルが姿を現した。常人を遥かに超える身体能力で凸凹道を駆ける先にいるのは、ゴグレだ。
「ゴグレ! 奴が来てるぞ!」
「ど、どこだ?」
ゴグレはリベルの姿を捉えられない。
リベルが、本来右眼で見えるはずの視界の角度に合わせて走っている。
片目の視覚が失われたゴグレを利用した。
「あの餓鬼っ!」
ドンドンドンッ!
リベルが拳銃で2人の動きを邪魔し、さらに止まらぬ斬撃の嵐と不安定な地表。
初めて"3人"は"1人"になった。
「おーらよっ!」
華麗な跳躍でゴグレのこめかみに回し蹴りを喰らわす。ここでやっとゴグレは姿を認知した。
「くっ……姑息な真似を!」
「思ったんだけどさ〜」
流れる動作でゴグレの攻撃を躱す。
「あんただけ場違いじゃね?」
腕の鱗の一部分を掴み引いて上腕へと乗っかり、そこから拳を3連撃お見舞いする。
顔は鱗が薄く攻撃が通りやすい。
「ただ体格がちょっと大きくなって防御力が上がるって魔法だろ? 面白くないんだよな〜」
怒涛のラッシュがゴグレの巨体に打ち込まれる。ゴグレは右眼の痛みでうまく反撃ができない。
「せめて体から炎とか雷が出れば、もう少しビジュアルに華が出ると思うんだけど、なっ!」
グシャッ!
拳の連打のどこかで、ゴグレの体から割れるような音が聞こえた。
「わ、我の銀灰金属が……!」
「案外脆かったね」
その直後、リベルとゴグレの間から一閃の斬撃が、下から這い出てきた。
気を取られていたゴグレは、不幸にも右腕が斬り飛ばされてしまった。
「リ、リーク! ジェトラあああああああああああああああああ!!」
「1人じゃこの程度──」
「だから、死ぬんだよ」
捨てたはずの"曲刀"がリベルの手に握られる。笑みを絶やさない顔で、横一文字に斬る。
リベルの曲刀────断空剣は、"空間を分断する"。世界における空間に収まっている全を、曲刀で斬り、断絶する。
ルーと戦うまで、リベルは斬り合いをしたことがなかった。剣と剣がぶつかる衝撃も感じたことがない。
相手の剣がリベル曲刀に衝突する瞬間に、その剣がある空間諸共分断してしまうから。
どれだけ頑丈な壁だろうと、どんな矛すら貫けない無敵の盾だろうと、魔法で強化された不屈の肉体だろうと、リベルの曲刀の前では無も同然。
リベルは曲刀の能力を拡張し、空間を正確に斬り取ることもできるようにもなった。
自分がいる空間を直方体のように斬り取り、好きな空間に移動するなど、これ以外の魔法が使えない分、極める時間はたっぷりあった。
リベルに守りは通用しない。受ければ終わる、残忍無欠の凶器。
その刃は今──また1人の命を斬り裂いた。
「あーとふーたり♪」
リベルが曲刀を持った途端、ピタリと電池が切れたように嵐の斬撃が治った。
1人の死体を残して。
「ゴ、ゴグレが……」
「嘘……だろ……」
上半身と下半身が離れて生きているとするのなら、それは生者ではなく最早不死者だろう。
リベルの力を知っている2人は痛感する。
逃避すら許されない現実を突きつけられる。
「どうするジェトラ? 最適解が無くなっちゃったけど、まだやる?」
「っ……リーク。ここは一旦!」
「このっ、この悪魔があああああああああああ!!」
自我を保つ糸が切れたのか、ジェトラの言葉が耳に入っていない。
「くたばれっ!」
魔法の両腕に溜めた衝撃波を容赦なく放出する。怒りで魔力の流れが早まったせいか、乱暴だがこれまでで一番の威力を誇っていた。
リベルは──呆れた。
「つまんな」
斬ッ!
「……え?」
衝撃波を斬った。正確には、衝撃波が飛び交う空間そのものを分断し、斬った。
その斬撃の余波は、リークの2本の右腕を巻き込んだ。
「あり……え」
曲刀がぶれることなく一直線に迫った。リークが生涯最後に見た物は、心臓に突き刺さった曲刀だった。
「別に衝撃波、斬れなくないんだ。なんかまだあるかな〜って待ってたんだけど……ほんじゃ、そろそろ終焉にする?」
「……」
ジェトラの顔色がすこぶる悪かった。仲間が一気に2人もやられたら、こうもなるだろう。
手がぶるぶると震えている。本人は気づいていない。涙の雫が一滴、瞼からこぼれ落ちたことも。
「どうして……こんなことをする?」
「え?」
「なんで死んでくれない!? さっさと死ねよ! 私はいつだって最適解を選んで来たんだ! それ以外は全部拒絶した! 全部だ! なんで私の思うようにいかない! 順調だったのに! お前のせいだこの悪魔が!」
「はいはい。罵倒終わり?」
リークの心臓に刺さった曲刀が、リベル手の中に戻っていた。
「あー相変わらずわかんね〜。なに、『虚栄』のトップに立ちたかったの? そんならこんな地位さっさとあげたのに。なんか不満あった? 暗殺者は次虚殺じゃなくても金払い悪くなかったはずだけどな〜。欲張り?」
「うるさいうるさい!」
ジェトラは策も無しにリベルの元へ突っ込む。しかしその動きは愚行に他ならない。
「ぁああああ! このっ! クソがっ!」
「あーあーみっともない」
リベルに触れようとするが叶わない。ただ空の手を虚空に空振りさせるだけだった。
滑稽という言葉が似合う無様だ。
「俺が言うのもなんだけど、あんたみたいなの生かしとく価値ないわ」
虚しくも、思い通りに進んできた彼女の積み上げた物は──壊され、失い、拒絶されていく……