三者一体
「な、なんだっ! 今の爆発は!?」
「一体誰が!?」
「……」
ジェトラ以外の慌てふためく様を見て、リベルは楽しそうに笑う。
「リベル……裏切ったんだ」
「ご名答。あんたが一番冷静だ」
「あんたみたいなわけのわからない奴は、何しても不思議じゃないからさ。さっきの爆発は魔法ね。でもあんたもいつもいる引っ付き虫もそんな魔法は使えないはず。誰かと手でも組んだ?」
「おおー。分析が早いね〜。流石自称NO.3」
ガリッと、歯が軋む音がした。ジェトラの表情が鬼の形相の如く変化している。
地雷を踏んだリベルは尚も笑顔だ。
「そんな顔しないでよ〜。他の暗殺者たちが勝手に総評したことじゃん」
「黙れ殺すぞ。リーク、ゴグレ!」
ジェトラの呼びかけで、他方は雰囲気が一変した。
慌てふためいた2人の姿はもうどこにもない。殺気を完璧に隠すその技術は、彼らがどんな存在なのかを物語っている。
暗殺者のトップに君臨する者たちが、確かに目の前にいた。
「ちなみに首に埋め込まれた爆弾を期待しないでくれ。超優秀な"俺たち"の仲間の1人が、完璧に解除してくれた。おまけに何か爆弾に異変があったら作動する緊急装置を回避してね。あん時はガチでビビったわ」
「なんと……っ!」
「ジェトラ……こいつが任務で出て行った時に何があったかわからんが……本気なようだぞ」
「ふぅん……」
(はったり……にしては弱い。爆弾なんか埋め込まれたこと忘れてそうなやつだし。じゃあここで──殺るしかないってことか)
ジェトラは何を想像したのか、笑みを浮かべた。そして後ろにいる2人に合図をし、術式に魔力を流し込む。
「あんたは……私たちを殺すの?」
「うん。でもまあ、俺が用あんのはボスだから、別に逃げても、あでも結界張ってるから無理か……隅で大人しくしてたら何もしないし楽できる。どうする?」
ジェトラは吐き捨てるように言った。
「死ね」
「だろうね」
「はぁああ!!」
初手に動いたのはリーク。元の身体にはなかった、魔法で作り出された2本の腕から放つ波砲。
抗うことを否定させる衝撃波の攻撃。直撃すれば人体の内部まで傷つく必中技。
『肆腕』のリークのみができる芸当だった。
「よっ」
横に身を翻しリベルは躱す。既に右手に握っている曲刀を構え、殺す対象へと疾走する。
「ぐぅぅ……があああああっ!!」
ゴグレが突如唸り声を鳴らした途端、細身だったゴグレの体は変貌を遂げる。
全ての筋肉が風船のように膨れ上がり、人体を構成する約200本の骨も密度を増し肥大化する。身長は3メートル超えの倍以上となった。
爪は鋭利さを尖らせナイフのように、着用していた衣服は破られる。
さらには肉を覆うように硬質な鱗がゴグレに纏う。まるでそれは、竜の都にいるとされる生物、竜の竜鱗を彷彿とさせる物だった。
『躯鋼』のゴグレ──"銀灰金属"と"毅骸"の2つの魔法能力を最大限発揮した真の姿である。
「殺してやる!」
「久しぶりに見たな~それ」
高密度の巨大なパンチがリベルに降りかかるが、空中で1回転を為し見事振りぬいた巨腕の上に乗った。
「じゃバイバ──」
「誰がだ?」
曲刀で必殺の斬撃を繰り出す寸前、死角から現れたジェトラの平手打ちが先に迫っていた。攻撃力は殆どない。
ジェトラの攻撃が当たったとしても、リベルは曲刀を前に押せばいいだけ…………"通常ならば"。
「やばっ」
胸を反らせたことで、ジェトラの右手は空気を払っただけに止まる。
断念して腕から降りるが、ジェトラは喰らいついてくる。
「逃げるなよ! 私みたいな美女が直に触ってやるんだ! 喜べよ!」
「自分でそういうこと言う?」
「それとも引っ付き虫で満足してるから大丈夫なのか!?」
足払いを片足上げて避ける。隙が開いた所に曲刀を突き刺そうとするが、
「っとと」
またもや来たリークの衝撃波が阻害する。
「そこっ!!」
ジェトラが右腕を振りかぶる。リベルの首の薄皮に傷が付けられた。爪で引っ掻いたのだ。
その次の瞬間──
「ゴフッ!」
リベルが盛大に血を吐き出した。やむ得ず3人から距離を取った。
口の中に広がる鉄の味を味わいながら、リベルは自身のへその部分を撫でる。
外傷は無いに等しいはずだがどうして……と疑問に思うが、リベルは"知っている"。
「ぺっ……相変わらずやだな〜その魔法」
「ただお前が"拒絶"されただけだ」
これが『絶拒』のジェトラが持つ固有魔法──"拒絶"。
彼女の力の源とも言える宝石だった。
ジェトラの体に触れた対象は、激しい拒絶反応を起こされる。
「たとえ私の指1本だろうが爪の先だろうが、触れた物は等しく例外なく拒絶される。そう感じた人体は苦痛の断末魔を叫ぶ。筋繊維が千切れるか、骨が砕けるか、はたまた内臓が破壊されるか……少なくとも私の肌に触れて5秒以上耐えた者は存在しない」
「それ、あんたが俺とバトった時言ってなかった?」
「何度でも言うさ。何も知らないまま受ける痛みより、知ったまま受ける痛みの方が遥かに痛みが増すからな」
「性格きしょ」
血で汚れた口元を袖で拭う。
ジェトラはなんだか楽しそうだ。空が青に晴れるかのような、憎悪に似た怒りが払拭されている感覚を味わっている。
リベルには知る由もない。"一方的だったから"……。
「懐かしいな……私たち1人ひとりがお前に決闘を挑んだ時を……あの時は無惨にも敗北した」
「あーあれか。早く寝たかったのに急に起こすからさ〜やめて欲しかったわ」
「だがその汚名も今日で変わる! あの時私たちは"最適解"を間違えただけだ!」
「1人じゃ無理だったから複数で襲うって? はははは! それじゃ子どもの思考と大して変わってなくない?」
ドドドッ!!!
ゴグレとリークの3本腕が、飛び上がって躱したリベルの居た地を破壊する。
「終わりだ斬人!」
「年貢の納め時だ!」
攻めに徹するジェトラ陣営。これはリベルに対して有効な手段だった。
ルーがリベルの曲刀の恐ろしさに気づき接近したのと同じ、近接戦闘での戦い。
リベルの魔法は、攻めで効果を発揮するが、守りでは効果を発揮しない。
中距離、遠距離から放つ死の斬撃もうまく機能できない。
ゴグレの巨躯と引き上げられた抜群の潜在能力。リークのどんな攻撃にも対応できる4本腕と放たれる波砲。
そして──
「おらぁああ!!」
触れたらあの世行きの拒絶の魔の手。3人の完璧な連携はまさに三者一体。対リベル用戦闘術として十分な力を見せていた。
リベルも内心驚く。
「執念てすごいなぁ」
「ふんっ!」
右半身を狙う両の手からの衝撃波。これは身を退け避ける。
次に曲刀不所持の左方の肩を狙う剛拳。これもうまく受け流すことで、衝撃と威力を緩和させ凌ぐ。
リークとゴグレの間から割って出てきたジェトラ。これまでの猛攻が生んだ奇跡の一手。
「殺ったああああああああああ!!」
ジェトラの絶拳が炸裂した。先の鉤爪とは遥かに凌駕する殴打の一撃。
「あがっ……ぶえっ!」
拒絶され、反発する。肉体が悲鳴を上げ、どこかしらの内臓が直に斬りつけられる感覚をリベルは感じた。
女性とは思えない怪力で、リベルは数十メートル先の岩壁へぶつかった。
土煙が立ち小石がパラパラと落ちる音がする。
「死んだか?」
「そうだと嬉しいけど、慢心はしないわ。でもかなりのダメージを負ったのも事実。ここからまた畳み掛けるだけ」
「気分が良さそうだなジェトラ」
「鬱陶しい蝿がいなくなったらスッキリするでしょ? これで私たちはボスの評価がまた上がる。ゆくゆくはあの雪女をも超えて『虚栄』のトップに君臨する。完璧ね」
「そゆのさ〜」
這い上がっていたリベルが口添えする。
「本人いなくなってから言う方が良くない?」
「それを口にする余裕があるってことさ。でもこれは油断じゃない。後2回か。殴るか触れれば、お前は確実に死ぬ」
左腕から血が流れている以外の外傷は見当たらないが、リベルは見た目より内部の怪我が酷い。
ゴグレとリークの攻撃は全て避けているはずが、ジェトラの魔法威力が恐ろしく高かった。
「死んだ後、すぐに引っ付き虫の方も逝かせてやるから安心しな」
「別にユマンはどうでもいいけどさ〜。うーんそうだなあ……」
リベルはとあることを考えていた。
「"まだいっか"」
小さな声でそう結論づけた。
「ほんじゃ、そろそろ思い出してきたから」
リベルは「ほいっ」と言い握っていた曲刀を、遠くのゴミ箱に入れるように放り投げた。
空中で何度か回転し、刃の剣先が地面に触れようとしたその時──
沈んだ。
曲刀が水に落ちるように、包丁を乗せるだけで豆腐が切れるように、曲刀が違和感なく地中へと沈んでいったのだ。
(今のはなんだ……?)
ゴグレも、リークも、ジェトラも知らない。こんな動きは決闘の時はなかった。
笑ってリベルは言った。
「解放」
曲刀────◾️◾️◾️が荒れ狂う。