中野理真
北風は正面から吹きつけていた。
中野理真は、その風の壁を全身で斬るように走っていた。
腰まである長い髪も、濃紺のブレザーも、タータンチェックのミニスカートも強い北風になびいている。
その姿を夕陽が照らす。
朱金に染まりながら走る姿は一枚の絵画のように美しかった。
理真の走る速度が上がらないのは北風のせいだけではない。
両手に携えた荷物のせいだ。
彼女の右手には革の学生鞄の他に中身のたっぷり入った紙袋が三つ。
左手にも同じく中身がぎっしり詰まった紙袋が四つ。
中身はどれも可愛らしいラッピングに包まれリボンがかけられている。
甘いカカオの香りがするものが大半だが、それ以外のものも内服されている。
本日は二月十四日。
バレンタインデーの贈り物である。
昨今では同性の友人に送る友チョコなるものが流行っているとはいえ、同級生や上級生の少女が理真を見つめる視線には、友情を逸脱した熱い潤みが含まれている。
理真の通う私立レミントン学園が女子高だというせいもあるだろうが、おそらく共学高であったとしても結果はそう変わらなかったであろう。
180cmを超える長身に抜群のスタイル。王子のように凛々しく麗しい顔立ち。まだプロテストを受けていないアマチュアとはいえ、中学二年生から高校一年生の今に至るまで無敗という将来有望な輝かしい戦績。
理真は少女達の理想の王子様を具現化した存在だった。
無論彼女には男性Fanもいなくは無いが、圧倒的多数の少女達に蹴散らされている、というのが現状だった。
今日、こうして理真が大荷物を携え走らねばいけないのも、その圧倒的多数の少女達が原因である。
放課後、理真を校舎裏に呼び出したのは同じ学園に通っている三年生の集団だった。
十数人はいるであろう少女達は甘い綿菓子のような雰囲気を全身から放っていた。
彼女達はそれぞれ大きな瞳を潤ませ、もうすぐ卒業してしまえば理真に逢えなくなる淋しさや、なぜ自分達が理真より二つも年上なのか、もっと触れ合いたかった事や、卒業しても変わらず応援する事を口々に訴えてきた。
やがて感極まった彼女達は一斉に理真の胸に飛び込み泣き崩れた。
学校が終われば所属している葉山ジムでのトレーニングが秒刻みのスケジュールで組まれている。
時間に余裕が無い事は分かっていたし、腕力で少女達を振り払う事が可能なことも分かっている。
だが理真はそれをしなかった。
理真は少女達が落ち着きを取り戻すまで、その場にじっと立ち尽くし、彼女達の小さな肩を抱いていた。
(私のこういうところを、ケイコ社長は甘いと言って叱るんだろうな)
理真の脳裏に、葉山ジムの社長から常々言われているセリフが浮かび理真は苦笑する。
やがて、気分が治まってきた少女達は深々と頭を下げ、非礼を詫びると小走りで走り去っていった。
理真は小さく消えてゆく集団の後ろ姿を見送りながら腕時計の針を確認する。
「さて、と。 走って行けば、ギリギリーーか」