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血石   作者: 花葵
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【第一部 国生の里】 6話 束の間の日常


こんなに落ちつかない朝を迎えるのは初めてだ

普段と変わりない日常に彼女がいる


かごめと同じ制服姿

こちらの世界では、かなり長い黒髪を

綺麗に複雑に編み込んであった


「かわいいでしょ?」


かごめが笑って普通に友達のように咲宮と話をしている

もっぱら口数の少ない咲宮様は、にぎやかなかごめの話に時々口をはさむ程度だが


(この様子がばれたらわたしは長達につるし上げだな)


各里長に知られることがないように祈るばかりだ


「お兄ちゃんそろそろ行くよぉ!琴乃いこー」


聞きなれない名前に貴丞は思わず振り向くと、咲宮はああ…と笑った


「こちらの名前だ。琴乃。冷泉寺琴乃という。学校では咲宮で呼ぶなよ?貴丞」


意地悪気な物言いに


「貴矩です。貴丞でお呼びになりますな。琴乃様」


と、同じように返してしまった

これは絶対かごめの悪い影響だと、反省はしたものの、咲宮はまったく気にする風もない

あちらでは、もっと神経質で気難しい雰囲気がしたが、随分違うものだ


常ににぎやかなかごめのおかげもあってか、咲宮の転入は何事もなく終わっていた

ただずっと向こうにいた咲宮はこちらのことには大分疎い

だが、かごめがさりげなくカバーしているので、まったりした世間知らずのお嬢様程度にしか思われていないらしい


毎日の夕食の手伝いもかごめと一緒に楽しそうにしている声が2階まで響いてくる


ふぅ……


……あれから貴丞なりに調べさせてはいるが、特にめぼしい進展がないことに気が焦る


そして問題はまだある

間違いなくここ数日の間に咲宮は狙われていた

一緒に登下校しているかごめは気づくことなく、常に咲宮自身で処理していたと

側近の巽から聞かされている


「……我らの手助けがまったく必要にありませんが……」


情けない側近の嘆きに苦笑するしかなかった


国生の里自体には異変の報告はない

自分も見回っているが、特になにも変わった様子は見受けられない

里の空気はいつもと同じように貴丞を優しく包んでくれる



ため息がもれた



里長になったばかりの頃は、国生に侵入する国生の者以外は、人であれ、物の怪であれ

すべて里が教えてくれていた

(いつからだろう?それがなくなったのは……)


少しづつ貴丞の周りに側近が増え、何をするにも彼らと意思疎通するようになり

自然と里に頼ることは減っていったように思う

今でも物の怪の侵入はなんとなくわかるが……



今日も夕方にはあちらに行き、

里を一通り見回ると、小高い丘の上の木の太い枝に腰をおろした


ここから里を眺めるのが好きだ


……こちらの世界は現実とはまるで違う


ここは本当に物の怪を倒すためだけの世界ともいえる

だが貴丞も物心つく前から来ているせいで、違和感はない


自然がそのまま多く残り、その中に必要最低限な木造の建物がある

ここで見る生き物は人と物の怪くらいしかいない

川があっても魚はおらず、鳥すらも目にすることはない


昼夜はある。天候は変わることもあるが、季節もない

穏やかな気候のため、現実にはもどらずこちら側にいる者も少なくはない


物の怪にさえ襲われなければ、過ごしやすいだろう



(ここが戦場になる……)




一番避けたいことだ

気が付いた時には、いつか自分がここを守るのだと思っていた

里も皆もすべてを愛している

何があっても守りたい

だからこそ他人にさげすまれても選んだ己のこの力

咲宮様まで出てきたこの戦い。あの龍殿相手に自分はどこまでできるのか

犠牲者をだすことなく守り切れるのか

不安は増すばかりだ




「ここにいたか」





突然の声に枝から落ちそうなほど驚き、この人は本当に人を驚かすのが好きだと笑った


「咲宮様。おひとりで外出はほどほどになさってください」

「心配ない」


まあ、実際そうなのだが、側近たちが役立たずだと落ち込むので勘弁してほしい

咲宮も貴丞と同じく気配を消している

が、同じ…ではないと内心苦笑する。これほど完全に消せるのなら、里に来ても感知できないのも無理はない

誰も気づきはしないだろう

そして咲宮に次いでの力をもつ、龍もまた……自分では気づけないだろう……


自分の横にそっと腰をおろす――視界の片隅に緋色の衣がゆれた


(ああ……やはりこの方がいいな)



白衣に緋袴。そして艶やかな織模様の入った緋色の衣

いつもと同じ装束姿に安堵する


「あなたにはやはりその緋色の衣が一番よく似合う」


お世辞でもなくつい伝えた言葉に咲宮は一瞬目を見開き「そうか…」と優しく返した


咲宮様もこの里の空気は感じ取れるのだろうか?

いつもの厳しさも激しさもなく、穏やかな優しい眼差しを里に向けている

幾刻か、言葉もなくそうして過ごし、日が落ちてきたので、貴丞はようやく重い腰をあげた




「そろそろ戻りませんか?」





差し出した手に、華のような笑顔と添えられた手

暁ではみることのなかった咲宮様の笑顔だ


暁ではその重責からか、わずかな笑顔しか見せることはない

誰もがみな咲宮様を敬愛している

だが、だからこそ……




自分の中にある想いに気づかぬよう貴丞はそっと思考をとめた



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