【第一部 国生の里】 2話 国生の里
その日もいつもと変わらない日のはずだった
貴丞は長身に細身の体を高校のブレザーに包んで、ふと立ち止まり西日が強い空を見上げた
貴丞が前里長だった父の後をつぎ国生の里長となって早4年が過ぎ
2重の生活に忙しいながらも、最近はそこそこに平穏な日々に安堵している
特に何かない限り、高校に通い、戻ってからはあちらへといき里長としての職務をこなす
再び自宅に戻るのはいつも0時過ぎるが、特にそれを苦と思ったことはなかった
わずかに茶色がかった長い髪がさらりとゆれる
いつもは優し気なその目元を少し細めた
(里が騒いでいるな……)
学校から帰る途中、妙なざわめきを感じた貴丞は、足早に自宅へと向かった
地元では古くからあるかなり大きな屋敷の玄関前にウロウロしている中年の女性の姿があった
「ただいま。母さん、何かあった?」
玄関で所在なさげな母親に声をかける
自分を待っていたのだろう。安堵した様子でそれでも急かしてくる
「あ、貴矩。お父さんがお待ちですよ。すぐにいらして!」
期待した返事ではなかったものの、まあ行けばわかるだろうと、応接間へと
向かった
「入れ」
ノックする前に、声をかけられ振り下ろしかけた貴丞の手が止まった
決して短気ではない父親にしては珍しい
気を感知してくるなんて、よほど待っていたのだろう
「失礼しま…っ……!」
部屋に入ってすぐに里がざわついた理由がわかった
「咲宮様。お久しぶりです。いかがなされた?」
ソファの向こう。洋服の父親の向かいに座る、いつもの見慣れた平安装束の娘に一瞬目を瞬かせながら、それでもすぐに笑顔で貴丞は問うた
今はこちらの世界のはずなのに、いつもの咲宮がいると間違えたのかと錯覚してしまう
「貴丞。帰ってすぐに済まぬ」
「お知らせいただければ、すぐに帰りましたものを」
「……いや。大丈夫だ。里に変わりはないか」
「ございません……が、咲宮様御自らいらっしゃるとは…国生になにか?」
まっすぐ問うてくる貴丞に咲宮は口角を少しだけあげて
「まだ……な」
と、ぽつりと言った
まだということは近いうちに何か起こるということなのだろう
だからと言って宮様本人が動くことなど、稀だ
いつもは側近である御影たちが動いている。が、いつものように咲宮の傍らに御影が誰一人いないことも珍しい
「御影殿たちは?」
「暁だ」
いつもの事ながら咲宮様のお言葉は短いことに貴丞は思わず苦笑して、向かい合う父親の横へと腰を下ろした