第八十二話 『夢の終わりと目覚めの魔法』
この森で起きた過去の悲劇にノア達は圧倒され、言葉を失う。
しかし、だからこそ三人が守り抜いた彼女にノアは力強く問いかけた。
「君の本当の名前を教えてくれ! 君は誰だ!」
名を聞かれた彼女は"絶望"とは異なる別の感情が溢れて、涙を流しながら誰かの名でなく本当の名を答える。
「私は……アシュレイ。お母さんとお父さんがくれた大切な名前……もう、忘れたりなんかしない!」
そう口にした途端、周囲に漂う霧が次々と形を成して行く。
最初に形を成したのは幻想の両親だった。
「思い出せて良かった。本当に……だってこんなに大きくなった娘と会えるなんて……本来ならあり得ないからね」
父親であるアモルは心の底から嬉しそうな表情で、成長した娘の姿を眺める。
人間のアモルでは、例え過去の悲劇が無かったとしてもその姿を見る事は出来なかったから。
「最後に、あの日"伝えれなかった言葉"を言われてくれ。アシュレイ、君が僕達の元に産まれて来てくれてありがとう。そして、僕達は君のことを誰よりも心から愛してる。それだけは忘れないで」
その言葉を最後にアモルは霧となり、アシュレイの身体に吸われて消えた。
「私が言いたい事もお父さんに言われちゃったな。けど、大事な事は"あの日"に伝えたから、最後に言うとしたら……コレかな」
母親のであるフィーズはノア達にチラッと目を向けて、彼らが娘にとって"何なのか"最後のひと押しとなる言葉を伝える。
「どんな時でも、手を差し伸べてくれる人はいる。私にとってのアモルのように……。貴方にとっての"彼ら"のようにね……」
伝え終わるとフィーズも霧になり、アシュレイの身体へ吸われて居なくなる。
そして、最後に形を成したのは銀髪の少女。
「もう、いいの? 夢は……もう終わりで?」
少女の問いにアシュレイは頷き、過去との別れの言葉を口にする。
「夢は寝てる時に見るものだから……私はもう起きないと。長かった夢は……もう終わりにしないと。じゃなきゃ、私はいつまでも過去に囚われたままだ。――【ありがとう、そして……さようなら】」
少女に対する別れの言葉は、この森に掛けた言霊魔法を解く"目覚めの言葉"となった。
森を覆っていた結界が崩壊すると、綺麗だった石造りの家は風化して、家に絡みついている白い蛇のような木がなんとか倒壊寸前の家を支えていた。
「幻想が……解けたのか?」
「ええ、森にかけた言霊魔法は解いたわ。貴方達のお陰で私は……」
霧が晴れていく森を見渡しながらそう呟いたノアに、アシュレイが答える。
しかし、アシュレイの言葉は途中で止まった。
何故か、それはノアの後ろに無言の魔術師が形を成して現れたから。
「ごめんなさい……私が、私の所為で」
「――貴方だけの所為じゃない!」
アイオーンの言葉を遮って、アシュレイがそう叫ぶ。
その声には"怒り"が込められていた。
アシュレイは手を握りしめて、アイオーンへと近づいて行く。
「"あの日"過ちを犯したのは貴方と……私。互いに間違えてしまった……だから、ああなったの」
「でも、私が居なければ魔女狩りは結界を破れなかった。それに、私の願いで悪魔がこの世に現れて、それで魔女狩りが始ま」
「――関係無いでしょ! それは"貴方の背負うべき罪"じゃない!」
自分を責め続けるアイオーンにアシュレイは力強く言い切った。
彼女の絶望を知っているからこそ、そう言わずにはいられない。
「自分をそれ以上責めるのは辞めて。それに、貴方が居なければ"あの日"過ちを犯したのは私だけになって、どうなってたか分からない。だから」
アシュレイはアイオーンに手を差し出す。
「お母さんとお父さん、そして貴方が居たから、私は"今"を生きてる。"あの日"、私を守ってくれてありがとう。いつか、また会いましょう」
「…………そんな、何で」
あの日、拒んでしまった手を過去を超えた"今"アシュレイは自ら掴むことが出来た。
すると、掴んだ手に雫が落ちて、次の瞬間にアイオーンは形を崩して霧となり空へと消えた。
「あの記憶は持ち主の元に戻るのか?」
「ええ、そのはずよ。記憶は魂の一部だから」
ノアは霧が消えた空を見上げながら尋ねると、アシュレイは憑き物が落ちたような穏やかな表情でそう答えた。
「貴方達の仲間の記憶も既に戻ってるはず。この森は小さいから魔力感知で直ぐに見つかるわ」
「――見つけました! 連れて来ます」
早速、魔力感知を発動したアイリスはアルバートの魔力を捉えるのに成功。
距離で言えば100mも離れて無かったので、転移魔術を使い迎えに行った。
その後、アシュレイがノアに疑問を投げ掛ける。
「教えて、貴方達は何故この森に来たの? きっと、この森が危険な森だって事は広まってるでしょ?
それに、自分たちの記憶が戻った時点でもう一人の仲間を無理矢理にでも連れ出す事は可能だったはず。なのに、何故? 何故、最後まで……私に」
過去の記憶を取り戻したアシュレイだからこそ、この森に自ら足を踏み入れ、そこで出会った少女に危険を犯してまで何故、手を差し出せたのか?
アシュレイは、そんなノア達の行動が理解出来なかった。
「それは……そうだな。俺達も初めは"封印された記憶"を知る為だった。けど、この森での過去を知り、更にその過去が崩壊し始めている現状を"見過ごす"なんてのは出来なかった……ただ、それだ――あ」
その時、ノアは気がつく。
幻想の森や魔女と少年の御伽話を知るに至った人物の"名前"と"著者の異名"が、過去の記憶に存在した人物と"一致"している事に。
ノアがこの事に気がついて固まってる間に、アイリスがアルバートを連れて戻って来た。
その後、皆で改めて自己紹介を済ませて森に来た経緯や森での出来事を軽く話した。
「――つまり、"無言の魔術師"の正体は"イヴ婆"だっていうのかよ!?!?」
「まぁ、そうなるな」
説明を終えた後の第一声はアルバートの大袈裟なリアクションからだった。
隣にいるアイリスも驚いてはいるが、ノアが気づいた時と同じく固まっていた。
そして、無言の魔術師との出会いで運命が変わった少女は少し目を見開いた後、嬉しいそうに微笑んで呟く。
「良かった、今は"孤独"じゃないんだ」
「今では大勢の人々に尊敬されてる。多分だけど、剣王様がこの森で無言の魔術師を知って助けたんだと思う」
アシュレイは戦士の姿を思い出しながら、言葉を返す。
「剣王様というのは、この森から唯一生還した戦士のこと?」
「ああ、そうだ。けど、一つ言わせてくれ。剣王様は君を」
「――大丈夫、分かってる。それに、戦士は貴方達と"同じやり方"で目覚めた。そんな人が崩壊も始まってない幻想から私を覚ますなんて不可能よ。それより、気になる事があるんだけど」
アシュレイはそう言うとノアの全身を眺めてから、こう尋ねた。
「貴方はその剣王様の血縁者だったりする?」
「――は?」
アシュレイの言葉にノア、アイリス、アルバートの三人は唖然として目を見開いたまま固まる。
「い、いやいや、そんなわけ無いだろ。剣王様の血縁者って王族だぞ?」
「違うのか? 貴方の風貌があの戦士と何処か似ていたから、もしかしたらと思ったんだが」
「似てる? 俺が? そんなはず……ないだろ?」
ノアは思いも寄らない言葉に戸惑い、自分の体に視線を落とし何処が似てるのかを探しながらそう答えた。
「いや、でも……確かに似てますよ。大図書館で初めて兄さんがマントを羽織った時、剣王像のラインハルト様が浮かびました。その時はマントに引っ張られての事かと思ってしましたが、元々兄さんとラインハルト様は顔が似てますね。今になって気づきましたけど」
アイリスがノアをじっと見つめたままそう言うと、アルバートも続いて口を開く。
「言われてみればそうだなぁ! なんで気づかなかったんだろ?」
「兄さんは剣に軽装、ラインハルト様は大剣に鎧でしたからね。顔以外の部分が違いすぎます」
「そっか!」
アルバートは腑に落ちた様で、ノアに近づき間近で顔を覗き込み出した。
その行動で場の緊張感が一気に緩み、溜まっていた疲労がアルバートを除いた三人にどっと押し寄せる。
「取り敢えず、少し休もう」
「そうですね」
ノア達はその場に腰を下ろし、暫しの休息を取る事にした。
その間ノアとアイリスはアルバートの質問攻めにあい、最後にこの森に来た目的が達成出来たのか首を傾げて尋ねる。
「記憶を求めてこの森に来たけど、結果はどうだったんだ?」
「ああ、それは……」
ノアとアイリスは目を見合わせる。
しかし、ノアはアイリスが夢から目覚めた時に言った――「死……ね。――そして、忘れろ」――の冷たい言葉と、アイリスに"恐怖心"を抱いたという事実で口を固く閉ざしてしまう。
(もしも、アイリスが俺の記憶を封印した張本人なら……何かそれ相応の理由がある筈だ。絶対に……何か……)
対してアイリスは夢での出来事を何一つ覚えいないので、なんの情報も出せず申し訳無くて黙ってしまう。
そんな二人の沈黙に耐え切れず、アシュレイが口を開く。
「記憶が形を成すから、封印された記憶が形になった所で"封印されたまま"だったんじゃ無いか?」
「あ、確かに言われてみればその可能性もありますね。"真実"が形になるんじゃなくて"記憶"ですもんね」
「……そうかも知れないな」
アシュレイの言葉にアイリスは納得し、ノアは追求を逃れる為に話を合わせた。
――何故、貴様らはそんなにも虚言を吐くのだ?――
その言葉と共に"影"がノア達の前に姿を現した。
ノア、アイリス、アシュレイは直ぐに距離を取り、家の前で身構えるが、アルバートは既に眠りに落ちていた。
「なんで? 彼女の記憶は帰ったはず。なのに、なんでまだここに居るの?」
アシュレイが困惑しながらそう口にすると、影は体を大きくして威圧する様に声を上げる。
――我らを貴様らの次元で語るな! 都合の良い夢は終わりだ。人の血が混ざっていようが"魔女の血"を持つ者は皆、我の力で眠るのが定めだ!――
ノアは急激な睡魔に襲われながら、影の言葉の不自然さに驚く。
「おい、待て。何故、コイツは"今"の話をしている? この影は、ずっと昔の彼女の記憶のはずだろ?」
「確かにそう、ですね……おかしい。幻想は記憶が形になるん……」
アイリスは言葉の途中で眠りに落ち、その場に倒れる。
「クソッ――消えろ!」
ノアは眠りに落ちる前になんとか影を消そうと斬りかかるが、剣は影をすり抜けて、逆に近づいたが為に睡魔がより勢いを増してノアの意識は深く落ちる。
「どうして……幻想は解いたハズなのに……」
――見ていたぞ。貴様にとってどこまでも都合の良い下らない夢をな。そして、その夢の最後もなんとも身勝手で気色の悪いものだったなぁ――
「……何を言ってる?」
アシュレイの脳裏に両親の"伝えられなかった言葉"が過ぎる。
――気づいているのだろう? 幻想は"記憶を元"に形を成すのであって、あの記憶は"両親の記憶"では無く、"貴様の思い描く幻想の両親"から出た虚言だと――
影のその言葉はアシュレイの心に深く突き刺さる。
「そう……なの? アレはお父さんの言葉じゃ無い? 私は……愛されてなんか、無い?」
――そうだとも。貴様が居なければ両親は死ぬことが無かったのだからな。両親だけでは無いぞ、あの魔術師だってそうだ。"貴様"さえ居なければ皆が幸せだったのだ――
「あ、あああ……わたしだった。やっぱり、私が……全ての元凶なん――」
「それは、違うな」
心が再び砕けそうになったその時、影が霧散して、白い蛇が現れた。
そして、こう続けた。
「私は君の母に創られた守護霊のようなものだ。君の母の考えは分からない。しかし、君の母の生きてきた"軌跡"を知っている。だから断言できる、君は両親に愛されていた」
淡々と話す白い蛇の言葉をアシュレイは直ぐに受け入れる事が出来ずにいた。
心に刺さった影の言葉が、この事象そのものを言い当てていたから。
――貴様はいつまで虚言を吐き続けるのだ? 惨めだとは思わんのか? 両親、魔術師、次は母の魔法か?――
アシュレイの背後に霧散した影が現れ、そう言った。
すると、白い蛇が挑発する様に言葉を返す。
「惨めだと? それをお前が言うのか? 1000年前の契約を未だ完遂出来ず、この子の魔法がなければ形を成す事すら出来ないお前が?」
――黙れ! 貴様の主人はもう死んだのだ! あの魔女さえ居なければ、我は今頃――
「今、私が言った情報をこの子は知り得ない。つまり、私はこの子の記憶から生まれた幻想では無いと証明されたな」
白い蛇の言う通り、アシュレイは今の話を全く理解できなかった。
「……って事は、アナタは本当にお母さんの」
「そうだ。あの日、君の母親は未来を君に託す為、私に魔法を預けて逝った。君は魔女と人の血を継ぐ者なんだ。分かるかい? 母親が君に託した未来が」
「――うん。今、分かった」
心に刺さっていた影の言葉は抜けて、アシュレイの心は数段強固になる。
あの日、両親が伝えられなかった言葉を今の私に伝えてくれたのは母の残した魔法で、その魔法と共に母親の軌跡をアシュレイはしっかりと受け取った。
白い蛇がアシュレイの身体へと溶け込んで消えた。
「私を長い眠りから起こしてくれた、救世主に手を出すな! ――眠りの悪魔"ドルミール"」
アシュレイの身体は白い輝きを放ち、灰色の長い髪が少しずつ銀色に変わっていく。
――その力は、我の権能を忌々しくも破った魔女の魔法か! こうなったら貴様を呪い殺して、今度こそ全ての魔女を永遠の眠りに堕として――
【耳障りな声を上げるな】
その一言で、影の声を消える。
影は体を広げて、アシュレイとノア達を囲む。
「私の幻想によって形を成しているだけのお前は、もう何も出来ない。完全に幻想を解く前に今一度、権能が無力化される屈辱を味わえ――【目覚めの魔法】」
アシュレイの身体の白い輝きが解き放たれ、取り囲む影を打ち消し、ノア達を眠りから覚ます。
そして、次の瞬間には森全体にヒビが入り、ガラスが砕ける様にして森の幻想が完全に解かれた。
満月の月明かりに照らされたアシュレイの長い髪は、銀色と灰色が混ざり合って銀灰色へと変化していた。
「出来るかどうかは分からないけど……私、やってみる。だって、私はお母さんとお父さんの娘だから!」
過去を乗り越えた混血の魔女アシュレイは希望に満ちた笑顔でそう宣言した。
頬を伝う一粒の雫に、悲しみの色は見えない――。
第4章 『混血の魔女と幻想の森』 ――完――
次章、第5章 『魔女の国と前女王の亡霊』




