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【4章完結】罪深き王と贖罪の旅  作者: 伽藍堂
第4章 混血の魔女と幻想の森
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第七十六話 『幻想の記憶と過去の試練』


 アイオーンとローブの男が睨み合って対峙する中、ノアは未だ不安定な人影をひたすらに追いかけて猛攻を繰り広げていた。


 「何故、当たらないんだ!」

 「……」


 当たれば致命傷になる攻撃をしているが、ノアの剣は人影の身体をすり抜けてしまい、何度目かの空を切った。

 苛立たしげに疑問を口にすると、人影は上がり切った口角を更にニヤッと上げて嘲笑うような仕草をする。

 それを見たノアは脳裏にとある光景が浮かぶ。


 

 ◆◆◆

 

 「嗚呼、実に。なんとも憐れな事でしょう」


 そう言ったのは黒い靄で顔が覆われている金髪の少女、唯一見える左目には十字の古傷があり、やけに印象的で脳裏に焼き付く。

 しかし、靄が消えて露わになった口元が目に入った途端にその光景は内から湧き出て来る感情によって幕を閉じた


 ◆◆◆



 「――それは俺の記憶だ! お前が俺に"見せつける"ものじゃない!」


 怒りと焦燥感に駆られて地面を踏み抜き、袈裟斬りを浴びせ掛かる。

 が、またしても人影の身体をすり抜けて剣は地面を切り裂く。


 「誰なんだよ、お前は。答えろよ!」

 「……」


 間近で睨み付けながら問いかけるが、人影はずっと口角を上げたまま無言でノアを見下ろし続ける。

 その視線が誰から向けられたものなのか、今のノアには分からない。

 それでも、心の底からその視線を"嫌だと感じた"。

 理由は分からない……というより分かりたく無いんだと思った。


 「――ッそんな目で僕を見るなぁあ!」


 ノアはそんな視線から一秒でも早く外れたくて、人影に頭突きを噛ます。

 しかし、剣と同様に頭は身体をすり抜けて行く。その間、記憶の断片が一気に脳裏を駆け抜けた。


 ◆◆◆


 「ごめんなさい……。僕はなんて愚かな事を」

 「兄さん……私は」

 「頼む、やめてくれ!」

 「自分が犯した罪からは逃れなれない」

 「よくも、リヒト様に」

 【八単唱(オクステット・スペル)

 「ハッハッハッ! 私は神級(グランド)に至った!」


 何人もの言葉が頭に流れ込んで来ては、次々と強烈な記憶を見せつけられる。

 しかし、限界を迎える間際に見た最後の記憶にノアは"果てしない絶望"を確かに感じ取った。


 ◆◆◆


 「まさか、お前は……セ――――」


 倒れる自分を見下ろす()()は、信じたくないが信じるしか無い程に鮮明で、目に焼き付く。

 ()()だった髪は()()へと変わって、楽しげな笑みを浮かべる彼女は自分を憐れむような双眸で見下ろすその光景に、自分は"絶望"した。


 ◆◆◆


 

 「そんな……まさか……アイリスが?」


 意識が戻ったノアは今し方の記憶に困惑し、足がもつれて受け身も取らず倒れる。

 

 「嘘だ、嘘に決まってる。だって……」


 記憶を否定したくて言葉を探すが、今のノアには今までの記憶が無い。

 あるのは、この森での記憶と人影に見せられた断片的な記憶だけで、否定の言葉が見つからない。

 アイリスがどういう人物なのか、今のノアは知らない。

 ――だが、それでも"心が記憶を否定する"。


 「俺は、俺を信じる。その記憶が真実だとしても、俺が妹を心から信じている事も、また揺るぎない真実だ。――だから、そんな記憶に絶望して立ち止まってる場合じゃ無い! 全てを背負うと、そう決めた! 例え、それが()()()()()()()だとしても!」

 「……」


 決意を固めたノアに呼応するように、人影の黒い靄が晴れて行く。

 徐々に露わになる人影の真の姿を待たずに、ノアは立ち上がって渾身の一撃を振るう。

 その一撃は人影の身体を切り裂く事に成功した。


 「…………」

 

 人影は白い靄となり、ノアの身体に吸われて行く。

 その際、何かを喋ろうとしたが声が出ず、口の動きが止まる。

 それでも、ノアには伝わったようで頷いて答える。


 「ああ、二人を守るよ」

 「……」


 それを聞いた人影は今までの笑みとは違う、安心したような優しい笑みを浮かべて消えて行った。

 


 ◇◇◇



 ノアの戦いが終わった頃、アイオーンは何回目かも分からないローブの男の断頭を終えた所だった。

 

 「本当にきりがない」


 アイオーンは既に人の形になりつつある靄を見つめながらそう言葉をこぼし、今までの戦いで得た情報を整理して次の手を考える。


 (こちらから近付かなければ襲って来ない。だけど、離れた所から倒しても彼女に辿り着く前に復活するし、拘束しても自ら自壊して彼女の目の前で復活が出来る……つまり、あのゲトヒトス(ローブの男)はアイリスを死んでも守る記憶で、だとすれば――)


 閃いたアイオーンはその可能性に懸けて、次の言葉を唱えた。


 【元素の(つるぎ)よ――】


 アイリスとローブの男の上空には"元素"で作られた剣が無数に現れる。

 それらは全部で八つの属性に分かれており、全ての属性を同時に操るという一流の魔術師でも到底不可能な芸当を平然とやってのけたアイオーンは続けてこう唱える。


 【降りしきれ】


 無数の剣が豪雨のように一斉に降り出すとローブの男はアイリスに直撃する剣を身を挺して防ぎ、人の形を崩したまま止むことのない剣の雨からひたすらに守り続ける。


 「こうすれば、私の相手をしてる暇が無いだろ。本来なら、こんな精霊を乱暴に扱う荒技はやりたく無いが仕方ない。直ぐ、終わらせるから堪えてくれ」


 アイオーンはそう目に見えない"誰か"に言うと剣の雨が降る中へと自ら入って行く。

 降り続ける剣は発動者であるアイオーンにも降り注ぐが、身体に触れると剣は簡単に崩れて次々に霧散し傷一つ付かない。

 対して、ローブの男は全身に様々な属性の剣が刺さったままで、身体の半分以上が靄のままでも、何がなんでもアイリスを守り切ろうとしていた。


 「これで、終わりにさせて貰う」

 

 アイリスの目の前に辿り着いたアイオーンは、両手でしっかりと頭を掴み、魔力を込めて唱える。


 【私の操り人形にッ――!】


 言葉の途中でアイオーンはアイリスの魔力に抵抗され、流した魔力をそのまま弾き返されて吹き飛ばされてしまう。


 「何故? 私の魔力に抵抗出来る程の魔力があるとは思えないのに……ん?」


 予想外の出来事に困惑して剣の雨が止み、目を凝らしてアイリスの魔力を確認すると一見少ない魔力量であるとしか言いようが無い。

 しかし、胸の鎖から微かに漏れ出る魔力を感知した途端に、まるで"果てしない魔力の海"にでも呑み込まれたような感覚を覚える。


 「なんだ、その魔力は……あり得ないだろう。母さん以上の魔力を秘めているなんて……そんなこと」


 アイオーンは大量の冷や汗をかき、僅かに震える手先を誤魔化そうと身体を動かすと、足に力が入らず尻餅をついてしまう。

 何とか立ちあがろうとしている時、アイリスの鎖から漏れ出る魔力が突如として身体の中に引っ込んだのを目の当たりにする。

 それはまるで、「自分の力を知られたくない」と言っているのも同然だとアイオーンは思った。


 「()()()()()()()……その力を。だとすれば一体、何のため?」

 

 疑問を抱いたアイオーンは再びアイリスの魔力を凝視するが、先程まで漏れ出ていた魔力は一切の痕跡も残さず消えており、今のアイリスは少ない魔力量の平凡な魔術師といった印象しかなかった。


 「待て、どうすればあれだけの魔力を完璧に抑え込めるんだ? そんなの……普通ならあり得ない……」

 「――ッ近づくな!」


 驚きの連続で放心状態のアイオーンにローブの男が斬りかかると、そこに黒いマントをはためかせたノアが現れる。

 ノアは容易く剣を受け止めて、こう告げた。

 

 「アイリスに自分を殺させるんだ」

 「…………僕はもともと()()()()()()。でも、今のままだと起こせない。だから、僕を記憶の中に戻してくれ」


 ローブの男の返答にノアは目を見開くが、それよりもアイリスを目覚めさせる事の方に話を進める。


 「"記憶(お前)を夢の中に戻す"なんて事が俺に出来るのか? 生憎、俺は魔術に疎いぞ?」

 「……大丈夫だよ。覚えてないかも知れないけど、前に一度やってるから。じゃあ、その時が来たら合図するから、一度起こして言うべき事を伝えてね、頼んだよ」

 「分かった」


 ローブの男は剣をだらんと下げて、安心したような優しい笑みを浮かべるとノアに斬られて霧散した。


 「気をつけろ、直ぐに復活する」

 「多分、大丈夫だ」


 アイオーンが警戒する様に呼び掛けるが、ノアは剣を鞘に納めてアイリスのもとへ歩み寄り、胸の鎖を引きちぎる。

 すると、身体に絡んでいた無数の鎖が一気に消えてアイリスは力無く崩れ落ちた。

 

 「起きろ、アイリス」

 「ん〜どうしたんですか? せっかく、いい夢を見ていたのに」


 目を覚ましたアイリスは寝ぼけた顔でノアを見つめ、今まで見ていた"夢"の事を思い出そうと「うーん」と唸る。

 しかし、全く思い出せずにいるとアイリスの真後ろで人の形をした靄が形成され始めると同時に「あ、思い出して来ました!」と嬉しそうな声をあげて、笑みをこぼす。

 そんな幸せに満ちたアイリスにノアは端的にこう言い放った。


 「――それは過去の記憶(幻想)だ。そんなものに心を奪われて()()()()()を忘れるつもりか?」

 

 ノアの言葉は一見冷たいように感じるが、その言葉はアイリスがこの森に来る前と、この森の中で力強く言い切った"台詞"から来た言葉だった。


 「……そうですね、危うく大切なモノを忘れてしまう所でした。ノアさんは取り戻したんですよね?」


 そう尋ねたアイリスの顔からは笑みが消えて、真剣な眼差しでノアを見つめるていた。


 「ああ、記憶は取り戻した。俺は此処に居る、夢の中に居るのは過去だ」

 「分かりました。終わらせて来ます……私の夢を」


 そう言うとアイリスは安らかに眠りに落ちて、全身を鎖に覆われて行く。

 アイリスの背後にはローブの男が復活を遂げていたが、ノアに攻撃する事なく、両膝を付いて静かに見守って居た。


 

 

 ◇◇◇

 

 

 気がつくとアイリスは大きな白い両扉の前に居た。

 辺りにはカラシアの街や城塞都市ルーグ、公都の魔術学院の一部分だけが空間ごと切り取られてそこに存在した。

 

 「これは夢。だけど、どうしたらこの夢を終わらせれんだろう? 大切な人を殺めると言っても……この空間にはそもそも人が存在しないし」


 アイオーンから教えて貰った夢の解き方では、現状この夢を終わらせる事が不可能と言う事になる為、アイリスはどうするか思考を巡らす。


 「街に都市に学院、それと巨大な両扉。コレらは私の記憶に関する重要なモノであるのは言うまでも無いハズ。なら、一つずつ見て行くしか無いか。まずは」


 最初に入った空間は冒険者の街カラシア。

 街に足を踏み入れた途端、辺りの空間が変わって行き、完全なるカラシアの街へと変貌を遂げた。

 

 「おお、これは」


 アイリスは街の入り口で周囲をキョロキョロと見回していると、前方からノアとアルバートの二人が手を振って現れる。


 「アイリス、何してるんだ? 早くジークの店に行こうぜ! 僕はお腹ペコペコだぞ!」

 「どうかしたか?」


 二人を見たアイリスは一気に溢れて来たカラシアでの思い出に呑み込まれ、急いで二人のもとに駆け出す。


 「すいません。ちょっとぼーとしてたみたいです」

 「大丈夫か?」

 「はい。――【光の衝撃(ポース・シュラーク)】」


 無警戒の二人に向けてアイリスは躊躇無く、魔術を発動してノアの胸とアルバートの胴体を消し飛ばした。


 「なに、を?」


 ノアはアイリスの行動に驚いた顔を見せ、隣で胴体が無くなり絶命したアルバートを見て悲痛な叫び声を上げる。

 激しく取り乱すノアにアイリスは手を止める事なく魔術を浴びせ、頭部から股にかけて消し飛ばす。


 「なるほど。これはなかなか……削られますね。精神が」


 べちゃっと音を立てて地面に落ちたノアの肉片と、アルバートの亡骸にアイリスは目を瞑り、この夢が早く終わる事をひたすら祈る。

 しかし、一向に空間が元に戻る事はなく、それどころか背後から二人の声が聞こえて来た。


 「何してるんだ?」

 「――え?」


 目を開けると、さっきの二人の死体は存在せず。

 振り返るとそこには、無傷のノアとアルバートがアイリスを心配そうに見つめていた。

 すると、更にこの街での思い出が溢れてくる。


 「マズイ、このままだと」

 

 アイリスは急いで二人から離れようと街の入り口に向かって走り出し、門を抜けると空間が元に戻って三つの空間と大きな白い両扉がある最初の場所に出た。


 「あれ? なんで、私……泣いてるの?」


 息を切らしながら泣いてる自分に一体何があったのか、分からず困惑する。

 アイリスが覚えているのは最初に街を選んだ事だけで、街の中での出来事は何一つ覚えていなかった。

 しかし、それは同時にこの三つの切り取られた空間の中に自分の大切な()がある事に気づく。


 ――であれば、やる事は決まった。


 「この三つに分かれた夢を全て取り返せば、私は夢から覚める事が出来る……。此処にあるのは過去の記憶、そんなものに私は屈しない。屈する訳にはいかない!」

 

 決意を新たにアイリスは涙を拭い、再び冒険者の街カラシアへと足を踏み入れるのであった。

 

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