第六十七話 『王の剣と四つの壁画』
魔剣から噴き出す炎により、周囲の氷塊が次々と溶けて崩れ落ちる。
一際大きい炎の塊が魔剣から飛び出すと、二体の火の鳥に別れて迷宮を競うように駆け上がり幾つもの階層を破壊してずっと上の所で互いに噛みつき巨大な炎に包まれる。
炎が鎮まると、一体の火の鳥が勝ち誇ったかのように翼を大きく広げて迷宮全体を燦々と照らす。
次の瞬間、火の鳥は一枚の輝かしい真っ赤な尾羽を残して燃え尽きる。
その尾羽はひらひらと舞い落ちて自然とノアの手の甲に着地した。
「なんだ、これは――ん?」
不思議に思っていると尾羽が一瞬熱くなり、手の甲に焼印の様に刻まれたが、直ぐに焼けた皮膚が再生して消えた。
「よく分からないが、そんな事より早く此処から出ないと行けない。あの扉の向こうが"隠し部屋"だよな?」
巨大で純白な両扉を見つめながら地面に着地したノアは、駆け足で扉の前へと移動する。
「ロイド君はこの扉に触れたら学院に戻れたって言ったよな。なら、腕をまた伸ばして全員を掴んでから触れれば――いや、ヘンリー先生と聖職者の二人が別の場所に居るか……一人でこの迷宮から探し出すのは無理だな」
戦いが終わった今でもアイリスは未だ魅了に掛かっており、勝手に動き出そうとする身体を懸命に抑えていた。
その隣でアルバートは胸を抑えて呻き声を上げている。
「クソッ、どうすれば」
「――ッ」
その時、扉の向こう側から超高濃度の何かしらの"力"の波動が発生して迷宮全体に広がった。
すると、次の瞬間に迷宮全体が鈍く低い音を響かせて動き出す。
その音はまるで"野獣の唸り声"のようだった。
「確か、学院で――トイレから野獣のような唸り声が聞こえる――って情報があったよな。それはコレの音だったのか……つまり、この音がする時は学院とココが」
(――――――――――――)
喋っている途中に頭の中で誰かの声が聞こえたが、その声が何を喋っていたのかは全く聞き取れなかった。
しかし、その声が丸い両扉へと変形した扉の向こう側からであると何故か確信していた。
「誰か、居るのか? 中に? そんなはずは……」
ノアは導かれるように丸い両扉に近づき、そっと片手で押すのではなく触れると扉は勝手に開いた。
扉の向こうには六芒星が床に描かれた祭壇があり、その中央には巨大なボロボロの剣が深々と床に突き刺さっている。
「あれが……聖剣なのか? 嘘だろ?」
想像と全く異なる印象にノアは驚きを隠せない。
世界を救った三英雄の一人"剣王ラインハルト様"の武器であり、巨神様から力を授かった巨人族の王様が造った神器であるハズの"聖剣"が、目の前にあるのは単なる"朽ち果てた大剣"だった。
開いた扉の前で唖然と立ち尽くしていると、足元の地面が高く盛り上がって勢いよく前に倒れかける。
「おっとと……ってマズイ!」
なんとか倒れずに済み視線を地面から前方に向けると、さっきよりも近くに朽ち果てた大剣があるのを見て部屋に入ってしまった事に気づく。
急いで踵を返し、扉の外に向かうが再び頭の中で誰かの声が聞こえたと同時に部屋の扉がバタンッと固く閉ざされてしまった。
(我ら――――大王の――――今こそ――――)
「さっきよりも近い? 誰だ! どこにいる!」
頭の声は一部聞き取れたが、殆ど何を喋っているのかはわからない。
但し、部屋の外で聞いた時より声がハッキリと近くに感じて部屋を注意深く観察する。
全面の壁に様々な絵が彫られており、正面には金髪金眼の翼人族が多種多様な種族から崇められ、雪景色が広がる一方で、右の壁には大自然で手を取り合う人族と亜人、そして中央に剣を携え堂々とした巨人族が描かれている。
左の壁では灼熱の火山と竜族が天を舞い、それを地上から見上げる王冠をかぶった人族の姿がある。
最後に扉がある後方の壁には暗闇に包まれた中で怪しく蠢く魔族と縦に真っ二つに分断された神のような存在が描かれていた。
「この壁画は……三大陸を描いているのか?」
四つの壁画を見たノアは直ぐにコレらが、神山から連なる巨神山によって分断された三つの大陸の事だと推測する。
だが、もしその通りであれば一つ余った壁画が気になってもう一度見ようとしたが、再び頭の中で声がした。
(汝に――――――使命――――さぁ)
「使命? 何を……いや、考えろ。ここは間違いなく剣王様が聖剣を隠した場所のハズだ……つまり、俺を剣王様と勘違いしている? ここに来るには地脈の力が必要だから、本人以外が辿り着ける場所では無いということか?」
幾ら考えても埒が明かないので、ノアは頭の中で聞こえる声に導かれるまま聖剣のもとに歩み寄る。
ハッキリと"聖剣"とは聞こえないが、恐らくそうであると直感が告げていた。
「手に取れば良いのか? コレで、開けばいいが」
恐る恐る聖剣と思しき朽ち果てた大剣の柄を掴み取るが、突然の如く何も反応しない。
「やっぱり無理か……しかし、ここで諦める訳には行かない。一か八か力尽くで引き抜いてみるしか出来る事は無いな」
そう決意した時、超高濃度の何かしらの"力"が聖剣を通ってノアの身体に入ると波動となって部屋全体を揺らした。
何が起きたのか理解する間も無く、次の瞬間には柄を掴んでいる朽ち果てた大剣が白く輝き出して迷宮全体が今まで以上に激しく動いている音と衝動が響いてくる。
「一体、何が?」
(今こそ、目覚めの時。我は再び、汝の矛となり"かの者"を今度こそ――ッ貴様、混じっておるな! 我の前から消え失せろ! 不届きもの!)
「――ま」
頭の中の声がハッキリと聞こえるようになったと思うと、途中で声色が変わり足元の魔法陣が発動した。
視界が途切れる寸前に見えた朽ち果てた大剣は、正しく聖剣と呼ぶに相応しい"純白に輝く大剣"へと変化していた。
気づくとノアは魔術学院の中庭で剣王像の前に立っていた。
周りに誰一人として居ない事に頭が真っ白になりかけた時、剣王像から閃光が発生して迷宮に入った全員が吐き出されるように現れた。
そして、先程の声がぶつぶつと呟く声が頭の中に流れて来る。
(侵入者を殺さず追い出すだけとはなんとも滑稽な……。だから、大王の力を半分しか受け継げ無かったわけだ。やはり、あの若造はどこまでも半端者だな)
「それは、もしかして」
「――無事でしたか?! なんと、これは一体何が……」
ノアがその呟きに思わず口を開くと、中庭にロゼッタ学院長が現れて生徒の有様に言葉が詰まる。
(――まだ繋が――――と? 貴様――――)
「待ってくれ、まだッ!」
頭の声が遠のいて行くのでなんとか聞き取ろうと剣王像に手を置き、耳を傾けると剣王像から衝撃波が発生して吹き飛ばされてしまう。
ロゼッタ学院長は何故ノアが吹き飛ばされたのか訳がわからず、困惑しながらミスリルの像にぶつかり倒れたままのノアを見つめていた。
しかし、この場になぜミスリルの像があるのかと気になり目を上げて見ると、その像は生徒の一人にそっくりと言うよりそのままだった。
「その像はなんですか? まるでロイド君を形取ったような……いえ、まさかそんなはず」
「ロ、ロイド君は……迷宮で、ミスリルの中にと、飛ばされてしまって……こんな姿になりました」
倒れたままのノアが言葉に詰まりながらそう言ったが、ロゼッタ学院長は訝しげに眉を顰めた。
「本当ですか? 何か……大事なことを隠しては」
「――シグレが、やったんだ。貴方が許可した冒険者は……黒薔薇でした」
「…………なんと」
本当の事を話す訳には行かない為、何とか話を変えようと責任を押し付けるように少し酷な言い方をした――自分のことを棚に上げて。
ノアは先程の衝撃で全身の力が入らず、起き上がることすら出来なかったが意識はしっかりしていたので命の危機に瀕している人が居ると伝えるとロゼッタ学院長は急いで行動に移った。
「では、魔力切れの二人を先に大聖堂に送って、フレイハート様に来て貰いましょう」
「お願いします」
呼吸が浅く死にかけのエレオノーラとヘンリー先生を連れて、ロゼッタ学院長が中庭から姿を消した。
「正体に気付かず、まんまと利用された自分が何言ってんだ……全部、俺の所為だろうが……。もっと力があれば――ッ」
"力が欲しい"とそう思った時、ノアは最下層でロイドと頭の中で話したことを思い出す。
あの時、ロイドが言った事は――自分の何かに封印が掛かっている、それを解く事が求める答え――だと言った。
一体何に封印が掛かっているのかなど、今や考えずとも分かる事であり、大事なのは"誰が"封印したのか。
「誰なんだ、俺の記憶を封印したのは……。それに、何で封印する必要があったんだ?」
(――"悪しき者"と混ざった愚者の考える事など、誰も分かるはずが無いわ、この愚か者め。貴様が大王の力の一端を持つ事は許さん。返して貰うぞ)
今まで最も近くから声が聞こえたと思うと、全身から何かがごっそりと抜けていく感覚と共に、しっかりとしていた意識の糸がプツンと切れて、気絶する様に意識を失った。




