第五十四話 『剣王像の秘密と無力な不死身の剣士』
「なんで巨人族の書物なんて読んでんだ? ちゃんと調べてたのかよ、俺たちは有力な情報掴んで来たぜ? なぁ、兄貴」
「ああ、全くその通りだぞ! いいか、聞いて驚くから覚悟してろよ! 実は……学院の中庭にある剣王像は本当に動いていたんだぜ!」
アルバートがドヤ顔で胸を張って、自信たっぷりにそう言い放った。
いつの間にか近くに来ていた事にノアとロイドは身体をビクッとさせた後、アルバートが言った事に二人は殆ど机に乗り上げる程に身を乗り出して詰め寄る。
「――本当かアルバート?! その時、剣王像の近くに誰か居なかったのか?」
「それは誰からの情報なんですか!?」
急な接近にアルバートは驚いてのけ反り、翼を羽ばたかせて体勢を戻す。
「なんだよ! 急にそんな近づいて〜ビックリしただろ!」
「で、どうなんだ? 教えてくれ」
「なんでそんなに焦ってんだ? まぁ、落ち着けよ。焦ってもしょうがねぇだろ?」
「……確かに、そうだな」
シグレにそう言われて、二人は深呼吸しながら椅子に腰掛けた。
焦ってもしょうがない事は紛れも無い事実だから。
「よし。そんじゃあ、情報共有と行こうか」
「ああ、分かったよ」
ノアの二つ隣にシグレが座り、アルバートが机の上に座って知り得た情報の共有を始めた。
シグレ達からの情報をまとめると、七不思議で最も目撃した情報が多い"剣王像について"を調べたらしい。
分かった事は「目撃者は皆、一階の教室の窓から中庭を見た際に剣王像がしゃがむように見えなくなった」ということだった。
そして、それを見た時は「学院が揺れた時」とのこと。
コレらの情報にノア達が見つけた"オリハルコンの真価"の情報を足すと、ある一つの仮説が立つ。
「つまり、学院の中庭にある剣王像は"オリハルコンで造られた秘密の入り口"である可能性が高いって事か」
「だな。で、その入り口は何処に繋がってるかと言うと"隠された洞窟"って訳だ」
「仮にそうだとすると、何故"揺れで"オリハルコンの真価が発動するのかが謎ですよね」
「――いや、そうでもないだろ。そもそも、この大地が揺れること自体が稀って言うか、超大規模な魔術と魔術が衝突でもしない限りはまず揺れないだろうぜ。まぁ、頻繁に揺れが発生する場所で二年も過ごせば慣れちまって、普通の感覚が分からなくなるのは仕方がないがな」
「学院の揺れは地脈の影響って事か?」
シグレが無言で頷き、立ち上がって喋り出した。
「確証なんてものは無いが、それしかなく無いか? オリハルコンで出来た剣王像とオリハルコンの扉が変形してんだしよ。それとも何か、地脈の力を使える者が居るってのか? それこそあり得ないだろうぜ。王族共が滅んじまったこの国でよ」
「ん? ……まぁ、それもそうか」
ノアはシグレの言葉使いに違和感を覚えたが、それよりも巨神様や巨人族、又は剣王様の子孫である王族以外に神秘的な力である地脈の力を使える者がいるとは到底思えないので、確証は無いがそれが納得しない理由にはならなかった。
「取り敢えず、洞窟に出るには学院の揺れを待つ必要がある。いつ揺れるかなんて分かる訳ねーから、学院に泊まり込みだな」
「悪いが俺はまだ調べないといけない事があるんだ。今のままじゃ、本当に守れるかどうか……」
邪教の関する書物に一瞬だけ視線を向けてから、申し訳なさそうにシグレの方を向いた。
「気にすんなって、今回はお前の力が何よりも重要なんだからな」
「分かった。じゃあ、暫くの間アイリスとアルバートを頼む」
「任せな。行くぞー兄貴」
「おう! じゃあな、ノア!」
「ああ、また後で」
シグレとアルバートが階段を降りて行った後、ロイドがノアの手元にある邪教に関する書物をまじまじと見つめていた。
「ん? 気になるの」
「あ、いえいえ。何を調べてるのかちょっと気になっただけです。でも、その本に書かれている"力"と言えば"悪魔"ですね……なんで、そんなものを?」
「えーっと、そうだね。うーん……なんって言えばいいのか」
突然、核心を突かれてノアはどう言い訳するかと口籠っていると、ロイドが机に身を乗り出して小声で一言喋った。
「本棚に置いある悪魔教の本は、全て"改竄"されてますよ。でも、地下室の書庫には改竄前の原本が保管されてます。ノアさんなら、もしかして……」
「何故、そんなことを知ってるんだ?」
「……僕の好奇心はちょこっとだけ異常なんです。知識の宝庫があるのに調べないなんて到底不可能です」
そう言ったロイドの目には、少しばかりの狂気が宿っているとノアは思った。
「ここは日が暮れると閉まりますが、念の為に真夜中にしましょう」
「――ちょっと待って、もう既にやる事前提で話を進めてるのか」
「勿論ですよ。敵は厄介な魔法武器を持つ冒険者と、一体なんの魔物かも分からない化け物ですよ! のんびりしてる暇は無いんです! ウィリアム君たちはしっかりしてるから大丈夫ですけど、ミラは……一人だと危険なんです!」
先程まで狂気を宿していた目は、今にも零れそうな涙に覆われていた。
強く握りしめた拳をわなわなと震わせている。
ノアはロイドの気持ちが痛い程に伝わって来て、胸が押し潰されそうになる。
(そう……だよな。今、ロイド君は大切な人があの化け物と黒薔薇の手が届く場所に居るんだ、じっとしていられる訳がない。俺と同じで手段なんて選んでる場合じゃないよな)
「分かったよ、やろう。でも実行するのは俺だけだ、ロイド君は家に」
「――書庫の場所に見張りの位置、地下室の鍵や侵入するために壊した窓の修理は魔術が使えないとバレますよ」
「うッ、そう言われるとそうだな。俺だけじゃ無理か……」
「ではそう言う事で、僕は壊れたタクトを新しくしてきますから、身を隠す外套を忘れないで下さい。敵を倒す事が出来れば、今回の潜入を黒薔薇になすり付けれます! 待ち合わせは深夜にしましょう」
「ああ、分かった」
話が終わるとロイドは足早に階段を降りて見えなくなった。
残されたノアは幼い少年の力を借りないと、何も出来ない自分の不甲斐無さに嫌気がさす。
(俺はここに来てから何も出来てない……いや、ルーグでもそうだった。前回はシグレが居たから、今回はアイリスが居てヘンリー先生が現れたお陰で危機を脱しただけで、俺は何もしてない。そして、今もロイド君が居なかったら何も情報を得られずに終わっていた……)
考え出した負の感情は次から次へと溢れ出てきて、こんな情けない自分に対しての怒りが爆発する。
「自分を犠牲にする事しか出来ない癖に、自分を犠牲にしたからと言って誰かを救える訳でも守れる訳でも無いだろ。足りないんだよ、何もかもが……自分の命一つで誰かを救えるなんて思い上がるなッ――」
その時、心臓の鼓動が一際大きく頭に響くのを感じた。
次第に意識が薄れていき、以前もこのような感覚に陥った事を思い出す。
(これは……あの妙な記憶に)
◆◆◆
崩れた壁の間から月明かりが差し込み、暗い空間の一部を照らしている。
そこに見えるのは、真っ赤な血の海に沈む産まれたばかりの子竜だった。
「あぁぁ――なん――――ァアダァァア!!!」
声にならない声で泣き叫んでいるのが自分だと気づいた、その声は途切れ途切れで視界も次々と幕が降りるように途切れ続ける。
「なんでだ……なんで――俺は約束を――――力が――――」
「貴方の望みを叶えて差し上げましょう」
何者かが自分に話しかけている。
その者は不思議なことに数人が同時に喋っているかのような声色をしていた。
そして、その声を聞いた自分は必死にその者に手を伸ばす。
「お――――」
何を言ってるかはわからない。
しかし、その時の感情が少し流れてきた。
――必死に縋るような願望と無力さに支配された絶望――
それを感じ取った瞬間、急速に意識が体に戻って行くのだった。
◆◆◆
「なんなんだよ……なんでこんな意味不明な記憶で……」
ノアは自分でも気付かぬうちに涙を流していた。
さっき見た記憶の感情に当てられての事だろうと思ったが、それだとあの記憶がまるで本当のことであるかのようになるので「そんな事はあり得ない」と口にして頭を振った。
「夜までかなり時間がある、何か役に立つ情報を探ろう。地脈の力を人が使えたとしたら一体何が出来るのか……」
持って来た本を元の位置に戻して、巨神様や地脈などに関する書物を片っ端から読み漁って行く。
しかしながら、手に取った書物はどれも以前にどこかで読んだ事がある気がして、これと言った情報は得られずに日が沈んでしまった。
現在、大図書館を出て敷地の外から塀越しに中をざっと見渡す。
「まだ、潜入には早いけど……軽く見張りの下調べでもするか」
大図書館の周りを巡回する見張りは装備や立ち振る舞いから、魔術師である事が容易に伺える。
外からだとノアの魔力範囲に届かないので魔力量は分からないが、潜入して見つかれば逃げるのは相当困難だと思われる人数が居た。
「あれだけの書物が管理されてる訳だし、これぐらいの警備は当然か……ロイド君が言ってた通り、身を隠すモノを用意しないとダメだな」
かかとを翻して学院区を後にした。
数件の店に立ち寄ってみたが、どこも高価で今の手持ちでは全く足らずどうしようかと考えながら歩いていると宿にたどり着いてしまった。
「あれ、帰って来てどうすんだ。ここは宿だぞ、身を隠すモノなんて…………」
ふと脳裏に浮かぶモノがあった。
それは、宿には必ずあるモノで身を隠す事も出来なくはない……しかしそれはあまりにも――なんて考えてる場合じゃないと思い直して取りに行く。
個室にあった黒いソレを手に掴み、バサっと身を纏わせて見た。
「うん……まぁ、いけるな。時間になったら行くか」
ノアは身に纏ったモノを元々あったベットの上に置いて、時間まで剣の稽古に勤しんだ。
今夜"掛け布団を身に纏い大立ち回りする"という子供が夜にはしゃぐかのような真似を、至って真剣にやらねばならないという事を一時でも忘れられるように必死で剣を振るのだった……




