第三十一話 『急転と審判の七日目』
「はぁあああ!!!」
「良いぞ、その調子だ」
七日目の現在。
アルバートは闘気を"高める"特訓を行っていた。
シグレにあわや殺されかけた日からずっと、この特訓を続けている。
その理由は単純に"込める"と"纏う"は既に完璧にマスターしているからだ。
恐らく先天的なもので意識すらして無いとシグレは考える。
(野生の竜族なら獲物を狩るのに"高める"事も自然と身につくだろうが、兄貴の場合は食事が用意される環境で過ごしてたんだろうな。それじゃ、困るんだよな……強くなってもらわねーと)
「ぐぬぬッぬぬ。これ以上はもぅ無理だぞ!」
「はい。そこでキープ!」
「なぬッ!」
全身に巡らせた闘気を限界まで高めたアルバートに、シグレが突然追加の指示を出す。
体内の闘気が一瞬乱れたが、必死でそれを抑え付けて歯を食いしばりながら高めた闘気を維持する。
「よーし。休め〜」
「はひぃ〜〜、疲れたぞぉ」
「高める度に力むから疲れんだよ、闘気を起こせば良いだけなのに」
「そんなの、できるかぁー!」
机に仰向けになったアルバートが不貞腐れたように叫ぶ。
ちょうどその時、部屋でずっと魔術媒体の製作をしていたアイリスが出てきて、それを耳にする。
「諦めるんですか? 出来ないからって」
「そうだよ! 無理はものは無理だもんね!」
「では、兄さんを見捨てるですね。アルバートは」
「そ、それは違うぞ!」
アルバートはガバッと起き上がり、階段を降りて来たアイリスに必死で弁解の言葉を述べる。
「今日が最後の日です。今、出来ることはやっておきましょう。後悔しても遅いので」
「分かったぞ!」
ノアの事を思い、アルバートは急いで特訓を再開する。
「それで? アンタの方はどうなんだ?」
「素材が尽きましたので、出来ることと言えばアルバートと同様に魔力を高めておく事ぐらいですかね」
「そうか。まぁ、最悪の事態になったら逃げる時間は稼いでやるさ」
と、その時。
何の前触れもなく、町の外から"魔獣"の叫び声が届いた。
「えッ」
「おいおい、こんな時にかよ」
宿の扉が勢いよく開かれた。
「シグレ! 北東の方角から魔獣が現れやがった!」
「分かったすぐ行く。お前達はここに居ろ」
そう言い残し、シグレは呼びに来た冒険者と急いで宿を出て行った。
残ったアイリスとアルバートは急な事態に呆気に取られていた。
シグレは北東の城壁に辿り着き、その上から遠方に見える魔獣の群れを視認した。
少し遅れて、シルバーを除いた幹部達が集まる。
「ここ最近、見たいと思ったらあんなに沢山。どうしたのかしらね、全く」
「知恵者でも喰ろうたのかもな」
「魔獣が手を取り合って協力? んな訳あるかよ」
それぞれがこの事態の原因を考えてみるが、到底分かるはずも無い。
「原因なんて別に何でも良いけど。あの、ジジイはこれを唯の偶然とは考えないんじゃないなー」
「黒薔薇の団長を倒したとか言う、冒険者の事か」
「そそ」
「……まぁ、取り敢えず。ぶっ殺してから考えよーぜ」
「だな」
そう言うと、三人の幹部は城壁から外に飛び降り、魔獣の群れに何の躊躇いもなく突っ込んで行った。
◇◇◇
魔獣の叫び声は当然ながら、屋敷にも届いていた。
「魔獣か……」
「大丈夫なんですか?」
ノアの問いかけにエドガーは少し遅れて答える。
「ああ、魔獣自体に大した心配はしてないよ。ただ、なぜ魔獣が現れたんだろうと思ってね。魔獣は暴食で獲物が沢山いる所に現れる筈なのに、この辺りは最近魔物は少なかったんだよ」
「魔獣が魔物を捕食してたのでは?」
「うん。私も最初はそうかと思ったが、だとしたら見回りの時に痕跡の一つも発見されないのがおかしいんだ」
「それは、確かに変ですね」
魔獣は人では無い。
その為、捕食の時に綺麗に食べるなんてしない筈だ。
痕跡が無いと言う事はここら辺に魔物が食い荒らされた形跡がなく、血すら無いと言うこと。
で、あれば。
ここ最近、魔物が少ないのは別の要因であり、獲物が少ないのに魔獣が現れたのにも何か理由がある筈とエドガーは考える。
ここ最近で、変わった事……それは一つしか無かった。
「魔獣に助けを求めたようじゃの」
シルバーが魔力を一気に高めて、口を開いた。
「待て、シルバー。まだ、決まった訳では」
突如、この場に一匹の魔獣が出現した。
どこからか飛んで来たのではない。
気が付いた時にはこの場に居たのだ。
その事に誰もが、戸惑った。
現れた"魔獣"までも――
「ガァああああああああああああ!!!」
魔獣は咆哮を上げ、目の前にいるエドガーにその巨大な腕を振り下ろす。
【防御魔術】
間一髪で攻撃を防いだエドガーは炎魔術で魔獣を一瞬にして焼き払う。
まるで、なんの造作も無いことの様にやってのけた。
「……」
ノアは口をポカンと開けたまま固まる。
「確定じゃな」
「いや、彼らにこんな芸当が出来ると思うか? シルバー」
「出来ないとも言い切れん。普通で無い力を持っているんだからの」
シルバーの高まった魔力が両手に集まる。
それに気づいたエドガーが声を荒げて制止を呼びかけた。
「待てと言っているが、聞こえないのか?」
「……何をこの者に期待しているのかは分からんが"疑わしきは罰せよ"それが儂の答えじゃ――【熾翼聖火】」
結界内に神々と燃ゆる聖火が灯り、その神聖なる火はノアを優しく包み込んだ。
痛みも熱さも苦しさも、死の恐怖すら何も感じる間もなく刹那の内に形を残したままその身は灰と化した。
◇◇◇
――時は少し遡り。
シグレが冒険者と宿を去った後、気を取り直したアイリスとアルバートはとても嫌な予感がしていた。
「この状況は、マズイです」
「オイラもそう思うぞ! なんかこう胸がざわざわするぞ!」
「私もです」
二人は宿の中で同じところを行ったり来たりと繰り返し歩いて、止まらない胸騒ぎに落ち着いていられない。
「兄さんを助けに行く? でも、あの結界は私じゃ到底破れない。なら、術者を攻撃するのはどう? いやいや、あの結界を張れる魔術師ならその対策も当然用意してるでしょ」
「オイラの竜の息吹なら通用するんじゃないか! シグレが言ってたぞ、竜族だけが使えて魔術じゃ再現したくても不可能な"究極の御業"だって!」
「確かに……そうですね。うんうん、それなら行ける気が――」
二度目の魔獣の叫び声が聞こえた、否。
それは、叫び声ではなく対象を見据えて発せられた"咆哮"だと分かる。
更に、その咆哮が発せられた大体の位置も分かってしまう。
アイリスは心臓の鼓動が強く激しくなって行くのを全身で感じる。
「アルバート。急いで行きますよ」
「どこにだ?」
「屋敷です!」
二人は宿を飛び出して、監視の目など無視して屋敷へと向かう。
しかし、大通りは町の住人で人混みが出来ておりまともに通れない為、飛行魔術で屋根に上り一直線に駆け抜ける。
「アルバート、止まって!」
「ん? ――ぉおお!」
アイリスがアルバートの尻尾を掴み、動きを止めらければ下から飛んで来た火球に直撃する所だった。
「大人しく捕まってくれれば、痛い思いせず済むぞ。賊共」
あっという間にアイリスとアルバートは数人の魔術師に囲まれ、"敵"として魔術師の杖を向けられる。
前方に立ち塞がったリーダーらしき魔術師はアイリスと同じ黄色い首飾りをつけており、その他は翡翠色の首飾りをしていた。
「な、なんでオイラ達が賊なんだよ! ふざけるな!」
「あなた達に事情を説明してる暇は無いんです。退いて下さい」
「なら、仕方ないな。――殺れ」
その合図で全員が一斉に単詠唱を開始する。
アイリスは懐から魔術媒体を取り出して、相手より先に魔術を発動させる。
「押し通ります!」
魔術媒体から"大きな光る鳥"が現れる。
光る鳥は両翼を広げ、眩しい光を放つと同時に胴体が膨れ上がり、その場で大爆発した。
二人を囲む魔術師達はその爆発で足場が無くなったので、咄嗟に飛行魔術を発動して別に屋根に移る。
「自爆か?」
【初級魔術】
爆発でバラバラになった屋根の残骸をアイリスが魔力で操り、屋敷と被る位置に立つリーダーらしき魔術師に対して放つ。
「そんな物で、どうしようってんだ?【大火球】」
単詠唱と共に魔術師の杖で空間に円を描くと、その円から術者の上半身が見えなくなる程に大きな火球が放たれた。
屋根の残骸は大きな火球に一瞬で呑まれて、アイリスとアルバートも避けれず呑み込まれてしまった。
「効かないぞ!」
「何ッ?」
二人を呑み込んだ大きな火球はアルバートの闘気によって掻き消され、無傷の姿を見せる。
「なんだ、その闘気の使い方は」
アイリスの前に仁王立ちするアルバートは闘気の鎧を前方に広げて、"闘気の障壁"にして攻撃を防いだ。
「行っくぞー!!! しっかり掴まれよアイリス!」
「はい」
アルバートは"翼"に闘気を纏わせて、それを力一杯高める。
すると、翼に纏った闘気が二回りほど大きくなった。
「――行かせるな!」
「へへっ、もう遅いぞ!」
魔術師達が一斉に魔術を発動したのと同じく、アルバートはその巨大な"闘気の翼"で力強く羽ばたいた。
「うっおおおお!!!」
「凄いですね! アルバート!」
たった一度の羽ばたきで、二人は幾つもの家を飛び越えて屋敷へと近づく。
それからは数多くの冒険者に襲われたが、皆揃って大した実力の持ち主では無かった。
それもそのはずで、今は町の外に魔獣の群れが現れたという非常事態である為、実力者はそっちの対処は出向いている。
現在、町に残っている冒険者はただ長年冒険者をやっているだけの古参である。
――但し、幹部の一人シルバー・リーストンを除いて。
「探す手間が省けたの」
屋敷に到着した二人は急いで中庭に向かったが、その途中でシルバーと鉢合わせてしまう。
アイリスは、なぜシルバーが中庭では無くてココに居るのかと考えてしまい胸が早鐘を打つ。
恐る恐る尋ねる。
「……兄さんは、どうなったんですか?」
「ああ、彼は――」
【竜の息吹】
アルバートが突然、攻撃を仕掛けた。
しかし、虹色に輝く炎はシルバーに触れる寸前で消えた。
何が起こったのか全く分からず、二人は思考が止まる。
「如何に"究極の御業"を扱えるようとも、所詮は飼い慣らされた蜥蜴。究極とは無縁じゃの」
「シルバー、彼らは殺すな」
「――え?」
シルバーの後ろからエドガーのそんな言葉が聞こえて、アイリスとアルバートは意識を失った。




