第三十話 『五日目』
五日目。
アイリスは魔術媒体の製作に集中し、アルバートは一階の食堂でシグレに闘気で出来る様々な技を教わっていた。
「まず初めに覚えるとしたら闘気を込めた斬撃を飛ばすとかだな。兄貴の場合だと、衝撃波を飛ばすとかだな」
「魔術の魔力波と何が違うんだ?」
「違い? えーと魔力波は衝撃波を発生させる球見たいなを創るが、俺たちは斬撃や衝撃波をそのまま飛ばすってのが違う所かな」
「うーん、そうなのかぁ。取り敢えず、見せてくれ!」
「分かって無いだろ……お前」
「早く〜!」
アルバートはシグレを急かして、実演させる。
「分かったよ」と言い、剣を抜いたシグレは闘気を剣に込めて軽く一振りした。
すると、斬撃が放たれて食堂の一番後ろにある机が真っ二つに切れた。
「おおお! カッコいいな!」
「あークソ。当たる直前で消すつもりで撃ったんだがな」
「どうやってやるんだ!」
目をキラキラさせて、早く教えろと言いたげな様子。
「闘気での技の型は全部で三つだ。その一、闘気を"込める"。そのニ、闘気を"纏う"。その三、闘気を"高める"。そして、それを"放出"するだけ」
「込める、纏う、高める、最後に放出だな。よし、やってみるぞ!」
アルバートは右手に闘気を込め、素早く突き出すと手から衝撃波が放たれた。
それは、前方の机と椅子を勢いよく倒した。
「んー、なんか地味だなぁ〜」
「いやいや、衝撃波を撃てること自体が結構凄いぞ。大体の奴は俺もだけど、自分の体に闘気を込める感覚が掴めないから武器を使って衝撃波の代わりに斬撃を飛ばしてるからな」
「でもでも、衝撃波より斬撃の方が強くないか?」
「いや、そんな事も無い。飛ばした斬撃は闘気が拡散していくから十メートルぐらいが限界だ。遠距離の攻撃手段として有効だが、片手で衝撃波を撃てれば近づきながら攻撃出来て、無駄に剣を振る事をしなくて済むし懐に入った際に渾身の一撃を振れる」
「って事は……オイラは凄いって事か!」
「ま、そういう事だな」
アルバートはえっへんと胸を張る、シグレの話は殆ど分からなかったが。
「よし、次は闘気の鎧を」
「フッフッフ。それは既に出来るんだなぁ!」
「お、ぉお。マジか……」
一切拡散のしない闘気の鎧を目の当たりにして、シグレは本気で驚く。
「どれぐらいの防御力があるか試した事はあるか?」
「防御力? オイラが闘気を使えるようになったのは数日前だぞ。そんなの分からないぞ」
「……は? 数日前でそのレベルに」
シグレはまたしても驚く、闘気を使えるようになって直ぐに拡散しない闘気の鎧を纏うに至るなんて聞いた事も無い。
そもそも、"拡散しない闘気の鎧"なんてものを見た事すら無かった。
それは謂わば、闘気を扱う者達が目指す最終到達地点。
その事に気づいてしまったシグレはどうしてもその強さの程を試したくなった。
「兄貴、試していいか? その鎧の防御力」
「おう、いいぞ! オイラはどうしたらいいんだ?」
「全力で身を守ってくれたらいい」
「分かったぞ! ぐぬぬッ絶対防御!」
アルバートが両手を前に突き出すと、闘気の鎧が広がって"闘気の球体"になった。
シグレは目を見開き、面白いと口角を上げて笑いながら本気で剣を振り下ろす。
剣が闘気の球体に触れる刹那。
「――うわああああ!!!」
「あ? ッ!」
突然、闘気の球体が破裂して周囲を衝撃波で吹き飛ばす。
シグレも壁の手前まで飛ばされた。
「なんだ急に? どうした?」
「それはコッチのセリフだァアああ!!!」
アルバートはカンカンになって、宙で地団駄を踏む。
「お前ってば、本気でオイラを殺そうとしてただろ! ちょっと目を開けて見たら、目の前に悪魔が居てビックリしたぞ!」
「あぁ、確かに。兄貴の生死は一旦忘れてたな」
「ふざけるな〜!!! この野郎!」
アルバートは勢いよくシグレに突進して、ポカポカと叩く。
「あ〜、すまんすまん。勘弁してくれ」
「許せるか〜!」
数時間後。
アルバートは腹一杯にご馳走になり、シグレの過ちを許してあげた。
しかし、その後。
宿の主人が現れて、食堂の惨状に主人の雷が落ちたのは言うまでもない。
◇◇◇
屋敷の中庭では、エドガーが公都の魔術学院に通っている一人息子の事を嬉々としてノアに話していた。
「三年になった息子がなんと"特待生"に選ばれたんだよ。普通は四年生から選ばれるんだけどね」
「それは、凄いですね」
魔術学院の中で最も優秀な生徒が選ばれる"特待生"は学生にして上級魔術師程の実力があると言われる。
まだ、三年生であるのに選ばれたというエドガーの息子が如何に魔術の才に秀でているかが分かる。
「あ、そうだ。勘違いしないで欲しいんだが。決して私の息子だから選ばれた訳ではないよ。何故なら、今の学院には他の四大貴族のご子息、ご息女も通っているんだよ」
「そうなんですか。それは、大変そうですね……」
現在、この国は四大貴族がそれぞれの領地を治めている。
そして、四つの領地が接するこの国のど真ん中に"公都"が存在している。
公都には各領地の有力貴族や王都消滅の影響で家を失った人々が暮らしている。
王都消滅の危機を一致団結して乗り越えたが、現在は誰がこの国の"新たな王"になるのかと密かに派閥争いが行われているという"噂"が広がっていた。
冒険者の街で二年間過ごしていたノアですら知っている噂だ。
公都ではそれが噂ではなく、真実として語られていても不思議では無いとノアは思う。
「大変? あぁ、派閥争いとかいう下らない噂のことか。あんなのデタラメだよ。第一、我々が一致団結したのは"亡き国王陛下"の為だからね。だから、王国では無く公国として国を建てたんだ」
「王様は変わらないって事ですか」
「当たり前だ。我々の王は"剣王ラインハルト様"の子孫で在られる"アレフレット様"以外あり得ないのだ」
「……」
エドガーの言葉に思わず息を呑む。
それほどに、断言する程に絶対的な王だったのだと思わされる。
しかし、ノアは生まれてこの方国王陛下を見た事は無い。
辺境の村で育ち、旅をしながらこの歳になったのだ。
エドガーと同等の感情を抱ける筈が無いのに、何故かノアは抑えきれない程の様々な感情が込み上げて来た。
――尊敬、憧景、責任、後悔、苦しみ、悲しみ、怒り、そして余りにも途方もない罪悪感――
それら全ての感情が頭を駆け巡り……唐突に消えた。
何事も無かったかの様に先程まで懐いていたものが綺麗さっぱり消え去ったのだ。
(俺は、何を……考えてたんだ?)
と、その時。
中庭に一人の冒険者が駆け込んで来た。
「報告します! 昨夜、監視していた対象が泊まっていた宿を吹き飛ばしました」
「ほう。では、拘束したのじゃな?」
シルバーが言う。
「いや、それが。拘束しようとしたのですがシグレに邪魔されて、後は俺に任せろと言って聞かないので今は彼に任せています」
「シグレが? 何を企んどるんじゃ、あやつ」
「まあまあ、シグレが付いているなら万が一が無いから大丈夫でしょ」
「ですが、少々気掛かりですな」
「あの! 怪我人とかは?」
ノアが冒険者に尋ねる。
「いや、怪我には居なかったな。宿が吹き飛ぶ寸前に結界が張られたから大きな被害にならなかったよ。あと、監視対象の魔術師と子竜も怪我は無かったな、子竜が闘気で守ってたから」
「それはなら、よかった……って子竜が闘気で守った!?」
「あぁ。そうだが?」
(この短期間でアルバートが闘気を覚えたのか、一体何があったんだ?)
「あ、それと。宿を吹き飛ばしたのは魔術師が自身で製作した失敗作の魔術媒体が原因で起こった事故の様な感じだったな」
「え、アイリスが原因って……」
冒険者の報告を聞いたノアは二人のことがとても心配になった。
周りに被害が出る失敗をアイリスがするなんて考えなれないと、何かどうしようも無い事情があったに違いないと見当はずれな憶測を立てるのであった……。




