第二十話 『七日間』
一日目。
「まずは、君の力について詳しく知りたいね。再生以外に何ができる?」
「再生以外なら、常人離れした筋力があることです」
「それはどれぐらい?」
「曖昧ですけど、一人前の剣士が身体強化したぐらいだと思います」
「なるほど、単純な力勝負だと負けなしって感じか」
「はい。でも、実際には力だけでの勝負になる事は稀だったから」
「あまり役に立った記憶はないと」
「はい」
エドガーは軽く笑い、ノアに気になる事を訊く。
「暴走した時の力は制御、出来ないのかい?」
「制御……。いや、黒薔薇の件で初めて暴走したので制御しようと試した事もないです」
「じゃあ、やってみよう」
「え、いや。それは危険だと」
「大丈夫だよ、この結界は壊れないから」
「なら、試してみます」
ノアは力を暴走させて制御を試みるが、そもそもどうやって暴走させるのかと動きを止める。
「どうかした?」
「暴走を任意で起こした事が無いので、そもそも暴走出来ない……です」
「あぁ〜、確かにそうか。じゃあ、そうだなぁ」
エドガーは唸り声を上げながら、何を訊こうかと悩んでいるとノアがアイリス達について尋ねる。
「彼女らの事は心配しないでいいよ、この町で自由にしてるから。まぁ、監視はしてるけどね」
「それなら、良かった」
ノアはホッと息を吐いて力を抜き、表情を緩める。
それを見てエドガーは兄妹である二人の共通点の少なさが気になり訊く。
「君たち兄妹はあまり似てないね。失礼を承知で聞くが本当に兄妹なのかい?」
「分からないです。俺とアイリスは捨て子で同じゆりかごに入ってたから、兄妹だろって事で兄妹として育てられたので」
「そういう事だったのか。それにしても、二人の捨て子を育てるとは立派な人に育てられたね」
「はい、アル爺には感謝しか無いです……本当に」
アル爺を思い浮かべて、ノアは少し悲しい顔を見せる。
そんなノアにエドガーは更に深掘りする。
「思い出したく無いかもだが、君たちの過去の話を聞かせてくれるかい?」
「……分かりました。まず最初は村の出来事から」
静かに語り始める、記憶の中にあるノアの人生を。
◆◆◆
三王暦288年。
ガルアース王国の北東に存在する辺境の村に、巨大な魔物が出現した。
その魔物は誰かを探すように手当たり次第に村人を捕まえては、クンクンと匂いを嗅ぎ違うと分かれば果物の握り潰すかのように殺して捨てる。
こんな辺境の村に魔物と戦える程の強者はおらず、逃げ惑う村人は次々に殺されて行った。
すると、魔物は村長の家の前で動きを止めて匂いを嗅ぐ。
次の瞬間、村長の家は魔物の一撃で全壊して家に隠れていた幼いアイリスが見つかる。
アイリスは当時五歳で何も出来ず、魔物に見られて身動きが取れなくなる。
対して魔物は口元に弧を描き、獲物を狩る捕食者の目をして口を広げて喰らいつく。
しかし、魔物はアイリスを食らう事は叶わず、突っ込んで来たノアの拳で吹き飛ばされた。
当時のノアはまだ十歳の子供。
その子供が巨大な魔物と激闘を繰り広げる。
腕が折れようが、爪で切り裂かれようが、叩き潰されようがノアは傷を治して立ち上がり幾度も立ち向かう。
激闘の末に巨大な魔物を討ち倒したノアに向けられた視線は英雄に向けられるものでは無く、新たな脅威や恐怖といったものであった。
この件以降、ノアとアイリスは村人から忌み嫌われて過ごす事となるが、育ての親てある村長が味方となってくれた為に何とか過ごせていけた。
しかし、三年後。
村長は魔物から負った傷が原因で死んでしまう。
味方が居なくなったノアとアイリスは村を追い出されて村や街を転々として暮らして行く。
その道中に森で黒い子竜と出会い、村長の名前を付けて仲間になった。
それから、七年の月日が流れる。
ノア達は冒険者の街カラシアに辿り着き、冒険者として活動を始める。
カラシアで二年を過ごして黒薔薇の件で旅立ち、三王暦300年の現在へと至る。
◆◆◆
「随分と苦労したみたいだね。今の事態も経験済みなのかな?」
「いや、今までは力を見られても気味悪がられるか、魔獣として殺されたそうになるの二択だったので」
「そうかい。でも、それなら噂にでもなってそうだけどね」
「確かに……言われてみれば」
ノアは記憶を思い返して見えるが、旅の途中でそう言った噂を耳にした事は無かった。
魔獣として殺そうとしてきた人々が、逃した魔獣の情報を報告しない筈が無いと思い二人は長い間考える。
「可能性があるとすれば、本物の魔獣が討伐されたってとこかな? 魔獣は姿が変わるからさ」
「そう、ですかね……」
ノアはエドガーの憶測に納得しつつ、何かが引っ掛かる。
「まぁ、コレについては調べようが無いから置いといて。子竜がこの大陸にいるのがかなり珍しいよね。稀に大陸を遮るように聳え立つ巨神山を超え、流れて来る竜族はいるけど、子竜では到底不可能だ」
「…………」
エドガーの言葉に何も返せず、口をつぐむ。
ノアも今になってあの森になぜアルバートがいたのかと疑問に思う。
アルバートと出会った場所は、ごく普通の森だった。
最初こそ、子竜がいると警戒したが周囲に親はおらず、近づくとすぐに懐いて来た記憶がある。
その為、従魔契約をせず仲間になった事を思い出したのと同時に子竜がこの大陸に居た理由についても思いつく。
「召喚魔術って可能性は、ありませんか?」
「確かに、それなら可能なのかな。シルバーはどう思う?」
「不可能ではありませんな。しかし、遥か遠く離れた場所の魔物を召喚するには膨大な魔力が必要で、更にその対象が竜族であるのならば必要な魔力量は計り知れませんな」
「仮にそうだとしたら召喚者は王級魔術師って事か、更に上の」
「いえ、それよりも生贄を使った可能性の方が遥かに高いかと」
エドガーは確かにと頷き、そのような非人道的行為を実行する者達が思い浮かぶ。
「黒薔薇……いや、悪魔教かな?」
「それともう一つ、ソヤツが召喚した可能性もありますな。生贄を使い」
シルバーはノアに蔑みを含んだ疑いの目を向ける。
「剣士の彼が生贄召喚を使えるとは流石に考え難いかな。だが、気になる事もあるんだよノア君」
「はい」
「なぜ、従魔契約を結んで無いんだい?」
「それは、アルバートには何故か従魔契約が効かないからです」
従魔契約は魔物と契約を結ぶ事で魔物を使役でき、主人は魔物に自身の魔力を渡して強化出来るようになる。
契約は双方の合意のもとに結ばれる為、契約が出来ないのはどちらかが合意してないと言う事になる。
しかし、ノアとアイリスは合意のもとに何度試してもアルバートと契約を結ぶことはできなかった。
「効かない……それは不思議だね」
「竜族の巣"竜神山"が存在するドラグーン大陸には――竜族は神代から生き続けている最古の種族であり、魔神が創り出した魔族とは別の存在である――という言い伝えを聞いた事があります。なので、竜族には魔族と契約する従魔契約が効かない可能性もあるかと」
「ドラグーン大陸の竜族は、ここフィリム大陸の巨人族と同じく神に近しい種族という事か」
「恐らくは」
「それなら、効かなくて当然か……」
エドガーはシルバーの話を聞き、効かない理由を理解する。
従魔契約は魔神が創り出した魔物や魔獣といった"魔族たち"に効くよう作られた魔術である為、人や魔物で無いものには効かないから当然だと。
そして、エドガーは次なる質問へと移る。
◇◇◇
その頃、アイリス達はギルドで夕食を済ませて、これから七日間どうするかと考えていた。
「シルバーって奴を気絶させてから、ノアを救出して逃げたらいいんじゃ無いか?」
「無理です。それに、もしそんな事したら、指名手配されて本当に終わりです」
「うーん、どうしたらいいんだー?」
アルバートは頭を抱え、アイリスは平然としている。
「そんなに焦っても仕方ないですよ。私たちに出来るのは兄さんを信じて待つ事だけです」
「でもでも、それで七日間経って信じて貰え無かったらどうするんだよ」
「勿論、その時は……。ま、大丈夫ですよ」
監視の目に警戒してアイリスが言葉を飲み込むと、それにアルバートがテーブルを叩いて怒る。
「何だよ、それー! 心配じゃ無いのかー!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
怒れるアルバートをアイリスは優しくなだめる。
「どうしたんだ兄貴。そんな、怒って」
そこに、シグレがふらっと現れてそう言う。
「お、シグレじゃないか! 聞いてくれよ、アイリスがな冷たいんだ!」
アルバートはシグレに先程のやりとりを一人二役で再現する。
「ほうほう。確かにちょっと冷たい感じだな〜」
「だろー! 僕はノアの事で頭が一杯だってのに!」
シグレはアイリスが監視を気にしての発言であると察した上でアルバート側につき、イジってくる。
それに、アイリスは少しだけイラッとして冷たい口調で問いかける。
「なんで、ここに? 見張りの仕事はどうしたんですか?」
「いいのいいの。見張りなんて、魔物が見つかったらすぐ殺せばいいだけなんだからさ」
「……兄さんの拘束期間を伸ばして頂いた事は感謝していますが、そんな軽い気持ちでは」
「あれ? なぁ、兄貴。 もしかして、俺説教されてね?」
「あー、本当だ! アイリスはすぐそうやって説教するよなぁ」
アルバートのその言葉を皮切りに、二人はわいわいと雑談を始める。
対して、アイリスは二人の相手をしてどっと疲れ、小さくため息をついた。
時間の経過と共に周囲の冒険者がシグレに向ける目線が厳しくなって行く。
本人もそろそろ限界だと感じ取り、話を終わらす。
「じゃあ、そろそろ仕事に戻るわ」
「そうか。ちゃんと働けよ! 弟ぉ!」
「はいよー」
シグレは席を離れる時に周囲に気づかれないようにアイリスに耳打ちする。
「助けがいる時は言ってくれ、俺が何とかしてやるよ」
「……」
シグレの予期せぬ行動にアイリスは固まる。
(罠か、それとも本当に助けてくれる? どっちにしろ、兄さんが危なくなったら頼るしか無いけど……。とりあえず、今のままでは私たちは何もできないから最悪を考えて出来る限りの事をするしかない)
アイリスはシグレの言葉で今の置かれている状況を再度、認識して危機感を高める。
「アルバート、宿に行きましょう」
「ん? まだ、明るいぞ?」
「私たちに残された時間は少ないんです。兄さんを助ける為に動きますよ」
「お、おう! じゃあ、早く行こう!」
アイリス達はギルドを出て、紹介された宿で宿泊手続きを済ませ部屋に入る。
部屋はこれと言って豪華な訳ではないが質素と言う感じでも無く、上品な素朴さがあり隅々まで綺麗に掃除されて二つの青いベットが置かれていた。
アイリスは早速できる事に取り掛かる。
「修行をしましょう!」
「え? 何って?」
「修行です。いや、正確には最悪を避けるための準備ですね」
「七日間しか無いんだぞ? 間に合うのか?」
「大丈夫です。アルバートも覚悟して下さいね」
「お、おう?」
これより、地獄の七日間が始まる事をアルバートはまだ知らない……。




