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-第9話―去年の話、除霊

 次の日、僕は、サークル棟の204号室を訪ねた。部屋の入口には古代思想研究会と書いてある。一瞬間違えたかと思ったが、近くにオカルト研究会なるものは、みあたらない。なるほど、オカルト研究会とは言ったが、その建前が古代思想研究会なのか。もしくは、古代思想からオカルトに変わってしまったのか。まぁ、違っていたら聞けばいいやと古いドアをたたいた。

「こんにちは~」

「はーい」

 昨日聞いた、赤田先輩の声だ。すぐにドアが開き赤田先輩がでてきてくれた。

「お、きたね、小林君」

「はい」

「ささ、入って」

 入口に靴が何足かあり、僕も靴を脱いであがると中に3人いた。一人は、赤田先輩、もう二人、男性がいる。畳の部屋だった。思いのほか広く16畳ほどはあるだろうか。ブラウン管のテレビに、コタツ、本棚、ニンテンドー64とプレイステーション、ゲームカセット、CDが見えた。奥の方には実家の仏壇と同じくらいの大きさの小さな祭壇らしきものがある。

「紹介するね、部長で3年の西村先輩と、同じく3年で副部長の徳留先輩」

「部長の西村です。よろしくね。話は、小林さんから聞いてるよ」

 部長は、大きな丸眼鏡をかけていてどちらかというと、色白のインテリ系に見えたが足元は裸足で、その足は、裸足でいることにいつも慣れているかのように親指が離れ、しっかりとした存在感を持っていた。古い畳敷きの部屋と相まって、昭和時代の使命に燃えたインテリ学生、見たことはないけどそんな風に見えた。

「副部長の徳留です。赤田さんに、無理に誘われなかった?」

「・・・いえ」

 副部長は、短髪で、太くはないが、厚みのあるからだをしていた。眉毛がこく、目がまん丸でいわゆる縄文系の顔だ。

「部長じゃないんで、無理には誘わないですって」

 赤田先輩がそういった。

「そうか」

「はは、まぁ、無理に入部してもらうことはないので安心してね。人数が少なくて存続危機だし、素養があるみたいだから、入ってくれると嬉しいけど・・・とりあえず今日は、オカルト研究会の説明は、抜きにしてまず、話に聞いている君の除霊をしよう」

 そう西村部長から言われると、入らなきゃいけない気がする。

「はい、よろしくお願いします」

「あ、手順だけど、除霊は、赤田さんにやってもって、そのあとのケアを徳留君にやってもらうから。この二人が揃ったら、完璧だから安心してね」

「はい」

 西村部長は、取り出しっぱなしのゲーム機をみて

「じゃぁ、ちょっと準備をするから10分位まってて、えーと、座布団は・・」

 と言いかけたところで、赤田先輩が部屋の奥にある小さな祭壇を見て

「あ、部長、小林君に、何か買ってきてもらった方がよかったですね、昨日言っておけばよかった」

「あー、そうだね、小林君、悪いけどワンカップで構わないから焼酎とあと500ミリリットルのミネラルウォーターを買ってきてもらっていい?祭壇にお供えするから」

 といわれた僕は、バッグの中から焼酎を出して

「あ、焼酎ならもってきています。ミネラルウォーターはすぐ買ってきますね」

 といった。

 実は、何も持っていかなくていいのか、ちょっと悩んでいた。僕には、いわゆる除霊の経験がある。はっきりと覚えているのは高校1年生の時の1回だけであるが、小さい頃は結構頻繁にやってもらっていたらしい。そして、高校の時の記憶だと、母が一升瓶の焼酎と祈祷料を持って行っていた。そこは、どこどこ(そこの地区名)のかんさぁ(神様)、といった、昔なら地域に一人はいた祈祷師さんだった。大学の研究会だし、持っていくのはおかしいかな・・・でも・・・と考えて、結論は焼酎をもっていくことにした。焼酎なら、飲まないサークルはそうそうないはずだからだ。一応、そんなにしっかりする感じじゃなかったときのために、バッグにすっぽり収まり隠せる五合瓶にした。

「お、すごいね~」

「でしょ」

 部長の声に、赤田先輩が答えた。

「うーん、ミネラルウォーターはいらないかな?」

「あ、いえすぐ買ってきます、自販機すぐそばにありましたし」

 僕は、学食横の自動販売機までミネラルウォーターを買いにいった。

 部室にもどると、ゲーム機や、漫画、本が綺麗に片付けられていた。

 赤田先輩は部屋の片隅のケースから御幣というらしい、2本のジグザグに折りたたまれた紙がついている竹と、金剛鈴というらしい鈴、他にもいくつかの道具をとりだしていた。

「ごめんね、やっぱり除霊をする小林君から焼酎なり水なりをもらった方がよくってね」

 そういって、部長が、僕から受け取った焼酎とミネラルウォーターを、それぞれ祭壇にあげていた。


「じゃぁ、まずは赤田さんお願いね」

「はい」

 部長と、副部長が、部屋の入口側の壁の横に正座をする。気づくと、部屋の4隅には、塩が盛られていた。

「小林君はここに座って」

 と、言われ、赤田先輩の後ろの座布団に座る。

 赤田先輩は、祭壇を向き柏手を2度うった。とても高いきれいな音が部屋に響く。

 向きなおった赤田先輩から

「小林君、フルネームと、生年月日、生まれた場所を教えて」

 と聞かれた。

「小林礼二、生年月日は3月13日、生まれは鹿児島県〇〇です。あ、でも生まれた病院は〇〇市です」

 この質問は、こういったものだけでなく、占いなどでもよく聞かれるものだ。後日、西村部長に聞いたら、「少なくとも生年月日と名前がないと特定できないでしょ?同姓同名で誕生日が同じ人もいるから、場所までわかると完璧、それは、この世の理と変わらないよ」と言われた。なるほど。目の前にいる僕の特定ではなく、この世に生まれた僕の特定なのだ。

「えーと、幽霊、小林君はわかってると思うけど。確認するね。一人は、老婆だね、すごく悲しそうな顔をしてる」

「はい、そうです」

「あと一人は、熊のお人形を抱いた小さな女の子」

「はい、寝てると、よく足元にたたれます。何をしているのと聞いても答えてくれなくて」

 矛盾しているように聞こえるかもしれないが、眠ったあと金縛りにあっているときは、自分の霊体が、体とずれて動き、霊体の方の目で、そういった憑いている霊を起きているときよりもかなり鮮明に直視することができた。その時の自分は非常に苦しく感じるが、霊と会話をすることもでき、場合によっては、そこで除霊、つまり出て行ってもらうこともできたりした。だが、その代わり、どうやら相手の霊が自分にちょっかいをだしてこないと、そうならないようで、そうしてきたのは3体のうち、女の子だけだった。

「この子は・・・」

 そう言った、赤田先輩の目が少し悲しそうに見えたのは気のせいだったか。

「・・・この子は・・・自分のことに気づいてくれる優しそうな小林君についてきちゃったんだね。おばあさんの霊は、女の子の血縁者、多分祖母で、一緒についてきたんだ。同じ頃に憑かれてるでしょ」

「そうだと思います」

「あともう一体は、・・・うん、もう悪霊といっちゃっていいかな。かなり古いドクロの幽霊」

「はい。具体的に何をされているのかは、わかりませんが、気が付いたら入学してすぐのころからずっとついてまわっています」

「一体とは言ったけど、この悪霊、いくつかのかなり古い霊が集合しちゃったものだね・・・、大昔に海で亡くなった人達・・・小林君と縁があるわけじゃなさそうだけど、霊感があって、取り憑けそうな、小林君にとりつちゃったのか・・・。あわよくば引きずりこんで取り殺す・・・そんな、霊・・・だね。いや~、結構な霊媒体質だわ・・・小林君」

「そうなんですか・・・」

「そう、自分でもわかってるでしょ?」

「まぁ、多少は実感があります・・・」

「だよね、うん、よーし、だいたいわかった。じゃぁ、後ろを向いて」

 赤田先輩さんは、まずお経を唱えた。お経や、祝詞に僕は詳しくなかったからそのときはお経だということぐらいしかわからなかったが、始めに読んだお経は般若心経だということだった。そうして、鈴をならしながらいくつかのお経を読み、次は祝詞を上げた。祝詞も後で聞いたところ最初に奏上したのが祓詞。祝詞といったらまず祓詞か大祓詞というものだという。仏教と、神道で変に思えるかもしれないが、以前、除霊をしてもらったときもそんな感じだったから、疑問は封じた。

 おばあさんと、女の子は、お経の最中、赤田先輩の方を向き、何かをいい、そして聞き入っているようだった。ただ、僕には赤田先輩はお経を読んでいる姿しかみえなかった。そして読経が終わったあとに、鳴らし続ける鈴の音の中で消えていった。ドクロの幽霊は、前二人の霊と違って、怒って暴れているようだったが、祝詞の最中に薄くなり、御幣で僕の背中をはたいたあとに完全に消えた。そのあと、赤田先輩が祭壇の方を向いて小さな声で何事かをいいながら手をあわせたあと、向き直り

「よし、除霊は終わり!小林君ならもうわかるかな?」

 といった。あんなに、ずっとついていた幽霊がもういない。少し不思議な感じがした。

「あ、はい、ありがとうございます」

「疲れたよね。あとは、徳留先輩にお願いするから」

 そう言って、徳留先輩と場所を変わった。

「よし、じゃぁ、気をいれて、元気にするよ。背筋を伸ばしてもらっていいかな?」

 そういって、僕の姿勢を調整し、正したあと手のひらを空中で動かし、自分の背中に気を送る仕草をした。仕草をした、というのは、僕には気というものが霊ほどはっきりわからないからだった。でも、たしかに背中から暖かくなり、ところどころ穴の開いた体が、しっかりと内側から何かでみたされていくようなそんな気がした。

「はい、大丈夫、終了」

 と徳留先輩が言った。10分かからないくらいだっただろうか。自分が体を向き直すと

「我がオカルト研究会だからこそできる霊能力と気のハイブリッド治療、すごいでしょ?」

 と、満面の笑みをして西村部長が言った。

「はい、ありがとうございました」

 体に心地よさが広がり、頭の中の霧が晴れたように感じた。同時に体の奥から強い眠気を感じる。赤田先輩が、西村部長に

「結構な大捕り物だったから、今日は、一旦このまま帰ってもらいましょうか?」

 といった。

「そうだね、また、具体的な話は、よかったら後日にしよう」

 そう言ってくれた。正直、自分も今は、帰って、すぐに布団に入りたかった。

「すごく眠くなるはずだから、今日は、このまま帰ってもらって、またよかったら、明後日にでも来て感想をきかせてよ。明日は、確かバイトのシフト表に入ってたよね」

 笑顔の赤田先輩の目は、もう僕の魂を覗いていない。初めて、赤田先輩の顔を見た気がした。

「はい、明後日にまたくるようにします」


 結局活動内容や入部の件については、話すこともなくその日は帰った。帰り際、自分が買ってきたものとは、別の水とワンカップの焼酎をもらった。アパートに帰り着くと、お風呂にも入らず、久しぶりに、夢も見ず、深く深く眠った。次の日は、アルバイトに行ったが、赤田先輩はシフトではなかったので話をすることはできなかった。

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