―第8話―去年の話、オカルトサークルの先輩
僕は、古代思想研究会、というサークルに入っている。実質は、オカルトや、心霊、気功、宇宙人などを研究するまさにあやしいサークルなのだが、オカルト研究会とするにはその許可がおりないと思われるのか古代思想研究会となっている。入ったのは、今から約10カ月程前の大学一年生の時だった。
わずか4カ月で、仮面浪人したことなど、とっくに忘れ去っていた7月、立て続けに憑いた3体の幽霊を祓う気力もなく、さして、悪い影響もないやと考えて、ただ、だらだらすごしていた。そんな中、大学に入ってから、初めてできた友達である、同じ人文学科の伊集院君と学食でお昼ご飯を食べていたら、伊集院君が
「車の免許をとったから、そろそろ車を買おうかと思うんだ。バイトでもう少しお金をためようとは思ってるけど・・・親も少し支援してくれるっていってくれてるから。もちろん中古車だけど」
と言った。伊集院君はクールな眼鏡をかけた、長身のいわゆる細マッチョ系のイケメンで、寡黙そうに見えるが、とてもおしゃべり好きな東京出身のナイスガイだった。父親が、鹿児島出身で、それもあって、この大学に入ったらしい。
「そうなんだ、自分はまずは、免許とらないとなぁ」
「早くとったほうがいいよ、どうせ、絶対とらなきゃいけないんだし。自分が車買ったら、旅行とかいかない?九州1周とか、運転交代でいくとかさ。まだ九州にきてから鹿児島以外の県にいったことないし、鹿児島も広いから行ったことない場所ばっかりだから案内してよ」
と言ってくれた。
「地元だから逆に、観光地的なところにはあまり行ったことないけど・・・んー、そうだね、じゃぁ、ちょっと自動車学校をどこにするか考えてみる」
そう言って、帰って自動車学校をインターネットで調べてめどを立てて、寝た次の日、朝起きたら、なぜか、免許よりもアルバイトをしなければいけないような気がして、アルバイトを探すことにした。父親からは、ありがたいことに、「運転免許は早くとった方がいい、取るときは、お金はだしてやるから連絡しろ」といわれていたから、自動車学校代を、自分で出そうとしてアルバイトをしなければと思ったわけではなかった。ただ、なぜか、伊集院君のバイトという言葉が頭にこびりつき、離れなかった。それは、もしかしたら、自分の状況がこのままではいけないという焦りからだったのかもしれない。コンビニで、アルバイトの雑誌を買い、探した。特にどんなアルバイトがしたいとか、そういう希望はなかったが、なぜか目に入った、「きんまさき」、という名前の居酒屋の募集にひきつけられて、そこの面接を受けることにした。居酒屋きんまさきは数店舗展開している少し大き目の居酒屋で、大学生のアルバイトが多かったらしく、面接は、「2年は少なくとも続けられます」、と言ったことが、功をそうしたのか、帰宅したら、すぐ採用の連絡がきた。
「いつからこれますか?」
「明日からでも大丈夫です」
「では、明日夕方5時にきてもらってもいいですか?」
「わかりました」
そうして、次の日、夕方5時に出勤して、仕事内容の説明を一通りきき、ホールに注文を取りに行く先輩の、後をついてそれを覚えて回ったり、お皿洗いをしたりして、とにかく自分の中では目まぐるしい5時間が終わった。早上がりの10時に退勤するときにそこで働いていた同じ大学の先輩、2年生の赤田さんが話しかけてくれた。赤田先輩はなんというか、言葉の一つ一つがはっきりと聞き取れる声に力のある人だった。すっきりとした色白の顔に切れ長で力を感じる目元、セミロングの髪を後ろでポニーテールにしていた。
「今日はお疲れ様!バイトは初めて?」
「はいそうです」
「そっか、じゃぁ、大部疲れたでしょ」
「はい、全然うまく動けませんでした」
「それはしょうがないよ、みんな最初はそうだもん」
当たり前の会話をしている中、僕の方を向いた赤田先輩の目が、僕をのぞき込んでいるように感じた。
「ところでさ、小林君ってさ、見える人でしょ」
「え?」
「いや、見えない?幽霊」
「んと・・・そうですね、見えたりします」
「サークル入ってる?」
「いえ入ってません」
「よし、じゃぁ入ろうよ。オカルト研究会だよ」
「いや、自分そういうのには・・・」
「入ってくれたら、あなたに憑いちゃってる2体?いや3体かな?幽霊、祓ってあげるよ」
「え?わかるんですか?」
「そう、わかるの」
「じゃぁ、話だけ・・・」
「じゃぁ、明日の夕方5時、サークル棟の204号室、大丈夫?」
「大丈夫です」
僕は、押しに弱いし、即決してしまう。多分、悪い癖だ。しかし、この会話を他の人に聞かれなかったのは、助かった。まぁ、他の人がいないところを赤田先輩がみはからってくれたのではあるだろうが。
人生初のアルバイトを終えて、帰った僕は、今日メモをとったことをまとめてから寝た。夢の中に、誰かが出てきたが、朝起きたらそれを忘れていた。どうして、間違いなく体験したはずの夢の世界はすーっと記憶から消え去ってしまうのだろうか?それは、実体験は実は脳だけではなく、体も記憶しているからなのだろうか?でも、覚えている夢もある。それなら、覚えていない夢の世界なんて、ないのと同じなのだろうか。でも、忘れているけど、ちゃんと経験をしたはずだ。そんなことを考えていたら、もしかしたら、前世も同じように忘れているだけなのかもしれない、とそう思った。