―第7話―相原さんの家と、クロちゃんの心残り
実家に帰り、母の出してくれた食事を食べる。文字通り、18歳まで僕の体を作ってくれた食事だ。たくさん、あれもこれもと出してくれるのは、ちょっと困るけれども、ここのところいろいろ考えさせられたこともあって、ただただおいしくて、ただただ感謝した。でも、まだなんか照れくさくて、母に伝えられた言葉はただ「おいしかった」だけだった。
次の日の朝、父方の祖父母の墓参りにいき、昼から母方のご先祖様の墓参りにいった。母方の祖父母は、まだ元気だった。元気でいてくれることは、本当にありがたいことだ。恥ずかしながらおととしまで、母方の方のお墓はどういう人が入っているのかも全然わかっていなかったが、去年、除霊をしたことをきっかけとして、知らなければいけないと思って母親に聞いて覚えた。ご先祖様の誰が欠けても僕は僕ではなくなるのだ。僕たちはもうちょっとそれを意識していいのではないかと思う。先輩の受け売りではあったが・・・。お墓をきれいにすることは、自身をきれいにすることでもあると、今では思っている。いつもは、僕はできないから、帰ってきたときぐらいは、ちゃんとやる。
そして、5月5日相原さんの実家に向かうためにかなり余裕をもって家を出た。車の運転にはなれていなかったとはいえ、父親に送り迎えを頼むのは、それはいくら根暗の僕だってカッコ悪いと思ってしまう。昨日、母方の方のお墓参りをするときに、自分に運転させてもらったから多少自信はある。隣に座った父親から、大部指導されたが・・・。実家の車は、マニュアル車だったからエンストをしないように細心の注意をして、向かった。地図で確認してシミュレートしたし、去年買い換えた新車でカーナビがついていたから迷いはしないはずだ。自宅近くまで、エンストをせずにスムーズにいくことができたが、やはり随分早くついてしまったので、いったん相原さん宅から200メートル程手前の路肩にとめた。思ったよりものどかで、畑がたくさんあるところだった。牛が道を歩くほどではないが、トラクターが、通った後の土埃はあった。ちなみに、僕の実家の近くは、まだたまに牛が歩いていて、その牛を引くおばさんは、いつも陽気に歌を歌っていた。あの光景はいつまで見れるのだろうか、そう考えていたら、すぐに時間になって、あわてて発進しようとしてエンストした。
チャイムをおすと、奥から、はーいと相原さんのお母さんらしい人の声がして、すぐに相原さんが2階から降りてきた。クロちゃんも二階から一緒にかけおりてきたようだ。
「少し早かったかな?」
「いや、そんなことないよ、わざわざありがとう」
「あ、これ、うちの実家でなったびわなんだけど食べきれないから親がもっていきないさいって」
といってびわの入った袋を渡した。
「あ、ありがとう、あ、じゃぁ、上がって」
「お邪魔します」
向こうで話をするときとは、やっぱり調子が違う。
仏壇のある部屋にとおされる。その仏壇の下の方には、ペット用の小さな仏壇もあって、そこには、クロちゃんの写真があった。お母さんが、お茶とお菓子をもってきてくれてその写真を見ている僕に
「きれいな子でしょう。この子は、小さい頃は聡子のお姉さんがわりで、この子が亡くなっちゃって・・それがよっぽどショックだったんでしょうね。聡子から電話が来たときは、何が何だかわかりませんでしたが・・・私には、幽霊というものは、見えないんですが、おかげで、聡子が元気になりました。本当にありがとうございます」
と頭を下げてくれた。お母さんは、相原さんに比べると幾分小柄で、華奢に見えたが、目鼻立ちはそっくりだった。お父さんは、福岡に単身赴任中とのことだった。相原さんは、クロちゃんが見えるという友達から、強く両親に電話をすることを言われて、電話で連絡をした、という感じで伝えていたようだった。
「いえ、僕はただ気づいただけで・・・クロちゃんが、心配そうにしていたから両親に電話をした方がいいよと伝えただけで・・・ほんとにそれだけです」
相原さんは、本当は最初から両親に助けてもらいたかったはずだ。でもそれを拒む何かがあって、僕との話はただ、両親に電話をする。その後押しの理由になっただけだったのだと思う。
「お仏壇と、クロちゃんに線香をあげていいですか?」
「もちろんです。どうぞ、お願いします」
ご先祖の方の仏壇に線香をあげるとふっと体があたたかくなるのを感じた。クロちゃんの方に線香をあげると、クロちゃんが、僕の隣にきたのを感じて、いいところで育ったんだね、とそう心で声をかけた。そうして、目をあけると、クロちゃんが、自分の仏壇を見て不思議そうにしていた。
それから、クロちゃんの話や、相原さんの小さかったころの話、僕と相原さんの関係など、雑多な話をした。お母さんはとても話好きなようで、相原さんも僕も少し困ったような顔になることが多かったからそろそろ帰ろうかな、と思っていたら、クロちゃんが、前足で僕の膝をたたき、ついてこい、という風にくるりと後ろを向いた。
「あ、クロちゃん・・・」
そう言って、思わず、お母さんと、相原さんの目を気にせずに、クロちゃんを目で追いかける。そうするとクロちゃんは、縁側から庭に飛びだした。
「ちょっと庭の方をみてみてもいいですか?」
「ええ、かまいませんが・・・クロがそっちにいったんですか?」
「はい」
縁側から庭をのぞくと、クロちゃんが、家の下の通風孔の前でとまって僕を見上げている。
「ちょっと、外からまわってきますね」
玄関から回ってくると、クロちゃんは同じ場所にいて、通風孔の左奥を見ている。
相原さんも、庭に降りてきて
「どうしたの?」
と聞いた。
「いや、クロちゃんがさ、この通風孔の奥を見ていて・・・」
通風孔は、格子状の蓋でふさがれていた。
「え、そうなの?」
「うん」
「懐中電灯もってこようか」
「うん、そうだね」
相原さんがもってきた懐中電灯で、左の方を照らしてみると、小さな黄色い人形のようなものが見えた。
「あっ」
相原さんが、声を上げる。
「あれ、昔無くしたひよこのお人形・・・・なんで、こんなところに・・・」
通風孔の蓋は、ドライバーで開けることができるようになっていて、あけて取り出した。
ほこりだらけだったが、はらうと、よくできたひよこのお人形だった。
「このひよこのお人形ね、お母さんが作ってくれて、小さかった私はこれが大好きで、よくお人形遊びをしてたんだ。でも、そのお人形でクロちゃんにずっとちょっかいをかけてたことがあったみたいで、そしたらクロちゃん、お人形をくわえてどっかもっていっちゃんだ。私は、大泣きしたみたいなんだけど、クロちゃんは知らない顔で・・・・こんなところにあったんだ・・・」
通風孔は、もとは蓋がなかったのだけれど、ちょうどそのころ外壁塗装をしたときに一緒に蓋をとりつけたということだった。お母さんは、「本当にこんなことがあるのね」とびっくりしていた。
そうか、クロちゃん、クロちゃんにも心残りがあったんだね・・・そう、心でつぶやくと、クロちゃんは、素知らぬ顔で仏壇の前に行き丸くなった。
僕は、帰りがけに丁寧に包装されたお菓子をもらい、お礼をいったあとに、相原さんの自宅をあとにした。
ゴールデンウィーク明け、初めて相原さんとあったとき、その足元には、もうクロちゃんはいなかった。