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―第3話―相原さんと2度目の喫茶店

 [お疲れ様!この前はありがとう。水もなんか、よかったみたいです。食料もありがとう。母が、おとといまで来てくれていて大分元気になりました。それで、またいろいろ教えてほしいんだけど、大丈夫な日とかあります?]

 先日から6日後にきたメールだった。相原さんは、あの日からの講義を欠席していたようだったし、あの日帰った夜に来た最初のメールが、[今日はありがとう。変な話をしてごめんなさい。水や食べ物もありがとう。母親には電話しました。]と、来た以来で、本当に心配していたからすごくほっとした。こちらから連絡してみなきゃと思い、送るメールの文面を下書きしていながら送信できていなかった自分を恥じた。母親には連絡できたとのことだったし危なかったらクロちゃんが報せてくれるかもしれないし・・・なんて思ってしまっていたからなおさらだ。

 メールに出てきた水とは、先日の帰りがけに、大学に寄り、自分の所属している古代思想研究会の部室に寄って、とってきて渡した水のことだ。なぜ僕が、その水を渡したのか。僕が所属している古代思想研究会は、名前こそ古代思想研究会となっているが、自分達ではオカルト研究会と呼んでいた。そこには、いわゆる、祈祷師のようなことをできるという先輩や、気功を使うことのできるという先輩がいて、言ってしまえば、とても怪しい研究会だ。そして、その部室には小さな祭壇もあって、そこではお祓い、除霊といったこともしているのだが、それが終わった後に持って帰ってもらうためのお清めされた水もしくは焼酎が用意されており、部員はその水を、自由に持っていっていいことになっていた。その水が相原さんにいいかどうか、そんな確信はもてなかったが、少しでも相原さんの元気になればと思い持ち出した。ちなみにそのお清めされた水は、お清めされたあとに、更に気功をできる先輩が気をいれたというもので、研究会の部長は、我が研究会だからできるハイブリッド聖水と言っていた。僕はその水と購買部で買ったクッキーや、栄養剤、ゼリー飲料などを、相原さんの住んでいるアパートまでついていき、ちょっと強引に渡した。

 渡すときに、「この水はお清めされた水で、体にいいから寝る前と、起きた後に飲んでみて、あと、この中で食べられるものだけでいいからちゃんと栄養をとってね、肉魚が食べられなくなったことだけでも必ずすぐに親に連絡をしてね、何か困ったら僕に連絡してくれても構わないからね」と、続けざまに多分そのようなことを言った気がする。気がするというのは、その日一日が、僕の中でうつろになっていたからだ。あの日、喫茶店で、タイムアップと自分の限界を感じた僕は、あとは自分の感情に突き動かされて動くしかなかった。

 その日の僕の対応は、どうだったのだろうか?大人だったらどうしたんだろう、とそう思っていた。

 [いえいえ、少しでも元気になる役にたったのであれば。お母さんが来てくれていたということで安心したよ。明日なら大丈夫ですよ。]

 そう返事した。しかし、僕の送ったメールも、相原さんから来たメールも文体が変だ。

 結局また前回と同じ講義の終わりに喫茶店で話をすることにした。

 当日、教室に教授が入ってきて、講義の準備でプリントを配っている中、僕の足をクロちゃんが踏んづけた。ぎりぎりの時間に滑り込んだらしい相原さんは、僕の右後ろの席に座った。

 講義が終わり、「この前は本当にごめんね」と相原さんが声をかけてきた。相原さんの顔を見た僕は、確かに前回より目に色があるように見えて

「この前より大分元気になったように見えるね、ご飯はどう?食べられるようになった?」

 と聞いた。

「うん、おかげでだいぶ食べられるようになった。肉、魚、生野菜はまだちょっと避けてるけど、ご飯とみそ汁、パンと野菜スープとか、豆腐とかは普通に食べられるようになったし。クッキーとか加工品に入っていれば卵も大丈夫みたい。あとはゼリー飲料とかで補ってる」

「そっか、よかった、えーと、じゃぁ・・・」

 明るさの戻った相原さんの声を聴いて、快方に向かっている状態で、僕と話しをして悪くなったりしないだろうか?そう思った。

 メールにいろいろ聞きたいとあったから、多分、僕に聞くのは、前回のようにオカルト的な話になるだろうし、このまま日常に戻れるんだったら、そんなオカルト話はすっかりわすれた方がいいような気がする。悪くならないように、そしてちゃんと疑問に答えられるように、そうしなければいけないと思った。

「どうしよう、喫茶店は前回と別の場所にしようか?」

 前回、大部暗い話になってしまったから、場所を変えた方がいいかと思い聞いた。

「ううん、同じ喫茶店がいい」

 そういえば、前回は、ホットミルクを注文していたから、今回もそうなのかなと、思い相原さんの希望どおり、同じ喫茶店に向かうことにした。

 歩きながら、あの日の翌日にはお母さんが、来てくれたこと。実家には帰らなかったこと。来てくれた2,3日目に食べ物がおいしく感じられるようになったこと。一昨日お母さんに帰ってもらったこと。先週の講義は休み、昨日の午後から講義に出たことを聞いた。クロちゃんのことを聞かれたので、さっき足を踏まれたよと言ったら、笑いながら実家にいたころは、よくクロちゃんが布団の上にジャンプしてきて朝起こされことを話してくれた。この思い出話なら、クロちゃんのよい供養になりそうだ。そう思っていたら、今度はクロちゃんに尻尾でたたかれた。

 今日も僕はブレンドコーヒーを注文した。相原さんは、今度は、紅茶のアールグレイを頼んでいた。ホットミルクが理由ではなかったようだ。後で、相原さんが、この喫茶店いいねといっていたから、この雰囲気と、そしておそらく前回の店員さんの気遣いとでここを気に入ったのだろう。

「この前の水おいしかった。特に朝飲んだとき。なんであんなに違うの?」

「先日の水は、ただの水ではあるんだけど・・・、お清めをした水に気をいれた・・・というものなんだ」

「気?」

「うん、また、オカルト的な話になっちゃうけど大丈夫?」

「うん、もちろん」

「うんと、まず清浄な水は、それ自体が清める力、元気にする力をもってるんだ。そして、川の流れとかで想像してもらうと少しわかりやすいかと思うんだけど、水は流れるっていうことが凄く重要で、流れるだけで、正常な状態を保つのに役に立つんだ。飲んだ水は、まさに体中をすごく、長い距離を流れてくれるものだから。だから、夜飲んだ水で、体の中をきれいにして、流れがよくなって、そしたら、体がまた水を欲しがるから朝飲んだ水がおいしい、ってことなんだけど・・・ここまではいいかな?」

「うん、なんか普通に、寝る前に水分をとることと、起きたあとに水分を補充するのは体にいいことだよね、ってそう聞こえるんだけどそういうことかな?」

「うん、まぁ、そう。そして、あの水は、自分が所属しているオカルト研究会で、いわゆる除霊ができる先輩が、祓い清めて、気功をできる先輩が気をいれたってものなんだ。自由に持って行っていいから持ち出したんだけど・・・ちょっとオカルトすぎるよね」

「ううん、水でとてもよくなった実感があるから・・・・なんかそういうものもあるんだと思う、いつかその人たちにもお礼をいいにいかなきゃ」

「そういうのを気にしない人達だから、気にしなくていいと思うけど・・・、今度研究会に言ったときに水が役にたったってお礼を言ってくれた人がいたことを、伝えておくね」

「うん、ありがとう」

「続けると相原さんは悪霊にとりつかれているわけじゃなかったけど、いわゆる気と言われるものがよどんで弱ってるように感じたから、その体の中の気をうまく流して、正常にすることの役にあの水が少しでも効果があるんじゃないかなと思って渡したんだ」

「そうだったんだ・・」

 実際は、冷静にそう思って渡したわけではなかったが、今、言うならばこんなところだった。こうすらすらとそんな言葉が出てくる僕には、ちょっと詐欺師の才能があるかもしれない。

「気というのは、幽霊とかとはまた違うものなの?」

「そうだね、先日言った記憶、というのは、この世、もしくはあの世にいる魂が、頭の中に投影させているもの、いわば魂との通信という言い方が近いみたいで、青とか白とかの魂は、あの世からきてそしてあの世にわたる前の、まだこの世界にいるものっていう感じなんだよね」

「うん」

「そして気は、そのあの世とこの世を行き来する魂とは違って、この世の万物の本性であって、その一作用として、魂と、物質をつなぐものでもあるらしいんだ。らしいっていうのは、この気の部分については、僕もあまり実感強くなくて、これは、その先輩からの受け売りで勉強している最中なんだけどね」

「そっか、なんかよくわかんないけどわかった・・・味が、なんかちょっと緑茶というかそんなかんじのふわっとした甘味を感じたのはなんでなの?」

「それは、物理的な味覚とは違うんだけど、気が入ったものを飲むことによって味として感じたんだろうね。気ではないけど、亡くなった魂が、近くに来てくれた時に線香のにおいを感じるのと似ているかな?魂が感じとっているんだけど、それを肉体が感じているように錯覚しているんだ。相原さん、緑茶が好きなんじゃない?」

「うん、実家で飲む、温かいお茶が大好きなんだ。なぜか、自分でいれるお茶はおいしくないんだけど・・・そうなんだ、ほんとにありがとう」

 相原さんが元気になるイメージをして僕も水と祭壇に手をあわせてから持ち出したことは言わなかった。実家で飲むお茶がおいしいということは、お茶を淹れてくれる人が相原さんを大事にしている証拠だ。

「いや・・・・まぁ、相原さんは悪霊に憑かれているわけではなかったけど、気がよどんで元気がなくなるといった点で、僕も似たような感じで大変だったことがあるし・・・」

「そうなの?」

「うん、っていうか、ほら高校の時、宿泊学習で、心霊話したでしょ?覚えて・・・るよね?」

 じゃないと自分に霊の話はしていないはずだ。

「覚えてる」

「あれって、ほとんどは僕のそういった苦労話だよ?」

「あ・・・・」

「まぁ、去年も大分苦しんだんだけどね」

「去年も?」

「うん、でもちょっと怖い話だからせっかく元気になってる途中だから話さない方がいいかも」

「・・・うん、わかった。もっと元気になったら聞いてもいいの?」

「いいよ、こんな話して変に思われない人は貴重だし、自分もそういう話はしたかったりするから」

「いや、変に思ってないわけではないけど・・・」

 少しだけ近づいた世界は、また正常に離れていくのが定めのようだ。

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