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―第26話―いくつもあった物語

「えっと、少年の霊を真美さんから移すだけなら、多分そんなに難しくないんだけど、ちょっと真美さん自身が憑かれやすくなっているところもあるから、一応順を追ってやるね。この紙に生年月日と住所と名前を書いてもらっていいかな」


 紙を書いている妹さんの後ろの少年霊を見る近藤さんは、ぼそっと「・・・なるほどだから施餓鬼供養にひっかからなかったんだね・・・」と言った。


 そこからの手順は、自分が、赤田先輩にやってもらったのとほぼ同じ手順だった。赤田先輩の兄弟子ということだから、同じような流儀なのだろう。ただ、今回は、聞いたことのないお経をあげ、特に神道系の祝詞はなかったようだった。そして、今までの経験とは異なり、少年霊は、近藤さんの後ろに移った。つまり、妹さんから近藤さんに取り憑き先が変わったのだ。


 祭壇に礼をした近藤さんが、話を始める。


「はい、これで大丈夫。真美さんからは少年霊はいなくなったからね。一応見える小林君がいるから、話しておくと、まだ少年霊は成仏していないんだけど、僕に一旦移ってもらっている。あとで、ちょっとした手順を踏んでから成仏してもらおうってところ。多分明日には成仏できるかな」


 心無しか近藤さんの目の奥に少し悲しみを感じる。


「ありがとうございます。本当に背中が軽くなりました。でも、近藤さんは大丈夫なんですか?」


 妹さんが聞く。


「あ、それはもちろん。ちょっと、食べ物関係で成仏できていなかった霊だから、あとでたらふく食べさせて、成仏させてあげようかなと。それだけだから。あと真美さんもちゃんと食べてね。それが供養につながるから」


「えと・・・それはどういう・・・どういった霊だったんですか?」


「んー、そうだね、普段はあまり霊の詳細は伝えないんだけど、今回はお互いのために知っておいたほうがいいかな。物語と思って、あまり情を持たないようにして聞いてね」


「はい」


「この子とその家族は、大昔一家全員餓死したんだ」


「餓死・・・」


「両親と、幼い妹、父方の祖父母がいて。妹は6歳くらいかな。飢饉で食べ物がないときだったんだね。最後は雑草とか、虫とかを食べていたんだけど、限界でまず祖父母が食事を拒否して亡くなり、そして次に子供にばかり食べさせていた両親が亡くなった。それからも、この子は妹に食べさせるために、駆けずっていたんだけど、ある時、遠出をして山でぎりぎり残っていたむかごとか蛇をとって帰ってきたら、もう妹さんも亡くなっていてね。みんなろくに食べていなかったんだけど、結局一番体力のあるお兄ちゃんが最後に残っちゃった。でも妹が亡くなったのを見て、妹を祖父母と両親の埋められた場所に埋めて、そしてお兄ちゃんも・・・亡くなった。まぁ、そんな物語は、今の世界ですら珍しくないものなんだけど、やっぱり・・・・ね」


 3人とも声を出せない。


「でも、この子の両親も祖父母も妹もとっくに成仏している。だけど、この子だけは、執着が強すぎて成仏できなかったんだな」


「執着ですか」

 妹さんが、聞く。


「そう。亡くなった霊がこの世に残る理由は、執着であることがほとんど。そしてこの子の執着は、妹にご飯を食べさせたいという執着だったんだね。真美さん、憑かれる前にダイエットしていたかな?」


「・・・はい、受験勉強で太りそうだったので小食にしてみたら、なぜか頭がさえて癖になって、全然食べないようになってしまいました」


 あとで、聞いたところ、ファミレスには友達と行くついでにこの機会にちゃんと食べようと思って行ったのだけれど食欲が戻らなくてほとんど手を付けられなかったらしい。


「それで、こっくりさんで引き寄せられたこの子が、ご飯をあまり食べられなくなっていた真美さんに憑いたんだね。もちろんこの子の妹さんと真美さんとは、年齢も食べられない理由も違うんだけど、何か近しいものを感じちゃったのかな」


 近藤さんが続ける。


「霊の干渉は、霊の想いが憑かれた人に影響を与えたり、同調したりいくつか形があるんだ。この子の場合、食べられない真美さんを見て、食べてほしいと思ったときに、真美さんの食欲が増えた。そして、この子自体が持つ、自分は食べなくていい、食べちゃいけないんだという想いが真美さんに同調したときには、もともと食べられていなかったのにさらに拍車をかけて食べられなくなった。その時は、お腹が空いているのに食欲を嫌悪して食べられない上に朦朧としていて、そんな複雑な感情で、大変だったと思うよ。そんな真美さんを見るこの子もね」


 そこまで話したとき、妹さんは、わっと泣き出した。取り憑かれていた人間だからわかる何かがあるのだろう。



 遠いけど、ちゃんとあった物語。僕達は、そんな過去がいくつも無数に降り積もった世界で生きている。救いのない物語は、やはり救いのない物語のままなのだろうか。


 少しだけ開いている窓から風が入ってきた。隣の部屋からくるクーラーの冷気はその風にかきけされ、夏の気だるくも心地よい空気に包まれる。


 妹さんには、この部屋で少し休んでもらうことになった。近藤さんが、祭壇の前にパーティションを置き、マットレスとござを敷いて、妹さんにブランケットを手渡した。


 遠くに聞こえるセミの声だけを残して、僕達は静かに下の喫茶店に降りた。



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