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―第25話―近藤さんの喫茶店へ

 近藤さんの自宅へ伺うのは、喫茶店が多少空くであろう2時過ぎにしようかと伊集院君と妹さんに相談して電話を掛けた。電話口の近藤さんは穏やかな口調で、


「莉菜ちゃんから聞いているよ。旅行中に大変だったね。では2時位に待っているね。今日は暇だから時間が多少前後しても大丈夫。あわてずに来てね」


 と言ってくれた。莉菜とは、赤田先輩の下の名前だ。電話を切り、2時で大丈夫なことを二人に伝える。


 妹さんが

「すみません、旅行中なのに」


 と申し訳なさそうに頭を下げた。僕は


「オカルト研究会部員の僕にとっても、近藤さんに会えるのはいい機会だと思うからぜんぜん大丈夫。場違いな渋谷とかに行って、何していいかわからなくなるよりは間違いなく性に合うから」


 と言って笑った。伊集院君は、午前中僕と出歩いて、途中で妹さんと合流しようかと言ってくれたが、自分に何かが憑いているということを明確に認識してしまった妹さんを、1人にするのもどうかと思い、3人で移動することを提案した。


 霊は、大抵生きている人間に大きな干渉をすることはできない。だけど、霊に取り憑かれていると認識してしまうと、何かにつけてそちらに思考が引っ張られてしまうから、ある意味、認識してしまうだけで厄介なのだ。そういった点で、昨日僕が妹さんにぽろっと霊の存在を伝えてしまったのは、あまりよくないことだったのかもしれない。


 では、妹さんのように霊感が強くはないが何かを感じている人にあえて「そんなの気のせいだよ」というのは、どうなのか。それはそれでよくない気もする。自分が感じている違和感を、誰にも理解してもらえないということになり、それはむしろ事態を悪化させる原因にすらなりかねないからだ。赤田先輩の昨日の「小林君がどうにかできればいいんだけどね」という言葉が頭に浮かぶ。


 妹さんの塾は、お盆期間中は、講師はいるけれど自習メインになるらしく、今日は休んで、約束の時間まで観光につきあってくれることになった。マンションを出て、僕達は中野ブローウェイに向かい、ビックリマンシールとかウルトラマンのソフビ人形とかを見て回った。大学生にとって、小学校時代の思い出はすでに懐かしく、どこかに忘れ去られていた自分を発見したような気がした。妹さんも思いのほか、興味があるようで、それは、兄妹だからなのかなと勝手に想像した。


 そのあとは吉祥寺で目に留まったタイ料理店のランチを食べた。少年の霊は、それまでは、表情なくただ妹さんの後ろを付いていっているように見えたが、妹さんがランチを食べるときは背中にぴったりと張り付いていて、その目はランチとランチを食べる妹さんをしっかりと見据えている。


 霊に対する怖さというよりは、自分が何もできないことに対する、脱力感で嫌になる。今朝から何度か、少年霊を直視し、つまりコンタクトを取ろうと試みているのだが、いずれも無視されるのだ。他人に取り憑いている霊が、乗り換えて憑いてしまうくらいの霊媒体質と赤田先輩に言われる僕なのだが、この少年霊は僕には全く興味がないみたいだ。ランチ後は、井之頭公園で時間調整を兼ねて散策した。


 近藤さんの喫茶店は、住宅街の中にあった。喫茶ホテイアオイを思いだす。コーヒーの味がわからない僕だけど、霊関係で何かするときはこういう喫茶店に縁があるようだ。そういえば、赤田先輩は、将来喫茶店を開きたいと言っていた。もしかしたら、近藤さんの影響があるのかもしれない。


「いらっしゃいませ」

 30代前半くらいの女性が明るい言葉で迎えてくれる。


「こんにちは、小林といいます。すみません近藤さんはいらっしゃいますか?」


「あ、小林君ね。聞いてますよ。外から2階に上がってもらえるかな?」


 そう言われ、建物の横の階段から、2階に登り、チャイムを押した。

「はーい、あいてるのでどうぞ~」


 奥から声がする。


 開けて3人で入ると、奥から、眼鏡をかけて黒髪の長髪を後ろで束ねた男性、近藤さんがでてきた。近藤さんの、視線が一瞬僕の瞳の奥に向いた。霊能力がある人と初めて会うときのいつものパターンだ。


「電話をした小林と言います。今日はお世話になります」


「莉菜ちゃんの後輩さんね。待ってたよ。ささ、上がって。ちょっとせまいけど」


 そう言って、入口すぐ右の部屋に通される。中には祭壇があり、その周りに少しのお供え物があった。以前行ったことがある祈祷師さんのところに比べるとお供え物はかなり少なく、祭壇もオカルト研究会のものよりは大きいものの比較的コンパクトだった。都会と田舎の土地柄の違いがあるのかもしれない。


 冬はコタツになるであろう大き目のテーブルの前に座った僕達に、近藤さんは、お茶をとお菓子を用意しながら話しかけてくれた。


「暑い中、熱いお茶でごめんね。でもこのお茶おいしくてね。鹿児島茶なんだけどね」


 鹿児島茶というのに、うれしくなった僕は


「実は、みんな鹿児島にゆかりがあるんですよ。この二人の父は鹿児島出身で、祖父母はまだ鹿児島にいますし、彼は大学生で鹿児島にきていますし」


 と言った。


「そうなんだ。自分も、莉菜ちゃんのおばあさんと叔母さんにお世話になっていたときに鹿児島に住んでいたことがあってね。食べ物おいしいよね。洗濯には注意だけど」


「それほんとそうです」


 伊集院君が言った。洗濯に注意というのは、桜島の噴火の火山灰で洗濯物が台無しになることだ。場が緩む。もしかしたら、近藤さんは話題にするためにあえて鹿児島茶をだしてくれたのかもしれない。


「ところで、莉菜ちゃんいい先輩してる?」


「はい、いつもお世話になっています。今回も、真っ先に相談してしまいました」


「そうか、慕われるのはいいことだね。またあとでそのへんの話を聞かせてね」


「はい」


「えと、君が今回の・・・」


「はい、伊集院真美といいます」


「そうか、おなかが減ったり、食べられなかったり、食べて後悔したり大変だったでしょう?」


「あ、はい」


 妹さんは、びっくりした顔をする。昨日、食欲がありすぎて、という話は聞いたが、食べられなかったり・・・というのは、特に言ってはいなかった。


「そちらは」


「真美の兄の伊集院隼人といいます」


「妹さん、ちょっと性格が変わったように見えていたと思うけど、今日ですっかりよくなって元通りになるから安心してね」


「・・・はい。お願いします」


 あとで、伊集院君に聞いたが、妹さんはここのところ、つまりこっくりさんをやってから性格が多少きつくなっていたようで、近寄りがたい感じだったらしい。だけどそれは、受験勉強のストレスかと思い放っておいたということだった。



 明らかに、近藤さんは、僕に見えない何かを見ている。それを見せているものが何なのか、いつも通り僕にはわからなかった。そういえば、僕にこっくりさんをしている妹さんの姿を見せたものは何だったのだろうか。


 だけどそれは、鎌倉で自覚したとおり神様を畏れ見ようとしない僕には、わからないことなのかもしれない。


 ・・・見れば見えるよ・・・


 そう声が聞こえた気がした。その声は、いつも聞こえていて、でも、夢のようにいつも忘れる声だった。


「さて、それでは・・・」


 そう近藤さんが、言ったところで、僕は先ほどの声を忘れた。


さっきまで考えてたこと。

すっかりわすれることありますよね。

その記憶はどこにいったんだろう?

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