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―第23話―なぜか神奈川

 8月13日、鹿児島空港から羽田行きの朝9時台の飛行機に乗る。怖がりな僕だから飛行機に乗るのもやっぱり怖い。


 一番怖いのは、離陸したあと旋回しながら上昇するときだ。重力に逆らい、無理をしているように思えた。飛行機は徐々にスピードを落とし、ついには推進力を失い、ぽとっと落ちてしまうのではないか、とそんな想像をして体が硬くなった。

 対して、着陸するときは、そんなに怖くなかった。それは、高いところから落ちる夢をよく見ていて、落ちている最中、あ、終わったな。という感覚にもう慣れてしまっていたからかもしれない。


 どうやら、僕は前に進もうとしても進まない、そういった状況により怖さを感じるようだ。


 そういえば、不思議に思っていたことがある。水の中で、なぜ人は泳げるのか。陸の上で、なぜ人は動いてあちこちに行けるのか。


 例えば、50キロの物体があったとき、どう形を変えようが、そこから別の場所へそれがすいすいと不規則に移動することなんて、僕には考えられなかった。


 そう思うこと自体が、おかしいのだとわかってはいる。物理的に考えればわかるであろうこともわかってはいる。


 でも、僕にとっては、それが特別なことに思えたのだ。だって、50キロの物体が、そこにあるだけなのだから。


 だから、多分、僕はその特別な状態でなくなることが、怖いのだ。



 飛行機に乗っている時間自体は2時間もかからなかった。空港までの時間と、空港での待機時間があるから単純には比較できないが、西鹿児島駅から、博多駅までの特急つばめでかかる4時間近くの時間に比べると、こんなに近かったんだ、というのが正直な印象だった。


 伊集院君は、羽田空港で待っていてくれた。端的にいって、伊集院君は、いい人だった。


「よっ、昼は、横浜の中華街でいい?」


「うん、まかせますわ」


 今日から16日まで3泊4日の予定だ。

 伊集院君は、今日、明日はフルで付き合うと言ってくれた。15日、16日は、母方の祖父母の実家に行ったり、友人と会ったりする約束があるらしい。その15、16日は僕が基本的に単独行動になるだろうから、その前に、多少距離がある隣の神奈川方面から案内してくれるとのことだった。


 京浜急行に乗り、まずは横浜駅へ向かう。

 伊集院君はいつもより、大部空いている、と言っていたが、僕にするとやはり人が多い。電車の中で聞く人の会話は、確かに伊集院君が話している言葉と同じようなのだけれど、なんだがとても立体感がないように感じた。


 電車の扉付近で立って話をしている線の細いおしゃれな若い男性達の言葉の話し方が、女性のそれのように聞こえた。無骨な漢よりも、さわやかなイケメンが好まれる今の時代はやっぱり都会から作られているんだなと妙に納得した。


 そして、座って携帯をいじっている若い女性達は、みんな綺麗でみんな同じような顔に見えた。それは、都会流の洗練されたメイクがなせる技なのかもしれないが、細すぎる眉はちょっと苦手だなと思った。


 もちろん、これは、僕が初めて東京に来て目に映った中でのただの第一印象でしかないことは理解している。東京は、日本全国から人が集まっているのだから、鹿児島よりもずっと多種多様な人がいるのは間違いないからだ。ただ、僕は、東京を形作る環境、波長、もっといってしまえば世界が、鹿児島とはなんだか別物であるように感じてしまっていた。それは、最近増えてきた液晶テレビの平面の中に飛び込んでしまったかのようだった。


 逆に東京から鹿児島へきた伊集院君は、鹿児島をどう感じたのだろうか?あとでお酒を飲むときにでも伊集院君に聞いてみようと思った。


 中華街で食べるランチは、思いのほか安く、そしておいしかった。麻婆豆腐が好きな僕は、その旨辛さに感動し、あまり好きでなかった杏仁豆腐がとてもおいしくて、多分好物になった。


 そのあとは、肉まんを歩きながら食べ、そして関帝廟を見た。関帝廟は、三国志の英雄の関羽を祀っているものだった。おそらく僕が三国志のゲームが好きなことを知って、連れてきてくれたのだ。その関帝廟の、赤や金、そして緑色といった、様々な明るい色が使われた装飾は、僕に守護霊のおばあさん?を見た時の、後光の色を思いださせた。ああいう色の使い方は、人が潜在的に持っている、光の世界、つまり天国の記憶がそうさせているのではないかと思った。ただ、今の僕には少しまぶしく感じた。でも、ちゃんとデジカメで伊集院君と一緒に写真に納まった。


 次は、鎌倉に行き、大仏を見た。夏の青空の中、映える仏様は、その日差しにも表情を変えることなく、ただ何も語らず、そこに鎮座していた。その像は、中の空洞を見ることもできた。中から見ると継ぎ目や、年月を経た補修のあとがはっきりとわかり、その時と人の流れに寂しさを覚えた。人間の体も同じような空洞である気がして、そして中から見る人の皮を想像して少し気が遠くなった。この仏様は、何を見、何を感じてきたのだろうか? 今とは違う時代、日本人のご先祖様によって作られ、世の移り変わりを見てきた大仏。だが、その意志は、たかだか数十年で亡くなってしまう人間には推し量ることができないのだろうと思い、その心中を想像することをやめた。


 大仏から出てきて、お手洗いに行った伊集院君を待っている間、遠目からぼんやりと大仏を見ていると帰ってきた伊集院君から

「そういえば、一反木綿のときは、神様を見たっていってたけど、こういう所に来ると、やっぱり何か見えたりするの?」

 と聞かれた。


「いや、特にそんなことないかな、僕は」


「そっか、じゃぁ、やっぱりお参りに行くのは、ある意味人間の自己満足って部分が大きいのかな」


「いや、何かが見えるってわけじゃないんだけど、僕に見えないだけで何かしらはあるみたいだよ」


「そうなの?」


「うん、多分。神様自体が見えないっていうのはそうなんだけど、もうちょっと詳しくいうと、別の世界、神様のいる場所へ通じる何かがあって、そこから光なり風なりが漏れ出ているっていうようには感じるんだよね。その何か自体は見えないんだけど」


 その何かは見えない、と言ったが、その何かを覗いてみよう、探ってみようなんて思ったことは思えば一度もなかった。そのことに、伊集院君から言われて気づいた。なぜ、その何か、その先の神様を見てみようと思わなかったのだろうか? 不思議だなと一瞬だけ思ったが、すぐに答えはでた。それは、ただ、畏れているからだ。僕は、無意識に絶対に見てはいけないと感じていた。その漏れ出た光なり風なりを感じるだけで十分だった。そう気づいたら、時代劇で、お殿様の前で平伏している家来の気持ちがわかった気がして少しおかしく思った。


「へ~」


「あくまで僕がそう感じるだけだけどね。今度、鹿児島に帰ったら、もうちょっと、そういうオカルト的なことについて詳しく話すよ。旅行とか、知らない場所、人の多い所にいくと、体調的にオカルト話がきついことがあってね。話したくないわけじゃないんだけど・・・すまん」


 僕は、旅行などで初めて行った場所、特に人が多い所に行ったときには、霊にとり憑かれることが多かった。それは、観光に注意を向ける、つまり外部に注意を向けると、外部の霊的な存在への注意にもつながることが多く、そこで、霊とつながってしまうからだった。だから、なるべくそうならないように意識していた。


「いや、自分も前回、権現山から帰ったらすごい疲れてたからそういうのがあるんだなっていうのはわかる気がするよ。まぁ鹿児島に戻ってからの楽しみってことで」


 伊集院君から、前回、僕が[オカルト話を嫌う]と、言われたことへのちょっとした罪滅ぼしもある。相原さんに話したのと同じように、帰ったら正直に話しをしよう。そう思った。だが、今日の夜、僕はある霊を見てしまいそうはいかなくなった。


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