―第22話―僕の憂鬱
「お疲れ様。一反木綿には・・・会えたみたいね」
夏休みが始まって最初のバイトの帰り、赤田先輩からそう言われた。
僕と、赤田先輩は、二人とも早番が多かったから、帰りが同じ時間になることは多かった。バイト先では、オカルト話は基本しないようにしていたけれど、たまにこうして声をかけられる。
「はい、多分会えました。あっ、でも、僕が見たのは、妖怪ではなくて神様みたいな存在でした。赤田先輩は、その事を知っていたんですか?」
「一度、高山町、権現山の近くまで行ったときに、見かけたことがあってね。白い着物を着て子供を追いかけまわしてるでしょう? 私から見ると神様にしか見えないのに、なんで追いかけているんだろうって。でも、一反木綿の伝承っていうのかな?[夕方になったら一反木綿が出るから早く帰らないといけないよって子供に話をする]っていうのを聞いたときにすごく納得できてね。ああやって子供を見守っているんだなって。直接、あの神様とはコンタクトはとらなかったけどね」
「なるほど・・・。実は、今回初めて気づきましたが、僕も小さいころ見守られていたことがあったみたいで、行けてよかったです。ただ、あの神様から見せられたのが昔のとても活気があった頃の子供達の姿で、少しだけ寂しく思っちゃいました・・・。あの神様の心が、その頃にあるんだと思うと・・・」
「そうか、大隅の方は、特に人口減少とか高齢化の進行が大きな問題になっちゃっているからね・・・。なんとか、人も神様も・・・」
そういった、赤田先輩は、その後の言葉を言わなかった。ただ、その表情は珍しく少し曇っていた。
特に予定を立てずに夏休みを迎えてしまった僕は、一反木綿探しのドライブから帰った後、バイトの他は、することがなくただ一人アパートにいた。夏休みだから講義はないし、オカルト研究会は、残念なことに、僕以外の部員が結構忙しいらしく、お盆があけるまで活動が休止ということになっていた。また、伊集院君も、もう東京の実家に帰っていて、お盆が終わるまでは向こうにいるという話だった。
あまり自分から人を遊びに誘うような人間でもないが、他の数少ない友達も、それぞれの予定があるみたいで、また、恋人もいない僕は、結論、暇だった。
高校の時は、自分で何かを選ばなくてもまず勉強というやることがいつも目の前にあった。だが、今僕は、やることを自分で探さなければならない。
そして、多分、今暇なのは実はただの勘違いであって、本当は、何かやらなければいけないのだ。
バイトのシフトがあいた丸2日、僕はアパートから一歩もでなかった。
僕は自分のことを1人が好きな人間だと思っていたが、それは、本当のところは少し違っていたみたいで、1人で部屋の中にいると、なぜかどんどん気がめいっていった。
楽しいはずのゲームをしていても、楽しくなくて、とうとうその操作が手につかなくなって、ゲーム機を置いた。
「あ~、やばいな」
不安や、焦りが僕の心を覆いつくし、そんな言葉が漏れた。この2日での、はじめての発声だ。
その発した言葉が、自分の耳に入った瞬間、何でもいいから何かやらなければいけないと思った。
「・・・自分探し・・・か」
自分探し。僕は、どこかそれが必要な人間を、弱い人間であり自分はそうではないんだと無意識に、勝手に思っていた。実際は、それこそを切実に求めていたのに。
赤田先輩が言った「夢中になれるものを探せ」という言葉がそれに重なった。
僕は、その言葉を、ずっと頭の片隅にいれて、過ごしてきたつもりだった。だけど、やっぱりどうしても、それを就きたい職業を探す、ということに置き換えてしまい、その結果、心の底からめざせるものが、見つけられず、もがいていた。
高校の時、理系科目が好きだったはずの僕は、得意だったはずのその理系科目の点数が落ちていくことに悩んでいたこともあり、親の「公務員とか安定した職業をめざすなら法律系がいいんじゃないか」という言葉を言い訳にして、文系に進んだ。
ただ、大学に入ると、文系と理系では、選べる職種というのが、やはり分かれていて、公務員的な仕事や営業職といった文系から就職しやすい職種が、どうしても自分の将来像として、マッチしなかった。
そして、隣の畑は青いだけなのかもしれないが、いまさらになって、もしかしたら自分がやりたいことは、理系の研究職とかそういったところにあるようにも思えてしまっていた。
だけど、じゃぁ、そこに向かって、ハンデを覆せるほどの、熱意を持って取り組むことができるかというとそうではなかった。
結局のところ、僕にとって、就職する、社会に出る、ということは、言ってしまえば「嫌なこと」であり、そう思うその状況から抜け出せなかったのだ。
自分探しって・・・どうやってやるのだろうか。
「定番は・・・旅・・・だよな」
でも、人のほとんどいない場所を一人で旅するとか、ましてやヒッチハイクとかバックパッカーとか、それを想像すると、腰がひけた。僕にはやっぱり勇気がなかった。
考えてみたら、旅行をするような家庭でもなかった僕は、東日本にすら行ったことがない。
よし、まずは、大それた自分探しの旅とかではなくて東京に旅行してみよう。そう思った。
就職は、地元の鹿児島でしたいと考えてはいるが、いわゆる有名な企業は、その多くが東京本社だから、就職活動で東京に行くこともあるかもしれないし、そうではなくても、一回くらいは、東京に行っておきたいとも思った。また、大学でできた一番の友達の伊集院君が、東京出身だということもその考えを後押しした。
大学の夏休みは長い。計画を立てて、9月になったら行こうと思った。たかが東京旅行かもしれないけれど、僕にとっては、ちょっとした決心だ。そう決めたら、いてもたってもいられなくなって僕は、伊集院君に今ではなくてもいいはずのメールをした。
[お疲れ様! 実家楽しんでる? ところで、自分東京行ったことないから、就職活動の予行もかねて、来月行ってみようと思うんだけど、どこかお勧めのスポットがあったら暇なときでいいんで教えて。ちょっと計画たてようと思って]
帰ってきた返事は、優柔不断な僕の計画を容易に修正させた。
[お!とうとう東京に来る気になったのね。でも来るんだったら、せっかく自分もいるしお盆にあわせてすぐにきてもいいんじゃない? お盆の時期は、東京も少し人が少なくなって電車とか移動がしやすいよ。それに飛行機も、お盆に東京から地方に帰る人と逆の動きになるから、値段も案外安いのがとりやすいし]
僕は、お盆に合わせて、東京に行くことに決めた。




