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―第2話―相原さんの相談―大根の命

 相原さんは、僕の言葉を信じてくれているようだった。西暦2001年、もう田舎でも、霊的な関係で、加持祈祷、除霊などといったものをしてくれる人とのつてがない人が大部分になっていた。相原さんは、そういう人を求めていたのか、それとも霊魂の存在、あの世の事を知りたくて、そんな話が僕ならできると思ったのか。どうやら後者のようだった。

「・・・例えば植物とかの場合はどうなの?植物にも魂ってあるの?」

 前を向いて相原さんが聞いてきた。

「植物の場合は、さっき言った記憶の部分は、ほとんど見ることはないかな。白い魂がちょっとあるっていう感じ」

「ほとんどっていうのは、あることはあるの?」

「そうだね、樹齢数百年なんていうご神木位になると多分あるかな。実際ちょっと前にニュースになった、神社のご神木の倒壊したあと、そこには、まだ、立っているときの姿のままの記憶が残ってたよ」

「そうか。植物にもあるんだ・・・」

 そこで相原さんの顔が曇った。

「どうかしたの?」

「ううん、本当に馬鹿らしい話だとは思うんだけど・・・さっき言ったけど、私先月実家に帰ったのね、春休みでクロちゃんのことがあったし・・・・そこで実家に泊まる最後の日の夕ご飯を作るのを手伝っていたときにお母さんに頼まれて、畑から大根を1本抜いてきたんだ」

「今の時期でも大根作ってるんだね」

「うん、お母さんが、大根が好きで、いろんな品種を時期をずらして、ほとんど1年中収穫できるようにしてるから」

 自分達の高校は、かなりの田舎だったから、農家でなくても結構な割合で、畑か家庭菜園がある家は多かった。

「そうなんだ」

「うん、そして、いつもやってたはずなのに、大根を土から抜いた瞬間、その大根の命がさらされた気がして、洗って、包丁をあてる瞬間に、その大根の叫び声が聞こえた気がしたの」

「なるほど・・・」

「その時は、食べたんだけど、寝るときにすごく、あれは何だったんだろう、命ってなんだろうって考えこんじゃって・・・・、こっちに帰ってくる道中もそればっかり考えていて・・・。それから、肉、魚とか生野菜がほとんど食べられなくなったの。そして、魂があるんだとしたら、亡くなるのを看取れなかった、クロちゃんの魂はどうしているんだろう?あの世ってあるのかな?なんで生物は生きているんだろう、生きている意味はあるのかな・・・って」

 多くの人が、どこかでか考えることだと思う。他の命を奪って生きていること、また生きる意味。そして、そこに答えを見出せようと、見出せまいと、結論としては、生きていくことを選択する。そして、それが正しいと思う。他の命を奪うことに目を向けるならば、現代では、ベジタリアンや、また伝統的にも精進料理なんていうものがあるから、動物を食さないことはできるだろう。だが、植物までとなったらそれはだめだ。

「・・・今食べられているものは何?」

「食パンは、なんとか口に押し込んで食べられてる。あとはヨーグルトとか・・・、チーズとか・・・。飲み物は、あたためた牛乳は、飲めてる・・・あとビタミン剤も・・・」

「いつから食べられていないの」?

「こっちに帰ってきた1週間前位から・・・」

「親は知っているの?」

 反射的にそう聞いた。

「ううん、言ってない」

 これは、まずい。すぐに親に知らせるか、場合によっては病院じゃないかと思った。だが、相原さんからこんな話を、一緒に何かをするような友達でもない僕におそらく勇気を振り絞って聞いてきたのだ、自分を落ち着かせてそのまま続けた。

「大分痩せたみたいだけど体調は大丈夫?」

「今のところ」

「そうか・・・、自分も観葉植物を育てていると、植物が命だっていうことがすごくよくわかるから・・・、でも食べられないのはやっぱりよくないよね・・・・」

 相原さんは、下方向を見て固まったまま

「小林君は、その、なんというか他の命を奪って生きていることをどう考えているの?」

 といった。

「うん・・・っと、自分は、輪廻転生を信じていて、というか、どうもそう考えた方がいい記憶が多くて、それを前提とした上で、自分が選んでこの世界に生まれてきたと、そう思っているんだ」

 言葉に力がはいらない。相原さんに対する回答にはなっていないと自分でも思う。

「他の命を奪って生きることを前提としても選んで生まれてきたということ?」

「まぁ、そういうことに・・・なるね・・・」

 僕も、動物を殺して食べることの是非については考えたことはある。でも幽霊が身近だった自分は、割と素直にあの世の存在を信じることができていたから、生きて死ぬのは流れのなかで当然だと、どこかでかそう考えていたのかもしれない。言い訳に聞こえるかもしれないが、今の自分の考えを話す以外になかった。

「・・・生物でないものを食べて生きるということは、例えば、水、塩、微妙なところで相原さんが食べられてる乳製品、牛乳、あとは、はちみつとか・・・ここら辺は生物がもとになっているけど、選択できる食べ物が極端に限られることになっちゃう」

「うん、食べられない・・・」

「それは、原罪だとか、そう言われることも多いわけだけれども、そうでなくても、そもそも自分も確実にその中の命の一つであって・・・他の動物や植物と同じように生まれて死ぬことを考えると、この世界に組み込まれて生きている以上、感謝して食べるのがあるべき姿なんだとそう思うようにしているよ・・・」

「・・・そうだよね、自分も命なんだもんね・・・」

 納得はしてないだろうな。そう思った。

「植物も死ぬのはいやなのかな?痛いのかな?」

 答えたくない感情を静める。

「そういう部分は・・・あるのかもしれないね。」

「やっぱりあの大根は痛かったのかな」

「・・・・」

 いやではあっただろうね・・・とは言えなかった。

 生まれて死ぬことに、いや生まれることそのものに疑問を持ってしまったのだろうと思う。無神経に言ってしまえば、そういう疑問を持つときは、大きな悲しみを抱いたときや、挫折、人生がうまくいっていないときに多くて特段珍しいわけではないが、この状態を僕の先輩は、魂の病気と言っていた。人間は、その器の中で、最大限に感じる苦しみを誰もが持っている。

 2歳児が、無条件に小さな命を慈しむ、そのような想いを19歳になってから抑えが効かない状態で呼び起こしてしまった。その抑えとは、自分の想いをだますこと・・・だろうか・・・。

「でね、そんなことを思ってたら、突然自分のことを醜く感じるようになったの」

「ん」

「・・・この手をみてどう思う?」

 相原さんは、4本の指をまっすぐそろえ、親指を直角に立てて手のひらを見せた。

「いや、綺麗な手だと思うよ」

 痩せてはいたが、まぁ普通の手だ。

「私、この形を見て、急に怖くなったの。あ、これは動物の手だ、おさるさんの手だ。って」

 どういうことだろう・・・

「そうして考えるとね、人は、死んだ瞬間に、その体をなんというか不浄なものとして・・・意識的にも無意識的にも扱うでしょ?骸骨なんてみると怖いし、あの目のくぼみは・・・そして眼球だって・・・それが、ここにもあるの、私は骸骨そのものなの、そして、人間は、頭部のみに毛が集中してはえてそれ以外はほとんど体毛のない哺乳類なの」

「小林君、生き物で、頭部のみに毛が生えて、あとは毛が生えてない哺乳類と言われてどんなものを想像する?おぞましくかんじない?」

「確かにそういうふうに言われると、そんな気もするね」

「それってそのまま人間でしょ・・・・内臓とか脳とかも想像すると、もう生きていたくなんかなくなって・・・」

 相原さんの魂の叫びなのだろうか。言っていることはわかる気もするが・・・。焦りを感じる。僕は、この人の考える方向を変えなければいけない。そして、相原さんのその考えに、それは、違うという本心も確かにあった。

「でも、そんなに人間っておぞましいかな?例えば、そう思う前は、あの人きれい、とかあの人かっこいい、とか思ってたわけでしょ?」

「そうなんだけど、そう思えなくなって・・・」

「僕は、思うんだけど、その、以前の状態というか、通常僕らが感じている、綺麗とかかっこいいとか、そういう感情って、気づかないけど、体という物質そのものや、その振る舞い、それだけに、向けられているものではない、と思うんだ。たとえば、いくら綺麗な肌だって、拡大してみれば、毛穴があって、たくさんの溝がはしっている。いくらきれいなしぐさに見えたって、それは、ただの動き。では、何を見ているかというと、物質の他に物質を通しての魂を一緒にみていると思うんだ。姿形やその動きや表情も、魂が物質を作り、動かしたもので、人間はそれを自然に知っていて、だから、物質だけとしてではなく人として、人を見ているんだと思う。そのせいで、さっき相原さんが言ったように生きている人間と死んだ後の人間の体との違いがでてくるのかもしれない・・・。けど、その魂の発露は体があるからこそで、体も魂と同様に大切なものだと思うんだ。だから魂が入った体に不浄なんてことはないんだと思う」

「そう・・・なのかな」

 例として、挙げられるものがないか、そう考えたとき、インターネットで最近よく見ている幕末の人物の白黒写真が浮かんだ。

「例えば・・・」

 僕は、つい最近出始めたばかりのカラー液晶の携帯電話の小さな画面に近藤勇の白黒写真を表示して見せた。その時の一瞬を切り取り、永遠にする写真、その神髄はこういう写真にこそある気がする。僕は強くそう思っていた。実際は昔の写真撮影は一瞬ではないらしいが、まぁ・・・。

「この写真なんか、とくにそう思うんだけど、僕にはこの写真の近藤勇は、優しく笑っているように見えて、この表情から、感情と思い、直接の魂を僕は見せられていると思っているんだ。かっこよくない?」

「うん・・・そうかも・・・」

 そして、次に、亡くなったおばあちゃんの写真をみせた。

「僕は、今でも恥ずかしくなることがあるんだけど、高校のとき、亡くなる前のまだ元気だったおばあちゃんに、礼二は手がきれいね、と言われたことがあるんだ。手相もみてもらって、ますかけ線、これはいいのよ、と言われちゃったりして。ちょっとうれしかった」

「そうなんだ・・・」

「そしておばあちゃんの手を見たんだ、しわくちゃで、あかぎれもあってばんそうこうも張られてた。でも、その手を見た瞬間、自分の手を見てすごく恥ずかしく、そして、おばあちゃんの手と、そしてしわくちゃの顔を見てなんてかっこいいんだとも思ったんだ」

 相原さんの考えを覆えさなければいけないと思って、口調に力が入る。

「そういえば、じいちゃんも体は道具、だからこそ大切に扱って、そして使わないといけないよ、っていって毎朝体操してたな・・・」

 僕の手は、まだ、綺麗で、そしてかっこよくない。自分の身内の話で相原さんを納得させようとするのは卑怯だったかもしれないが、わかってほしいと強く思った。

「さっき、猫は、ベビースキーマっていっちゃったけど、それだけじゃなくて、魂が、愛情っていう目に見えないものが確かにあるからかわいいんだと思うんだ」

「それは、なんかわかる気がする・・・」

「でも、それだったら、なんでそんな他の生命を奪うんだろう・・・」

 当初の話に戻る。

「人間は、生まれてきてくれた動物や、植物達のその魂を譲り受けることで自分のその魂が生かされているんじゃないかと思うんだ。それこそ、食べ物が血肉を作るのと同じで・・・。そしてそれが、ずっと続いていく」

「・・・なんでそんなシステムなんだろう」

「・・・そこまでは、僕もよくわからない・・・。でも僕の知っている人だったら教えてくれるかもしれないけど・・・」

 その人から聞いた言葉をもとに、自分なりの答えを説明はできるかもしれないが、その答えを目の前の女性に言っていいのかの自信がなかった。それに今日はもうタイムアップだとも思えた。

「ううん、そこまではまだ・・・」

 多分僕にそんな話をするのにも相当なエネルギーを使ったはずだ。そのうえ、さらに知らない人との関わりをもつなんて、さすがに、そんなことは今は考えられないだろう。でも、相原さんは、大部、思ってることを吐き出してくれた、そう自分にいいきかせて、話を切り替えた。

「あ、そうそう。ちょっと見てみたんだけど、相原さん、特に悪いのはついてないよ。元気がない状態が続くのはよくないけど、多分体調さえもどれば、今後も大丈夫だと思う」

「そうなの?」

「うん、それは、間違いないと思う。やっぱり憑きやすい人、憑きにくい人、いるんだけど、見てなんとなくわかるんだ。相原さん、毎朝、いつも同じ時間にラップ音で目を覚まさせられたり、金縛り中に妖怪と闘ったりとかそういうことはないでしょ?」

 そう、僕がいうと

「え、うん、それはそうだけど・・・」

 そういってちょっとだけ苦笑いをしてくれた。汗をかいた水のとなりで、コーヒーカップの底にうっすらとひかれた茶色は、輪郭を縁取っている。クロちゃんは、ちょっと不満げに僕を見上げた。


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