ママ、おやちゅみ
「ねぇ、ユキちゃん。誕生日プレゼントは何が良い?」
「ママ、おやちゅみ~」
洗濯ものを畳みながら訊いた私に抱っこをしながらそう答えるユキ。時計を見ると九時になっていた。子どもにとっては眠い時間。明日の仕事の準備もあるし、ユキをベッドに寝かしに行かなきゃ。
「ママ、おやちゅみー」
「はいはい、おやすみなさい」
「おやちゅみー! やーや!」
ベッド上で駄々をこねるユキ。どうしてこの頃機嫌が悪いのかしら。やっぱり駄目ね。シングルマザーは。こんな育て方でちゃんとユキは成長してくれるかしら。
朝と夜以外は顔を合わせることが無いもんね。ずっと母の家で面倒を見てもらっているもの。私の事、嫌いになったのかな。もう三年目の誕生日。その日は仕事で遅くなる。だから、プレゼントだけはしっかりした物をあげなくちゃ。
「……おやちゅみ」
ユキのぷっくりした顔が可愛い。
「ふふ、おやすみなさい」
電気を消して、残りの用事を済ませたら、また明日が始まる。ユキの誕生日は明日。待ってて、ママ頑張るよ!
◆
今日はユキの誕生日。
プレゼントは中くらいのクマのぬいぐるみ。娘にきっと似合うと思って会社の帰りに買ってみた。近くのケーキ屋さんのショーケースを眺めながら、宝石のような果物が乗ったケーキを選んでいた。正直ワクワクしている。
きっと喜んでくれるだろうと。
プルルル。
「?」
――母からの着信があった。
「アンタ、ユキちゃん泣いとるよ」
「え」
「欲しいのはアンタの休みだって。気づかんかったの?」
その時私は理解した。
ユキの言う「ママ、おやちゅみ」は「ママのお休み」ということだと。なんて鈍感なんだろう私。
「これください!」
私は適当にケーキを指さして、駆け足で母とユキのいる家へと帰った。ケーキがぐちゃぐちゃになっても良い。今は一刻も早くユキに会いたい。もっとずっと話したい。抱きしめたい。
「ただいま!」
ドアを開けると、小さな怪獣のようにノタノタとやって来るユキ。それを捕まえる私。ケーキが入った箱は床にごそっと落ちた。きっと型崩れしたと思う。でも、そんなことどうでもいい。
「ごめんねぇ、ユキ」
「えーね、えーね!」
ユキが私の頭を撫でた。抱きしめているからか、ユキの言葉が感覚的にわかる。「えらいね」そう言ったんだろうなぁ。娘は私のことを嫌っていなかったんだ。ちゃんと私を見ていてくれた!
「あーもう。アンタが泣いてどうするの」
「だって、お母さん」
「今日は、アンタがお母さんになった記念日でもあるんだから。しっかりしなさい」
「……うん」
◆
「ケーキ、しょっしょしてーね」
「あ、こらユキ。手で食べないの」
ぐしゃぐしゃになったホールケーキをツンツンするユキが可愛い。イチゴをもぐもぐするユキが可愛い。そんでもってユキは。娘は、私より人の心を思いやれる良い子。
「来年は一緒にお休みしようね。優季」
最高のママ誕生日プレゼントをありがとう。
おしまい。