淡い
久しぶりに駅のホームにある小汚いベンチに座っていると、ふと柱に視線が動いた。
そうだ。
この駅は高校時代に当時付き合っていた彼女と過ごした。
他愛のない話をただ、たんに繰り返し話した淡い思い出の地。
「この柱に二人だけがわかるマーク書かない?」
「怒られたりしない…かな?」
辺を見回して、ドギマギとした表情の彼女を強引にベンチから引き剥がし柱に描く。
「これが消えてなくなるまで、俺の気持ちは変わんない」
そう言って、彼女の頭に触れる。
「柱が消えたら気持ち変わっちゃうの?」
ちょっとイタズラっぽい顔をこちらに向けて、すぐに耐えられなくなって二人で笑い出す。
「ずっと一緒にいような?」
その言葉からもうどれほど、時間が過ぎただろうか。
きっと気持ちは年齢とともに変わってしまっただろう。
時間はそれだけ残酷だ。それでも、この二人で書いたマークは微かに残っている。
来月廃線が決まったと風の噂で聞いた。
電車が。懐かしい装いのまま電車が入ってくる。
もう過疎地になってしまった土地の電車らしく人は殆ど乗ってはいない。
扉が開き、そして、また閉じる。
電車を見送ったあとふっと声をかけられる。
「ちゃんと時間通りに、待ってるなんて偉いじゃない」
昔よりも強くなった。
「嫁と子供の帰りだ。当たり前だろ?」
そう言って最愛の娘をだっこする。
「遅刻魔のくせに」
睨んだあと、またあの時のように耐えられなくなって二人で笑い出す。