3. おっぱいが好きだ
塩瀬牡丹は俺の理想とする女性にもっとも近い。
おしとやかで芯が強い。浮いた話などは一切なく、常に学業と風紀と世界平和のことを考えている。
そんな彼女とゆくゆくは純情ランデブーなんてことも考えたことはあるが、何せ高嶺の花。ヒマラヤ山脈に登るにはそれなりの下準備をしなければいけない。無為に登ろうとして雪崩と共にガラガラと落下していく男子諸君を何度見たことか。
「塩瀬くん、これはな」
今はまさに俺がその瀬戸際だ。
塩瀬の不審そうに揺れる瞳が、この後の行動によって軽蔑に変わるかどうか。まさにクレバスの境目。この塩瀬の山脈を登れるか否か。
山脈といえば繰り返すが、塩瀬のおっぱいは中々に大きい。
「珠木委員長?」
「ああ、すまん。おっぱ……じゃない。この後輩に不純恋愛とはなんたるか、身をもって教えてやったところだ」
「えぇー。私、風紀委員じゃないっすよ」
「そうだろ。そう言ったじゃないか。思い出せぇ」
小依の身体をガクガクと振る。仕方なさそうに小依はカクカクとうなずいた。
塩瀬は相変わらず不審そうな目で見ている。
信頼度5パーセントくらいか。厳しい。
「なにか「よちよち」みたいな声が聞こえましたが」
「違う。それは「与一与一」だ。知ってるだろ那須の与一だ。平安時代の武士だよ。日本史が分からないと言うから、教えてやったんだ」
「胸に手を置いていたように見ましたが」
「あれはぁ、あそこに俺のコンタクトが落ちてしまったからぁ、探していたところだったんだぁ」
がんばれ我が脳細胞フル稼働。
雪崩寸前の山肌を見ている気分だ。しかしここで塩瀬嬢に幻滅されるわけにはいかない。いかないんだから。
いかないんだからぁ。
「分かりました」
幸いにも塩瀬はこくんとうなずいて席に着席してノートを取り出した。危なかった。まぁ日頃は真面目にやってるからな、俺。
ゴホンと咳払いをして改めて教壇に立つと、小依がトコトコ寄ってきた。
「必死すねぇ。あの人のこと好きなんですかぁ?」
「うるさい、早く座れ。お前もこれから風紀委員になるんだよ」
「はぁー、めんどー」
と言いながらも、ガタンと俺の前の椅子に座った。
「それでは今日の議題に入るとしよう」
これでようやく始められる。大きなトラブルはあったが、冷静になった。危うくあんな非道悪魔的後輩ギャルに操を捧げるところだった。
塩瀬と会ったおかげで目が覚めたぞ。
「校内における不純恋愛対策について、だ」
やはり不埒は粛清。
高校生は童貞処女であるべきだ。これで親御さんも大喜び。胃が痛くなるような浮いた話を聞かないで済む。
椅子をカタンカタン揺らす後輩ギャルをにらみつける。
小依、お前も粛清してやる。
「最近、校内で変態行為が続出している」
「はいはーい。その前に質問でーす」
「発言を許可しない」
「ひっどー」
ぶーぶーと小依が文句を言う。どうせ不用意な発言しかしない癖に何を言っているんだ。
「珠木委員長」
「何だね、塩瀬くん」
ピンと姿勢を正して、塩瀬は俺に言った。
「彼女は風紀委員になったばかりです。質問などの発言はなるべく許可してあげるのが良いかと」
「そうだな。よし発言を許す。小依黄衣」
「あざーっす」
バーカバーカと言いながら、小依はニヤッと笑って言葉を続けた。
「塩瀬先輩って、彼氏いるんですかー」
そう来たか。
チラッと塩瀬の方を見ると表情ひとつ変えていなかった。冷静な様子で彼女は言った。
「委員長、小依さんの質問は本委員会の議題に関係あることでしょうか」
かちゃっとメガネを直して、塩瀬は俺の方を向いた。
その動きで塩瀬のおっぱいが揺れたのを俺は見逃さなかった。
「そうだな。関係ないとも言えない。何せ今回の話題は恋愛だからな」
「そうですか。では」
コホンと咳払いをして彼女は言った。
「恋人はいません。今まで殿方と付き合ったこともありません」
「じゃー塩瀬先輩は処女ってことですかぁ?」
「? 恋人がいなかったら当然処女ではないのですか?」
「へぇー、ふぅーん。まぁー、そう言う考え方もありますよねー」
ニヤニヤと笑って小依は言った。
何を思わせぶりなことを言っているんだ。恋人がいなかったら処女に決まっているだろう。塩瀬に変なことを吹き込むな。
しかし恋人はいないのか。良かったぁ。
「では議題に戻る。最近、校内で目立つ不純恋愛について。実は学外の施設からもクレームが入っていて……」
「はいはーい」
「何だ質問か?」
「あのう。塩瀬先輩って好きな人とかいるんですかー?」
そう来たか。
塩瀬は表情を変えずに口を開いた。
「委員長、小依さんの質問は本委員会の議題に関係あることでしょうか」
ううむ。
危うい橋を渡っている気がするが、ここは好奇心には勝てない。むしろ、これがフラグになることだって十分にあり得る話だ。
「関係ある。何せ今回の議題は恋愛だからな」
「分かりました」
コホンと塩瀬は咳払いをした。
「いません」
「いないんすかー。誰か気になる人とかもー? て言うか絶対モテるっしょー」
「告白を受けたことはありますが、全てお断りしています」
「えー、もったいなーい」
「学生たるもの、その本分は学業にあると考えます」
百点満点の答え。俺が面接官だったら惜しみない拍手を捧げるだろう。
しかし好きな人はいないのか。
そうか。
「では議題に戻る。まずは実態を調査しなければいけないと思う。そこで見回りを強化して……」
「はいはーい」
「何だ流石にもう質問は受け付けないぞ」
「塩瀬先輩って何カップですかー?」
そう来たか。
塩瀬はこれまた表情を変えずに口を開いた。
「委員長、小依さんの質問は本委員会の議題に関係あることでしょうか」
ううむ。
知りたくないと言えば嘘になる。だがカップ数を知ったところでどうなる? 塩瀬のおっぱいは目の前にあるではないか。
それで十分だ。山の高さを知ったところで、山の高さが変わるわけではない。
「関係がない、とも言えない」
俺は欲望に負けた。
「分かりました」
塩瀬はカチャと眼鏡に直して言った。
その動きで塩瀬のおっぱいが揺れたのを俺は凝視した。
「Gです」
素晴らしい。